天下の台所
かなが転校して来た時の記憶は俺にはない。
過去のアルバムをみた情報では、転校して来た時から仲が良く、当時からかなは背が高かった様子だった。
大阪に向かう途中、かなの話で盛り上がった。
「かなは、転校して来た時はあんまり喋るキャラじゃなかったんですよ!」
西田さんは、
「そうだったの? 今の感じからは想像できないね」
かなは少し照れた様に、
「あの頃は、うちが関西弁なのがちょっときになってて……まーちゃんとひなが関西弁に感動して話しかけてくれたんよね!」
そんな事が有ったのか。まぁ、たしかにひなはテンション上がりそうなネタだな。
「友達出来るか心配だったから、2人には感謝してるわ。 ところで"サカナ"の皆さんは長いんですか?」
かなが時子さんに話を振った。
「クミとアキは中学から仲良いみたいだけど、知り合ったのは高校でわたしが声かけてからだよ?」
「そうそう、ライブハウスで急に話しかけできたよね」
クミさんが懐かしそうに言う。
「でももう、8年くらいかぁ。あっという間だったよね!」
"サカナ"ってポッと出てきたイメージだったけど、結構長いんだな。通りで音の纏まりに安定感があるわけだ。
そうこうしているうちに俺たちは大阪に着くと、ひなは街並みにはしゃいでいた。
「あれ? ひなって大阪はじめて?」
「うん、初めて! ご飯が楽しみだよ〜」
今日は、ラジオが2本それ以外はいつものように、CD屋さんを回り夜は西田さんの知り合いとご飯になる予定。
日本第二の都市は流石に広く、"サカナ"も西田さんもアパレルのお店なんかにも個人的な知り合いが沢山いる様で、CD屋さんを回った後、"サカナ"のラジオの収録が終わると、心斎橋で夜ご飯までは自由行動となった。
「ひなとまーちゃん、うちが案内してあげよう!」かなは得意げに大通りを歩き出した。
「心斎橋と言えば、アメリカ村や! 三角公園って言う有名なところがあるから観光的にはいいやろ?」
「かな? あたしグリコの看板見たい!」
「ええよ? アメ村から歩いて行けるからついでに行こう!」
俺たちは服屋さんなどを回りショッピングやグルメを楽しんだ。
もちろん、服屋さんにバンドのフライヤーを置いてもらうのは忘れない。
グリコの前に差し掛かると、チャラそうな人にナンパされたがすっと宣伝に切り替えたかなは流石だと思った。
「この商店街、平日なのにすごい人だね、大須より全然多くてびっくり!」
「やろ? 心斎橋は沢山の人が来るから休日はほんまにヤバい人やで!」
かな、やっぱり地元が恋しかったのかな?
♦︎
日も暮れ出し、待ち合わせの場所に着くと、西田さんと"サカナ"そして謎のメガネのお兄さん?が既に待っていた。
「すいません、待たせてしまいました?」
「いや、僕らが早く着いてただけだから大丈夫だよ!」
そういうと、西田さんはメガネのお兄さんを紹介してくれた。
「こちら中村ヒロキさん、FM803のDJをされてる方です!」
「どーも!中村ヒロキです!名古屋だと聴いた事はないかな??」
軽快な喋り方と聴きやすくとおる声が印象的なヒロキさんは大阪ではかなり有名なDJの方なのだという。
西田さんのコネクションと営業力で"サカナ"はこの地位を築いてきたんだろう。
俺たちは、ちょっと場違いな気がした。
「ねぇ、H.B.Pは今後はどんな展開を考えているのかな?」
流石はDJ、自然な感じで黙っていた俺たちに問いかけた。
「展開ですか?」
「うん、君たちはもう、"サカナ"の前座をしたバンドという看板が出来ている、その看板をどうする気なのかな?」
「とりあえずはインディーズで、CDを出し活動していきたいと思ってます」
「ふむ、なるほど、それはどうやって?」
どうやって? 声がかかった所じゃないのか?
「活動していく上でですかね?」
「現状、君たちは凄く恵まれた環境にいるとおもうんだけど……」
ヒロキさんが言いかけた所で、西田さんが割って話す。
「ヒロキくん、その話はちょっと……」
「いや、でも大事な話だとおもいますよ? 彼女たちはインディーズを知る必要がある」
「それはそうなんだが」
西田さんはちょっと苦しい顔をした。
「君たちは、メジャーデビューを目標にしてるのかな?」
「はい、そうですね」
「そうしたら、メジャーとインディーズの違いは理解してる?」
「有名か有名じゃないか?ですか?」
「ざっくり言えばそうなんだけど、日本レコード協会に所属しているかどうか? なんだよ」
「そうなんですか?」
「そう、会員になるには流通させている量の金額なんかの規定が有るから自動的に大きなレーベルになる」
そうだったのか、あんまり詳しくは聞いた事はなかったな。
「メジャーの看板を持ったレーベルは信用なんかも大きくなるから出来る事が広がっているだけなんだよ!」
「だけ?」
「そう、上場企業みたいなもんだね」
なるほど、会員としての信用規定を満たす必要があるから、自動的にクオリティを維持する仕組みや、宣伝能力が高いというわけか。
「だから、インディーズに入るというのもそういう事、簡単に言えば上場企業じゃないだけなんだよ」
ちょっとこの話、ひなやかなは絶対理解出来ないだろう。
「あ、中学生だと習わないか……」
いや、高校行っても習わないから!
「俺が言いたいのはそれだけ、レーベルは自分に合ってるなと思う所にするのがいいとおもうよ」
西田さんは頭を抱えてしまった。
「ごめんね、西田さん……」
時子さんはそっと言った。
この時は何で時子さんが謝ったのかはわからなかった。
その後は雑談みたいな形で場の雰囲気も良くなり、ヒロキさんと連絡先を交換してお開きになった。
地下鉄でかなのおばあちゃんのうちに向かう途中、ひなとかなはやはり疑問を抱いていた。
「まーちゃんに聞くのも変だけど、西田さんってうちらをレーベルに勧誘してるのかな?」
俺はちょっと困った顔で、
「どうなんだろう? なんとなくよくわからないよね……思うところがあるのかな?」
かなは、ちょっと力を入れて
「うちは、西田さんの所がいいと思う」
ひなも被さる様に、
「あたしも! まぁ、入れてくれるならだけど……」
「そっか、ひなもかなもいいと思ってるんだね!」
俺はタイミングをみて、西田さんに持ちかけてみようと思った。
かなのおばあちゃんのうちに着くと、かなからは想像出来ないくらいの派手な関西のおばちゃんが出てきて迎えてくれた。
「かな、ようきたね、ゆっくりしていき!」
かなは誰に似たのだろうか?