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俺の音楽ここにあります!  作者: 竹野きの
第2章 バンド作り
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レコーディング!

22時。


俺はレコーディングでのアレンジの試行錯誤を繰り返している。

今日、ひなに好きと伝えた時の自分は、間違いなく"まひる"として作り続けている自分ではなかった。


入れ替わってから4カ月が過ぎ、思考も何処かに女子中学生の自分が生まれて来ている実感がある。


それは多分、仕方のない事なんだろう。

朝起きて、顔を洗い鏡を見る。そこにはいつだって可愛い女の子がいるんだ。


さらに着替える時にはフィット感のいいパンツを履き、小ぶりな胸を可愛らしいブラジャーに収める。苦手だったスカートやトイレ、その他の女の子事情にも何処か慣れつつあった。


ただ、このギターを弾いている時だけが、唯一自分に戻れる瞬間だと思っていた。だけど、弾き方や見せ方を今のルックスに合わせているうちに、いつからか自分でも"まひる"でもない何かに成り代わっていくのがわかった。


しかし、音と向き合っている時、ひなの事を考えている時は、紛れもなく一ノ瀬太郎に戻れている瞬間だ。


恋と、自分のもやもやとの葛藤をこれでもかというほどに、アレンジにぶつけ音を紡ぎ合わさせる。


俺はギターに集中し、周りが消えた瞬間だけが自分でいられる。そうしてアレンジが出来た頃には、時計は2時の針をさしていた。


これが俺の音楽。出来た瞬間涙があふれ前が見えなくなった。



♦︎



レコーディング当日。

ギターを抱え、玄関のドアを開けた俺は、何処か清々しささえ覚える気分だった。


待ち合わせ場所へ自転車を漕いだ。

大通りを通る車の音、何処か遠くの人の声が、新しい世界へ連れて行ってくれる気がした。


待ち合わせ場所に来た2人も不安な感じが何もなくやりきった顔をしていた。


「ひな、かな。今日は頑張ろうね!」


「「頑張ろう!」」


スタジオに着くと、リクソンさんは前回の柔らかい雰囲気は無く、音の鬼と化していた。


「今日は、おまえらの音楽の限界を超えさせるから」


そう言うと、ひなを連れてスタジオ内に入った。


レコーディングは、3日間。

今日、明日で音源の全てを録り終え、来週はミキシングを行う。


事実上2日で3曲録る、本来インディーズでは、1日3曲録るバンドもいるので時間は多い目と言っていいだろう。


ドラムのチューニングを確認すると、リクソンさんはミキシングブースに戻ってきた。


8つのマイクでドラムの要塞みたいになっているブースは、今にもひなのドキドキが聞こえて来そうだ。

音のバランスを確認するとリクソンさんは声を張り言った。


「1曲目、1回通しまーす」


緊張していた様に見えたひなは、俺の予想以上にキレが良く、失敗する事無く叩ききった。


リクソンさんは少し黙ってから

「ライドもう少し強く叩いて、音が抜けてない、サビのバスをもう少し前ノリにして」

とだけ言うと、2テイク目を叩かせた。


それから何度か指示を送り、6テイク叩いて一曲目終了の合図をだした。


意外だったのが、2回ミスで止まったもののリクソンさんは特に咎めることはせず、淡々とリテイクし進めた。


2曲目も特に何事も無く、同じく6テイク指示を出し叩く、3曲目に問題が起きた。


1テイク叩いた後、一言ひなに言い放つ。

「曲調全然違うのに、叩き方同じなわけ? 2テイク練習やるから一旦考えて」


リクソン節が炸裂し、火の粉は俺にも向けられた。


「おまえ、あいつに叩き方の指示いれてんだろ? これも気づいてんだろ? そういうのは言えよ。俺は妥協しねーから。泣いてもしらんよ」


間違い無く俺の責任だ。少し気になっていたが、音がいいので"ひなのドラムの音"として無意識に妥協していた部分。


リクソンさんはドラムだけでそれに気づいた。もしかしたらプリプロを聴いて気になっていたのかもしれない。


そして、俺に強く言ったのは、気づいているはずと考えたのだろう。


ひなは眼を赤くしながら13テイク叩ききり、リクソンさんはOKを出した。


ミキシングブースに戻ってきたひなにリクソンさんは言った。


「悪いのはこいつだから。頑張ったね、でも今後は意識していこうな」


リクソンさんは気づかなかった事より気づいて放って置いていた俺にキレた。


俺は中身のおっさんとしても普通に泣きそうになった。


次にベースのレコーディング

リクソンさんはドラムのセッティングを外し、ベースを録る準備にはいる。


その間かなは気にして、俺に囁いた。


「なぁ、まーちゃん。うちのベースで気になるところはない?」


「いや、唯一の気になってた指弾きも修正されたし大丈夫だと思うけど。こればかりはなんとも言えないんだ。ひなのドラムだって明確に気づいてたわけじゃないし」


「そうなんか、てっきり気づいてだけど、ひなを気にして放っていたのかとおもったわ……」


「間違いでは無いんだけど、わたしはあれでもいいと思っていたから」


「そうなんや、やっぱリクソンさん厳しいなぁ〜」


そう言ったかなはどこか嬉しそうで、ライバルと恋人を同時にみつけたような顔をした。


リクソンさんは準備が出来た様で、かなをスタジオに呼ぶ。アンプの前でリクソンさんと話すかなはとても嬉しそうだった。


そうして、かなのレコーディングが始まり、奏でた1曲目、俺は槍で射抜かれた様な感覚が走った。


かな、何があったんだ?

俺はチラッとリクソンさんを見ると、少しニヤリとしたのがわかった。そして、曲が終わると。


「OK、いいと思う、他にやってみたいパターンはあるか?」

「はい、少し雰囲気を変えたパターンを試してもいいですか?」


「大丈夫、3テイクくらい自由にやっていいよ」


かなはいずれも、すごく良かった。前ノリ具合を変えたもの、アクセントを強調したものなどパッと聞いた感じではほとんどわからないだろう。


「いいな……」


リクソンさんは小さな声を漏らした。

4つのパターンを聴いた時、かなが俺の手を離れて行くのがわかった。


2曲目も順調にこなしたかなは、3曲目の指弾きの曲で問題が起きた。


「なぁ、おまえこの曲嫌いなの?」


リクソンさんはかなに冷たく言い放った。

理由はわかっている。かなは最近指弾きで安定するようになった、ピックでの2曲と比べ表現力が弱かったのを理解した。


「でもかなは……」

「おまえは黙ってろ」


俺は口をつぐんだ。


「理由はわかっている、だが俺はあいつに聞いてる。なぁ? どうなんだ?」


「うちは、この曲好きです!」


かなは、はっきりと答えた。


「じゃあ、イメージは出来てるんだな? ミスってもいい、意識しろ」


それからのかなはミスが出たものの、表現力が指弾きでも発揮され、ベースを録り終えた。



「お疲れ、今のところいいと思う。そしたらまた、明日ギターと歌録っていくから」



リクソンさんはどこか満足気にそれでも意識して気を引き締めている様だった。

機材を片付けて、帰ろうとした時。俺だけリクソンさんに呼び止められた。


「まひる? ちょっといい?」


名前で呼ばれたのは初めてだった。

2人になると、リクソンさんはとても柔らかく語りかけた。


「おまえさ、もうちょっとメンバーを信用しろよ。 成長を遮ってるのに気づいてる?」


俺はひなやかなを信用していないつもりは無い、だけどそう見えたのだろうか?


「人間関係の話じゃない、音の話だ。まだあいつらにレールをひかないと行けないと思ってるんじゃないか?」


俺は唇を噛んだ。


「テクニックや知識はまだまだお前とは差があるだろう、でもお前らはバンドとしてオリジナルをつくってるんだろ?」


俺はうつむき涙を浮かべ、頭が真っ白になっていた。


「俺はおまえを信じてるから。ごめんな、正直俺は、おまえに余裕ねーんだわ」


リクソンさんは俺の頭をポンポンすると去り際に、


「本当はもっと余裕で接していけるくらいのエンジニアになりたいんだけどな……」

と言った。


外に出ると、ひなとかなが目の赤い俺を心配してくれた。


帰り道かなはやっぱりリクソンさんが大好きな様で、少し早めに桜が咲いている様だった。

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