中学生の壁
週末。
俺の体調も回復し、今後の活動について田中さんに相談する事にした。
昨日、田中さんに連絡すると、
「おっ? 美少女バンド、早速きたね! 悪いんだけどさ、明日午前中"ムンド"に来てくれるかな?」
と早速時間を作ってくれ、今日に至る。
"ムンド"に着くと、先日の事が夢だった様にさえ思えた。
「こないだのライブ、凄かったね。ここに来ると、まーちゃんがまた、ここで歌ってほしいって思うよ」
ひなが呟いた。
「また、しよう」
俺はそう言って、事務所のドアを叩いた。
「よぉ!元気だった?」
いつになく田中さんは軽い感じで迎えてくれた。
「ところでさ? 君たちはどんなバンドになりたい? こないだはあんまり話せなかったからさ、せっかくだから会って話がしたいと思ってたんだ」
俺は田中さんを見て
「メジャーデビューがしたい」
と言った。
ひなはびっくりしたような感じだったが、俺はまひるちゃんを助けられるようにならなきゃいけない。
「意外だね、君たちのメンバーはメジャーデビューをなんとなく夢見ているんだろうとは思っていたけど、まひるちゃんはちょっと違う気がしていたんだよ」
田中さんから意外な返答が来た。
「えっ? そうなんですか?」
「曲の構成、スタイルは見ている人を楽しませる感じで、メジャーをイメージしてるのは感じたんだけど、そのギターフレーズ、音作りは、ウケよりもいい音を意識してるように感じたからね」
「いい音とメジャー意識は違うんですか?」
「掛け離れてるわけじゃないけど、その歳で最短の道を考えたら、マニアックな部分を詰めるより聞きやすい音を作る方が速い」
少し間を置いて田中さんはつづけた。
「でも君は、君が思ういい音楽を、君が感性を表現するように練習して来たような音をだしてる」
実際の俺でもギリギリ理解できるような話をだ。
「ごめん、中学生にする様な話じゃないね、僕の個人的な感想だから気にしないでほしい」
「でも、君のギターを聞いた時。この子と一晩飲んで音について語り会いたいって思うくらい深いギターだと思ったのは本音。鳴りのいいカッティング、間のうまいリフ、バランスの取れたサウンド一音一音しっかり作ってるのがわかる。まぁ、飲みに行ったら僕は捕まるけどね!」
「あ、ありがとうございます」
まさに図星、この人の耳はやっぱりすごいと思う。
「どんな熟練のおっさんが弾いてるかと思ってたらかわいい美少女だったわけだ。
正直ドラムも上手い、ベースだって中学生なら充分過ぎる」
「田中さん、何が言いたいんですか?」
俺は思わず言ってしまった。
「中学生の壁は大きいよ」
「はい?」
「僕は、直ぐにだってメジャーに連れて行ってあげたいと思ってる。けど、君たちが活動して行くには中学生の制限がつきまとう」
出演時間の問題か……
前回は学生イベントだったから時間も早く問題にはならなかった。
だけど、インディーズなどのバンドは夜の22時以降になるものがほとんどだ。
更に言えば、来てくれる子達も家の事情なんかで来れなくなるだろう。
「大体はわかってるみたいだね」
「はい」
「そんな中どうやって活動していくか。それも君たちの武器が使えるうちに」
そう言って田中さんは黙った。
「よし、決めた。年明け直ぐにだ、僕のイベントのオープニングアクトをしてくれないか?」
えっ?田中さんのイベント?
「そう、だからインディーズトップクラスだけじゃなくメジャーバンドも出るよ?」
「本当ですか?」
「うん、チマチマやってても仕方ないからね。ただ一緒に出るって事は憧れじゃダメ。対バン相手に勝つ気で挑んで欲しい」
「でもそれって……」
「あー、気づいちゃった? そう、ファンがまだついてない君たちにはほぼアウェーになるね」
「ですよね」
「でも僕は君たちならやれると思ってるよ」
「わかりました、出ます」
「OK! それじゃ、また詳細決まったら連絡するからね!」
「ありがとうございます」
そう言って俺たちは"ムンド"を後にした。
帰り道ひなは興奮してるようだ。
「まーちゃんすごいね、あたしは何にも言えなかったよ」
「うん、でも頑張らないとね」
「でも、まーちゃん達なら絶対成功するよ!」
「ひな、ありがとう」
今までにないプレッシャーに俺は潰されそうになったが、これは目標を達成するチャンスだ、決めたことに迷いはなかった。
家に帰り、俺は早速ギターを手にした。
まだ見ぬ有名バンドとの対バンに熱が入る。
ブーン。ブーン。
雅人から電話だ、そういえばまだ言ってなかったな。ひなから聞いたんだろう。
「はーいもしもーし。雅人? あ、ひなからきいた??」
「あ、まひる? なんの話?」
「違うの?イベントの話かと思ったよ」
「それなんだけどさ」
「うんうん」
「俺、このバンドやめようと思う」
予想もしてない内容に、雅人の声がゆっくりとクリアに俺の中に入って来たのがわかった。