つながり
長時間の飛行機移動を終えると、地球の裏側に着く。時差のせいで昼間が長い。
不慣れな海外に俺たちは戸惑っていた。
「まーちゃんみてみて! 看板全部英語やで!」
そりゃそうだろう?
日本語で書いてあるほうがおかしい。
「ちゃんと付いてきてくれよな」
「おまえらはしゃぎ過ぎだ!」
フラットさんが先導し、リクソンさんと西田さんと付いていく。
隠してはいる様に見えるが、西田さんも少し慣れないのか少しきょろきょろしている様に見えた。
「フラットさんスイスイいくなぁ」
「確か元々はイギリスにいたんだよー!」
フラットさんの耳に届いたのか、少し笑い
「まぁ、そんな前の話でも無いからな」
と落ち着いた様に漏らした。
バスからみえる景色は日本では殆ど見られ無い様な平野がひろがりイギリスに来たという事をしみじみとかんじる。
フラットさんの案内も有りフェス会場の近くの宿泊施設にスムーズに着くことができた。
施設の入り口にはフェスのポスターがあり、そうそうたるメンバーが写真付きで載っている。もちろん俺たちもその中に居た。
「なぁなぁ、フラットさん」
「どうした?」
「この、インターナショナルニューウェイってバンド日本のバンドなんやろ?」
何気なく聞いたかなにフラットさんは表情を固める。
「あぁ、そうだよ。 もう話してもいいかもしれないな……」
「なんかあるん? メタルかハードコアのバンドのはずやけどうちら聞いた事無いねんなぁ」
「そうだろうな。 このバンドはメジャー予定の企画バンドなんだよ。全員"翁"のお面を被っているだろう? 要は覆面バンドだな」
あっさり話したフラットさんに違和感を感じる。俺たちに隠して居たという事はプレッシャーとかになるようなバンドという事では無いのか?
「あのー、もしかしてかなり上手いんですか?」
「あぁ。 俺も音を聞いた訳じゃ無いけど、かなり上手いと思う」
「聞いてないのに??」
「みんなはもう何となく知っていると思うけど、技術はあるけど機会に恵まれ無かったり、人気が下がりメジャーから引退した人はどうしてると思う?」
「スタジオミュージシャン、かプロデューサーとかですかね?」
「ああっ!? もしかしてそういう人らのバンドなんちゃうん?」
「かな正解。 年齢とか印象とかそういったものをリセットした超実力派バンドなんだよ」
そういう事か……。
どおりで急に現れてきた訳だ。
「そういったメンバーを再度、スポットを当てられる様にリブランディングをして、最高の話題を与えて売り出すんだ」
「なるほど……」
「プロデューサー側からしたら腕は確かだし、宣伝のお金も作りやすい。はっきり言って"すごい新人"としてだすならこれほどの環境はないからね」
「そんな新人と当たってしまって、正直申し訳ないと思う……」
「何言ってるんや、うちらはそんなんで崩れたりせぇへんよ!」
「そうだな!」
「せやで! まーちゃんやサヤ、それにうちらもフラットさんやリクソンさんもおるんやよ!」
「そこに僕は入れてはくれないのかな?」
「あっ、西田さんも!」
「"も"かぁ、まだまだ頑張らないとな……」
「ははっ! 西田さんドンマイすね」
「一応社長なんだけどなぁ……」
この時俺はまだ、"インターナショナルニューウェイ"の事はただのスタジオミュージシャンのバンドなんだくらいにしか思って居なかった。
「まぁ、今日はゆっくりと時差ボケを直して明日からのリハーサルにそなえてくれ」
「はい!」
なんだかんだで西田さんの言葉で浮ついた感じがまとまったきがした。
♦︎
次の日。
しっかりと休んだ俺たちは、リハーサルに向かう。
「おはようございます!」
「ん、おはよう……」
マフィンを頬張り、リクソンさんは意外にもいつも通り機材表を見ながら考え事をしている様だ。
「リクソンさんは全然変わらないですね!」
「ん? そうか? まぁマフィンはイギリスでも似たような味だな……」
「緊張したりしないんですか?」
「あぁ、今更焦ったりしても仕方ないだろ? 緊張なら決まった時からずっとしてるからなぁ」
俺はその言葉に、リクソンならではの安心感を感じた。そう、この人はいつも全力で考える姿勢を崩さない。もちろん俺もそう言った意識を持つように心がけているが考えるのと実践できるのとでは話は違う。
だけど、この姿勢が"いつも通り"の信頼や安心感に変わる。
「思ってたより湿度たけーよな」
「そうですね。ちょっとアンプの調子が心配になります」
「まぁ、調子悪い時は言ってくれ」
「はい、お願いします」
ステージに着くと、天気は曇りだった。
イギリスは雨が多く、降ってないだけいいんだとか。
フラットさんは海外スタッフとコミュニケーションを図り細かく俺たちに伝えてくれる。
ほとんど支障はなさそうだな。
「まひる……」
そういうと、さやは俺のTシャツを引っ張っりながら囁く。
「あれ……」
「ん? どうし……!!!? フライヤー!?」
「そうだよね……??」
少し火照った様な顔でサヤがテンション上がっているのがわかる。
「なんだなんだ? フライヤーくらい居るよ! ノイジーフェスなんだから! おまえらミーハーか?」
フライヤーでミーハーは無いと思うが、フラットさんの言いたい事はわかる。
そう、ノイジーフェスなんだ。
他にも有名なバンドが沢山いる。日本のメタルおじさんが半年は酒の肴にしそうな状況だ。
「おーい、テクリハ次だぞ! ちゃんと機材準備しろー」
フラットさんの呼びかけに機材をまとめスタンバイ。20代中盤くらいのローディースタッフが誘導してくれた。
サマーフェスティバルとはまた違った雰囲気なのは外国人が多いから? というかここでは俺たちが外国人になるのか。
紳士の国はいずこへ? というくらいローディーのお兄さん達は気軽に話しかけてきた。
「はっ、ハロー」
苦笑いでそう返すと、謎の笑顔で肩を叩いてきた。
適当な雰囲気とは裏腹に、俺たちの番になるとリストどおりのセッティングで迎えられた。
「あ、あ、モニターいけるか? とりあえずPA環境は予定通りだからなるべく早く音をだしてくれ。なに、中の音は普段どおりで出来るはずだから後は任せてくれ」
リクソンさんの言った様に違和感は感じなかった。正直ここまでスムーズな技術に脱帽する。
俺たちはいつもどおりリハーサルを始めると、スタッフが全力ではしゃぎ出した。
この感じが一番日本とは違うな。
リハーサルを終えテントに向かうと、スタッフそれぞれに声をかけられる。
「フラットさん、なんて言ってるんですか?」
「俺に言わせるのか? ま、まぁ賞賛されている様だよ……」
なんとなく女の子に伝えづらい表現なのを察する。フラットさんはゆっくりと立ち止まりリクソンさんのいるブースを見つめ、少しボーっとしたように呟く。
「"ハンパテ★"……ありがとな……」
「フラットさん、本番はこれからやで!」
「あぁ、そうだな!」
そういうと表情がいつもの感じに戻っていた。
その後、俺はサヤと他のバンドのリハーサル巡りを始める。ひなとデートもいいのだけど、バンドを見て回るならギターオタクのサヤが一番だ。
「まひる。 僕はインターのリハーサルを見たいのだけどいいかな?」
「わたしも見ておきたいと思ってるよ。実際日本のバンドとして比べられるのは"インター"だと思うしねっ!」
「うん、まひるもそう考えていると思ってた」
スタジオミュージシャンの実力を一番知っているのは父親が同業のサヤだろう。俺も実力は知っているつもりだが、生まれた時からそばにいるのとは訳が違うだろう。
「多分次かなぁ?」
他のバンドより日本人のスタッフが多くいる。メンバーは流石に……。
"翁のお面"
いや、被っている……。
被った状況での音を調整するのか? ということはそのままライブに出るのか。
ドルルルッ。
キレも音圧もあるバスドラが響く。
「これは上手いだろうね……」
そう呟くサヤに俺は深く共感し頷く。それぞれの音が集まりだすと、重低音がクリアに響いた。
この曲は知っている。
やっぱり、この時話題になっていたのはこのバンド。インターナショナルニューウェイだ。
動画で聞いた時も衝撃だったが、生で見るとこの洗練された音は飲まれそうなくらい凄いな……。
だけど、何処かに違和感を感じる。
なんだ? あの時の動画だけじゃなく何処かで聞いた事のある様な……。
インターは圧倒的な存在感を見せ、リハーサルを終えた。
「ちょっと言葉にならないね」
「うん。 メタル好きのスタジオミュージシャンが全力でバンドしたような……」
ちょっと待って。
嘘だろ? なんでだよ……。
階段から降りるお面を脱いだメンバーをみて俺は言葉を失った。




