ひなと約束
かなが言っていた様に、7本のライブはあっという間に最終日を迎えた。
俺はもやもやを気にしない様にあれからライブや練習に打ち込んだ。
「これで最終日やなぁ。日本でのライブは最後やと思ってやろな!」
「お? かな。今日も気合い入っているじゃねーか!」
「リクソンさんも気合い入ってるやん!」
「当たり前だろ? 俺はいつでも最高の音を出すためにやってんだよっ!」
「ほんまに。でもおかげでみんなモチベーションいじできたと思うねんなぁ」
「うん、僕もモチベーション上がった」
サヤ、モチベーションなんて有ったのか……いつもライブ以外は落ち着いている雰囲気だから全然わからないのだが……。
「まぁ日本最後じゃねーけど、気合い入れていこーぜ!」
「おー!」
ビートルズにジェフがいた様に、俺たちにはリクソンさんがいる。ジェフがプロデューサーも兼ねていたと考えると、フラットリクソンのコンビ自体がジェフなのかも知れない。
ジェフがビートルズのわがままに答えて行く形で5人目のメンバーだったのなら、フラットリクソンは俺たちの活動をサポートをする形での5人目、いや6人かな?まぁ、とりあえず"ハンパテ★"のメンバーだ。
俺たちは、今回のタイムテーブル、音楽を一つ一つなぞる様に奏でる。
ライブなんて、インディーズバンドは正直幾らでもやる。そう、俺たちは旅芸人なんだ。
でも、その中で一つとして同じライブは無い。そして何度でも続く様なライブスケジュールは急に終わりを迎える事だってあるんだ。
そんなバンドを今までいくつも、いくつもみてきて俺もそうだった。
そして"ハンパテ★"で出来るのは後数えるくらいしか無いかも知れない。
そう考えると4人、いやこのチームで出来る今のライブを1つも終わらせたく無いんだ。
アンコールの声が聞こえる。
みんな汗だくのTシャツを着替え、息を整える。
さぁ!
"地獄が始まるよ"
♦︎
「おつかれ様でしたー」
「いやー、今日のマジで最高だったよ!」
「うちらはいつも最新のライブが最高なんやで! またきてなー!」
「絶対行くよ!」
笑顔で返すかなに合わせてみんなで手を振る。かなり板についたもんだ。
「みんな今日もおつかれ!」
「店長〜! 今日もありがとうございました!」
「もう、来週ノイジーフェスに行ってくるんだろ?」
「せやで店長〜! なんかお土産こうてこよか?」
「なんだ? 届けに来てくれるのかい?」
「いやいや、またすぐでるよねー? まーちゃん?」
「う、うん。そうですよ! 次出るときに何か事務所に飾れそうな物とか買ってきます!」
「次……かぁ」
店長は少し複雑な笑顔を見せた。
「もう、うちくらいじゃ見れなくなるかもしれないなぁ」
キャパ300人。大きくは無いがそこそこのライブハウスなのだが店長からそんな言葉が出るとは思わなかった。
「溢れるくらいになっても普通に出ますよ!」
「いや、溢れたらクレームで営業出来ないよ……」
「なら、シークレットで!」
「ははは、それは有り難いね!」
そっか。そういう事もあるんだな。
当たり前だけど、人気バンドがシークレットライブをやる理由がわかった気がした。
タバコとお酒、その他色々と混ざった様なライブハウス独特の匂いが、引っ越しをする時の様ななんとも言えない気持ちにさせる。
俺はどんなバンドマンになりたいのだろう?
なんとなくそんな事を考えた。
♦︎
帰り道、俺たち4人はなんとなく寄り道をした。
夏の少し生暖かい様な、涼しいような風が4人をアイスに導くと俺たちはその誘惑にあっさりと屈した。
「もう、来週だよねー」
「うんそうだね」
「あたしらフェスにでたら今日店長が言ってたみたいになるのかな?」
「僕はならないと思う」
「なんでー?」
「フェスに出たバンドは沢山いるしね。ただ、海外では知名度ができるかも」
「日本では変わらないってことかー」
みんなそれぞれ、期待や不安を抱いているんだなと思う。もちろん今まで一歩一歩進んで走り抜けて来た結果なんだろうけど新しい事をする時はいつだってそう思う。
それがバンドの醍醐味でもあるんだけどな。
アイスを食べ終え帰り道、いつも通り道が同じひなと2人になるとひなは呟いた。
「あのさぁ、まーちゃんは今楽しい?」
「うん。みんなとこうやって一歩一歩進んでいけるのがすごく楽しい」
「そうだねー、こないだも事務所で色々なバンドと対バンしたいって言ってたもんねー」
「そうだね。ひなは? 楽しんでる?」
「うん、楽しいよ……でも……」
「でも?」
「あたしらがこうやってみんなで進んで行くのっていつまで出来るのだろう」
「進んで行けるか? って事?」
「んーん。 あたしは別に有名になんてならなくてもいい、みんなでワイワイするのがこの先どのくらい出来るのかなって事」
当たり前の事だけど、ひなは9月11日の事を言っている訳じゃない。この先、10年や20年先の事だろう。
まだ10代でそこそこ知名度もある、10代の頃の俺なんかそんな事考えた事なんてなかった。
だけど、俺は知っている。
長い人生の中で、最前線でバンドを出来る期間は限られてている。もちろん60代、70代でも大きなステージに立っているアーティストは沢山いるけど思い返せば頂点中の頂点だったりするわけで、さらに言えばメンバーがそのままのバンドはもっと少なくなる。
「あたしは、結婚して、主婦したりOLになったりとか他の道の生活なんて考えられないなー」
「そうだね……」
俺はそういうと口をつぐんでしまった。
多分、まだ確証は無いのだけど俺は9月でもうひな……いや、かなやさやとも一緒は入れなくなるだろう。
始めた時はまひるの事、自分の事に必死でひなやかなの事まで考える事は出来なかった。
でも、人生を巻き込んでいるのはまひるだけじゃ無いんだ……。
俺はひなの手をそっと握り
「ごめんね……」
と小さく呟くと被せるようにひなは言った。
「ねぇ、まーちゃんはひなの事大好きでしょ?」
「えっ? どうしたの急に?」
「大好きでしょ?」
真っ直ぐに俺を見るひなの視線に吸い込まれそうになる。
「うん……好きだよ」
「知ってる」
「なにそれ?」
ひなは後ろをむくと
「まーちゃんはひなが大好き!」
と大きく叫ぶと続けて
「ひなもまーちゃんが大好き!」
と言ってそっとキスをした。
久しぶりだけど、前とは違う距離感になっているのを感じる。
「ねぇ、イギリスで時間あったらデートしようよ!」
「かなとサヤは?」
「2人にはあたしからデートしてくるって言っておくよー」
「いいよ」
「じゃあ、約束」
俺は嬉しさもありながら、目の前のお誘いでほっとした部分もある。今を全力で生きるしか無いと強く思った。