ビッグフェスへの道
ノエルは繋げられれば1週間後に連絡すると言って電話を切った。
発表するまではだれにも言ってはいけないのだが、メンバーや西田さん達の前では付き合いたてのカップルの如く惚気た。
「いやーフラット君! 凄腕プロデューサーだねぇ」
バシバシ!
俺である。
「なんかまひるのキャラ変わってないか?」
「まーちゃんは嬉しいんですよ!」
「まぁ、この道の夢のイベントだからなぁ」
「フラットさんは嬉しくないんですか?」
「もちろん嬉しいよ。だけど、成功させるまでが仕事だからサポート組はまだまだ気は抜けないよ」
「そうですよねー」
「いやお前らもだよ? プレッシャーは感じてない見たいだけど、大丈夫かなぁ」
俺はテンションが抑えきれないくらい喜んでいるのだが、一つだけ気がかりが有った。
当時ギリギリ現役の俺がイギリスのノイジーフェスに初めて出た日本人に気づかないなんて事あるのか?
あの時出たバンドは、インターナショナルなんとかっていう化け物みたいなバンドが日本人で初めて出ていたはずなんだが……。
まぁ考えても仕方ないか。
ノエルやジョニーも、フラットさんも付いているからここまできて出れないって事は無いと思うんだけど……。
強いて言うならジョニーの自由さが不安だな。
♦︎
テンションの高いまま、それから1週間が過ぎる。
電話はまだ無く、俺は少し焦る。
文化祭以来研ぎすまされた俺たちの演奏に更に磨きがかかっている。
「いつ連絡が有ってもいいのだけどな……」
そうつぶやくと、スタジオのドアが開き、フラットさんが入ってきた。
「みんな! 決まったぞー!」
「もしかして、ジョニーから連絡が?」
「いや、ノイジーフェス直々に連絡が来たんだ! もちろんジョニーの後押しが有ったからなんだけどな!」
「わぁー! やったねまーちゃん!」
「流石フラットさん!」
「おう! 流石俺だろ? だろっ!?」
フラットさんはいつもの余裕のあるスタンスを忘れ中腰になりながら笑顔を見せて喜んだ。
スタジオを終えると、待合のベンチでどこかに連絡しているフラットさんがみえた。
「あっ、フラットさ……」
かなは途中で声を掛けるのを止めた。
(はい、あの子らなら大丈夫です、とりあえずインターの件はまだ……)
いつになく真剣なフラットさんの雰囲気に飲まれた。
「おっ? 終わったか?」
自然に声をかけてくるフラットさんに俺は聞いた。
「インターってなんです?」
「あ、あぁ。 それな? 聞いてたのか……」
そういうと、フラットさんはバツが悪そうに苦笑いした。
「おまえら以外にも日本から出るんだよ」
「そうなんですか?」
「まあな……」
フラットさんはそれ以上は何も言わなかった。俺は話題になったくらいのバンドだからさぞかし凄いのだろう、そしてプレッシャーをかけない様にしたいのだろうとそれ以上は聞かない事にした。
♦︎
"ノイジーフェス"
ハードコアやメタルを志す者なら一度は憧れるフェス……いや、正直終着点と言ってもいいだろう。
このまひると入れ替わってから2年半が過ぎようとしている、ノイジーフェスに出れるなら俺はもう思い残すことはないな……正直、音楽でご飯を食べて行けるようにする事を考えて来ただけのはずなんだけど、きっかけはわからないものだ。
ブーン、ブーン。
部屋で考え事をしていると携帯が鳴った。
ひなからの電話? どうしたんだ?
「あ、もしもし?」
「ひな? どうしたの?」
ひなはクスッと笑うと、
「なに〜? まーちゃん。用がないと電話しちゃダメなの?」
「そんな事は無いけど……」
「なんか二人ではなすの久しぶりだよねー」
「たしかにそうだね!」
「ねぇ? 緊張してる?」
「ノイジーフェスの事? まぁ、今は緊張というか嬉しさの方が大きいかな?」
「ふふっ、良かった。大丈夫そうだねー。でもあたしらこの先どうなっちゃうんだろうね? ブレイクしたり?」
「うーん。一時的には忙しくなりそうだけどそこまで変わらないんじゃないかな? わたしたちはわたしたちだよ」
「そうだよね。今でも充分アーティストしてる感じするし」
「そうそう! 今の時代それなりに有名になってもちょっと声かけられるのが増えるくらいじゃないかな?」
「有名人も沢山いるしね!」
俺たちは久しぶりに夜中まで電話で話した。最近色々あり過ぎたせいか、なんでもない様なひなとの電話がとても幸せな様に感じた。
そんな翌日、俺は置かれていた状況を叩きつけられるなんて少しも考えていなかった。