すれ違い
専門の先生の経験もある謎の顧問の長谷先生は席に座るなり話し始めた。
「まず、私が言える事は一つだけ。君たちは大丈夫」
長谷先生は落ち着いた口調でそう言う。
「先生……」
「正直今まで色々な生徒を見てきた。もちろん専門学校や音楽で食べて行きたい様々な子達も含めてね」
そう言うとコーヒーを口に含む。
「もちろん高校生だからと言う訳じゃない、君たちが引退間近のアーティストでも同じ事を言っただろう。それくらい君たちは規格外なんだよ」
「長谷先生的には問題無いって事ですか?」
「そう……」
長谷先生はゆっくりと頷いた。
「今までの長い音楽の歴史の中で、そんな凄いバンドが事務所と揉めた程度で潰れた例はあるだろうか?
きっと伝説の1ページにすらならないんじゃないかな?」
「でもなぁ……先生……」
「プロデュースが凄い? 君たちはプリンスというアーティストがいたのは知ってる? 彼はバングルスというバンドをプロデュースし、彼がプロデュースしたバングルスの曲は世界的にもヒットしたんだ」
もちろん知っている。"エターナルフレーム"プリンスはギタリストとしても有名だからな。
「でも、ランキングではプリンスが1位、バングルスは2位だったんだ」
長谷先生はリアルタイムだったのか?フレーズなんかは弾いてみたりはしたが、バングルスより売れていたのか。
「でもそのプロデュースしてくれている彼はプリンスの様に君たちを抜いて1位を取れる存在か?」
確かにフラットさんは凄いけど、本人が凄いアーティストな訳じゃない。
でもなんでそれを長谷先生が……?
「彼も君たちが必要で、大切な時間をかけているんだ。同じく他にも君たちに携わる人はそう……だから衝突は起きるのさ」
西田さんもサッと俺たちをメジャーに渡せば後継者とかは大変だろうけど、既存のCDもあるし、サカナも売れている。
リスクを取るよりどれだけ楽だっただろうか?
もちろんフラットさんは他にも引く手数多だっただろう。
唯さんも俺たちに携わらなくてもデザインで充分食べていける。
俺たちが居なければこの三人は同じ仕事を……同じ?
そうか!
「先生ごめんなさい! ちょっと話してきます!」
「えっ? えっ? まーちゃんどしたん?」
「みんな、西田さん所に行こう!」
するとサヤは長谷先生に近づくと、丁寧にお辞儀をし、一言つぶやいた。
「あ、ありがとうございました……あと、父が……」
「うちの生徒達をよろしくね。うん? 父? お父さんがどうかされたのかい?」
「いえ……やっぱり関係ないです」
サヤは言葉を飲み込んだ様だった。
「サヤも! ほら、いくよ!」
焦る俺はこうして、メンバーと一緒にもう一度事務所に向かうことにした。
♦︎
急いで、事務所に着いた頃には外はもう暗くなっている。外からは、電気がついているのがわかった。
事務所のある小さなビルの入り口に差し掛かると、誰かが俺の手を取るのを感じる。
「なぁ、まーちゃん?」
かなは、強く手を握り声を掛けた。
「かな、どうした?」
「あのさぁ、事務所に戻ってどうする気なん?」
「どうって、西田さんたちに話を……」
「ほらやっぱりなぁ……」
かなは少し悲しそうな顔になり、つづける。
「うちら、もう2年以上一緒にやってきてるんやで? サヤが入ってからだって1年近くなるし……」
「ちょっと、今はその話……」
かなは何の話をしだすんだ? 一刻も早く話したいのに……
「なんで今やねんって思ってるやろ?」
「えっ……」
考えている事を見透かされたのか?
「でもなぁ、今やねん。部活やフェスで、何度か離れて、まーちゃんが色々頑張ってくれてたんがめっちゃ分かってん」
「だから……」
かなは俺が話そうとしたのを遮る様に言った。
「うちらの事、そんなに信用でけへん?」
!?
俺は動揺してひなに目をやるとひなも頷く。
「まーちゃん、また1人で解決しようとしてるやん? うち思うねんけどな、今回はみんなそれぞれ思う所があるし、1人じゃ無理な問題やで?」
確かに、フラットさんや西田さん、唯さんそれぞれ大人として成り立っている人ばかりだ。
いくら中身が大人でも、正直上手くまとめられるかはわからない。
「うちらにも、説得させてや。"ハンパテ"としてなら。ちゃう、みんなが掛けてくれている4人の意見なら先生が言ってたみたいに動かせるんちゃうかな?」
「……うん。ごめん」
「ごめんちゃうやろ? "一緒にしよ?"やん?」
かなは少し笑顔になるとそう言った。
「そうだね、一緒にしよ?」
俺はその後、話す予定だった"携わるみんなでやりたい"というのを伝えようとしている事を話した。
「うーん、そこはうちらも一緒なんやけど……」
「気になる事でもある?」
「フラットさんや唯さんを押し込めてるだけにならへんかなぁ?」
かなは少し、眉をひそめる。
「どちらかを押し込めないといけないってこと? でも、長谷先生はそういうのも必要だって言っていたことない?」
「うちは、長谷先生はそういう事を言っていたわけじゃないとおもうんよな。それぞれ色々な考えが有って、でも本来交わる事が無いはずのところをバンドの力で繋がっている。もうすでにそういう仲間なんじゃ無いかって事なんやと思う」
それを聞いて俺はハッとする。
長谷先生は、バンドの力で引っ張って行かなきゃ行けないと言っいたのだと思っていたけど、もしかしたらかなのいう様に、もう既に繋がっているのだと言っていたのかもしれない。
「あの、さ。かなはどうするべきだと思う?」
「……うちは……フラットさんや、唯さん、それに西田さんにも今をどう考えているのか聞いた方がいいんとちゃうかなと思う」
「すれ違っているだけってこと?」
「うん、3人ともうちらよりずっと大人やん? 本人らが一番わかっているんちゃうかな?」
かなは、現役高校生の視点を持っていた。
当たり前なのだが、俺はどこかでフラットさんや唯さんを同じ目線と思っていたのかもしれない。
「かな、そうしよう! ひなやサヤもそれでいいかな?」
2人は頷き、俺たちは事務所の階段を上がる。だけどもう、2人は帰ってしまっているかも知れないな……。