ハッピーバースデー
「ハッピーバースデー!」
クラッカーの音が部屋に響いた。
「えっ? わたし??」
そう、11月24日は俺、というかまひるの誕生日だった。
ステージのある、ジャズカフェみたいな場所にフラットさん、西田さん含めシーサイド関係のみんな、まさかのスターリンやナカノさんやタカさんまでも来ている。
「え、えっ? なんで??」
「いやー、フラットさんに呼ばれたんっすよ! 誕生日だから来ないか?って。そんなんスターリン一同は来るしか無いっすよ!」
ヒロタカさんが少し恥ずかしそうに言った。
「まひる、今日のライブもみたけど、もう売れるのは時間の問題だな! 新曲もマジ、あれからさらに成長するとは思わなかったよ」
雅人ももちろん来てくれている。
「はいはーい! 懐かしい話は後にして、今日の主役に挨拶してもらいまーす!」
フラットさんは意気揚々としきり始めた。
「こっちこっち!」
フラットさんはいきなりマイクを渡すと挨拶しろとばかりにウインクした。
フラットさん……こういった事も自然にやってしまえる。いや、プロデュースしていく上で必要な事なのかもしれない。
しかし、おれは37年こんなに祝われた事はなく、柄にもなく頭の中が真っ白になる。
「あ、えーっと皆さまお集まりいた……」
と言いかけるとフラットさんはマイクを取り上げ、
「ハッピーバースデー! かんぱーい!」
おい! ちょっと!
「かんぱーい!」
いつも通りの、バンドマンらしいノリで少し落ち着いた俺は我にかえると涙が溢れた。
「え、えー? ちょ、ちょっと! マイク取り上げたからって泣く事ないよね!?」
「ち、違います! 嬉しくて……」
フラットさんはふふっと笑うと、小さく呟いた。
「みんな、まひちゃんを祝いに来てくれてるんだよ」
俺は余計に涙が止まらなくなった。
「ちょっとこんなに泣くとは思ってなかったんだけど、進行させてもらうね! スペシャルゲスト用意してます!」
!?スペシャルゲスト!?
小さな会場の歓声とともにスクリーンが現れ、映像が始まる。
どこかの部屋で撮影された動画に現れたのは、コールドプランのジョニーだった。
ジョニーは、白いテーブルの上に肘をつくと、少し考えた様なそぶりを見せ話し出した。
「……よう、ファッキンガールズども、相変わらずションベン臭そうなガキどもだな!
何?まひるの誕生日を祝え? そんな暇あるならさっさとこの腐った音楽シーンをどうにかしてみろ!」
会場がシーンとなる。
するとノエルの声がする。
「コンナコトイッテマスが、アニキはガンバッテニホンゴ、レンシュウシテタンデスよ!」
それから英語で言い合いになって動画は終わった。
その瞬間会場に笑いが起きた。
まぁ、あのジョニーだからなぁ、普通にコメントしてたら逆に怖いよなぁ。
「はーい!1人目のスペシャルゲストでした!続いては……」
と言いかけると、鋭いギターの音が響く。
ドリームシアターのリフだ。
え、まさか……ペトルーシ?
正確無比なバッキングとリフ、凄まじいキレのあるギター。だが音の雰囲気にペトルーシとは違う聞き覚えを感じた。
ガタッ!
その瞬間、誰かが立ち上がり椅子の倒れる音がする。
「待て!おまえ、何やってたんだよっ!」
裏から出てきたのはジュンさんだった。
「ハーイ!ヤッホー! ミナサンオヒサシブリデスネー!」
「おまえふざけんのもいい加減にしろよ」
ナカノさんはヒートアップし、かながなだめようとすると、タカさんが何も言わずに、そっとジュンさんに近づいていく。
あまりの自然な雰囲気にナカノさんも意表を突かれた様な顔になっていた。
「ジュン……おかえり」
落ち着いた声で、タカさんは呟くとジュンさんの肩を叩いた。
「やっぱり俺、お前らとやりたいわ」
間が悪いのか、少し照れくさそうにジュンさんはそう言ってかえした。
おい!俺の誕生日は?
なんかドリッパーズの復活祭みたいになっているんだが?
ジュンさんは後ろに目をやり、2人を呼ぶと、落ち着いたナカノさんは小声で「おせーよ」と呟きボディブローを入れたのがわかった。
「まひまひー! ハッピーバースデー! もう俺は負けんよ、まひまひやサヤだけじゃなく自分にも!」
そう言うと、ドリッパーズの曲を弾き始めたが、以前とはレベルが違うギター、いやベースとドラムも全然違う!
それぞれの個性と意地がぶつかったようなアレンジの変わり様なのに纏まるもんなのか?
曲が終わるとジュンさんは俺を指差す。
来いって事か?
フラットさんは何故か俺のキラの助を持って待っている。
なるほど、久しぶりにという訳ね!
ジュンさんは高速リフを奏でる。
以前よりはるかに速い! しかも正確でキレも有る……でもこのペンタトニックのスケールフレーズならすぐに真似出来る。
俺はコピーして返した。
「流石まひまひっ! これくらいじゃ勝たせてくれないよねー」
そう言って人差し指で挑発する。
(得意技でこいよ?)
俺にはジュンさんがそう言っている気がして、得意のタッピングで返す。
ジュンさんはニヤリと笑うと、しっかりと返してきた。
マジかよ。前まではこれで詰まっていたはずなのに……。
「アメリカンジュンはここからだぜ?」
自信満々にそう言うとジュンさんはフレットを広く使うスイープ……
これはヤバい、手のサイズ的に俺には出来ない。
タッピングでアレンジしてコピーする。
厳しいな、やっぱりこの人天才だよ……。
だけど、進化したのはジュンさんだけじゃ無い。手グセやスケールではコピー出来ないフレーズ……そう。
新曲のピックタッピングのリフ!
まだ音源になっていないこのリフは初見ではまず出来ないはず!
俺は全力で弾ききる。
ジュンさんが目を見開くのが分かる。
必死にジュンさんが合わせようとするも音が迷い、別のフレーズになる。
そう、そうなるよな……。
弾き終わるとギターを持ちあげ手をあげた。
「あー、勝てると思ったのになー!どうよ? 互角にはなってるんじゃない??」
自信満々のジュンさんがウザかったが間違いなく桁外れにレベルアップしていた。
「うん、レベルアップしてる」
俺はニッコリと声をかけた。
その後も色々なセッションやサカナからのメッセージなどのサプライズが行われ、誕生日というより音楽祭のように会場は賑わって幕を閉じた。
何より、みんなからのプレゼントで色々エフェクターや靴などを貰えたのが何だかんだ嬉しかった。
♦︎
帰り道、久しぶりに西田さんとハイエースで帰る事になった。
「フラット君、ありがとう」
帰り道運転しながら、西田さんはそっとフラットさんに言った。
「いえいえ、僕は楽しく仕事させてもらってるだけですよ」
「正直、限界と思っていた"ハンパテ"をここまで成長させてくれるとは思っていなかったよ」
「まぁ、この子らは環境的にもかなり恵まれてますし、それに応じる実力もありますからね」
「僕もそれは感じているつもりなのだけど」
西田さんは少し苦笑いを浮かべる。
「それより、計画の方はどうなんです?」
「あぁ、おかげでもってきたチャンスを活かせそうだよ」
「それなら良かったです」
なんとも気になる話を繰り返す2人を、俺たちは気にせずにはいられなかった。




