プロデュースの始まり
初めての顔合わせが終わり、数日が過ぎた。
俺たちにはまだフラットさんの仕事や実力は分からなかった。
休日、俺たちはスタジオに入る。
その後作った新曲はまだまだ未完成だと思っていた。
「あれからフラットさん特に何もないね」
「ほんまやなぁ、でも、プロデュースってなにするんやろ?」
まだ俺たちは、"音楽プロデューサー"の仕事の意味を理解していなかった。
「音楽をまとめる? 有名アーティストに編曲者として入っていたりするよね」
俺は何となく言った。
「たしかに、そしたら編曲? あの人ガンガン変えそうでなんかやだねー」
「まぁ、良くなるならええねんけどなぁ」
セッティングが終わる頃、スタジオの扉が開いた。
「すいませ〜ん! 遅れました!」
そう言って、フラットさんはスタジオに現れた。
「フラットさん!?」
「新人ギタリストの水野です!」
ギタリスト?
フラットさん、一体何をする気なのだろうか? もって来ているギター? のケースが少し小さく感じる。
「すぐ、セッティングしますんで……」
何故かフラットさんはオドオドしながらギターを取り出した。
"スタインバーガー"
彼はヘッドレスのコンパクトなギターを取り出し、余っていたアンプに繋げた。
セッティングがめちゃめちゃ早い!
にしても何でスタインバーガー? まさか"ハンパテ★"のバンド名に合わせて……
彼は軽く音を出す。
ん? 音小さくない??
「オッケーです! 遅れて申し訳ありませんでした……」
「フラッ……いや、水野さん? 音小さくないですか?」
「あ、気にしないでください! そのまま曲やってもらっていいですよ!」
やっぱり編曲で入るのか?
音楽プロデューサーなのだから、ギターが上手くてもおかしくはないが……
「そしたら、新曲1つ目しよっか!」
俺が声をかけると、ひなはDTMを起動し、曲を始める。
フラットさんは……やっぱりほとんど聞こえない!
けど……バッキングは完璧。
この人……ギターかなり弾けるぞ。
ただ、めちゃめちゃ気になるかも?
アレンジで何か言われるのか?
ただ、フラットさんはただバッキングで合わせただけで、特に何も言わなかった。
「あ、気にせずアレンジとか話しちゃってください!」
この下手に出ている姿勢も気になるが、この曲はほぼ完成しているから、次の新曲を詰める事にし、2曲目を合わせる。
やっぱり上手い。
初めて聞くはずの曲にも難なくバッキングで合わせてくる。
バッキングだけとはいえ、俺やサヤのコードやリズムはかなり難しいはずなんだけど……
はっ!
俺はフラットさんのギターの違和感に気づいた。
この人のギター、存在感が全く無い。
音が小さいせいもあるが、リズムもずれず、コードも乗せるだけ、ちょっと音が厚くなるだけだ……。
未完成の曲なのに、なんで?
「すいません、イントロのリフ何でマイナー入っているんですか?」
「えっと……重く低めの印象づける為ですね……」
「なるほど、なるほど……」
……だけ?
その後もフラットさんは"何で?""どうして''を繰り返しただけで、答えに"なるほど"と特には何も言わなかった。
何かダメなのか?
ただ、時々、サヤのアレンジが変わる。アレンジの時は結構変える事はあるが……。
ここまで質問されると良くわからなくなってくるな……。
「ミニアルバムをつくるから……1曲目は何番目? これは何番目がいいだろう?」
あれ? そういうのを決めるのが"音楽プロデューサー"じゃないのか?
「2番目と4番目? ですかね?」
「そっかそっか……1番と3番、5番はどんな曲になるんだろう?」
「えっ? そういうのって水野さんが決めるんじゃないんですか?」
「そだよー、だから今決めているんだよー」
今決めている?
そうか! フラットさんのプロデュースはすでに始まっているんだ!
「おっと、もう時間だね……終わったら少し話しをしようか……」
気がつくと、スタジオ終了まで10分を切っていた。俺たちは機材を片付け、スタジオの待合のテーブルを囲んだ。
フラットさんの眼光が鋭くなる。
「よし、フラットに行こう」
もしかして、これがフラットさんの由来?
あの時リクソンさんと話した雰囲気になる。
「今日、一緒に入らせて貰って感じた事をつたえる」
すると、フラットさんは少しニッコリした。
「演奏力は100点だ!」
「えっ? 100点ですか?」
「ああ、今の段階ではって事だけどリクソンがあれだけ熱くなるのもわかる。正直音源以上なのはあいつが録れてないんじゃ無い、成長しているんだろうね」
少し意外だった。でも、言葉の中にリクソンさんへの強い信頼を感じる。
「ただ、問題は歌と、方向性だと俺は思う。正直そこは5点。圧倒的な演奏力で隠れているけどね」
「5点!? それ全然あかんやつやん……」
「そう、"あかんやつ"だね。多分西田さんも、リクソンも気づいている。ボコーダーを提案したのはリクソンじゃないか?」
「そ、そうです……」
「あいつは職人だから、良く聴こえる様に改善する。それは自然なんだけど、根本的な解決にはならない」
「そしたらうちらはどうしたら……」
「それを改善する手助けをする為に俺がいる。だから西田さんの采配は間違いではないんだ」
「ただ、なかなか君たちは心を開いてくれないからね……用意したTシャツもサヤちゃんしか着てくれてないし……」
「あ……すいません」
「君たちは、アイドルと、ダンスユニットの違いはどこにあると思う?」
「ダンスや歌のクオリティ?」
「うーん、20点! ダンスや歌が上手いアイドルも沢山いるよ? 特にトップクラスはその辺のダンスユニットより遥かに上手い」
「確かに……」
「俺自身も80点の答えになると思うけど、方向性とグループとしての考え方だと思う。あとは見る人が決めているだけじゃないかと思う」
そう言えば以前アイドルのイベントに出てしまった時、出演していた子はジャンルは見ている人が決めると言っていたのを思い出した。
「見る人が決める……そしたらわたし達はまつしかないんですか?」
「そうじゃない。例え見る人が決めるとして、言葉や音は伝わっている。君たちが作った世界のパラレルワールドで判断しているだけなんだよ」
フラットさんは、180度変わるわけではない、ただそう捉えられれにはそれなりの理由があるのだと俺は受け止めた。
「今、成功している近いバンドをイメージしてごらん? きっとエバネッセンスやダモーン、日本だとショーヤやベビーメタルが出てきただろ?」
「はい……」
「どれも女性ボーカルとしてメタルなどの重い音を昇華したバンドだ」
「でもそれじゃ……」
「そう、それじゃ二番煎じになっちゃうよね? そこでリクソンがボコーダーを授け、ひなちゃんがそれを活かせるDTMを作った」
「ほんまや! "ハンパテ★"の音楽はそこで出来てたんや!」
フラットさんは少し頷く。
「かなちゃん、惜しいね! そこで出来たの"ハンパテ★"の音じゃなくて、きっかけなんだよ」
「えぇ? でもこのスタイルで質を高めてって話なんちゃうん?」
「それはもちろんあるけど、大事なのはそのスタイルで何を表現し、伝えるか?なんだよ」
「なるほど、それが出来れば自然と……」
「自然ではないね……音響の技術でより明確にし、そのイメージで最適な広告、ビジュアルを手配する。それぞれのプロフェッショナルが一致して初めて完成するんだよ」
フラットさんに言われるまで、俺は音響や広告の技術など様々な物は何処かで当たり前と思っていたのかも知れない。
よく考えたら当たり前なんだ。それぞれが技術を高めていない事には完成させる事は出来ない。小さなハコでさえPAの技術に左右されてしまうんだ。
俺はこの時フラットさんに心の底から言葉を出す事ができた。
「フラットさん……わたし達に力を貸してください!」
フラットさんは目から笑顔になると、
「もちろん! 一緒に作ろう!」
そう、はっきりと言った。