お姫様抱っこ
俺は慌てて首を振る。
「本当か? だよな? なんだよ、心配して損したぁ」
雅人は安堵の表情を浮かべた。
だが、俺は早く歯医者に行きたい。
「最近、バンドはどうだ?」
おい、話し続けるのかよ。
口の中で少しずつ唾液に混ざり血が溜まって行くのが分かる。
「ヤバイのか?」
俺は首を振る。
「ならいいんだけど……」
雅人との会話が途切れ、俺たちは無言で歩く。雅人はいつまで付いてくる気なんだろうか?
しばらくして、雅人が口を開いた。
「そう言えばさぁ、ジュンさんアメリカに行くらしいぞ?」
「マジでっ!?」
そういうと俺の口角から血が垂れる。
「うぉっ! まひる大丈夫か?」
俺は慌ててティッシュを出して拭いた。
「ちょっと雅人、大丈夫、あっ……」
くちを開いたせいで歯が沁みる。
「ま、まてよ……119番、119番……やべっ救急車何番だ?」
「いやいや、今言ったし。痛たた。口を切ってるだけだから救急車はいらないよ! イタタ……」
「なんだよ、お前、それでさっきから喋らなかったのか?」
俺は頷き、
「だから今歯医者に……」
「わかった、任せろ!」
そういうと雅人は俺をヒョイと持ち上げる。
ちょっとちょっと……
「どこの歯医者だ? 連れてってやる」
無茶苦茶だけど、なかなかカッコいいじゃねーか。まぁ、女子受けはしないだろうけど。
雅人はそのまま歯医者に走る。
お姫様抱っことか恥ずかしすぎるんだけど……俺は雅人の勢いに負け、そのまま歯医者の前に着いた。
近かったとはいえ50キロ近い俺をすんなり運べるのは流石ゴリ……いや、雅人だ。
一緒に待合いにはいると、意外と直ぐに対応してくれた。
「おう、大丈夫だったか?」
雅人は照れながらそういった。
「うん、ありがと……」
別に運んで貰わなくてよかったんだけど、俺は何となく礼を言う。
事情を話すと雅人は大笑いした。
「ジミヘンの真似して怪我とか! あはは、まひるらしいな!」
「それでさ、ジュンさんだけど……」
「ああ、俺も源さんに聞いただけなんだけど、今のままじゃダメだから修行に行きたいらしいんだよ……」
「源さんに相談してたの?」
「そうみたいだぜ? まぁ、源さんあっちにもコネクションあるからなぁ……」
「そうなんだ……」
確かに源さんはソロの時は外国人を引き連れていた事もある。
だけど、またなんで急に。
まぁ、でもこれでナカノさんも安心だろう。
俺は礼を言ってかな達の元に戻る事にし、途中でナカノさんに連絡を入れた。
♦︎
プルルルル、プルルルル
「あ、まひるちゃん? もしかして……」
「うん、さっき雅人から聞いたんですけど、ジュンさんアメリカに行ったみたいです」
「はぁ? なんでまた? こないだヒロタカに聞いた時は知らなそうだったんだけどなぁ」
「結構最近なんじゃないですか? 雅人も源さんに聞いた見たいでしたし」
「なるほどなぁ。あいつああ見えて繊細なところあるからなぁ……焦ってるのかもなぁ」
焦って? それってまさか……俺が原因か?
「でもありがとうな? どのくらい行くのか源さんにも聞いてみるわ……」
「はい……」
俺はかな達と合流するまで、少し考えた。
ジュンさん……優しくアドバイスしてくれていたけど、本当は……。
逆ならどうだ?
俺なら後輩に先越され……あるな。
あー。
俺は自分のしでかした事に気付き、胸が痛んだ。
今度"ドリッパーズ"のメンバーに会ったら謝っておこう……。
かな達と合流すると、心配してくれていたものの治った歯を見せ安心させた。
「ごめんなさい……」
「意外とまーちゃん無茶するからなぁ」
ひなは安心したように笑顔を見せた。
♦︎
そして数日後。
俺たちは完成した曲を持って西田さんとの待ち合わせ場所に向かった。