ひなの秘密
"キルコーのギターを受け継ぐ女子高生ギタリストサヤ"
どの雑誌にもサヤの名前が記されていた。
いや、受け継いだって……合いそうだからもらっただけだろ?
それぞれの記事は面白おかしくしたいのか、勘違いしているのかはわからないが、サヤはキルコーに認められたみたいな形になっていた。
それは世の中のメタルファンや、音楽通にとってはかなり衝撃的だったのだろう。
夏休みが終わる頃、サヤの高校が決まった事をきいた。
俺たちとは違う通信制の高校に通う。
サヤは3年生、正直ギター以外はダメそうなサヤは同じ高校には入れなかった様だ。
だけど、今の知名度を考えると編入すると騒ぎになりそうだな。
♦︎
夏休みが終わると、学校でも知っている人が大分増えた様に感じたものの、大した変化はなかった。
いつもどおり、かなとひな、由美と話す生活。
「なあなあ、フェスの記事みた? サヤさんめっちゃ推されてるやん!」
「そうだね、フェスのトラブルがあった時も実際凄かったからね」
「あれは凄かったでっすねー」
そう、裏ばかりに居たからフェスでは由美には会えなかったが、部活のメンバーと来てくれていた。
「なぁ、ギターを受け継いだって話題のサヤさん"ハンパテ★"のギターなんだよな?」
突然、クラスメイトのタカシが話しかけてくる。俺はほとんど話したことは無かったが、かなはそれなりに仲が良さそうだった。
「そうだけど?」
「なんや、タカシぃもしかしてサヤさんに恋したんちゃうん?」
「そんなんじゃねーよ、俺メタル好きなんだ。山本たちのバンド、アンダーグラウンドと知り合いなのか??」
「知り合いって言うか、フェスでたまたま話すきっかけがあっただけなんだけど」
「せやで、まぁコールドプランのジョニーとは一緒に前夜祭したけどなぁ……」
「マジかよ! "ハンパテ★"聴いたけど、ギターすげぇよな! 木下も流石インディーズ、上手いよな!」
もしかして。音源のギター、サヤだと思っているのか? どう聴いても"キラの助"の音だろ?
多彩なコード感や味のあるリフが好きならサヤを推すのは分かる。でも、早弾きが好きなのなら……
「その音源のギター全部わた……」
キーンコーン カーンコーン
俺がそう言おうとした瞬間、チャイムの音が鳴り、その後も、俺は誤解を解けずに始業式を終え、帰る事になった。
別にほとんど話した事もないタカシが勘違いしていても大した事はない。そのうち事実を知って恥ずかしい思いをすれば良い……
だけど……
なんでこんなにモヤモヤするんだろう。
「ねぇ……」
サヤより俺の方が……
「ねぇってば!」
「あっひな? どうしたの?」
「ずっと呼んでるのにー。まーちゃん最近どうしたの?」
「どうって、何も無いけど……」
「んー。フェス終わったくらいからなんか元気ないよ?」
「そうかな? 別に大丈夫だよ?」
「ふーん。この後さ、ちょっと寄り道しない?」
そう言ったひなは少し無理矢理笑った様に見えた。やっぱりひなは俺の事をよく見ているんだな……。
俺はひなに連れられて、そのまま雑貨屋さんに着く。
「ねぇ、一緒にこれ買わない?」
ひなは猫が忍者の格好をした"ねこにん"というキャラのキーホルダーを手にしていた。
「なにこれ?」
「やっぱりまーちゃん変だよ? こないだ言ったじゃん可愛いキャラがあるって……」
「そうだっけ?」
「もういいよ……まーちゃんのバカ……」
ひなは拗ねた。
「あたしはたまには息抜きも必要だと思うよ? サヤの事で焦ってるかもしれないけど」
「そ、そんな事ないって」
「サヤさんばっかり評価されて……わたしの方が上手いのにって。そんな顔してる」
ひなの言った事は半分図星だった。
「でもね……あたしはまーちゃんの味方だよ? ずっとね……」
そう言うと、ひなは洋菓子やさんでちょっと豪華なプリンを買った。
「ねぇ? うちに寄っていかない? 一緒に食べよう?」
「プリンかぁ、美味しそう!」
「じゃあ、決まり!」
久しぶりにひなの家に来た気がする。
最近活動や練習が忙しくて、あまり遊べていなかった。
部屋に入ると大きな鍵盤とディスプレイに驚いた。
「ひな、これすごいね! DTMの機材こんなに揃えてたの?」
「ふふふ、そだよー。結構いらない物も買っちゃったけどねー」
「ひなもやっぱり頑張ってるんだね」
「うーん、やっぱりみんなすごいもん」
プリンを出して食べる。
「あー、これ美味しい!」
「でしょー? 前から気になってたんだー」
「そうだったの?」
「うん、まーちゃんと食べたいなーって」
ひなは嬉しそうな顔をした。
「ねぇ、ひなはさぁわたしの事好きだよね?」
「ゴホッ。な、何? 急に!」
「いつも、見ていてくれてるなーって」
「うん……見てるの気づいてたんだ……?」
こうやって話せるのも後1年。
俺はタイムリミットというものをあまり深くは考えて来なかった。
なんとなく、こんな感じでずっと過ごせるような、そのまま大人になっていけるような気がしていた。
でも……
「ひな、もしわたしが居なくなったらどうする?」
「うーん……探す……かな?」
「じゃあ、死んじゃったら?」
「……まーちゃんどこか悪いの?」
「悪くないよ、例えばの話」
「あたしも寂しくて死んじゃうかも」
ひなの悲しそうな顔と、タイムリミットが重なって感情がぐちゃぐちゃになり気づいたらひなを押し倒し抱きしめていた。
「ちょっと、まーちゃん!」
「ひな……怖いよ……」
「だからぁ、まーちゃんどうしたの?」
「どうしたらいいのかわからない」
俺は涙目が止まらなかった。
今まで押し殺し耐えていた感情が溢れて、なんとなく、ひななら受け止めてくれるかもしれない……そんな気持ちで泣いた。
「よしよし、まーちゃん。泣いていいよ。 まーちゃんの思ったようにしたらいいよ」
ひなは何も聞かずに頭を撫でて優しく言った。
俺が転生する前からまひるちゃんのそばにいたひなは一体どんな風に俺を見ているのだろう?
俺はそんな事を考えながらふと顔を上げた視線の先。ベッドと同じくらいの高さの低い位置に見慣れたCDがいくつか並んでいるのがみえた。
あれ?




