夕日
いーなー。サヤいーなー。
俺はサヤをつつく。
「何っ? 僕に何か用?」
「サヤ、察してあげてや。まーちゃん大分ギターの件根に持ってるんや」
「根に持ってないし!」
「まーちゃん拗ねると面倒だからねー」
「ひなまで……拗ねてないし!」
「ほらほら、始まるで!」
SEが始まるが、俺はギターとサインがジョニーのサインになってしまった事で頭がいっぱいだ……。
だが、キルコーのギターが鳴るとそんな事はどうでも良くなった。
すごい、芸術的なリフ、正確なギター。
更にはその存在感。
「なんかテンション高い時のまーちゃんみたいなギタリストやなぁ〜」
「よく聴いて! 全然ちがうから!」
「僕もそう思うよ」
「流石サヤ! だよねー?」
「んーん、かなの方。プレイスタイルは違うけど今のまひるは見劣りはしない」
「サヤまで……ならギターちょーだい?」
「それとこれとは話が別」
チッ。
それでもやっぱりアンダーグラウンドはすごい。俺は一つ一つのフレーズに心を奪われた。
「でも間違い無く最高クラスのクオリティのバンドだと僕も思うよ」
「でしょー?」
♦︎
次に向かうのは"サカナ"と"マッドウィンプス"のステージ。
「あのさぁ。キルコーは分かるけどなんで"サカナ"まであんたがついてくるわけ? 自分のライブ"マッドウィンプス"まで見たらギリギリになるよ?」
ジョニーは少しムスッとして言う。
「何? 俺らのライブ見に来ないわけ? その辺の日本のバンドよりいいと思うんだけど? というかなんでお前は嫌がってんだ?」
「いやいやいや、ライブは見るけど、なんでわたしに好かれると思ってるの?」
「ん? サイン大事そうに持ってんじゃん?」
かぁー!
「違うし! キルコーにもらう気だったし!」
言い合いみたいになった所で時子さんが来てくれた。
「西田さんにまひるちゃんたち! っと……コールドプランのジョニー? 凄い! なんで?」
時子さんはジョニーを見るなりあわあわしだした。
「姉貴分のバンド? なぁ女王、普通俺に会ったらこうなるはずなんだけど?」
「あんたになるわけないでしょ!」
なんでジョニーはこんな自信満々なんだよ。
「あのさ……あなたたち仲よさそうね?」
「よくないし!(よくねーし!)」
「あははは! ほんまいつから仲良くなったんや?」
「かな? まーちゃんはジョニー嫌いだとおもうよ?」
かなは指を振り、
「チッチッチ。ひな、わかってへんなぁ、あれは仲良いんやで!」
かな、そのアクションなんか古いぞ!
「えーっ!」
「だから違うってば!」
「まぁ、ジョニーも見てくれる事だし、私たちも頑張らないとね!」
こうして、俺たちは"サカナ"のライブを久しぶりに見る事が出来た。
流石はメジャー、サポートのメンバーも入れ以前からはいくつも進化したパフォーマンスを披露する。
「時子さんたち、やっぱり凄いよね」
「だね、サポートも上手く自分達の音に合う様にまとまっている……」
「あのさぁ、こいつらって女王の姉貴分なんだろ?」
「ジョニー? そうだけど?」
「なんか全然違う音楽なのはなんでだ?」
「わたしらは"サカナ"に見つけてもらった感じだからかな?」
「なるほどな……」
ジョニーは何か言おうとしたのかも知れないがその続きは言わなかった。
マッドウィンプスが始まる頃にはジョニーは居なくなっていた。
マッドももちろん進化していたが、以前のライブで感じたほど、マッドとの差は感じなかった。
そしてメインステージ。
あのジョニーとノエルのライブがスタートする。
♦︎
メインステージは満員どころではなかった。
「これ、客席に行けないね……」
「やっぱりジョニー達ってロックスターなんやなぁ……」
正直、直接話すジョニーは意地悪な少年みたいな雰囲気だが、もう40歳は超えているおっさんのはず。
夕日が差し込むステージに立ったジョニーに身近な感じは全くしなかった。
俺は今まで、数々の有名なアーティストを見てきた。もちろん"ライブに行った"と言う意味なのだけど。
知っている名曲、雑誌やネットで調べた知識でそれぞれ感動しモチベーションを上げた。
だがジョニーのライブはそんな有名アーティスト達とは違う見え方でジョニーやノエルの人間性を感じた。
「こんなにリアルな音楽だったんだな……」
その瞬間、俺の手を握る感触があった。
「まーちゃん、泣いてるの?」
「ひな、ジョニー達凄いね……」
「うん。"俺たちのライブ見ねーのかよ"とか言ってたけどそんな身近なバンドじゃないよこれは……」
勝つとか負けるとか、そんな事がどうでも良くなるくらいに引き込まれる世界観。
今回色々あったけど、知り合えた事を誇りに思う。
♦︎
ジョニーのライブが終わり、俺たちのサマーフェスティバルは幕を閉じた。
時間の無いジョニーは、帰り際にこう言った。
「またな」
俺にそう言うと、サヤ達の頭をポンポンして去って行った。
きっとジョニー達はこのままレジェンドとして君臨し続けるだろう。
ついでにキルコーに声をかけると、
「お前も見てたぞ?」
そう言ってピックをくれた。
キルコー……ん? 何?この手。とりあえず手を繋いでみる。
「違う、ピック、くれないのか?」
あー、俺はポケットに入っていたピックをわたした。
♦︎
「おつかれ様でーす!」
俺たちは、荷物をまとめハイエースに詰め込む。さっきまでの出来事が夢の様に感じ流くらい作業する人の声しか聞こえなくなっていた。
「あ、唯さん! 今日は本当にありがとうございました!」
ステージや物販の準備をしていてくれた唯さんにも挨拶を交わす。
「まひるさん……ちょっといいですか?」
「どうしたんですか?」
「あの……タキオさんの事で……」
この一言で、俺の止まっていたもう一つの時間が動き出す気がした。