才能と努力
ひな、いきなり何を言ってんの!?
「わからない」
そうサヤは即答した。
「そっか……あたしはサヤさんが苦手だったんだ……」
「……」
ひなの一言で、どうしていいのかがわからない空気が流れる。
「でも……そうやって素直に返すことが出来るサヤは好きだよ」
サヤは少し赤くなり俯いた。
ひな的にもやもやした部分を晴らしたかったのかもしれない。
その日のスタジオは、サヤはひなに答えるかの様なサウンドを奏でた。
やっぱり、サヤは不器用なんだろうな。
サヤの感情は詰め込まれたまま音でしか表せないのかも知れない。ただそれがこのズバ抜けた存在感や凄さが出る要因になっているのだと思う。
練習を終え、スタジオを出ると由美は何かを見つけた様に走りだし誰かにだきついた。
「ジュンちゃーん!」
「おおっヤッホー! 由美なにしてんの?」
ジュンさん!?
というか由美と仲良いの!!?
「あれ? まひまひ達もいるじゃん!」
「ジュンさん練習ですか?」
「いや、明日ライブだから預けていた機材を取りに来ただけだよ。ってなんかメンバー増えてない?」
サヤに目をやるとジュンさんサヤに話しかけた。
「君、"ハンパテ★"に入ったの?」
「今回、サポートするだけ……」
「そっかそっか! もしかしてガンウィズの時の子?」
「そう……してた」
「えーっと……」
「サヤ」
「ほうほう、サヤにゃんかー! ちょっとギター見せてよ!」
サヤはコクリと頷く。
全くタイプが違う様に見える2人だが、サヤのあんまり話さない感じと、ジュンさんの話を聞かない感じがマッチして噛み合っている。
「サヤ、ジュンさんと意外と相性ええんちゃう?」
「確かに何か噛み合っているよね……」
サヤがギターを出すと、生で弾き始める。
「おぉー! 流石まひまひのサポート! まぁ、俺の方が上手いけどな!」
「本当?」
サヤはその言葉に目を輝かせると、ギターを手渡した。
「おっ、すげーいいギター、生鳴りが凄くいいなぁ!」
「わかる? 音も素直な子なんだよ」
「アイバニーズだしねぇ、扱いやすそう!……スタジオデート、しちゃう?」
「いいよ?」
そういうと、サヤとジュンさんはスタジオを取りに受け付けに向かった。
「あー!」
「まーちゃんどうしたの?」
「あの2人の共通点みつけた!」
「??」
「あの2人、自由人だ!」
♦︎
サヤとジュンさんに着いていく様に、俺もスタジオに入る。
「サヤにゃんバッキング上手いよねー!」
「バッキング、苦手だった」
「そうなのか? でもわかるなー、俺もソロが弾きたかったけどソロ苦手だったよ……」
「ジュンも?」
「でも、俺思うんだけど苦手な方が上手くなるとおもわねぇ?」
「わかる!」
「だろ? 苦手ってさぁ、自分が理解しなきゃいけないものを多く感じてるとおもうんだ」
「難しいね……」
「だからさ、その理解しなきゃいけない部分を埋められたら他の人には出来ない事が出来るようになると思う。それが才能だと思っているんだけどね」
「たしかに……そうだね……」
「俺さぁ、こう見えて大学行くまで喋れなかったんだぜ?」
「本当に?」
「マジで、本当に! サヤにゃんも喋るの苦手だよね?」
「うん……」
「ほら、喋れる様になる才能あるじゃん!」
「あっ……」
「まぁ、苦手がない! みたいな天才もいるけどなぁ」
チラッとこちらをみた。
「えっ? わたし?」
「まひまひは弱点ないよなー」
「うん、満遍なく綺麗」
そう言った2人に俺は罪悪感を感じた。
別に苦手が無かった訳じゃない。俺にはただ、時間があったんだ。
もともと器用な方ではない俺は、ギター自体が苦手だった。ギターを始めた頃は誰よりも成長が遅かったと思う。
サヤは始めた頃の小さな手ではコードが抑えられず、バッキングが苦手だった。サヤは工夫してコードを抑える事で今の多彩なコード感を身につけた。
逆にジュンさんはバンドで3ピースだからソロに憧れていて、バッキングでのリフを展開させる事を考えた結果今の緩急のある早弾きのプレースタイルになった。
俺は……20年以上という長い時間の中で、出来ない事を無くした。ただ、それだけなんだ。
「天才じゃないよ……」
苦し紛れに俺は呟いた。
「わかってるよ、まひまひのギターは練習しないと出来ない事くらいはね」
スタジオの時間が来ると、ジュンさんは俺の肩を叩いた。珍しく何も言わなかった事が逆に俺を勇気付けた。
♦︎
それから、何日かサヤとの生活を過ごしていくうちに、サヤは少し変わったきがする。
かなや、ひなにも話しかけようとしたり、少しだけだけど音楽以外の話にも入る様になった。
このまま、フェスに向け連帯感が高まると思っていた矢先、俺の携帯に西田さんから連絡が入る。
「まひるちゃん? サヤちゃんは今まひるちゃんの家にいるのかい?」
「あ、はい。居候してますけど……」
「そうか、ちょっとサヤちゃんのお父さんから連絡があってね……かけてもらえないかな?」
西田さんはそう言って、番号をつたえた。