新たなステージ
サマーフェスティバルの広告媒体の内容を唯さんに送ると、次の週に打ち合わせで名古屋に来てくれることになった。
「こんにちはー!」
元気そうな挨拶とは裏腹に、唯さんは目の下に酷いクマが出来ていた。
「あのー、疲れてます?」
「わかります? お仕事受けてからブラック企業もビックリの地獄です!」
「えっ!? そんなに?」
「先週はタキオさんのデータの確認と、ブランディングの最適化、今週はフェスに向けての白夜とのすり合わせとプラン作り……」
「た、大変そうですね……」
「でも、タキオさんのデータレイヤーとか凄く綺麗に作られていて……ってわからないですよね?」
「すいません……」
こちらはメンバーと山野さん、唯さんはアシスタントを1人連れてきていた。
「今回3社絡む感じなんですけど、古巣の白夜堂はわたしにある程度任せてくれるとの事でした。まぁあんまり公にしていない子会社みたいなかんじですからね……」
「なるほど、プランは見させてもらいました、イメージとしてはメンバーの色分けをしていく形なのでしょうか?」
「そうですね、タキオさんが作られた物は中学生の初々しい感じとハイクオリティな音楽をテーマにされてたと思いますが、今は女子高生それぞれ自立した個性を出しながら纏めていく必要があると思います」
タキオの説明を思わせるスタイルに、俺たちはすんなり受け入れる事ができた。
「データやブランディングの仕様書を見せていただき、タキオさんが素晴らしいクリエイターだったのは理解しました。私一人では正直自信が無いレベルです……」
うすうす感じてはいたのだけど、唯さんもこの若さでアートディレクターとなるのはかなり凄い。有名な芸大を卒業し、難関の広告代理店でデザイナーとして認められている。
さらには、トップクリエイターと呼ばれている鈴木ササミさんの事務所で3人目となるアートディレクターなのだ。
唯さんは真っ直ぐ俺をみると
「ですが、私には白夜堂でのコネクションも、佐藤の持っている繋がりもあります!」
そうはっきりと言い放ち次の資料をとりだす。
「な……内容は凄いんだけど、予算がかかりすぎるんじゃ?」
唯さんはニッコリ笑うと
「資材や商品などは"ハンパテ★"自体の広告力を使い協賛して頂くので、予算内に収まる予定です」
唯さんの言った、"コネクションや繋がり"はポッと出のタキオには出来ない部分を納得させた。
「そういう事ですか! 確かに唯さんしか出来ないですね!」
唯さんは俺の顔をチラチラ見るとその度に悲しい顔をした。
なんだろ?
打ち合わせが終わると、唯さんに俺は呼び止められた。
「まひるさん……」
「唯さん、ありがとうございます!」
「いえ、ここだけの話タキオさんは"白夜堂"にいたとしてもトップクラスのクリエイターです」
「それは、わたしもそう思ってます」
「ただ、タキオさんのスタイルは分業する形でそれぞれがプロフェッショナルで成り立つ形。たまたま、まひるさんたちがその能力があったから上手く行っています」
たまたま? タキオ自身"白夜堂"での知識や経験はずば抜けている存在のはずなんだけど。
「対大企業のスタイルは商品や販路が完成されてるからこそ生きます。私は佐藤の事務所で中小企業の仕事をうけ、クライアントと共に作るブランディングを学びました」
「たしかに、唯さんの言うように、タキオさんの時は任せっきりでしていたと思います……」
「私は今の経験を生かし先輩が出来なかった事をしたいと思います」
先輩? 唯さんはタキオにも敬意を払い取り組んでくれているんだな……。
一緒に作る販促。俺たちも理解していかないといけない。俺はしっかと心に刻んだ。
♦︎
フェスが決まると、俺たちは今までに無く忙しくなり部活だけでなく、学校も休まなくてはいけなくなる。
入学の時点で学校に伝えていたおかげで、早退などはしやすくなっていた。
撮影、打ち合わせ、インタビューなど学校も合わせた怒涛のスケジュールをこなしひなもかなも疲れが見えていた。
「今日は何処やった?」
「えーっと、今日は協賛企業への挨拶だね」
「うちら今"サカナ"より忙しいんちゃう?」
「そうだねー、正直部活のみんなが気になるよ……」
唯さんが、スタイリストやブランドの説明など親身に説明してくれるおかげで、これから何が世の中に出るのかが手に取るように分かる。
これが、唯さんの言っていた事か……。
俺たちは出演発表の仕掛けを用意している。
主要都市での大型モニターを使いサマーフェスティバルの出演発表と宣伝を行う。
本来名前だけになる様な位置だが、"白夜堂"の意向もあり、サイトだけでなくメディアでしっかりと同時に公開される。
高校生向けの化粧品やアパレルブランド、飲み物など半分スポンサーがつく様な形の打ち出しが行われる予定だった。
「まーちゃん、唯さんの言っていた仕掛け上手く行くかなー?」
「スタイリストがついてひなもかなも可愛いかったし大丈夫!」
「うちら、有名になるん?」
「これでなれなかったら残念だよね!」
「それもそうやなぁ」
俺たちはドキドキしながら、名古屋のストリートビジョンが見えるところに来ていた。
一日80回……実際に流れるのはどんな風に見えるのだろうか?
そして、ついにサマーフェスティバルのCMが始まった。
"サマーフェスティバル2018!"
「始まったよ!」
「うちらでるかな?」
「でるよー!」
"数々の伝説を作り上げてきた女子高生ガールズバンドがここに参戦!"
俺のギターリフが大音量で流れて告知が始まった。
自分のギターだけど街のど真ん中で流れる音に俺は圧倒されていた……