合格祈願
初詣に向かう車内はジュンさんの決めた席のせいで気まずい空気が流れる。
雅人もその1人で、喋りかけたいのかなんなのか柄にもなく反対側の窓を見つめる。
俺は仕方なく話しかけてみる事にした。
「雅人、最近どう?」
「あ、うん。受験とライブでマジで時間がない感じになってる。まひるは?」
「まぁ、わたしらは今活動休止中だから……」
「そっか、でもまた差を付けられた感じだな、CD聴いたぜ?」
「そうかな? 色々な人のおかげだよ。でも、どうだった?」
「普通にすごいと思った。まひるだけじゃないひなやかなも凄く上達したとおもう」
「やっぱり、テクニックに目がいくよね?」
「まぁ、あれだけえげつない構成してたらな……」
「そっかぁ」
客観的に見た時に、俺たちの音楽はそういう評価なのかと思った。
俺たちが話し始めたせいか、前の席でも話し声がしはじめる。
「ナカノさんは彼女おらへんのですよね?」
「え? まぁ、居ないけど……」
「ナカノさんモテそうやのに……」
ナカノさん俺には冗談みたいに言ってたけど、結構かなの事好きなんじゃないのか?
「そうか? かなさんのほうがモテそうだよね?」
「ふふっ、なんでうちだけさん付けなん?」
「あ、いや……」
「それはねー、かなちーが大好きだからだよー! ねーナカノくん!」
「はぁ? ちょっ、お前何言ってんの?」
「えー? うちの事すきなん?」
ヒロタカさんが少し大きな声で言う。
「ねープー子さん、後ろの惚気とかどうにかしてほしいっすねー」
かなと、ナカノさん意外とうまくいくんじゃないのか?? それはそれでちょっと複雑だな……。
「ヒロタカとジュンはあとで殺す」
「で、うちの事好きなん?」
あれれ?かなさん意外とガンガンいきますね。
「あ、まぁ可愛い、いや美人? と思っているよ」
「ほんまかー、ナカノさんえぇ男やな!」
なんかいい雰囲気の2人は置いといて、ジュンさんが落ち着いた様にひなに話しかけた。
「ところでひなたんは何を企んでるの?」
「あたし? 企むって初詣に来ただけだよー」
「ごめん、今日じゃなくて音楽の話」
「な、なんで?」
「新しいドラムスタイルもそうだけど、ひなたんは昔の俺に似てるから……」
普段とは少し違うジュンさんが気になる。
「ふふっ、内緒ですよ」
そう言ったひなはやっぱりジュンさんの言った様に何か考えているのだと思う。
渋滞を抜け、俺たちはようやく伊勢神宮に着く事が出来た。本来なら俺は神さまなんて信じるタイプでは無いのだけど、身に起こる不思議な出来事に以前より気になる様になっていた。
(神の力なのだろうか? はたまた悪魔? ただ、何かしらの力は働いているはずなんだよな?)
「まひまひ何考えてんの?」
少し、ぼうっとしていたからかジュンさんが話しかけてくる。
「人は死ぬよ? だから俺は後悔したくない。 どう? 答えになった?」
「ジュンさんもしかしてそれで今日?」
「それは考えすぎかもねー」
そう言ったジュンさんの表情は珍しく、素の表情を浮かべた。
「あの……もし、ジュンさんが後2年しか生きられないとしたらどうしますか?」
「俺は……そのままかな? だって毎日そう思っているから!」
「毎日? またなんで?」
「昔さ、ライブによく来てくれてる子がいたんだけど、ある日急に来なくなって……後半年あれば理想のパフォーマンスが出来たのにって思ってさ」
「後半年?」
「練習から完成形をイメージしてたんだよ。でも、それはその子には関係ないなって」
俺だってそう、練習度合いでその時々のライブの最高を目指してやってる。
「来てくれてる人や俺たちはもしかしたら今日が最後かも知れない。全力でやらなきゃ後悔するよね?」
「……」
「知ってる? 伝説のアーティストは20代で死んでるの結構いるんだぜ?」
「確かに、シドもジミヘンも尾崎豊も若い頃になくなってますよね……」
「俺21歳! カウントダウン始まってるじゃん!」
よくわからない理論だけど、27歳で亡くなったアーティストはかなり多いと思う。もしかしたらジュンさんは大きな後悔から今の様な感じに変わったのかもしれない。
俺たちは初詣を終え、合格祈願のお守りを買った。帰り道も席は変わらずだったのだけどひなやかなは随分打ち解けた様だった。
名古屋に帰り、解散すると、またいつもの3人で帰り道を歩いていると、かなはすごく嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「かな、何かいい事あったの?」
そう俺が聞くと、かなはお守りを取り出して俺に見せた。
「恋愛成就! ナカノさんにもらったんや」
えーっと、結構成就してない?
「かなはナカノさん好きだったんじゃないの? かなりいい感じだったと思うけど……」
「うん、好きやで!」
「それじゃ付き合って……?」
「いや、今はお互い頑張ろうって。ナカノさんが2年待って欲しいって」
2年……18歳? あの人意外と純だね……。
「でも、うちの事好きなんやって!」
「本当に?」
「うん……」
「よかったね!」
そう言ったかなは今までにないくらい幸せそうな顔をした。俺は少し複雑な気分になる。
「ひなは? 今日どうだった?」
「うーん、あの人のイメージは変わったかな?」
「ジュンさん?」
「うん、音楽で色々アドバイスしてくれた」
「ひな……何かたくらんでるの?」
「あはは、受験終わったらね!」
やっぱり何かあるんだ。
俺たちの受験と言う戦いは決戦を迎える。
今日買った合格祈願のお守りが後押ししてくれてる様な気がした。
◯用語補足
・シド
セックス・ピストルズのシドヴィシャス、70年代にパンクシーンを作ったベーシスト。
・尾崎豊
日本の社会現象にまでなったカリスマアーティスト。




