失恋を買う男(脚本)
舞台用に書いた脚本です。結局上演できなかったので、ここにあげます。上演したい方は連絡ください。
シーン0
ジョージ フランスの作家、マルセス・ルーストはこう言った
「我々の忘却してしまったものこそ、ある存在をいちばん我々に正しく想起させるものである」
シーン1 オフィス
(明転、パソコンで作業をする2人)
こんぺー ……。
かおる ……。
こんぺー ……。
かおる ……。
こんぺー ……。
かおる ……。
こんぺー …りんご。
かおる …？
こんぺー ……。
かおる ……。
こんぺー りんご。
かおる ……。
こんぺー ……。
かおる …ゴリラ。
こんぺー …ラッパ。
かおる …パンダ。
こんぺー …ダンプ。
かおる …プール。
こんぺー …ルックス。
かおる …スルメ。
こんぺー …メール。
かおる …ルビー。
こんぺー …ビール。
かおる …ルンバ。
こんぺー バール。
かおる …る…留守。
こんぺー スルー。
かおる …る…る…ルーツ。
こんぺー 鶴。
かおる …る…る…ルクセンブルク。
こんぺー クール。
かおる …る…る…る…類義語。
こんぺー ゴール。
かおる …る…る…る…ルーレット。
こんぺー トール。
かおる …る…る…る…ルーズリーフ。
こんぺー ファイル。
かおる …る…る…る…ルーマニア。
こんぺー アイドル。
かおる …る…る…る…ルフトハンザ航空。
こんぺー ウール。
かおる …る…る…。……！ルール！！
こんぺー ルノアール。
かおる 喫茶店かぁー…。…る…る…る、ルイジアナ。
こんぺー な…な…ルイジアナ…あな…あな…アナｒ
かおる ちょっと待てちょっと待て！「あな」じゃねぇよ、「な」だよ。
こんぺー あぁ。…な…ナイル。
かおる 川かぁー…。…る…る…る、るっくさっく。
こんぺー なんで訛ってんだよ。リュックサックだろ。
かおる そっちこそなんだよ！この執拗な「る」攻めは！人間そんな「る」のストックねぇよ！
こんぺー 俺だってルイジアナで言いたい単語が言えなかったんだからおあいこだろー。
かおる おあいこじゃねぇよ！？「アナ～」で言ってみろよ、ある意味お前の負けだかんな！？
こんぺー うぇーい。
かおる ……。
こんぺー …仕事疲れた。書類終わんないんだけど。
かおる …まぁ、もうこんな時間だしな…。疲れたな…。
こんぺー ……。
かおる ……。
こんぺー ……。
かおる ……。
こんぺー …なんかこう、仕事手伝ってくれる機械とかほしいな。
かおる …AIとかスーパーコンピュータ的な？
こんぺー いや、お手伝いロボット的な。
かおる …あぁ、ドラえもん的な？
こんぺー いや、もっとこう、仕事ができそうな感じの。ドラえもんの手じゃキーボードのタイピングできないでしょ。
かおる …まぁな。
こんぺー もっとこう、見た目がこってり理系男子な感じ。七三で、顔白くて、痩せてて、眼鏡で、ちょっとダサいスーツ着てる系のアンドロイド。でも書類作成とか計算とかめちゃくちゃ早いみたいな。
かおる …普通にそこらへんにいそうだな。
こんぺー 名前はどんなのがいいかな？理系っぽい感じの名前。
かおる 理系っぽい名前ってなんだよ。…「佐藤はじめ」とか？
こんぺー なんだよ、その役所の書類の記載例で出てきそうな名前は。
かおる じゃあどんな感じが理系なんだよ。
こんぺー んー…、「電子計算 一太郎」とかどう？
かおる 完全にパソコンだなそれ。
こんぺー 一太郎君は仕事一筋でパソコンからわき目も振らず、毎日朝から夜遅くまで仕事してるの。ミスをすることもないし、無口で仕事の鬼って感じ。でも本当は甘いものとか好きで、たまにお菓子をくれる女子社員とかには「あ、ありがとう」とかはにかんで言ったりするの、どう？
かおる なんだそのリアルな設定。
こんぺー 飲み会とかではビールが飲めないからみんなの輪に入れなくてつまんないんだけど、それに気が付いた優しい女子社員とかが隣に座ってきてドキドキするみたいな。「一太郎君ダイジョブ？私もお酒飲めないからあんまり飲み会って楽しくないんだよね…」とか言って。
かおる 「ぼ、僕は、アンドロイドだから、こうやって飲み会に誘ってもらえるだけでも嬉しいです」
こんぺー 「そうなの？私は付き合いできてるだけだからつまんないや…」
かおる 「そ、そうなんですか…？」
こんぺー 「うん、そう。みんなと飲めないお酒飲むより、こうやって一太郎君とお話ししてるほうが楽しいや」
かおる 「でも僕…、お酒も飲めないし…、ガソリンしか飲めないし…」
こんぺー 「なにそれ、おもしろい」
かおる 「え、で、でも、僕…、人間じゃないし…、僕なんかといても…」
こんぺー 「なんでそんなこと言うのー？私は楽しいよ？」
かおる 「いや、その、あの…」
こんぺー 「眼鏡…、なんかついてるよ…？」
かおる 「いや、これは、ただのごみで、あっ、ああっ、ち、ちあきさん！近いです！顔がっ！ちあきさん！近すぎますっ！」
こんぺー 「なーんちゃって♪ふふっ、ほんと一太郎君って面白い」
かおる 「あ…ああ…あ…ああ…」
2人 甘酸っぱーーーい！！
こんぺー ……。
かおる ……。
こんぺー ……俺ら何やってんだろうな。
かおる お前だよ！完全に深夜テンションでハイになってるだけじゃねぇか！
こんぺー お前もノリノリだったじゃん。
かおる うっせ！仕事しろ！マジでもうあと1時間以内には終わらせて帰るぞ。
こんぺー うぇーい。
かおる ……。
こんぺー ……。
かおる ……。
こんぺー …やっぱちあきなのな。
かおる …なにが？
こんぺー いや、さっきの一太郎君のくだりで、お前がイメージしてた女って同じ部の藤田ちあきちゃんだったろ？
かおる …そういう人の恥ずかしいとこほじくりかえすと友達なくすぞ、お前。
こんぺー まぁまぁ、だってちあきちゃんってうちのマドンナじゃん？男子社員みんなが大好き。仕事をする気もしない気もあの子にかかってるんだよ。
かおる 学園天国か。…っつーかしゃべってないで仕事しろよ。
こんぺー うぇーい、彼女持ちは余裕ですなー。
かおる ……。
こんぺー ……。
かおる ……。
こんぺー 彼女とどんくらいだっけ？
かおる …2年くらいかな。
こんぺー 2年前だと俺まだこの部署来てないな。
かおる そうだな。
こんぺー どこで知り合ったの？
かおる なんだよ、どこでもいいじゃん。
こんぺー いやいや、いいじゃんいいじゃん。教えてよちょっとだけ。
かおる うーん…。
こんぺー いいじゃん。ね？ほら、先っちょだけ、ね？
かおる 何が先っちょだ。
こんぺー で、どういう出会いだったの？合コンとか？
かおる そんなんじゃ…ねぇよ。
こんぺー なんだよ今の間は。
かおる いや、なんていうか、そういえばいつどうやって知り合ったっけなーって。2年も前だと記憶がふわっとしちゃうな。
こんぺー うわ、なんだよそれ。そんなの聞いたら彼女泣いちゃうぞ。
かおる 泣かねぇよ。そんな女じゃねぇよ。
こんぺー どんな女だよ。
かおる どんなって…、俺が一人暮らしなのをいいことに半分押しかけ女房みたいになってるような女だよ。
こんぺー え？何？同棲してんの？
かおる いや、一緒には住んでない。ただ、家が近いんだよ。
こんぺー あ、そうなんだ。
かおる たぶん今日も、ってか今も、勝手に部屋の鍵開けてうちに入ってると思う。
こんぺー 押しかけ女房っていうか、押し込み強盗だな。
かおる まぁ、飯とか作ってくれるし、ありがたいんだけどね。
こんぺー 優しい強盗だな。
かおる 強盗じゃねぇよ。
こんぺー 仕事何してんの？
かおる ん？逆になんだと思う？
こんぺー んー…、車上荒らしとか？
かおる 完全に強盗じゃねぇか。
こんぺー 牛泥棒？
かおる 牛泥棒ってお前…、久しぶりにそんな単語聞いたわ。強盗から離れろ。
(かおるから離れるこんぺー)
かおる 俺は強盗じゃねぇよ！
こんぺー で、本当は何してんの？
かおる 普通の飲食系の店員。シフト制だから夜でも昼でもうちに来れたりすんのよ。
こんぺー あー、なるほど。ちなみにかおるはその店行ったことあるの？
かおる ないな。
こんぺー えー、行ったらいいじゃん。「ご指名ありがとうございまーs…ってかおるじゃん！えー！来てくれたんだ！うれしい！」ってなるかもよ？
かおる 今、完全にキャバクラだったよな。夜のお仕事じゃねぇよ。
こんぺー 昼キャバ？
かおる キャバクラから離れろ。
(かおるから離れるこんぺー)
かおる 俺がキャバクラってどういうことだよ！
こんぺー でも、今まさに家で待っててくれてるんなら早く帰んなきゃじゃん。
かおる あぁ、まぁ、そうな。
こんぺー 何その生返事。
かおる いや、向こうが勝手に来てるだけだし、別にねぇ…。
こんぺー いやいや、いい彼女じゃない。彼氏の帰りを待ちながら家で一人料理を作って待ってるなんて。「あー、かおるおかえりー」
かおる 「あぁ、ただいま。今日も来てたんだ」
こんぺー 「えへへ、勝手に入っちゃった」
かおる 「いいよ、もう慣れたよ」
こんぺー 「今日も遅くまでお疲れ様。どうする？ごはんにする？夕食にする？それともば・ん・め・し？」
かおる まさかのごはん一択。いや、別に風呂トイレがないマンションに住んでるわけじゃねぇよ？
こんぺー 「どうする？ごはん？お風呂？それともトイレ？」
かおる いや、うちのマンションの間取りはいいんだよ。選択肢トイレって斬新すぎるわ。
こんぺー 「ごはんにする？お風呂？それともわ・た・し？」
かおる 「うーん、先にごはんにしようかな」
こんぺー 「わたしなのね」
かおる おおっと？意見を聞く気はないのかな？
こんぺー 「ごはんにする？お風呂？それともわたし？」
かおる 「うーん、先にごはんにしようかな」
こんぺー 「わかったわ。準備するわね」「パパー！おかえりー！」
かおる その子どっから出てきた！？いねぇよ！？作んな！
こんぺー 作らないの？
かおる 作るけど、作んな！いや、そういう作るじゃねぇよ！？
こんぺー じゃあ俺が代わりに…
かおる 作んじゃねぇよ！！
(おすぎ出てくる)
おすぎ おーい、お前ら仕事しろー。
かおる あぁ、先輩お疲れ様です。
こんぺー おつくり様です。
かおる おつくり様ってなんだよ！？
おすぎ おぉ、おつくり様。
かおる 乗ってきちゃったよ！
おすぎ お前ら、ドアの外まで話し声聞こえてたぞ。
こんぺー やべ。どこから聞こえてました？
おすぎ しりとり始めたくらいからだな。
こんぺー 全部じゃん。
おすぎ さすがにあれはまずいだろー、ルノアール、ルイジアナからのアナ…
かおる 先輩！
おすぎ で、まぁそれはさておき、お前ら仕事は進んでんのか？
こんぺー 僕は終わりました。
かおる 終わってたのかよ！？
おすぎ 丸山は？終わったのか？終わってたら軽く一杯どうだ？
かおる あ、もう少しで終わります。
こんぺー あ！でもだめですよ、こいつ今家に彼女来てるらしいです！
おすぎ そうなのか？だったら早く終わらせてすぐ帰れよ。
かおる 先輩までそんな。
おすぎ ？どうした？彼女となんかあったのか？
こんぺー いや、なんか彼女が押し込み強盗で毎日あなたはトイレにする？って聞いてくるらしいです。
おすぎ 何言っているのかさっぱりわからん。
こんぺー 要するに彼女を大事にしてないってことです。
かおる 説明へたくそか。
おすぎ それはひどい男だな。
かおる 納得しないでください！
こんぺー 彼女を飯を作ってくれる人くらいにしか認識してないんです。
かおる 食堂のおばちゃんか。
おすぎ 作ってもらえるうちに感謝しとけよ。うちはもう嫁さん作ってくんないからな。
かおる あぁ…。
こんぺー そっか…先輩の奥さんってもう…。
2人 ……。
おすぎ いや、生きてる生きてる。勝手に殺すな。
かおる 入院してるんでしたっけ？
おすぎ ん、もうすぐよくなると思うけどな。
こんぺー で、先輩もう帰るんですか？
おすぎ おう。帰る前に誰残ってんのか見に来たんだ。
こんぺー じゃあ俺、一杯お供したいです。
おすぎ お、そうか。
こんぺー ええ、白子もおいしいシーズンになってきましたしね。
おすぎ そうだな。お前よくわかって…ん？お前、この見積書なんでここにあるんだ？
かおる え？…あれ？これ…
おすぎ お前、これ今日、杉田物産に送るはずだった奴じゃないのか！？
かおる あ、すいません…！ちょっとバタバタしてて…忘れてました…
おすぎ ばかやろう、お前、これどうすんだよ！？杉田さん絶対困ってるぞ！？
かおる すいません…
おすぎ いや、俺じゃなくて杉田さんに謝れよ。杉田さん大変だぞ、これ。杉田さんかわいそうだろうが。杉田さんの気持ちを考えてやれよ。杉田さんだぞ？杉田さんなんだぞ？
かおる すいません…
おすぎ だから俺に謝ってどうすんだよ。杉田さんに謝れよ。杉田さんなんだぞ？
かおる 杉田さんすいません…
おすぎ いや、俺は杉田さんじゃねぇんだよ。…いいから、とりあえず、これお前しかわかんないんだから大至急対応しろ。すぐFAXで送って謝罪のメール一本入れとけ。
こんぺー どうする？俺手伝う？
かおる いや、大丈夫。今やってる作業ももう終わるし、すぐこれやって帰るわ。
おすぎ 明日、朝一で俺も杉田さんに電話入れる。とりあえず、すぐ対応しろ。
かおる はい。本当すみません。
おすぎ だから俺は杉田じゃねぇんだよ。
こんぺー ま、ま、ま、ま。とりあえず、行きましょう。じゃあ、あんま無理すんなよ。お先失礼。
おすぎ お前もあんまりこれ以上遅くなんなよ。じゃあな。
かおる はい、すいませんでした。
(おすぎ、こんぺーはける)
かおる …はぁ…。
シーン2 かおるの部屋
かおる ただいまー…。
(きえ出てくる)
きえ おかえり。今日遅かったね。
かおる うん。ってかやっぱりめっちゃナチュラルにうちにいるのね。
きえ あ、ごめん、邪魔だった？
かおる あ、いいよ、大丈夫大丈夫。
きえ ごはん、作ってあるけど食べる？
かおる あー、うん。あとで食べようかな。
きえ はーい。じゃあ、もうちょっとしたら私帰るね。
かおる え？あ、そうなの？
きえ うん、だってもう12時回ってるし、私も明日は早番だから。
かおる そっか、ごめん。
きえ ぎゅってしてー。
かおる なんだよ、いきなり。
きえ かおるの腕が好きなの。腕っていうか手？
かおる そうなの？
きえ 手あったかい。かおるの手だけは絶対に忘れない。
かおる 何、俺、殺されるの？怖いんだけど。
きえ それよりさ…、なんか言うことない？
かおる え？あぁ、ありがとう。
きえ ちがう。他になんか言うこと。
かおる ？いただきます？
きえ ちがう。
かおる ごめんなさい？
きえ ちがう。
かおる Eres agradable. Quiero cenar pronto.
きえ ちがうのかもわからない。
かおる ヒントください。
きえ 今日は何の日？
かおる ！！そっか！！ごめん！！
きえ もー、完全に忘れてたでしょ？
かおる うわー、そっかぁー…。
きえ もう、ちゃんと覚えててよねー。
かおる 誕生日おめでとう！
きえ ちげぇよ！！
かおる ごめんなさい。
きえ やっぱり覚えてないんだ。
かおる …本当にごめん。なんだっけ？
きえ …私たちが付き合い始めた日。
かおる ！！そっか！！そうかも！！そうだっけ！？そうなのか！？
きえ なんでちょっとずつ不安になってくの？
かおる そっかー、ごめん、記念日だったね…。
きえ 今日で付き合って5周年です。
かおる うそでしょ！？
きえ 厳密には2年。
かおる 3年どこ行った！？
きえ ねぇねぇ、2年もずっと一緒にいるんだからさ。たまにはどっかでかけようよ。
かおる あー、うん、そうだな。
きえ 毎日遅くまで頑張ってるのは知ってるけど、たまには息抜きも必要じゃない？
かおる うん。
きえ 今度の週末、私一日お休みなの。
かおる うん。
きえ 二人でさ、普段いけないようなところに行こう？
かおる うん、いいけど、どこ？ディズニーランドとか？
きえ あそこはいい。
かおる え、ディズニー嫌いだっｋ…
きえ あそこはいい。
かおる あ、うん…、…なんか思い出したくない何かがあるんだね。
きえ 二人で温泉にお泊りとかどう？
かおる うん、今度ね。
きえ やったー！じゃあどこかいいところ私探しておくね。
かおる あぁ、ありがとう。
きえ ……。
かおる どうした？
きえ かおるー、今日はなんかいつもより疲れてそうだねー。
かおる あ、あぁ、うん。
きえ かおるはそんなにタフじゃないんだから無理しないでね。
かおる うん、ありがとう。
きえ ほらー！私をもっと頼って頼って！私はかおるの彼女なんだから！
かおる お、おう。
きえ 落ち込んでたらハッピーが逃げるよ？そんなんじゃ仕事でミスとかしちゃうよー？
きえ かおる？
かおる …今日まさにミスっちゃった。ちょっと話聞いてくｒ…
きえ 大丈夫！リフレッシュしよ！今度の温泉でリフレッシュしよ！
かおる えっと…
きえ かおるもどんな温泉がいいか考えといてよー！
かおる お、おう…。
きえ あー、おでかけ楽しみー！
(きえはける)
かおる 俺の話は聞いてくれないのね…。
シーン3 オフィス
(ちあき出てくる)
ちあき おはようございまーす。
かおる あぁ、ちあきちゃん、おはよう。
ちあき あれ？丸山君昨日も遅かったの？
かおる あ、うん。前田と二人でちょっと遅くまで残ってた。
ちあき 前田君、だから今日は午前半休なんだ。
かおる え？そうなの？
ちあき さっき電話かかってきたよ？なんか昨日終電で間違って八王子の方まで行っちゃったみたい。さっき家帰ってきたって。
かおる あぁ、寝過ごしたのか…。
ちあき 丸山君もなんか顔疲れてそう、大丈夫？
かおる あ、うん、ありがとう。
ちあき ふふ。…というか、丸山君聞いたよー？
かおる え？な、何を？
ちあき 昨日なんかやらかしちゃったんだって？
かおる え、あぁ…その…まぁ…。
ちあき なんかさっき杉田物産の方から電話かかってきて、先輩、会議室にこもっちゃったけど、その件かな…？
かおる …うわー…、そうなんだ…。
ちあき 先輩怒ってないといいね。
かおる ……。
(おすぎ出てくる)
おすぎ おう、丸山。
かおる あ、先輩、おはようございます。昨日すみませんでした。
おすぎ ……。
かおる …先輩？
おすぎ ……。
かおる ……。
おすぎ ……。
かおる ……。
おすぎ とうっ！！(フライングクロスチョップ)
かおる ぐえっ！！
おすぎ 丸山お前！昨日ちゃんと杉田さんに見積書送れって言っただろう！
かおる 送りました！送りましたよ！？
おすぎ 別んとこ送る見積書、間違えて送ってんぞ！！(コブラツイスト)
かおる えぇ！？
おすぎ 杉田さん「なんでいつもと価格がこんなに違うんですか？」ってびっくりしてたじゃねーか！！
かおる す、すいません！！
おすぎ 俺じゃなくて杉田さんに謝れーーー！！(恥ずかし固め)
かおる すいませーーーん！！
ちあき 先輩！落ち着いて！(ゴングを鳴らしながら)
おすぎ …ふぅ、お前からもすぐにちゃんと杉田さんに謝っとけよ？
かおる は、はい…。
(おすぎはける)
ちあき 大丈夫？
かおる 大丈夫じゃないかも…。
ちあき …きれいな恥ずかし固めだったね。
かおる 言わないで…。
ちあき ちょっと先輩の方見てくるね。
かおる うん…。
(ちあきはける)
かおる 死にたい…。
シーン4 かおるの部屋
かおる ただいまー…。
きえ おかえり。今日も遅かったね。
かおる うん。ってかやっぱりうちにいるのね。
きえ あはは、ごめんごめん。
かおる ううん、でも今日はちょっと一人になりたいかも…。
きえ どうしたのー！？暗いよー！？
かおる ちょっと仕事でミスしちゃて。
きえ そうなんだ？あらら…。
かおる ちょっとプラス色々先輩に怒られて凹んでるの…。
きえ そうなんだ。
かおる ごめん、だから今日はちょっと一人にｎ…
きえ 大丈夫！何とかなるよ！
かおる あ、うん…。
きえ リフレッシュしよ！温泉でリフレッシュ！
かおる うん…。
きえ かおるもどんな温泉がいいか考えといといてくれた？
かおる いや、ちょっと忙しくて…。
きえ えー！？私と行きたくないの！？
かおる いや、そういうわけじゃ…。
きえ 私は伊豆がいいかな！旅館で一泊！
かおる あ、うん…。
きえ でも千葉の方とかにも温泉あったりするし、近場でゆっくりでもいいね！
かおる うん…。
きえ でもやっぱり海の近くか山の中の方がたのしいかな？どう思う？
かおる ……。
きえ かおる？
かおる …ごめん、ちょっと一人にさせて。
きえ あ、ごめんごめん。えっと、ごはんどうする？
かおる 一人にさせて。
きえ え？でも…
かおる ちょっと出てって。疲れてるんだ。疲れて帰ってきて毎日お前の相手はできないよ。
きえ あ…ごめん…。
かおる ちょっともう家勝手に来ないで。
きえ え…。
かおる じゃあ。
きえ あ、かおる…。
(かおるはける)
きえ ……。
(暗転)
シーン5 居酒屋
(明転)
こんぺー あははは！そりゃウケるな！
かおる ウケねぇよ…。
こんぺー そんな恥ずかし固め見れるんだったら俺も昨日半休せずにくればよかった。
かおる 八王子まで寝過ごす奴は来なくていいよ。
こんぺー まぁな。
かおる あぁ～…、ちあきちゃんに嫌なところ見られたなぁ～…。
こんぺー 嫌なところっていうか、嫌な場面っていうか、嫌な技だよな。
かおる なんで先輩説教するときプロレス技なんだよー…。
こんぺー 大学でプロレス同好会入ってたらしいぞ。
かおる レスラー体型だとは思ってたけどマジか…。
こんぺー 牛丼が好物だしな。
かおる そこまで合わせに行かなくてもいいと思う…。
こんぺー 大丈夫だって、ちあきちゃんも気にしてねぇよ。
かおる あの姿を気にも留めない人は人として欠陥があると思う…。
こんぺー というかお前も気にしすぎだろ。大丈夫だって。お前がちょろっと2日連続で同じようなミスしてちあきちゃんに物理的に恥ずかしい姿見られただけじゃねぇか。
かおる 今の話、何一つ大丈夫な要素がなかったんだけど。
こんぺー 気にすんな、なんとかなるって。
かおる さすが、八王子まで寝過ごす男は言うことが違うな。
こんぺー 起きたら窓の外キャベツ畑だった。
かおる ハンパねぇわ。
こんぺー つか、お前、なんでそんな気にしてんの？
かおる ん？いや、だって気にするだろ、オフィスで恥ずかし固め食らったんだぞ？
こんぺー なんか「オフィスで恥ずかし固め」ってAVのタイトルみたいだな。ちょっと見たいわ。
かおる やめろ。お前のAVの趣味なんか知りたくもない。
こんぺー いやいや、そうじゃなくて。お前が気にしてんのは自分のミスなの？それともちあきちゃんに恥ずかしいところ見られたからなの？
かおる いや、両方だろ。
こんぺー お前、彼女いるのにやっぱちあきちゃんの目を気にしてんのな。
かおる ！？い、いや、別に…そんなことないよ…。
こんぺー なんでお前も昨日の一太郎君みたいになってんだよ。
かおる ……。
こんぺー てか、お前の彼女ってきえちゃんだよな？こないだ初めて知ったんだけど、ちあきちゃんときえちゃんって友達なのな。
かおる あぁ、らしいね。昔、大学が同じだったみたいよ。
こんぺー きえちゃんにちあきちゃんのことを彼氏が意識してます、って言っていい？
かおる やめろ。ややこしくなる。そうじゃなくても今ちょっとややこしいのに。
こんぺー 何だよ？何がややこしいんだよ？
かおる あー…、うん、昨日ケンカした。
こんぺー ありゃ、そりゃまたどうして？
かおる うーん…、昨日は会社で色々あったから凹んでて…、家で一人になりたかったんだけど、やっぱりあいつ家にいてさ。なんかイライラしちゃって怒っちゃった。
こんぺー ほー…、そうなんだ。まぁ、2年も付き合えばそんなケンカもするでしょ。
かおる うーん…、っていうか…、俺とあいつって合ってるのかなぁ…？
こんぺー え？そこまで深刻なの？
かおる いや、うーん…、ちょっとあいつに振り回されてばっかな気がするっていうか…、彼女って一緒にいてもっと安らげるもんじゃないのかとか思っちゃうと…ねぇ？
こんぺー うーん…、まぁねぇ…。
かおる 今もこうしてなんかちょっと嫌な気分になってるし…。
こんぺー どうしたの？なんか、ブルー入ってんじゃん？
かおる なんだその突然のトレンディードラマ。
こんぺー まぁ、ちょっと距離置いてみるのもいいんじゃね？
かおる そうなんだけど、なんか、もやっとするっていうか…。
(ジョージ出てくる)
ジョージ あのー、もしよかったらここの席ご一緒させて頂けますか？
こんぺー え？あ、どうぞ？
かおる あ、じゃあこっちどうぞ。
ジョージ すいません。
こんぺー …なんか、怪しい感じの奴が来たな。
かおる …まぁまぁ、いいじゃん、俺らももうサクッと飲んで出ようぜ。
ジョージ お二人はお友達ですか？
かおる あ、会社の同僚です。
こんぺー はい、同じ部署の仲間です。
ジョージ 同じ部署…、同僚…、いいですね。
こんぺー …なんか壺とか売りつけてきそうな雰囲気じゃね？
かおる …うーん。
こんぺー あのー、ちなみにお名前お伺いしてもよろしいですか？
ジョージ はい、ジョージです。
こんぺー …やべぇよ、名前聞いたら名字じゃなくて本当に名前言ってきたよ。
かおる …ていうか、外人なのか？顔立ちハーフっぽいけど。
こんぺー ジョージさんってハーフとかですか？
ジョージ えぇ、私の母方の祖母の叔父のいとこの友人がスペイン人です。
かおる 今、友人入ってなかった？
こんぺー 日本人ですよね？
ジョージ 日本人です。
こんぺー …やべぇ、勝てねぇ。
かおる …ちょっと面白いぞこのおっさん。
こんぺー ちなみに、ジョージさんってお仕事何されてるんですか？
ジョージ 私ですか？ちょっと変わった仕事をしてまして…。
こんぺー 壺売ったりとかですか？
かおる おい！
ジョージ はっはっは、まぁそんな感じです。
かおる あたりかよ！
ジョージ いえいえ。…先ほどから少し、お話が聞こえてきたのですが、なにやら彼女さんとうまくいってないんですか？
かおる え？あ、いや、うん…まぁ…。
ジョージ あなたの失恋、私が買いましょうか？
2人 は？
ジョージ いえ、ですから、私があなたの失恋の気持ちのモヤモヤを買い受けましょうかと申し上げたのです。
こんぺー ごめんなさい、2回聞いてもよくわかんなかったんですけど、どういうことです？え？失恋を？買う？
ジョージ はい。
2人 ……。
ジョージ 2人でそっと出ていこうとしないでください。
かおる モルダー、あなた疲れてるのよ。
こんぺー モルダー、ちゃんと薬は飲んでる？
ジョージ 私はまじめですよ。
かおる どういうことです？
ジョージ そのままですよ。私は人の恋愛や失恋、幸福や不幸を売ったり買ったりしているんです。
こんぺー どうやって？
ジョージ 言い方がお伽話のようですが、きちんとした医学です。一種のメンタルケアや催眠療法の類だと思ってください。
かおる あ、そういうこと。
ジョージ ただ、私はある人の感情を、別の人に移し替えることもできるんです。
かおる 一気に胡散臭い。
ジョージ ある人からいらない感情を抜き取って、別の人の頭に移し替える。感情や記憶だって脳の中の伝達物質の多寡で決まるんです。私はそれをイメージからコントロールする術を知っている、それだけのことですよ。
こんぺー じゃあ、じゃあ、仮につらい感情を俺から取ってもらって、それで、俺が金を払うの？さっき、失恋を買うって言ってたけど。
ジョージ はい。買いますよ。私がお金をお支払いします。
こんぺー なんで？ふつう逆じゃない？つらい気持ちを取ってもらって、しかも金もらえるの？
ジョージ それはつらい気持ちは幸せな気持ちと表裏一体だからです。根っこが同じです
からそれらには同様に価値があります。
こんぺー そういうもん？
ジョージ あと、単純につらい時に他人のつらい気持ちを知ることで立ち直る方もいます。あまりお勧めはしませんが。
こんぺー ドMすぎる。
ジョージ どうですか？つらいことがあったのなら私がその気持ちを買い受けますよ？
かおる それは…まぁ…、楽になるならいいけど…
ジョージ 先ほどのお話が本当なら10万円お支払いします。
2人 10万円！？
こんぺー え、いいじゃん。やってもらえば？なんかあったらまたその金で戻してもらえばいいじゃん。
かおる お前、他人事だと思って…
ジョージ 私も別に無理にとは申しません。ですが、あなたには元気に人生を過ごして頂きたい。
こんぺー 俺も、お前には元気に過ごして頂きたい。
かおる お前な…。えっと…じゃあ…、お願いします…？
ジョージ かしこまりました。まずはその時の話の詳細をお伺いできますでしょうか…
かおる えっと…、詳細っていうか…
(暗転)
シーン6 喫茶店
(明転、ちあき出てくる)
ちあき ごめんごめん、お待たせー。
きえ あ、ううん、私も今来たとこ。
ちあき ちょっと会社で捕まっちゃってさ、出るの遅くなっちゃった。
きえ お疲れ様。大丈夫だった？急にごはん誘っちゃって。
ちあき 全然大丈夫だよー。私もきえとごはん食べたいなーって思ってたし。
きえ ありがとう。
ちあき きえは最近仕事どうなの？
きえ ん？んー、まぁ順調かな。今度うちで新しいケーキ出るから食べにおいでよ。
ちあき え！行く行く！いいなぁー、職場がカフェって、かわいくて。
きえ 結構それなりに忙しいけどね。
ちあき でも新作のケーキとか試食できるんでしょ？
きえ まぁね。新作の試作時期は太っちゃって大変。
ちあき あはは、確かにそうかもね。
きえ ちあきんとこはどうなの？仕事忙しい？
ちあき ん？うーん、こっちもぼちぼち忙しいかな。そろそろ年末だしね。お客さんもバタバタしてる。
きえ 大変そう。私には普通の会社勤めは無理だなー。
ちあき そんなこと言って、本当はまじめ人間なくせに。
きえ うふふー。ばれたー？
ちあき 最近は丸山君とどうなの？
きえ え？かおる？
ちあき うん。こないだなんかやらかして凹んでたけど大丈夫だった？
きえ うーん…まぁ、あの…。
ちあき …どうしたの？なんかあったの？
きえ かおると…別れた。
ちあき え！？うそでしょ！？
きえ いや、別れてはないんだけど…、ケンカしたっていうか…。
ちあき …そうなんだ。
きえ うん…、ちょっと距離おこう的な感じ…。
ちあき そっか…。
きえ ……。
ちあき ……。
きえ ……。
ちあき ……。
きえ …なんかごめん。
ちあき …ううん。
きえ ちあきには…言ったほうがいいのかと思って…。
ちあき いや…、うん…。
きえ 聞かないんだね。
ちあき え？
きえ いや、なにがあったとか…。
ちあき あ…、聞いてもいいの？
きえ いいよ、別に。私がちょっとはしゃぎすぎちゃっただけ。
ちあき そんな…。
きえ 私はちあきみたいにおとなしくないし。だめだね。
ちあき ……。
きえ ……。
ちあき ……。
きえ 急に今日は呼んでごめんね。
ちあき ううん…。なんか…なんて言ったらいいのかわかんなくてごめん…。
きえ いいよ。私たちの仲じゃん。
ちあき うん…。
きえ …そうでしょ？
ちあき …うん。
(暗転)
シーン7 オフィス
(明転、おすぎ電話中)
おすぎ はい…はい…、いえ本当にありがとうございます。杉田さんの懐の深さのおかげで…はい、いえいえ、あいつが間違えた本人ですからね…、ええ…、でも気持ち切り替えてまたバリバリ仕事してますよ…、ええ…ええ…、あーぜひぜひ！…ありがとうございます！…そうしましたらそちらの件もあいつから連絡入れさせますので…！はい！はい！いやー、ありがとうございます！…ええ、今後とも、ぜひご贔屓に！ええ、…ありがとうございます、はい、失礼致しますー。
かおる ……。
おすぎ おい！丸山！
かおる ！？
おすぎ ちょっと来い！
かおる は、はい…。
おすぎ ……。
かおる ……。
おすぎ ……。
かおる …先輩？
おすぎ ……。(優しくハグ)
かおる …先輩？
おすぎ お前、やればできるじゃねぇか。杉田さん超ハッピーだよ。
かおる なんかありました？
おすぎ こないだの件があってからお前超がんばってたじゃん。そのおかげで、杉田さんが新規の大型注文、お前につけてくれたぞ。
かおる マジっすか！？ありがとうございます！
おすぎ おう！でもお礼は杉田さんに言っとけよ！
かおる 杉田さんあざっす！
おすぎ あはは、俺は杉田さんじゃねぇよ、このやろー。
かおる 先輩が的確に指導してくれたおかげです。
おすぎ 指導ってか闘魂な。
かおる 先輩の的確な闘魂注入のおかげです。
おすぎ 嬉しいこと言ってくれるじゃねぇかー。よし、今夜一杯おごってやるよ！
かおる あざっす！あ、でも、奥さんいいんですか？あ…、そっか、奥さん…もう…。
2人 ……。
おすぎ いや、だから死んでねぇよ？…まぁいいや、よーし、今日はいっぱい飲むぞー！
かおる あざっす！！
おすぎ 杉田さんにー…
2人 あざっす！！
(おすぎはける、こんぺー出てくる)
こんぺー なんかあったの？先輩見たこともねぇ顔してたけど。
かおる ん？いや、なんか大きい受注が入ったから浮かれてるだけ。
こんぺー え？大型受注？どっから？
かおる 杉田物産。
こんぺー 杉田さんってことは、お前がとったの！？すげぇじゃん。
かおる おう、サンキュ。
こんぺー やっぱよかったな。
かおる ん？なにが？
こんぺー いや、あのおっさん。失恋だか記憶だかを買ってもらって。
かおる あー、まぁそうかなー…。
こんぺー そうかなーって、お前最近仕事絶好調じゃん。
かおる それはまぐれだよ。
こんぺー わー、謙遜しちゃって。
かおる いやいや…、それほどのことは…
2人 ありますよ！
こんぺー 俺が気づいてないとでも？
かおる んー？何がー？
こんぺー 最近、男っぷりも上がったんじゃないですか？
かおる えー？何が何が―？
こんぺー 特にその！腕！
かおる というか！？
こんぺー 腕時計！…それ、結構高いやつなんじゃないの？
かおる そうさ聞いてくれよジョディ！この時計なんと！かっこいいだけじゃなくて時間もわかるんだ！
こんぺー わーお、ケビン！かっこいいだけじゃなくてその時計、時間もわかるのね！
かおる そうさ！これで町中の女の子の視線は僕だけのものさ！
こんぺー わーお！まるで深夜の通販番組みたいなセリフね！
かおる あのおっさんにもらった10万円でローン組んで君も腕時計をゲット！
2人 HAHAHA！
(ちあき出てくる)
ちあき 二人で何話してるの？
かおる あ、ちあきちゃん。いや、あの、別に…。
こんぺー 急な一太郎君モードに驚きを隠しきれない。
ちあき なんか最近調子いいみたいじゃない？
かおる あ、ありがとう。
こんぺー ちあきちゃん、こいつの腕見てみて。
ちあき ？…あ！すっごいかっこいい時計！いつもしてたやつじゃないね！
かおる あ、うん。新しく買ったんだ。
こんぺー ローンで。
かおる うるせぇよ。
ちあき うふふ。丸山君、私、仕事相談したいことがるんだけど、ちょっと時間いいかな？
かおる え？あぁ、もちろん。今日は会議もないし、いつでも大丈夫だよ。
ちあき 時間かかるかもだから、もしよかったらだけど、金曜、仕事上がりにごはんでも行かない？
かおる・こんぺー ！？
ちあき あ！もちろん空いてたらでいいんだけど…。
かおる あ、あいし、空いてる空いてる！
こんぺー 愛してる？
かおる 空いてる！
ちあき うふふ、ありがとう。じゃあ金曜、楽しみにしてるね。
(ちあきはける、照明転換)
シーン8 居酒屋
こんぺー なにこの展開。
かおる もうなにがなんだか…。
こんぺー 俺ちょっとあのおっさん探してありとあらゆる記憶を売ってくるわ。
かおる 待て待て待て待て。
こんぺー 何このサクセスストーリー。うらやましい通り越して怖いわ。
かおる 俺もなんか話ができすぎてて怖いんだけど。
こんぺー え、金曜行くの？
かおる え？そりゃ…まぁ…。
こんぺー えー！許しがたい！金曜は俺と飲もう！
かおる いやいや、なんでだよ！
こんぺー だって！金曜お前らが飲んでるのかと思うと…死にたくなるわ。
かおる そこまでか。
こんぺー こんな気持ち、夏休み明けに好きだった女の子が妊娠して退学になったと知らされたとき以来だわ。
かおる 田舎の高校あるある。
こんぺー うらやましいいい！
(おすぎ出てくる)
おすぎ おー、俺がトイレ行ってる間に盛り上がってるな。
こんぺー 先輩遅いっすよ！うんこですか？
おすぎ おう、うんこうんこ。で、なんの話で盛り上がってたんだ？
かおる いや、別に何も、そんな大した話じゃ…
こんぺー 先輩！こいつ、ちあきちゃんに逆ナンされました！
かおる おーい！！
おすぎ ちあきちゃん？ってうちの藤田か？
こんぺー はい！いかにも！うちのマドンナ藤田ちあきちゃんであります！
おすぎ え？何？お前らそんな感じなの？
かおる いや、ちょっと仕事の話をしたいって言われただけですよ。
こんぺー 金曜の夕方から一緒に飯食いながらですけどね。
おすぎ そりゃナンパだな。
こんぺー ナンパです。
かおる ちょっと！先輩まで！
おすぎ いいじゃん、藤田はうちの会社で間違いなく一番かわいいし。今、彼氏とかの噂も聞かないしな。
こんぺー そういえば、なんでずっと彼氏いないんでしょうね？絶対モテるのに。
おすぎ 2,3年前まで誰かと社内恋愛してるって噂はあったけどな。
かおる そうなんですか？初耳です。
おすぎ 有名だぞ？社内の男どもがみんな藤田に彼氏がいるって知ったショックで寝込んじゃって、一時期オフィス、学級閉鎖みたいになってたからな。
こんぺー だからうちの会社の一昨年の業績、妙に悪いんですね。
おすぎ そんな美人に逆ナンされるなんて男冥利に尽きるじゃない。頑張ってベッドでプロレス1ラウンドくらい戦ってこいよ。
こんぺー タッグマッチが必要だったら言ってくれ。俺のリングネームは「サイクロン前田」。
おすぎ 俺も行こう。俺のリングネームは「チョコボールおすぎ」。
かおる 何もしませんよ！っていうか、タッグマッチで男二人来たら、一組男同士ですよ！
こんぺー かおると先輩のマッスルドッキングに期待。
かおる・おすぎ なんで俺らなんだよ。
おすぎ ま、でも実際嬉しいだろ？藤田からお誘いが来て。
かおる いや、まぁ…、はい…、うん…。
こんぺー 何そのふわっとした反応。
かおる いや、なんか、絶対嬉しいはずなんだけど、こう…ドキドキしないっていうか。今はちょっと突然のことでびっくりのほうが強いです。
おすぎ なんだその反応。お前ゲイか。
かおる 違いますよ！
こんぺー ぎりぎり彼女いたもんな。
かおる ぎりぎりって何！？
おすぎ あ、そうだ。お前、彼女いるじゃん、忘れてた。金曜、藤田と夜のキン肉バスター合戦してて大丈夫なのかよ？
こんぺー 夜のキン肉バスター合戦って字面がヤバい。
おすぎ お前、彼女と同棲みたいな感じなんだろ？
かおる あぁ…、彼女とは、別れたんです、先週。まぁ、別れたっていうか、ちょっと距離置こう適な感じなんですけど…。
おすぎ …お前、こいつの彼女に会ったことある？
こんぺー はるか昔に一回会わせてもらったことあります。
おすぎ かわいかったか？
こんぺー そーっすねー…、あんまりよく覚えてないんですけど、身長150cmくらいで、細くて黒髪で目がクリっとしててちょっと顔立ちが大人っぽいんだけど笑うと八重歯がかわいくてちょっと小動物っぽいダンスが得意そうで浦安あたりに住んでそうな女の子だったと思います。
かおる 記憶力が今見てきたレベル。
おすぎ その子の連絡先知ってる？
こんぺー 知ってたっけ？
かおる 前、なんかの時に無理やり聞いてきて教えなかったっけ？
こんぺー あ、じゃあ携帯入ってるかも。
おすぎ よし、お前、後で電話して、社内一の美女とお宅の彼氏が金曜に夜の総合格闘技だって伝えておけ！
こんぺー わかりました！
かおる おーい！なんでだよ！何すんですか！
おすぎ だってうらやましいもん。
こんぺー だってうらやましいもん。
かおる 正直か。
おすぎ よし、お前、今日やっぱおごってやんね。
かおる えー！？
こんぺー そうっすよ！二人で別の店で飲みましょう！
おすぎ そうしよそうしよ。こいつ置いてこ。
こんぺー あ！先輩のおすすめのキャバクラ連れてってくださいよ！
おすぎ お！いいな！よし、そうと決まれば…
2人 うぇーい！！
(こんぺー、おすぎはける)
かおる マジで！？うそでしょ！？本当に俺一人！？
おすぎ お前は金曜の試合に向けて柔軟でもしてろ！
こんぺー うらやましくなんかないやーい！
2人 ぐすん…。
かおる ぐすんって言っちゃったよ今。
(ジョージ出てくる)
ジョージ なんだか盛り上がっていたみたいですね。
かおる あ！あなたはあの時の！
ジョージ こないだはどうも。あれからいかがですか？
かおる あぁ…、おかげさまで気持ちが切り換えられたっていうか、元気にやってます。
ジョージ そうですか。それは何より。お役に立てて光栄です。
かおる どうも。…あ、こっちで飲まれます？今ちょうど一緒に飲んでた人間が帰ったもんで。
ジョージ お誘いありがとうございます。ですが、私もそろそろお暇しようと思っていたところですので。
かおる あぁ、そうですか。
ジョージ 私はいつもこの店で飲んでますので、また何かございましたらお声かけください。その時はぜひご一緒させていただきます。
かおる それはどうも…、ありがとうございます。
ジョージ ふふ…、あぁ、今日はあなたに一つだけご忠告を。
かおる 忠告？なんですか？
ジョージ いえ、大したことではないんですが、人々の幸福な記憶も、不幸な記憶も、どれもすべて一点物の商品です。つまり、もしあなたが先日の記憶を買い戻そうと思うなら、早めに言ってください。
かおる わざわざ、不幸を買い戻したりしませんよ。
ジョージ そうですか。ならいいんですが。
かおる あなたに失恋を買ってもらってこっちはすこぶる快調です。何なら他の嫌な記憶も全部買い取ってもらいたいくらいですよ。
ジョージ ははは、なるほど。でも、それはとっても危ないことです。
かおる 危ない？どういうことです？
ジョージ 私が人の不幸もお金をお支払いして買い取っているのは、それだけ価値があるからです。価値があるものをすべて売り払ってしまうのは、人という家に心という資産がないということと同じです。
かおる はぁ…。
ジョージ あまりご納得いただけていないご様子。
かおる なんか、あまりピンと来てません。
ジョージ ははは、私も今日は少し飲みすぎたのかもしれません。それでは、私はこの辺で失礼しますね。
かおる あ、はい…おやすみなさい。
ジョージ おやすみなさい。
(ジョージはける)
かおる …あいつ、しらっとレシート置いてきやがった！
(暗転)
シーン9 暗転中
こんぺー もしもし？こんにちはー。
きえ もしもし？えっと…前田さんでしたっけ？
こんぺー そうです、前田ですー！お久しぶりですー！
きえ 本当にお久しぶりです。どうしたんですか、いきなり電話なんて。
こんぺー え？あぁ、いや、最近かおるとどうかなーって思って電話しちゃいました。
きえ え？…かおるからなにも聞いてないんですか？
こんぺー あんまり詳しく教えてくんなくって。
きえ そうなんですね…。
こんぺー まだ別れてはないんですよね？
きえ え！？あ…、たぶん…、そう思ってるんですけど…。
こんぺー 今週の金曜にうちの会社の女子とあいつ飯食いに行く約束してますよ。今日はそれを伝えに。
きえ え…！？
こんぺー まだ好きなんだったらちゃんと言わないと、ね？
きえ ……。
こんぺー なーんて！いきなり電話してきて変なこと言ってごめんごめん！でもあいつもきえさんのこと本当に嫌いなわけじゃなさそうだし…
きえ あの…
こんぺー え？あ、はい？なんですか？
きえ 同じ会社の女子って…もしかしてちあきですか…？
こんぺー …そうです。
きえ ……。
こんぺー ……。
きえ 前田さん、あんまり友達のこんなこと言うのもあれなんですけど…、実はちあきに関して、たぶん皆さんがご存知じゃないことがあるんです…。
こんぺー え？なんですか？
きえ 実は…
シーン10 レストラン
(明転)
ちあき 先輩、プロレス研究会だったんだ？
かおる そう、だからプロレス詳しいらしいよ。
ちあき そうなんだ。知らなかった。
かおる 牛丼が好物らしいしね。
ちあき それもう、まんまキン肉マンじゃん。
かおる だよね、あはは。
ちあき あはは。あー、久しぶりかもこんな笑ったの。
かおる 俺も。
ちあき 今日ありがとうね、来てくれて。
かおる あ、全然。呼んでもらえて…嬉しいよ。
ちあき 本当に？いつも私が話しかけたら困ったような顔してない？
かおる してないしてない！
ちあき 本当？
かおる 本当。
ちあき なら、嬉しい。
かおる うん。
ちあき 今日来てくれてありがとう。
かおる さっき聞いたよ。
ちあき 何回でも言いたいの。
かおる 何それ。
ちあき ううん、なんでも。ふふ。
かおる ……。
ちあき 丸山君と私って会ってどれくらいだっけ？
かおる えっと…いつだっけ？俺がこの部署に入ってからだから…、あれ？ちあきちゃんていつから今の部署だっけ？てか、ちあきちゃんって今いくつ？
ちあき 女性に面と向かって年齢聞いちゃう？
かおる あ、ご、ごめん。
ちあき 私のこと何も知らないんだね。
かおる ……。
ちあき 嬉しい。
かおる え？
ちあき ううん。だって、なにも知らないほうがこらから知る喜びがあるって思わない？
かおる …そういうもんかな？
ちあき 私はそう思うな。
かおる そっか。
ちあき ねぇ、丸山君。
かおる 何？
ちあき 前田君から聞いたんだけど…、彼女と…、きえと別れたって本当？
かおる あ、うん。別れたっていうか、ケンカしたっていうか…、ちょっと距離置いてる感じかな。
ちあき …そうなんだ。
かおる なんかもう2年も付き合っててお互いなんか変なところで慣れちゃってて、遠慮がなくなっちゃってだめだね、あはは。
ちあき ……。
かおる ちあきちゃん？
ちあき …あ、ごめん。そっか、別れちゃったんだね。
かおる あ、うん。
ちあき 丸山君は浮気とか…したことある？
かおる 浮気？浮気はないよ。
ちあき そっか。
かおる どうしたの？急に？
ちあき ううん、丸山君くらいイケメンだったら浮気とかもしてそうだなーって。
かおる なにそれ。全然モテないよ。
ちあき そうなんだ？私は好きだよ？
かおる え、それってどういうこと？
ちあき (手を重ねる)…こういうこと。
かおる ……。
ちあき ふふ。
かおる ちあきちゃんって彼氏いないの？ちあきちゃんの方がモテそうなのに。
ちあき ん？彼氏？うーん、今はいないかな。
かおる そうなんだ。
ちあき 今日、なんで丸山君呼びだしたかわかる…？
かおる え？
ちあき わかんない…？
(ちあき、かおるの手を触る)
かおる ！？
ちあき どうしたの？
かおる …ちょっと、ごめん。お手洗い、いいかな？
ちあき え？あ、うん…。
(かおるテーブルから離れる)
かおる ……。
かおる ……。
かおる ……。
(きえ入ってくる)
きえ …かおる？
かおる …きえ？なんでここに？
きえ やっぱり、ここだった…。
(きえ、ちあきのテーブルに近づく)
きえ ちあき。
ちあき きえ！？
きえ やっぱり…、やっぱり言うんじゃなかった…。
ちあき …きえ、えっと、これはね…。
きえ また…、また私からかおるを取ろうとするんだね。
かおる え？
ちあき ……。
(暗転)
シーン11 オフィス
(明転、パソコンで作業をする2人)
こんぺー ……。
かおる ……。
こんぺー ……。
かおる ……。
こんぺー りんご。
かおる ……。
こんぺー ……。
かおる ……。
こんぺー りんご。
かおる ……。
こんぺー ……。
かおる ……。
こんぺー りんごぉおおお！！
かおる なんだよ！？
こんぺー りんご！
かおる りんご以外をしゃべれ！
こんぺー アップル！
かおる なにが！？
こんぺー …かおる、仕事どれくらいで終わりそう？
かおる ん…、んー…、あと今度のプレゼンの資料仕上げて日報書いたら終わり。
こんぺー じゃあ、プレゼンの資料、俺手伝う。
かおる え？いいよ、お前まだ仕事してんじゃん。
こんぺー いや、今、俺マインスィーパやってるだけだからいいよ。
かおる 早く帰れよ！
こんぺー やべぇ！8とか見たことない数字出てきた！
かおる 知らねーよ！
こんぺー あーーー、死んだ！やっぱ右にしとけばよかった！
かおる なんで8なのに周り掘ってんだよ！
こんぺー …というわけで、手伝うわ。
かおる どういうわけだよ…。じゃあ、今データ送ったから、最後のグラフと総括のページ頼むわ。
こんぺー あいあいー。
かおる …なんかお前の方から仕事手伝うって言ってくんの珍しいな。
こんぺー うーん…、ちょっと話したいことがあって…。
かおる なんだよ？今じゃダメなの？
こんぺー 酒飲みながら話すような話だから。
かおる なんだそりゃ。
こんぺー ちゃんと俺TPOわきまえるタイプだから。
かおる 今めっちゃマインスィーパやってなかった？
こんぺー 酒がないと話せないような話なのよ。
かおる どんなだよ。…まぁいいや、俺もちょっとこないだのこと話たかったし。
こんぺー こないだのこと？
かおる 先週の金曜。ちあきちゃんと飲んだ時のこと。
こんぺー あー…。
かおる なんだよ、その反応。
こんぺー いや、うん、俺もその話したくって。
かおる あ、そういうこと。
こんぺー うん…。
かおる 金曜来たよ、マジで、きえ。お前本当に電話したのな。
こんぺー うん…。
かおる 店とかどうやってお前わかったの？ちあきちゃんに聞いたの？
こんぺー うん…。
かおる ……。
こんぺー うん…。
かおる …こんぺー？
こんぺー うん…。
かおる どうした？
こんぺー ……。
かおる こんぺー、どうした？なんかあったか…ってお前まだマインスィーパやってんじゃねぇよ！！
(照明転換)
シーン12 居酒屋
こんぺー いや！だって、もう少しで上級クリアできそうだったから！
かおる お前どんだけマインスィーパ好きなんだよ！
こんぺー まぁまぁ、あの後ちゃんと手伝ったじゃん。
かおる まぁ、そうだけど。…で、お前話たかったことって何？
こんぺー この枝豆うめぇ！
かおる 聞けよ！どこで食っても同じだろ枝豆なんて！
こんぺー …いや、うん、まぁ…、ちあきちゃんのことなんだけどさ…。
かおる …おう。
こんぺー ……。
かおる …なんだよ？
こんぺー いや、金曜来たでしょ？
かおる ん？きえ？あぁ来たよ。
こんぺー そうじゃなくて。ちあきちゃん。ぐいぐい来たでしょ？
かおる …うん。なんかぐいぐい来た。
こんぺー どうだった？
かおる どうだったって…。
こんぺー 懐かしかった？
かおる いや、懐かしいってなんだよ。
こんぺー そっかー、そういうもんなのかー。
かおる 話が全然わかんないんだけど。
こんぺー いや、うん。とりあえず、お前は幸せな男だったんだよ。
かおる は？
こんぺー …これから俺が言うことは、全部きえちゃんから聞いたことな。ちょっと急にすごいこと言うけど落ち着いて聞けよ？
かおる …お、おう。
こんぺー まず…、お前、前にこの店で変なおっさんに会ったの覚えてる？
かおる あぁ…、あの…、失恋を買う人な…。
こんぺー きえちゃんも実はあのおっさんに会ったことあるらしいんだよ。
かおる え！？そうなの！？
こんぺー で、もっとびっくりなのが、お前も会ったことあるんだよ。
かおる ん？前、お前と会ったじゃん？
こんぺー じゃなくて、そのもっと前に。
かおる え！？俺が！？
こんぺー うん。
かおる 全く記憶にないんだけど…。
こんぺー まずここまでとりあえず大丈夫？
かおる お、おう。
こんぺー で、あのおっさんって実は、失恋とか幸せとかの感情を持ってってるんじゃないんだよ。
かおる ん？どういうこと？
こんぺー 簡単に言うと、不幸をその人から取り除くときは、その人の不幸になった記憶をごりっと取り除くんだってさ。
かおる マジで！？怖っ！
こんぺー で、こっからが本題なんだけど…、お前はきえちゃんと相談してある記憶をごっそり買ってもらったんだよ。
かおる ある記憶？なんか俺の記憶でない部分があるってこと？
こんぺー そういうこと。
かおる …何？
こんぺー お前、ちあきちゃんと浮気してたんだよ、2年前。
かおる …は？
こんぺー お前、ちあきちゃんと浮気してたんだよ、2年前。
かおる いや、2回も言わなくていいんだけど、え？何？え？どういうこと？全く身に覚えがないんだけど？
(きえ、ちあき出てくる)
こんぺー そりゃそうだろ。お前、記憶ないんだもん。
かおる え？うそでしょ？帰依と相談してドッキリとかしてんじゃなくて？
こんぺー 違ぇよ。俺もきえちゃんからこの話聞いたときびっくりしたもん。
かおる …マジか？
こんぺー らしいよ？
かおる …え？ちょっと待って？ってことはきえはそのこと覚えてんの？
こんぺー うん。記憶を消してもらったのはお前だけ。
かおる …そっか。…え、じゃあちあきちゃんは？
こんぺー ちあきちゃんも覚えてるよ。まだお前のこと好きなんじゃない？
かおる …マジか？
こんぺー マジだ。
かおる ……。
こんぺー ……。
かおる ……。
こんぺー …大丈夫か？
かおる …いや、ちょっと混乱してる。
こんぺー だろうな。でもこれでなんとなく全部の話は合うよな。きえちゃんがずっとお前のそばにいたがったのも、ちあきちゃんがこのタイミングでアタックしてきたのも、お前がきえちゃんとの出会いをよく覚えてないのも。
かおる ……。
こんぺー きえちゃんと初めて付き合ってから、今年で正確には5年らしいぞ。
かおる 5年…、2年じゃなくて…。
(きえ、ちあきはける)
こんぺー …俺からの話はこんだけ。これ以上は何も聞いてない。
かおる ……。
こんぺー ……。
かおる ……。
こんぺー …大丈夫か？枝豆食べる？
かおる …おう…、うまいな、この枝豆…。
こんぺー ……。
かおる ……。
こんぺー そっちの話は？金曜どうだった？
かおる …いや、金曜の話とかマジ、もう大丈夫だわ、ちょっと本気で混乱してる…。
こんぺー ……。
かおる ……。
こんぺー …まぁ、自分の記憶がないって怖いわな。
かおる …10万円って安いなぁ。
こんぺー …これからどうすんの？
かおる これからって？
こんぺー ちあきちゃんはお前のことが好きみたいだし、ある意味、お前も今は気兼ねなくもう一回付き合えるっちゃ付きあえるけど。
かおる …いや、なんか…そんな気分じゃない。いや、気分っていうか、俺のちあきちゃんに対しての「いいなー」って気持ちとか、きえに対する想いとかって、もうなんか…、本当の俺の考えなのかわかんない…。
こんぺー ……。
かおる あのおっさんの言ったとおりだな。
こんぺー …何が？
かおる 感情や記憶がなくなるのって、どんなに悪い思いでも、なくなるのって怖い。
こんぺー ……。
かおる …本当に何も思い出せない。昔のことも、きえとこないだケンカしたってことも…。
こんぺー ……。
かおる …そうだ、あのおっさん。あのおっさんに言ってこの前の記憶だけでも買い戻そう！
こんぺー 買い戻すの？
かおる おう。つらかったり、面倒だったりするかもしれないけど、なくしたら俺が俺じゃなくなる気がする。なんか、うまく言えないけど…、俺が俺であるためにいらない記憶なんてない気がする。
こんぺー なんか急にかっこいいな。
かおる うるせぇ。あのおっさん、いつもこの居酒屋で飲んでるて言ってたよな。今日もこの店来てんじゃないか？
こんぺー ちょっと探してみる？
(ジョージ出てくる)
ジョージ 探さずともおりますよ、ここに。
こんぺー いた！マジでいつもいんだな、あんた！
かおる あんた、今の話聞いてたか！？
ジョージ 盗み聞きは悪いと思いながらも、ええ、マインスィーパのあたりから聞いておりました。
こんぺー 全部じゃん。
かおる なら話は早い。悪いんだけど、こないだの記憶を買い戻したいんだ、頼む。
ジョージ …ずいぶんと素敵な時計をされてますが？
かおる 金ならいくらかかってもちゃんと払うから。頼むよ、これ以上は、もう何が本当で何が本当じゃないのかわかんなくなっちまう。
ジョージ いえ、別に足元を見てふんだくろうなんてつもりはありません。ただ…。
かおる ただ…、なんだよ？
ジョージ 以前も申し上げました通り、どんな記憶も感情も一点物です。つまり…。
こんぺー つまり？
ジョージ あの記憶はもう売れてしまいました。私の手元にはないんです。
かおる そんな…！
こんぺー 誰があんなチンケな記憶買ってったんだよ？
かおる チンケって言うな。
ジョージ フラれてしまったら、フラれた原因を知りたくなってしまうのが、人間の心情だとは思いませんか？
こんぺー それって、つまり…
ジョージ はい。きえさんが購入されていきました。先週の土曜のことです。
かおる マジか…。
ジョージ そのうえで…、非常に申し上げにくいのですが…、きえさんがすべてを売っていかれました。あなたとの記憶のすべてを。
こんぺー それって、もしかして…
ジョージ きえさんはもうあなたのことを覚えていません。
(暗転)
シーン13 オフィス
(明転)
かおる ……。
(ちあき出てくる)
ちあき 丸山君…。
かおる あ、ちあきちゃん…。
ちあき こないだはごめん…。
かおる いや、うん…、こっちこそ、なんかごめん。
ちあき ……。
かおる 俺、聞いちゃった。
ちあき え？
かおる 俺とちあきちゃんのこと…。覚えてないんだけど…、全部聞いた。
ちあき …そう。
かおる …うん、…ごめん。
ちあき …ううん、悪いことしちゃったのは私だもん。…こないだも、…2年前も。
かおる …ちあきちゃんは全部覚えてるんだ？
ちあき …うん。…全部…、全部覚えてる。
かおる …そっか。
ちあき …私ね、春にこの会社辞めることにしたの。
かおる え？そうなの？…なんでか聞いても？
ちあき …簡単だよ。だって…、この会社…っていうか、かおると一緒な空間にいると楽しかったことで頭がいっぱいになっちゃうから。楽しくて、幸せだったから…、つらくなっちゃう。
かおる ……。
ちあき 楽しかった気持ちは消したくない。だから、私、卒業するの。あなたのそばからも、あなたからも。
かおる …そっか。
ちあき …うん。
かおる …こんなこと聞くのもあれなんだけどさ。
ちあき 何？
かおる なんで俺たち別れちゃったの？
ちあき それは…、だってずっとは一緒にいられないよ。…きえもいたし。
かおる ……。
ちあき もう全部覚えてないだろうけど、2年前も声をかけたのはこっちから。一目ぼれってしたことなかったけど、本当に一目見てからあなたのことしか考えられなかった。
かおる ……。
ちあき 私との関係がきえにばれたとき、記憶を消すって言ったのはあなた自身だった。「あぁ、この人、本当にきえのこと大切にしてるんだなぁ」って思った。いつか、私もあなたにそんな風に思ってほしかったけど…、それはもう無理だね。
かおる ……。
ちあき 今までごめんね。それと…、ありがとう。
かおる ……。
(おすぎ出てくる)
おすぎ …！！
かおる あ、先輩、お疲れ様です。
ちあき お疲れ様です。
おすぎ …お前ら…聞いてくれ…！
ちあき …どうされたんですか？
おすぎ 嫁が…。
かおる あぁ、入院されてたんですよね。
ちあき 奥様がどうかされたんですか？
おすぎ ……。
かおる まさか、本当に…。
ちあき え、そんな…！
おすぎ 生まれたんだ！！俺の子供が！！
かおる え！？あ！そうなんですか！？
ちあき あ、入院されてるって、お子さんが生まれそうだったんですね。
おすぎ そうなんだ！たった今、病院から電話があって、生まれたって！女の子で、母子ともに健康だって！
ちあき おめでとうございます！
(こんぺー出てくる)
こんぺー おつかれーっす。って、あれ？どうしたの？みんなして立って。
おすぎ おーぃ！前田！聞いてくれ！俺の嫁がついに…
こんぺー え！？亡くなったんですか！？
おすぎ ばかやろー！俺の子を産んだんだよー！！(コブラツイスト)
こんぺー あででででで！！お、おめでとうございます！！
おすぎ ありがとよ！
ちあき でも本当におめでとうございます！よかったですね！
おすぎ おう！嫁には本当に感謝だな！
こんぺー あれ？先輩の奥さんって、幼馴染さんとかでしたっけ？
おすぎ おう、中学からの付き合いでな、しょっちゅうケンカばっかしてたよ。ケンカ今でも俺より強いしな。
こんぺー えー、今のお気持ちはいかがですか！？(リポーター風)
おすぎ ん？んー、まぁ、そうだな。今も行ったけど、嫁に本当に感謝だな。嫁とは今までも色々あったからな。
ちあき 色々って？
おすぎ ん？まぁ、なんだ、こんなとこで言うのも恥ずかしいんだけど、俺、いつは嫁とは一度別れてるんだ。婚約して、さぁ結婚するかって時に、嫁のほうが浮気しててさ。まぁ、その時は俺も仕事が忙しくて相手してなかったってのもあるんだけど。
こんぺー え、そんなことあったんすか！？
おすぎ まぁ、昔の話だけどな。でも、そん時はアッタマきちゃってさ、結構長く付き合ってたんだけど別れたんだよ。
こんぺー そりゃあ、浮気してたらねぇ。
かおる こっちみ見んな。
ちあき …じゃあ、なんでもう一度付き合って結婚されたんですか？
おすぎ ん？んー、なんだろうな。簡単に言ったら、やっぱ好きだったからだろうな。そりゃ長く付き合ってたから嫌なこともたくさんあったし、つらいこともたくさんあったけど、その分惚れ直すっていうか。人間はほら、理屈じゃねぇからな。
こんぺー そういうもんすか。
おすぎ 実際、今、俺のために腹痛めて俺の子を産んでくれたしな。まぁ、子供にゃ昔母ちゃんが浮気してたなんて言えないけど。
こんぺー そっすね。
おすぎ でも人間一緒にいたら忘れられないことの一つや二つ必ずあるもんだよ。それを嫌がってちゃ、人と一緒になんて絶対いられないさ。
かおる ……。
おすぎ あはは！なんか身の上話ですまんかったな！よし、お前ら、今日の仕事はもう上がっていいぞ！俺もすぐに病院行かなきゃいけないしな。
こんぺー マジすか！？あざっす！！
おすぎ おう、丸山。お前もたまにはさっさと上がれ。
かおる あ、うっす…。
おすぎ じゃあな。
(おすぎはける)
かおる ……。
ちあき ……。
こんぺー 人間一緒にいたら忘れられないことの一つや二つ必ずあるもんだよ。それを嫌がってちゃ、人と一緒になんて絶対いられないさ。
かおる …なんだよ？
こんぺー いや、先輩って、たまーにいいこと言うよな。すごいタイミングで。
かおる ……。
(ちあきはける)
こんぺー ……。
かおる ……。
こんぺー 俺、もう少し仕事したら帰るわ。お前は？
かおる もう帰るけど…、悪い、俺、ちょっと行くとこできたから。
こんぺー …そっか。どこかは聞かねーわ。
かおる うるせぇ。
こんぺー …がんばれよ。
かおる …ありがとよ。
こんぺー じゃあ俺ちあきちゃんもらってもいい？
かおる ちあきちゃん、会社辞めるってよ。
こんぺー はぁ！？マジで！？
かおる じゃあな。
(かおるはける)
こんぺー うっわー、俺もうマジ帰ろうかな。
(暗転)
シーン14 カフェ
(明転)
きえ ちょっと待って！どういうこと！？
ちあき いいから！もう来ちゃうから！じゃあね！
きえ あ、ちょっ…！
(ちあきはける)
きえ ……。
(かおる出てくる)
きえ あ、いらっしゃいませー。
かおる あ、えっと…
きえ ご注文何になさいますか？こちら、新作のケーキ、オススメになってますよ。
かおる いや、えっと…、食事に来たんじゃなくて…
きえ ？あ、お飲み物ですね！ドリンクのメニューはこちらになります。
かおる いや、違うんだ…
きえ …？
かおる …えっと…
きえ ？
かおる コーヒー飲みに来たんじゃないんです。お姉さんと、いや…、きえ…さんにお話があって…。
きえ 私…？ですか？
かおる こんな時、どんな顔して、どんなこと言えばいいかわかんない。でも…、僕はあなたのことが大好きです。ずっと、ずっと前から。あなたも僕も覚えてないけど、ずっとあなたのことが大好きです。
きえ ……。
かおる ……。
きえ …いきなり、こんなこと言われてちょっとよくわかんないんですけど…
かおる ……。
きえ …手を、あなたの手を見せてもらってもいいですか？
かおる ……。(手を差し出す)
きえ …知らない、…見たこともないあなたの手なのに…、んだんろう、ごめんなさい、なんだか…懐かしい気がするんです…。
かおる ……。
きえ ごめんなさい、急に変なこと言って。…でも、知らないけど…、このごつごつした手のひらも…、この短い爪も…、変なところにあるペンだこも…、全部なんだか知ってるような気がして…。
かおる ……。
きえ ごめんなさい…、なんか…、涙が…
かおる ……。
きえ …～っ。
(暗転)
シーン15 どこか
(明転)
(ジョージ出てくる)
ジョージ よかったんですか？かおる君のこと。
ちあき …うん。
ジョージ 友達想いなんですね。
ちあき この気持ち…、つらいけど…、きっと…、なくしちゃいけない。
ジョージ なくしちゃいけない記憶…ですか？
ちあき ううん。なくしちゃいけない私自身。これが私だもん。私自身を切り取ったり、なかったことにはできない。
ジョージ …そうですね。…私もこの商売は今日限りにしましょうかね。人自身を売ったり買ったりはとてもできません。
ちあき そうだよ。
ジョージ …素敵な出会いを祈っております。
ちあき ありがとう。
(暗転)
きえ ちょっと急いでよ！もうタクシー来ちゃうよ！
かおる ごめん、どっちのネクタイがいいか決まんなくって…。
きえ うちのパパもママもそんなのどっちでも気にしないよ。
かおる いや、だって、初めての顔合わせだし…。
きえ いいのよ。どんなことが起きても、きっとそれもいい思い出になるよ。
かおる …そうだね。
きえ あ！ほら！タクシーきちゃった！早く荷物持って！
かおる え！もう！？ちょっと待って、まだヒゲそれてないよ！
きえ もう、早くー！
かおる ちょっと待ってー！
(音楽ボリューム上がって会話が聞こえなくなる)
(了)
