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「あああぁぁ~」男が言った。
「おお、あちち」と堀江が驚いた声を上げる。
「大丈夫? 気を付けて、ここの湯けっこう熱いから」橋本が言う。
「大丈夫。うおお、ああぁ」堀江が呻く。
「熱いの苦手?」小林が堀江の顔を覗き込む。
「うん、大丈夫」堀江がにこやかに頷く。
「ああー」橋本が呻いた。
「熱いね」小林が言う。
「熱いな」橋本が言う。
「おっさんかっ」小林が言う。
「おあああぁ」新太が呻く。
「なんでだよ、おっさん関係ねえし」橋本が半笑いする。
「ん?」と良太が新太を見つめる。
「はは」と堀江が小さく笑う。
「お父さんの真似」と新太が笑う。
「なんで、おっさんなの?」堀江が訊く。
「ふふふ」と長谷川がこもった笑いを笑う。
「おっさんかっ」小林が大きな声を出す。
「うるせえよ小林ボリューム落とせ」橋本が牽制する。
「お父さん、今頃何やってるんだろうな」新太が訊くともなく訊く。
「ははは。あんね、橋本って、なんかおっさんぽいじゃん?」小林が言う。
「おあぁ」東村が唸る。
「仕事だって言ってた」良太が答える。
「うーん……どういう点が?」堀江が愛想笑いしつつ尋ねる。
「ふあぁ」と亀田が声を引っぱる。
「それぐらい知ってるし」新太が苦笑いといった感じで言う。
「なんかこう、老けてる?」小林が語尾上げで言う。
「だからどの辺がだよ、老けてねえし。全部小林がネタで言ってるだけだから」橋本が小林を睨みつけ、それから堀江に笑いかける。
「どうだい亀田さん。膝の調子は」東村が問う。
「そうなんだ」と堀江も微笑む。
「しばらく楽になってたんですけど、また痛み出しまして。これから寒くなるから余計に痛くなってくるだろうって、医者に言われたし、経験上知ってますしね」亀田が愛想笑いしながら答える。
「強いて言えば顔」と長谷川が早口に言う。
「オレも、近いうちに血管が破裂して死ぬかもしれん」東村が冗談めかして笑う。
「え、そうなんだ」堀江がさらに微笑む。
「そんなに悪いんですか」亀田が真顔で訊く。
「ほら、長谷川だってそう思ってんじゃん。なんていうか、髭が濃いんだよ髭が」と小林が茶化す。
「ははっ。塩分気をつけて、醤油や漬物は食べないでください」東村が節をつけて言う。
「お兄ちゃんってどんな感じ?」良太が新太に訊く。
「濃くねえし。ってか、それ言ったら堀江もおっさん体形じゃん」橋本が言い切った。
「似てますね」亀田が微笑む。
「は? どういう意味?」新太が訊き返す。
「ははは」堀江が弱々しく笑った。
「降圧剤の量が増えてねえ。飲み込むのが大変だよ。嚥下に失敗して肺炎だなんて、誤嚥性肺炎だったかな?」東村が尋ねる。
「うーんと、お兄ちゃんやってるってどんな感じ?」良太が訊き直す。
「まあ、なんつーか、堀江ってがたいいいよね」小林が小さく笑いながら堀江に向き直る。
「誤嚥性肺炎。はい、たぶんそうです、それで合ってます」亀田が素早く頷く。
「え、どんな感じも何も、普通だけど。ただ歳が上の、それだけで兄って感じだけど」新太が首の背を掻きながら答える。
「フィジカルは部で抜きん出てる」俯き加減だった長谷川が顔を上げる。
「オレも肺炎で死ぬかもしれないね。枝元さんみたく」東村が自嘲する。
「もうすぐ妹が産まれるから」良太がたどたどしく言う。
「まさにキーパー向きだよね」橋本が浮ついた声を出し小林を見、長谷川を見、皆川を見る。
「また縁起でもないことを。私ら、殺しても死ななそうなのが売りなんですから」亀田がたしなめるように言う。
「ああ、美咲もうすぐ産まれるもんな。オレは良太がいるけど、良太は初めてだもんな、自分より下の子。ま、兄として言わせてもらうと、弟がいようと妹がいようと、あんまし変わんない、かな」新太が思案しながら答える。
「もう辞めちゃったけどね」堀江がばつが悪そうに言う。
「そうなのかい?」東村が意外だといった表情で亀田を見る。
「赤ちゃんって、かわいいのかな」良太が首を傾ける。
「なんで、部活、辞めちゃったの?」皆川が落ち着いた口調で問う。
「いや、ははは。膝痛は、死にはしないけども歩けなくなるのはつらいもんですね」亀田が慌てて言い繕う。
「ええー。正直微妙だよ。なんかすげー皺くちゃだし。オレ、良太見たことあるけど、かわいくないっつか、むしろグロかったかな」新太が笑う。
「それは……まあ……」堀江が言い淀み、首根っこを掻く。
「死ぬよりはマシなんじゃないかい?」東村が笑顔で言う。
「グロかった?」良太が目を丸く開いて首を傾げる。
「別にほら、新人戦のことなら気にしなくていいんじゃね? ってか」橋本が笑顔で言う。
「まあ、今の時代、車椅子だってありますしね」亀田も笑顔で頭を掻く。
「気持ち悪かったってこと。その割に目玉がでかいから、頭でかいし、なんか宇宙人イメージしてもらえば分かる」新太が言う。
「ねえ。点取れなかったオレらにも責任あるわけだし」小林が頷いて皆川を見る。
「ふーん」良太がおっとり言う。
「誰だってミスはするだろ」長谷川が堀江を見据えて言う。
「……やっぱ、そういうことになってる感じ?」堀江が苦笑する。
「うん。てか、え? やっぱって、なんか違うの?」小林が少し目を見開く。
「そう言えば、何役に決まった? お遊戯会」新太が尋ねる。
「うん。実はね、その、みんな、オレが新人戦のミスに責任感じて部活辞めたと思ってるでしょ? でも違うんだよね」堀江が頭を掻く。
「枝元さんの、墓参りに行ってねえ」東村が唐突に話し出す。
「あのね、熊に決まったの」良太が活き活きと答える。
「え? マジで?」よく分かっていないのに小林はマジでと聞いてしまう。
「枝元さんの?」亀田が訊き返す。
「熊、って、じゃ主役じゃん」新太がやや興奮した様子で言う。
「あ、うん。なんつーか、すげえ言いにくいんだけど、オレ、実家の、工場の跡継ぐことになって、ほら、いろいろ木材のこととか作業のこととかも勉強しなきゃいけないし。それで、新人戦を最後に、部活引退する予定だったんだよね。先生とも話し合い済みで」堀江はぽつぽつと話す。
「そう。あそこの、観音寺。こないだ、歩いて行ってねえ」東村が亀田を真っ向に見る。
「ううん。主役じゃないよ」良太が落ち着いた調子で言う。
「……え? マジで?」またよく分からないまま小林はマジでと聞いた。
「私は、葬式以外は、枝元さんに関わることは何も。恥ずかしながら」亀田も東村を真向かいに見る。
「え? だって熊じゃん。森のくまさんでしょ?」新太が不思議そうに首を傾げる。
「うん。なんか、新人戦でミスっちゃったから引責退部みたいな話になっちゃってるみたいだけど、真実は家業を継ぐために引退、っていう」堀江は少し照れたようにはにかんだ。
「枝元さんの墓、誰かが参ったんだろう、百合の花が挿されててねえ、綺麗だったから、手ぇ合わすだけで終わりにしたんだけども、ちょっと、変な気を起こしてねえ」東村が眉根を寄せる。
「うん。あのね、森のくまさんやるんだけど、熊役やるんだけど、熊役がいっぱいいるの」良太が文を区切り区切り答える。
「……え? マジで?」もう一度、よく分からないまま小林がマジでと言った。
「変な気?」亀田が軽く首を傾ける。
「え? 何? 熊が五匹とか六匹出てくんの?」新太が驚いたように訊く。
「うん。先生とは話し合って、新人戦を引退試合にしようって」堀江が軽く頷く。
「ちょっとね。墓掃除のボランティア、代行してみたんだよ。ほら、前亀田さん、枝元さんがそんなことやってるって言ってただろ?」東村が問う。
「うん」良太が頷く。
「え? ってか、先生一言も言ってなかったんだけど」橋本が小首を傾げる。
「言いましたねそんなこと。枝元さん、清掃ボランティアしてるって」亀田が軽く頷く。
「え? 何それおかしくね? ははは、あり得ねえー、なんで五匹も六匹も出てくんの?」新太が嬉しそうに勢い込んで訊く。
「あ、うん、なんか恥ずかしいから、言わないでおいて欲しいって、伝えてあったから」堀江が言う。
「だろ? それでねえ、オレも、あの人が死んでから、死が身近になったもんだから、一つ、善行でも積んでおこうかなと思って。レジ袋持ってって、枯れて腐ったような花は取り除いて、それから墓周りの雑草抜いたり、ね。そんなの、家でもやらないのにねえ」東村がおかしそうに笑う。
「そういう劇だから?」良太が答えつつ首を傾げる。
「ってことはさ、え? 初めから辞めることにしてたっていうこと?」小林が大きな声で問う。
「でも、そんなことしたら、住職さん、喜んだんじゃないですか」亀田もつられて笑顔になる。
「そういう劇だからって、はは、絶対人が余ったパターンだな。ほら、絶対森のくまさんで劇なんて無理っつったじゃん」勝ち誇ったように新太が言う。
「うん。まあ」堀江が気まずそうに微笑む。
「いきなり清掃始めるのも無作法だと思って、一番初めに住職に話通しに行ったの。したら、どうぞどうぞって。あの枝元さんのお知り合いでしたかって、話し込んでねえ。日頃お世話になってたから、枝元さんには特に心を込めて読経したんだと。差別しちゃあいかんよねえ
」東村が鼻を鳴らす。
「ううん。一匹一匹台詞が違うから、七匹いるの。みんなでやりましょうって先生が言ってた」良太が少し気色ばんで返す。
「……マジかあ。ってかオレら、引責退部なら復帰させようって考えてさあ」小林が手振りしながら言う。
「まあ、気持ちは分かりますけどねえ。今時、墓の管理に来ない檀家だっているだろうし、昔みたいに近所に菩提寺があるってんじゃなくて、遠方に赴任か何かで常時世話できない人だって、多いだろうし」亀田が上半身を揺する。
「え、でも、熊が七匹って、熊が熊追っかけんの? あり得ねー」新太がからから笑う。
「サッカー部に復帰しないかって話でしょ? 確かにオレが悪かったんだけど、話してなかったから、それ、内山くんにも言われて、で、工場継ぐんでっつったら、そっか、って」堀江はやはり気まずそうに微笑む。
「まあ、差別するしないは冗談だけども、地縁って言うのかい? が崩れ来た現代、寺に出入りする人も少ないらしくて、それで、暇があったらまた掃除にでも行きますって約束しちゃったよ。ただしぽっくり逝っちまった場合は行けないけど、って付け加えたら住職、笑ってたなあ」東村が大口を開けて笑う。
「熊はお嬢さん追いかけるんだよ。熊じゃなくて」良太がむくれる。
「え? あ、何、内山とかもお前に辞めんなって言ってたってこと?」長谷川が言う。
「まーた、冗談じゃないですよ、そんな簡単に。ボランティアに来てくれるようになった人がまた亡くなっちゃったんじゃ、住職だって困るでしょう」亀田が笑顔で言う。
「ああ、うん、なるほどね。でも、あり得ねーだけど面白そうじゃん、超展開」新太がまだおかしそうに肩を揺らしている。
「ぷふうぅ」太田が息を吐く。
「うん」と堀江が首肯する。
「まあ、そうだねえ。でも、あれだねえ。縁ってのは不思議なもんだねえ。オレみたいないい加減なもんでも、寺に結びついちゃったり」東村が上体を少し横に傾け、腕で支える。
「超展開?」良太が訊く。
「おう、ゴッド。やっぱり湯が熱いのは苦手です」マイケルが言う。
「マジかよ言えよ!」橋本が大きな声を出す。
「たしかにそうですねえ。枝元さん、東村さんと寺との仲人までやっちゃうんだから、亡くなってからでも人は縁を結べるもんなんですねえ」亀田が感心したように頷く。
「無茶苦茶なお話ってこと。でも、なるほどね、熊役なんだ。いいじゃん。頑張れって」新太が言う。
「向こうはシャワー中心だもんね」小島が言う。
「ぶっちゃけ、オレらもさ、堀江を連れ戻そうって考えて、今日も要するにそういうことだったんだけど、なんだ、親父さんの跡継ぐの?」小林が言う。
「偉いもんだ。不思議なもんだねえ」東村も小さく頷く。
「うん」良太が体を揺する。
「はい。しかもこんなに温度熱くないです、シャワーでも」マイケルが顔をしかめる。
「うん。なんつーか、高校出た時点である程度通用するように育てるって親父言ってるし、なんていうか、ほら、うちは代々続く材木店で、その筋だと割と有名なんだって」堀江が胡坐をかく。
「ところで、観音寺、何宗なんですか?」亀田が訊く。
「良太昔から動物の真似うまかったしな。これでお遊戯会終わったら焼肉か。やばっ、嬉しすぎるんだけど」新太が微笑む。
「初耳だわ」と橋本が呟く。
「え? ああ、そういえば、よく知らないなあ」東村が思い出すように答え、鼻で笑う。
「えっへ」良太も笑った。
「え? マジで? ってことは高卒で働くってことでしょ?」小林が大仰に手を振る。
「まーた、いい加減なんだから、この人は」亀田が微苦笑する。
「早く美咲産まれるといいな!」新太が言う。
「小島は、ちゃんと論文書いてるか?」太田が訊く。
「あ、うん、マジで」堀江がふふと笑う。
「いいんだよ。どうせオレの葬式はオレが挙げるんじゃないんだから」東村が前傾姿勢で答える。
「うん!」良太が嬉しそうに笑った。
「あ、はい、書き進めてるんですけど、そろそろ中間発表じゃないですか、やんなきゃなって。でも、進まないですね」小島が苦笑する。
「うち進学校なのに?」長谷川が問う。
「それもそうですね、はっはっは」亀田が愉快そうに笑う。
「桜田はどうだ。ちゃんと真面目にやってるか?」太田が重々しい声音で訊く。
「うん。まあ、市内で一番学力高いとこに入っただけだし、言ってしまえば。親父に言わせれば、大学行くよりうちで学んだほうが、手に職がつくっつーの? 芸の肥やしになるって」堀江が応える。
「だろう? はっはっは」東村も嬉しそうに笑った。
「あ、はい、ただ、参考文献が少なくて様になんないって言ってましたね。そこから変な資料に手ぇ出してるんで、どうなんでしょ、進んでない感じですけど、まあ、なんとかなるんじゃないですか」小島が気のない調子で言う。
「芸の肥やしは使い方間違ってるだろ」長谷川がふんと鼻で笑う。
「はは。でも、とにかく、なんかできるようになっておけば、この世の中では有利だって親父言ってるし、オレもまあ将来的にはいずれなるなら、早いうちに、恥かけるうちに習っておいたほうがいいかなって」堀江が頬を掻く。
「ってことは、サッカー部はあんま役に立たないってこと?」皆川がやや早口で言う。
「出る?」新太が尋ねる。
「……そういうわけじゃないんだけど……」堀江が困ったように眉根を寄せる。
「うん」と良太が頷く。
「まあ、実際、オレらだってサッカー選手になるわけじゃないし」橋本がフォローを入れる。
「じゃ出るか」新太が立ち上がる。
「マイケルは、今年、帰るの?」小島が訊く。
「オレ審判になりたいと思ってるけど」長谷川が意外といった顔をする。
「うん」と良太も立ち上がった。
「はい。今年帰ります。クリスマスの頃です。クリスマスは絶対です」マイケルが頷き言う。
「あ、オレは普通に進学、つうか、そういうのまだ全然決めてねえわ」小林が笑い声を立てる。
「そろそろ上がるかな」東村が腰を上げる。
「あ、やっぱり、欧米だと、クリスマスは尊重する、ていうか、休んで当たり前なんだってね」小島が言う。
「うん。そっか……」堀江が眉根を寄せたまま呟くように小声で言う。
「私も、そろそろ」亀田が後を追う。
「はい。クリスマスはみんな仕事休みです。働くのはあり得ないです。日本の大学で、授業があって、びっくりです」マイケルが言う。
「日本人、なんでも祭りに飛びつくけど、節操ないけど、その割に休日にはならないっていうか、普通に授業やってんだよね、けっこう」小島が笑う。
「ええ、七夕祭りも祝日扱いだと学んでいたんですが、休みではなくて驚きでした」マイケルが相好を崩す。
「英国には七夕みたいなの、ないの?」太田が尋ねる。
「オレ、四級のライセンス持ってるよ」長谷川が言う。
「いいえ、ないです。ミルキーウェイを扱う話、神話? のようなものはありません」マイケルが首を振る。
「四級ってすげーの?」橋本が尋ねる。
「神話っていうより説話かな」小島が言う。
「いや。たくさんいると思うよ。十二歳から取れるし」長谷川は肩を竦めてみせる。
「説話? 説話。はい」マイケルが納得したように頷く。
「ふーん」橋本が上体を後ろに傾け、手を水底につけて支える。
「英国で説話って言ったら、なんだろうなあ」太田が特別興味のありそうな様子でもなく、訊く。
「三級からが難しくて、筆記試験もあるからオレ勉強してるよ」長谷川が事もなげに言う。
「マザーグース?」小島が首を傾げる。
「そっか。みんな将来とかもう考えてんだな」橋本は頭を天井に向け、また元に戻す。
「はい、マザーグース。詩のような文章がたくさんだと思います」マイケルが頷き顎に手を添える。
「……皆川くんはガチでサッカー続けんの?」小林が問う。
「マザーグース、なんか歌える?」太田が問う。
「いや、それならユースとか入ってる」皆川が簡潔に言う。
「はい。Humpty Dumpty sat on a wall. Humpty Dumpty had a great fall. All the king's horses and all the king's men. Couldn't put Humpty together again.」マイケルが抑揚をつけて諳んじる。
「あ、そっか」少し気圧されて小林が曖昧な笑みを浮かべる。
「ハンプティダンプティが壁の上に座ってて?」太田が訊く。
「そういう意味で堀江はオレらの一歩先行ってるわけか。すげえな」橋本が堀江を見る。
「ハンプティダンプティが壁から落ちて、もう直らない、割れてもう元に戻らない、という歌です」マイケルが答える。
「まあ、そうなるのかな。分かんないけど」堀江も曖昧に微笑む。
「どういう意味?」小島が訊く。
「でも、話し戻すけど、部にキーパーが一人もいなくて困るなって話なんだよね」長谷川が言う。
「どういう意味、とは?」マイケルが小島を見る。
「それで堀江に戻って来いって話になってたんだけど、家の事情とかだと無理か」橋本が堀江に伺いを立てるように言う。
「あ、なんていうか、教訓っていうの? ハンプティダンプティから何を学べばいいのか、って」小島が手振りも交えて訊く。
「高校卒業してから跡継ぐじゃだめなの?」皆川が堀江に問う。
「Um, 特に意味はないと私は思います。特別な意味はないと私は思います。リズムが大事なのであって、あー、口ずさむのは……」マイケルが眉間に皺を寄せて額に手を遣る。
「親父的には、卒業後すぐに即戦力として働いて欲しいみたいよ」堀江が答える。
「童歌っていうか童謡的な?」小島が助け舟を出す。
「お父さんがどうってんじゃなくて、堀江くんがどう思ってんのか聞きたいんだけど」皆川が早口で言う。
「あー、たぶん童謡のようなものです。子供が遊ぶために歌う、そして楽しい、のような」マイケルが手振りしつつ言う。
「ちょっ、皆川くん……」小林がたしなめる。
「あんまり意味を求めても、だめなものも、あるからね。外国は韻を踏むのが肝要で意味内容はそのまた後ってのも多いし。研究だってそうだよ」太田が不意に真面目腐った顔つきになる。
「うーん。正直、学校の勉強と材木店の勉強、それから部活を全部両立させるのは無理だと思う。それで、部活を切り捨てるしかないと思った」堀江が深慮した様子で言う。
「研究が、ですか?」小島が慎重に尋ねる。
「部活なら辞めてもいいと思った?」皆川が言う。
「すべてのデータが、意味のあるものかっていうとそうでもなくて、飾りでしかないデータだって多い。つまり、その、普遍性を見出すために追跡するデータがあれば、ただ数値として出ているだけのデータもいっぱいある、生データには。無駄でいっぱいなわけだ。そこから法則性のあるデータを取り上げるわけだけど、無内容なデータを保存しておくことも大切だ、ってこと」太田がしかめ面で述べる。
「うん。どれか一つ切り捨てないとやっていけないよってなった時、やっぱり部活切るしかねえなって思った、実際。学校の勉強疎かにしたら留年だし、跡継ぎの勉強やらなかったら将来的に破滅だし、じゃあ背負った荷物のどこを軽くできるかっつったら、部活だった」堀江が深く瞬きしながら言う。
「あれですかね、研究結果として出された生データの、無駄には無駄としての意味がある、的な?」小島が考えながらものを言う。
「じゃあまあ、しょうがなくね? オレたちも引き戻そうとしてたけど、将来の仕事がらみじゃ、ねえ?」小林が橋本に話を振る。
「そう。だから必要そうな部分ばっか追っかけてもだめだってことだ。分かる?」太田が問いかける。
「うん。しょうがないかな、てか、そもそもオレたち、堀江が新人戦のミスを悔いて辞めたんだと思ってたから、ねえ? 全然意味合い違うし」言いつつ橋本は長谷川を見る。
「なんとなく」小島が頷いたような頷かないような反応を見せる。
「まあ、暗くなる話じゃなくて明るくなる話だったから、いいんじゃね?」長谷川は皆川を見る。
「マイケルも。言いたいこと、分かる?」太田が確認する。
「まあ、本人がそういうんだし。オレからは何も」皆川が言う。
「ちょっと、難しいかもしれません」マイケルが申し訳なさそうに眉根を寄せる。
「そっか」と堀江が苦笑気味に頭を掻く。
「はは、私ももうちょっと無駄を省いた説明をしなきゃいかんな、ってことだよ。アンダスタン?」太田が言う。
「別に、皆川くんや、オレらが決めるわけじゃなくて、堀江本人が決めるわけだし、部活を切り捨てられちゃうところに思うところがないわけじゃないけど、全員が自分と同じように考えて行動するって押しつけはだめだし。他人は他人、自分は自分、その原理で行動するうちに線が交わるのが人生だし、それが楽しいんだろ。そういうことなんじゃない?」長谷川が肩を竦める。
「日本語は難しいです」とマイケルが言う。
「だよなー、長谷川いいこと言った。っていうか橋本今屁ぇこいたでしょ?」小林が言う。
「ま、いずれ私の言ってることも分かるさ、ははは」太田が豪快に笑った。
「はあ? こいてねえし、なんでだよ」橋本が大げさに言う。
「ぽこぽこぽこって泡出てたから。ほら、橋本なんか臭え」小林が鼻を摘まみ仰け反りながら手を顔の前で振る。
「ふざけんなお前だろ」橋本が小林を小突く。
「いてて。おっさんかっ」小林が大仰に叫ぶ。
「なんでだよ」橋本も叫んだ。
「そろそろ上がるかぁー」男が言った。




