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「あああぁぁ~」男が言った。



「あちち」小林が言う。

「あちぃよな、ここの湯」橋本が言う。

「ああぁ」長谷川が弛緩しきった声を出す。

「あちち」小林が水面に指を突き刺してすぐに引き離す。

「いやもう体浸かってっから」橋本が笑いつつ突っ込む。

「マジで!?」小林が仰け反ってみせる。

「いやお前の体の話だろ分かんだろ」橋本がすぐさま突っ込む。

「ははは」と長谷川が笑う。

「よいしょお、おおぉぉ」崇が息を吐く。

「つかさあ、でも、堀江、辞めちゃったね」小林が切り出す。

「ああ」と橋本が言う。

「だね」と長谷川も返す。

「なんていうか、後味悪いっていうか」小林が眉間に皺を寄せる。

「な」と橋本が俯き加減に応じる。

「ああぁぁ」崇が呻きながら肩に湯を掻きかける。

「でも、やっぱ堀江って新人戦のミスで辞めたの?」小林が問う。

「そうなんじゃねえの? だって」と橋本がため息をつく。

「けっこう気に病んでたしね、あの試合のミス」長谷川が沈鬱な表情で言う。

「ねえお父さん」良太が言う。

「じゃん」と言って小林が万歳のポーズを取る。

「うん?」崇が耳を傾ける。

「お前、やめろよな」橋本が即座に言う。

「お母さん、死んじゃうの?」良太が尋ねる。

「でも、なんつーか、ただのこれでしょ?」小林がもう一度万歳のポーズを作り、それから両手を下ろす。

「うぅぅ」亀田が唸る。

「ううん、死なないよ」崇が何でもないように答える。

「ただのっつっても、そのミスがすごい効いたってわけでしょ?」橋本が息を吐く。

「おうぅ」と東村が大きく息を吐く。

「うーん」良太が沈んだ声で言う。

「実質それで新人戦負けたわけだし。オレら」長谷川が言う。

「馬鹿なこと言うなし」新太が怒った声で良太に言う。

「でも、オレらが点取ればよかったって話だからさあ」橋本が言う。

「まあね」長谷川が頷く。

「長谷川ぁ~、お前点取れよぉ~」小林がにやにやしながら長谷川に言う。

「お母さんはな、君たちの妹を産むわけなんだけど、それにちょっと手こずってるだけだから。そんなに心配しなくても大丈夫。それとも、お父さんの作るお弁当じゃ不安か?」崇が落ち着いた声で言う。

「知らねっつの」長谷川が上半身を横に少し倒し手で支える。

「別に、全然そういうんじゃないし」新太が語尾を切るように言う。

「結局、堀江もミスしたし、オレらも点が取れなかった。そういうことじゃない?」皆川が言う。

「まいったね、しかし」東村が呟く。

「焼肉は?」良太がおっとりと問う。

「どっちも悪いわけか」橋本が呟く。

「ん?」崇がまばたきして首を少し傾ける。

「そういうことだな」長谷川が頷き、倒れ気味だった上体を起こす。

「焼肉。お遊戯会の、ご褒美の」良太が続ける。

「堀江ぇ!」小林が太い声で叫ぶ。

「お前、焼肉の話なんてしてんじゃねえよ」新太が声を荒らげる。

「うるせえよ小林」橋本が即座に言う。

「まあまあ、大事なことだから。きっと、お遊戯会のご褒美にもなるし、お母さんの、出産おめでとうにもなるから。な?」崇がにこやかに説く。

「ってか橋本ぉ~、お前があそこで決めとけばよぉ~」小林が粘着した声を出す。

「まあ、そういうことにもなるのか」新太が前傾姿勢を少し戻す。

「たしかにな」橋本は眉間に皺寄せつつ首を傾ける。

「寂しくなるねえ」東村が遠くを見て言う。

「お母さん、死んじゃうの?」良太が訊く。

「え? チャンスあったっけ? 今オレ適当に言ったんだけど」小林が少し目を見開く。

「まさかねえ、こんなことになるとはねえ」亀田も遠くを見遣る。

「だから! 死なないって言ってるだろ! 何回言えば分かんだよ!」新太が怒鳴る。

「お前なあ。あったじゃん、ほら、後半の、堀江が取ってからのカウンターでさ、ほら」橋本が手振りで説明する。

「肺炎って、そんなにまずい病気なんかね? ざらにいるように感じてたんだけども」東村が湯で顔を洗う。

「お母さんな、言うなれば、トイレでうんこ踏ん張ってる状態なんだ。で、なかなかうんこが出てこなくて苦労してる。良太もそういうこと、あるよな?」崇が笑顔で訊く。

「ああ、ワグナーに止められたやつでしょ」小林が橋本を指さす。

「こじらせるとまずいとは聞いてましたけど。まさか亡くなるとはねえ。思いませんでしたねえ」亀田が頭を叩く。

「ううん。ない」良太がはっきり答える。

「ワグナー速かったな」長谷川がぽつりと呟く。

「オレらも風邪に注意しなきゃ。もう若くないんだからねえ」東村は手の甲の皺を見遣る。

「父さん、最近便が硬くてな、けっこう踏ん張らないと出ないんだよ。実はうんこにも種類があってだな、お父さん、最近緑のうんこ出たぞ」崇がやや目を広げて言う。

「まあな。でも、あの時の堀江、動き速かったよな。キック正確だったし」橋本は少し前のめりになる。

「枝元さん、息子さん、存外若かったですね」亀田が言う。

「緑のうんこ?」良太が不思議そうに訊く。

「堀江はフィールディング、いいからな」皆川が落ち着いた調子で言う。

「そうかい? もう年に見えたけどな。けど、しっかりしてる印象はあった。枝元家はしばらくは安泰だな」東村は耳穴をほじろうとし、中途で止め悪戯っぽく笑った。

「そう。ピーマンの臭いがするんだ。実際、ほっとくとピーマンが生えてきて、そのピーマンを使えばまた緑色のうんこが出るんだ。すごいだろ?」崇が目を輝かし語る。

「だよな」と橋本が合いの手を入れる。

「でも、分かりませんよ。急死したり」亀田が言う。

「うーん。うん」良太がよく分からないまま頷く。

「昔、中学時代に大会で対戦したことあるけど、たぶん目がいいんだと思う。キャッチしてからが速い」皆川が言う。

「まさか。オレらじゃないんだから。まだ二回りぐらい若いんだよ。そう簡単にゃ死なんだろう」東村が笑う。

「こ」と、すかさず崇が語尾に付け加える。

「な」と長谷川が言う。

「ですねえ。まあ、しかし、死ぬ死ぬって、私たちの話も辛気臭いですねえ。抹香臭いというか」亀田も笑う。

「ふふ。お父さんくだらねえ」新太がくすくすと笑った。

「昔っからクロス取り損ねるとかしてた?」小林が聞く。

「そう言えば、枝元さんの葬式、ありゃ何宗なんだい?」東村が訊く。

「お前なあ」と橋本は呆れる。

「さあ。仏教はあまり。というより、宗教全般、よく知らないですからねえ」亀田が顎を掻く。

「一回ファンブルした」皆川が少し鼻で笑う。

「オレらも近々上げるかもしれないんだから、憶えとかなきゃいかんね。ははっ」東村が短く笑う。

「うん。こ」崇が仰け反りながら言う。

「ほら」と小林が手柄顔になる。

「はんにゃーはーらーみーたー、って、あれは般若心経ってやつだと思いますけどね。浄土宗? 真言宗?」亀田が首を傾げる。

「ぷふふふ」新太が噴き出す。

「昔っからキャッチの安定性は悪かった、と」長谷川が言う。

「どうだろうねえ。昔、枝元さんがお地蔵さまを拝んでるとこを見たことがあるけど、その時になんとか宗って言ってたように思うんだがねえ」東村が遠い記憶を見るように目を細める。

「うん」皆川は頷く。

「私なんか、昔、枝元さんと、寺に行ったんですよ、あの、えー、駅から北に少し歩いた、突き当りを右に曲がる、あそこの……」亀田が眉間に皺を寄せて首を捻る。

「うんこ」崇が早口で言う。

「でもフィールディングは巧かった?」長谷川が確認する。

「あー、あそこ、駅近くの、小さなお寺だ」東村も眉間に皺を寄せ、そして亀田を見る。

「きゃはは!」新太が笑う。

「うん」と皆川はまたも頷く。

「そこです、そこ。たぶん合ってます。そこに枝元さんと一緒に行ったことがあって。以前。枝元さん、そこの住職と懇意だったみたいで」亀田が小さく頷きながら喋る。

「いひひ」良太も少し笑う。

「ふーん」と橋本は興味があるようなないような調子で言った。

「そりゃ、檀家だったら親しくもなるだろう」東村が当然といった顔つきで言う。

「どうも枝元さん、そこで墓掃除のボランティアをやっていたみたいで。墓参りが、遠方すぎて難しい人に代わって、花を活けたり、あるいは枯れた花をゴミとして捨てたり、してたらしいですよ、ボランティアで」亀田は思い出し思い出し喋る。

「よそ様の墓まで管理するとは、枝元さんも物好きだねえ」東村が少しくさす調子で言う。

「堀江ってさ、南中でしょ?」と小林が言った。

「その時、一緒に行った時、枝元さん言ってたんですよ。誰にも参ってもらえないと故人も寂しいだろうから、これはご近所の持ちつ持たれつの関係を、あの世でやってるんだって」亀田が興の乗ったようにやや前のめりに言う。

「そうだけど、なんで?」橋本が聞く。

「あの人はそういう親切っちゅうかなんちゅうかが、好きだったからねえ。オレらみたいなのと違って、心からなんだろうなあ」東村が懐かしそうに眉根を寄せる。

「お父さん、そろそろ出る?」良太が訊く。

「なんかさ、部に入りたての時、オレ南中組とけっこう絡んでたわ」と小林が言う。

「住職も、感謝してたらしいですよ、やぶ蚊やなんかの数が減るって」亀田が笑う。

「うんこか?」崇が真顔で訊く。

「ああね」と橋本が合の手を入れる。

「罰当たりな坊主だな。自分が仕事やらないで、そんなこと」東村が鼻で笑って上半身を揺する。

「違う! お風呂出るって」良太がふくれ面ながら楽しげに言う。

「あいつマジがたいやべーって思わなかった?」小林が立ち上がりそうな雰囲気で言う。

「そりゃ、当然冗談でしょうけど。とにかく、枝元さん、親切心のみでやってたらしいから、すごいもんですね。偉いもんです。私なんて、庭の草抜きさえろくにやりませんよ」亀田がからから笑う。

「あはは!」新太が声を出して笑う。

「誰が?」橋本が聞く。

「オレもいい加減なもんだよ。踏みつけるだけ。ははっ。でも、人が死んだのにオレら声出して笑っちゃってるんだから、人間ってのは罰当たりな生き物だねえ」東村が微苦笑する。

「じゃあ出るか」崇が腰を上げる。

「堀江。堀江さあ、こんなだったじゃん」小林は膝立ちになり、高くに手を伸ばし手首を地面と平行に折る。

「いい加減なんだか酷薄なんだか、忘れっぽいんだか。人間総じてろくでなし、みんな揃って地獄行きですよ」亀田が胡坐をかき直す。

「うん」と良太も立ち上がる。

「そんなでかくないだろ」長谷川が笑う。

「そんなもんかね。ははは」東村が虚無的に笑った。

「こ」と新太が付け加え、大笑いしながら立ち上がった。

「ヤバかったじゃん。憶えてない?」小林が膝立ちで橋本に話を振る。

「まあね、たしかに身長もがたいもヤバかった。でけえ! みたいな」と橋本も嬉しそうに頷く。

「オレ、初めて堀江と基礎練した時、二年生ですか、とか聞いちゃったもん。んなわけないのに」小林が腰を下ろしつつ手振り交えて言う。

「上級生並みにごついな、とは思った」と皆川が言う。

「まいったねえ」東村がぼやく。

「だよね! 皆川くんもそう思ったでしょ? オレずっと敬語だったもん、親しくなるまで」小林が皆川と橋本を指さす。

「それは盛ってるっしょ」橋本が右手を振る。

「いや、ほんとほんと、おっさんかって思ってたぐらいだもん」小林が皆の顔を見る。

「いや顧問じゃねんだから。ってかどんだけおっさん好きなんだよ小林」橋本が苦笑する。

「でも正ゴールキーパーはこいつだなって思ったわ」長谷川が少し上向きながら言う。

「オレもオレも」小林がうんうん頷く。

「オレさ、前堀江と一緒に下校してさ」橋本が語り出す。

「タイマン?」小林が聞く。

「そう。二人で下校したことがあって、なんか堀江さあ、家で子犬飼ってるっつって。なんでって聞いたら、野良で死にそうだったから家に匿ったんだって」橋本が言う。

「あのがたいで?」小林が聞く。

「あのがたいで。って体ごついとか関係ねえけどな。それで、堀江、部活の後は犬を散歩に連れて行くらしくて。歩くわけ。めっちゃタフじゃない?」橋本が問う。

「じゃ、お先に」東村が腰を上げる。

「部活後でしょ? 時間あんの?」小林が驚きに少し目を開く。

「あ、私も出ます」亀田も立ち上がった。

「だから、部活後に、夜とかに散歩行くんだってさ、犬のために。すごくね?」橋本が鎖骨の辺りを掻く。

「すげー、オレだったらめんどいの一言で終わりだわ」小林が感嘆する。

「基本的に優しいんだよな」長谷川が言う。

「その優しさが、キーパーとしては不適格っていうか、不適当っていうか……」皆川が言い淀む。

「向いてない、ってことだよね?」小林が言葉を補う。

「まあ、うん」と皆川が気まずそうに頷く。

「ま、キーパーなんてものはオラオラかかってこい、みたいな、好戦的な奴のほうが、やっぱオレに任せろって言い切るぐらいの性格のほうがさ」橋本が手振り手振り言う。

「結局、万歳ゴールも、もとはと言えば、パンチングに行くべきところを前に入って来たディフェンダーにクリア任せちゃったところにある、と思う」皆川が顎に手を添えて言う。

「うーん。そういうとこ、あるよね」と橋本が弔問客のような難し気な声を出す。

「おっさんのくせにな」と小林が言う。

「でも、オレらのキーパーはやっぱ堀江なんじゃねえの?」長谷川が少し強めの声で言う。

「……確かに、ね。巧いか下手かで言えば巧いし、他の奴が代わりできるかって言ったら、無理だろうし」皆川がしかめ面で話す。

「そうだよなあ」橋本が言いながら後ろに仰け反った。

「おっさんだけどなあ」と小林も体を反らす。


「やっぱさ、堀江、部に復帰させようよ。ってかそうしなきゃだめじゃね?」橋本が言う。

「でも、どうやって復帰させんの?」と長谷川が問う。

「分っかんないけど。でも、連れ戻さないと。あんまし一人で責任背負いこまれるのも後味悪いし」橋本が腕を組む。

「……皆川くんじゃね?」と小林が言う。

「は?」と橋本が少し顔を前に突き出す。

「だから、皆川くんがだよ、部に帰って来てくれって説得すればいいんじゃね? 堀江に」と小林が自明の理であるかのように言う。

「なんで?」と橋本が瞬きせずに問う。

「だって、やっぱ一番巧い人が戻ってきてくれって言ったら、じゃあ戻ろっかなってなるでしょ? なんない? オレが堀江だったら、皆川くんが言うなら戻ろうかなってなるわ」小林が皆を見て言う。

「……分からなくはない」と長谷川が言う。

「オレでいいのかよ」少し不服そうに皆川が言う。

「うん。てか、皆川くんじゃないと効果ないっしょ。やっぱ巧い人が言ってくんないと」小林が皆川に頷きかける。

「たしかにな。なんだかんだで堀江には戻って来てくんないとオレらが困るし」長谷川が同意する。

「というわけで、サッカー部を救うべく、一つよろしく!」橋本が皆川を拝む。

「ええー」と呻きながらも皆川はまんざらでもない様子だった。



「そろそろ上がるかぁー」男が言った。


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