表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

JACKET フリーワンライ企画

四万年の幻想

 黒濃ゆい深緑が硬い地面を撃った。

 音は爆撃を彷彿とさせる…

 僕は街を眺めていた、街を透かした幻影は僕に苦い想いを投げかける、匂いがしていた。

 それは…一瞬にして街を…世界を侵食してしまう甘く苦く激烈な酸味!その独特な匂いを立ち放つもの、雨……


 雨は世界を豹変させた。

 そして暗い雲が世界中を不気味に動き回って…


 それは『天雷』と呼ばれすなわち死を意味するのだった。

 悪魔に魅入られた天才、破壊者であり鬼畜でありまさしく狂人であったかつての独裁者が、死刑台の上で断末魔を上げながら世界へと。

 

 人工の雲…

 それは自然の悪天候をも引き連れた、地獄の帝王であり、皮肉にも天架ける龍で…


 それでも僕はそんな世界を愛していた。

 たったヒトツの宝物が僕に生きる目的を与える、そして僕は生きた!

 地獄でも、生き地獄でも良かった…

 

 思い出…


 それさえあれば僕に広がる世界はすなわち幸福を意味していた……


 君と逢った記憶、それから始まった距離感の歴史。

 君と僕は見詰め逢っていた、永遠だった。


 君は僕に四万年の真実を教えてくれた…

 君の精神は心は、実に四万年の歳月を抱えていた。

 

「でもいつしか、君は死んでしまうの?」


 君は少しだけ微笑んで、しかし悲しい眼で遠くを見ていた。

 君はなにも話すことはなかった、たったひと月、君は突然死んでしまったんだ。

 

 君が抱えた四万年の歳月を、近頃僕は様々な風景に透かして見るようになったんだ。

 だから。君が言っていたその難解なイメージを、ようやく僕は理解し始めているのさ。

 

 奇しくも…

 世界に、死が迫っている… 

  

 この凶悪で逃れようのない不運な運命を、創造したあの幾世紀の破壊者はすぐに消えてしまったというのに、それから辿った遺された人々や世界の具現者たちは、あの無責任な夢追い人セカイ系の究極形の、想像も出来ないような凄惨な地獄絵図の只中を生きている。


 街は脆弱な虫の息、肺病をやんだものだけに訪れるデカダンスと幻想風景のように、僕には増々鮮明にあの素晴らしい場所が見えていく……


 人と人…

 君と僕…

 

 たった百年でしかない人生と人生の交錯の繰り返しで、僕だけが、勿論君だけが、知ることの出来た奥深い真実は、闇と永劫の宇宙のように…


 君はあの時、僕にプロポーズをした。突然のことにはぐらかした僕に、君はそれ以降興ざめした冷たい態度をとるようになった。

 僕は後悔しているよ、たった一つの心残りかな…

 

 あの時僕がそれをまっとうに受け入れていさえすれば、僕は、君と結婚できたんだろうか?


 僕は時々想像してみた。

 辛い時…死にたい時…生きていればたまにそんな苦しく先の見えない事が襲い来る。

 僕は君を思い出す。君を着せ替え人形のように裸にし、僕の好みの衣裳を着せ替えていく…


 花嫁。

 

 純白のドレスに包まれた、美しい幻想のひと…

 涙のように…甘く、美しく、儚げな紋白蝶だった…


 君を抱きしめる…蝶のように儚く粉々になった君…

 幻想の花嫁…空へと…遠いどこかの異世界へと消え去った君…

 脳裏にだけ強烈に刻まれた、花嫁姿の君。

 君を抱く、脳内だけの自由世界で…

 君を嬲る…嬲りながら君を間近で凝視する……


「…造りモノ……」


 君は人間ではなかった!

 僕の脳内に広がる筈の、究極の魔法の国は、結局叶えることの出来なかった欲望の残滓でしかなくて!

 

 人間そっくりに造られた、慰め用のロボットのような美しさ…

 君はまったく動かない!

 君は死んでいるように表情を変えず、ただ一点を見詰めながら、遠く遠くをうわの空で眺めて…美しい純白のドレスにアンバランスに飾り立てられて…

 偽りの…偽りの花嫁だ……


 豪雨が街を揺らし、溶かしていた…

 僕も…一緒に溶けそうな気がする。


 崩れ去る世界…ぐちゃぐちゃで歪にグロテスクな市街…


 街が風景が死を想起させ苛烈で無残に差し迫るほどに…僕の遠くの景色が幻想が…増々色濃く輪郭を放つのは何故だろう?

 ここは終末か?

 何度も何度も同じ問いかけを自らの内面に流す…

 僕は百年の意識だけ生きる事が出来るのか!


 残酷な問いかけは世界へと顕われ出していく…

 

「君…」


 僕が見たものは世界の最後のメッセージだろうか?

 僕は本当に君を見ているんだろうか??


 君が僕に残した究極の謎解きを、僕が生涯を賭けて挑戦したんだ。

 

 君は四万年を駆けて、僕に逢いに来たのか?

 僕は…四万年を生きたというのか…


 まるで、四万年のサイクルで、僅かな距離感を縮めたり遠ざかったりしていくミランコビッチ・サイクルのような、そんな壮大な精神の旅を遭遇を、君は僕へと教えてくれたというのだろうか…


 崩れていく……


 僕は…とうとう…四万年の精神の旅を経て…君の姿を…本当の…具体的な実体を持った…美しい肉体を備えて…本当の、花嫁姿として、美しい純白のドレス姿で、僕の眼前に現れてくれているんだね?


 四万年の精神の旅は…もうすぐ…僕の百年の生涯を架け橋として…僕を…あの…向こうの風景…幻想の国へ…連れ出してくれるんだろう……


 崩れゆく街は激しく轟音を立て!

 鮮血のようなおどろおどろしい赤!!

 ドロドロと溶けていくすべて……


 僕が透かした幻影世界のこちら側では…

 …ひらひらとひとひらの紅葉ゆらりゆらゆら……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 時間ない中でこんだけ壮大な作品を構築出来るのはすごいですなぁ。あの短時間でゆめぜっとさんの目指すところであろう文学的な要素がしっかり入っているし、とにかくすごい一作でした。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ