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あやしの森 真紅の契

作者: 由木遥佳

「覚えておいて、シャルロッテ」

絵本に夢中だった幼子は顔をあげた。すぐそこに、大好きな父親の顔がある。

「いいかい。もしシャルロッテが困って、どうしようもなくなった時には、この名前を呼ぶんだよ」

 シャルロッテは父親の膝の上が好きだった。びりびりと、シャルロッテの背中に声が響く。おそろいの赤毛が頬にあたってくすぐったい。

「ぱぱをよんじゃだめなの?」

「パパを呼んでくれるのは嬉しいけど、パパはいつまでもシャルロッテの傍にいられるわけじゃないから」

「いやよ。ずっといっしょよ。ぱぱも、ままも、いっしょじゃなきゃいやよ」

「それでも、覚えておいて」

 困ったように、寂しそうに笑う父親に、シャルロッテは絵本を抱きしめた。

「……わかった。おぼえておくわ」

「その名前はね――」



+   +   +



 円形の髪留めをパチンと留めるとシャルロッテは鏡を見つめた。夢の中では六つに満たなかった幼子は今や十を越えている。意志の強そうな水色の双眸。鮮やかな赤毛はくるくると綺麗な渦を巻いている。鈍く金色に輝く髪留めは、九歳の誕生日に父親からもらったものだ。最後に祖母からもらったケープをまとう。

 机の上の使い込まれた籠には、固いパンと葡萄酒が入っている。それを森の中に住む祖母に届けることがシャルロッテの役目だ。玄関の扉を開け、キッチンで洗い物をしている母親の方を振り返る。ぱっちりと目が合った。

「行ってらっしゃい、シャルロッテ。狼男には気をつけるのよ」

 そんなことを言うのなら、外に出さなければいいのに。

 そうは思っても、シャルロッテは口には出さない。言っても仕方のないことだと知っているから。せいぜい頭の悪い良い子に見えるように、にこやかに笑う。

「うん。行ってくるわね、ママ」

 扉を閉め、村の外れに見える森へと向かう。

五つ離れた村で、狼男を見かけた者がいる。三つ隣の村で家畜が殺された。小さな村の中はそんな噂でもちきりだ。多くの大人は子どもが家の外に出ることを禁じていた。にもかかわらず、シャルロッテはいつものように祖母の元へ出かけるのだ。

母親があまり好きではない祖母の元にシャルロッテを使いに出すのは、男の人に会うためだ。彼女が出て行くのを毎度待ち構えている男がいることを知りながら、シャルロッテは知らんふりをしていた。

 シャルロッテの父親は、一年前に病気で亡くなっている。あの男が現れたのは、それからすぐのこと。父親の死因が病気だという母親の言い分も、シャルロッテはあまり信じていない。

 祖母の家に行くためには、森の中を通らなくてはならない。獣道よりはある程度ましな道を、シャルロッテは迷いなく歩いて行く。祖母の家に行く者はほとんどないために、道は整備されていない。

あまり高い木がなく、光がよく差し込んでいる。そのためか、細い道を挟むようにしてシャルロッテの頭ほどの茂みが続いていた。この道から少し外れれば、広い花畑があることも、綺麗な泉があることも知っているが、シャルロッテは寄り道をせずに、真っ直ぐ祖母の家を目指していた。

祖母の家まで後半分というところでふと、シャルロッテは足を止めた。何かに呼ばれたような気がしたのだ。辺りを見回してみるが、誰もいない。少しの間悩んだが、意を決し道を外れることにした。直感は信じなさい、と祖母に教えられている。一度籠を地面に置き、獣道を挟む茂みをどうにかかいくぐる。綺麗な巻き毛が枝に引っかかった。

「もう、最悪!」

 髪を引っ張られる痛みに顔をしかめながら、シャルロッテは苦労して枝からほどいた。髪から解放された枝が跳ね、今度は髪留めを引っかける。ばちん、と髪からはずれると髪留めが弾き飛ばされた。

「あっ!」

 あの髪留めはお父さんから最後にもらった大切なものだ。なくすわけにはいかない。

光を弾いて転がった髪留めを追いかけ、シャルロッテはさらに奥へと足を踏み込む。一歩踏み込んだだけで森は一気に薄暗くなった。ようやく髪留めに追いつき、拾い上げたところでシャルロッテは立ち尽くした。

その場所は頭上に枝葉がなく、ぽっかりと明るい。そのくせ草はあまり生えておらず、茶色い地面をのぞかせている。

すぐ目の前に、大きな濃い灰色の毛の塊が落ちていた。シャルロッテは髪留めを手が白くなるまでぎゅっと握りしめる。小さく息を呑んだ。

 狼だ。

硬く目を閉じ、身体を丸めてうずくまっているが、身体を伸ばせば二メートルを越えているだろう巨体。怪我をしているようで、後ろ足のあたりの毛がじっとりと赤く湿っていた。所々乾きかけているのか毛が硬く逆立っている。

 生きているのだろうか。

狼の身体はゆっくりと上下している。生きていることは間違いない。瀕死の重傷、というほどでもなさそうだ。

「あんた、大丈夫なの?」

 シャルロッテは思わず声をかけた。人間の言葉なんて通じるはずがないというのに。なのに、狼はシャルロッテの言葉に反応したかのように、うっすらと片目を開けた。金色の、澄んだ瞳。なんて綺麗なのだろう、とシャルロッテは思わず見とれた。

 狼は片目でシャルロッテを睨みつけ、低い唸り声をあげた。驚いたように目を見開くが、シャルロッテはじっとその場にとどまる。

「えっと、だ、大丈夫よ。何が大丈夫かわからないけど……あんたを傷つけようなんていう気はないの。あんた、怪我をしているのね。人間の薬は効くのかしら?」

 そこでシャルロッテは、彼女が来るのを家で待っている祖母のことを思い出した。シャルロッテの祖母は魔女であり、色々な薬を作ることができる。祖母に訊けば、何かしてあげられるかもしれない。希望を見いだしたシャルロッテは、狼に笑いかけた。

「ちょっと待っててね」

 狼は両目を見開き、ぱちくりとまばたいた。

 シャルロッテは急いで獣道へ戻り、祖母の家を目指す。やっと家が見えた頃には息が上がっていた。

一階建ての小さな家だ。背の高い木々の茂る森の中であるというのに、そこだけは別世界のように日差しがさんさんと差し込んでいる。煙突からは白い煙が青い空へ上っていく。家の横には畑があり、薬草が丹精込めて育てられていた。

扉を叩き、返事を聞く前に家の中へと飛び込む。嗅ぎ慣れた、乾燥した薬草のにおい。いつものように暖炉の前で安楽椅子に腰掛けていた祖母は、顔をあげるとにこりと笑った。

「待っていたよ、シャルロッテ」

 まるでシャルロッテの行動を見通していたかのように、祖母は机の上に置かれた籠を指し示した。中には薬の詰まった包みと真っ白な包帯、綺麗な水の入った瓶が入っている。

「この薬なら狼にもよく効くでしょう。気をつけて行くのですよ」

 祖母の手の中には水盆があった。いつもより遅いシャルロッテを心配し、水鏡で様子を見ていたのだ。

「ありがとう、おばあ様!」

 挨拶もそこそこに籠を手に取ると、シャルロッテは元来た道を引き返す。息を切らせながら戻ると、狼はまだそこにいた。ゆっくりと、シャルロッテは狼との距離を詰める。

「さわってもいいかしら?」

 狼は低く唸り、頷くように顎を地面につけると目を閉じた。シャルロッテは恐る恐る狼の傍に膝をつく。瓶に汲んであった綺麗な水で狼の傷口を洗い流した。出血は止まっている。しみるのか、狼は小さく身震いした。しかし、抵抗する様子はない。狼の様子をうかがいながら、シャルロッテは祖母からもらった薬を塗りつけ、丁寧に包帯を巻きつけた。祖母の手伝いで動物の手当は何度もしたことがあるので、手慣れている。

 手当を終えると、シャルロッテは満足したように息をついた。狼の隣に膝を抱えて座る。もう、こわくなかった。

「傷口舐めちゃだめよ。おばあ様のお薬はよく効くから、すぐに治るわ。それにしても、どうしてそんな怪我したの? あんたとっても強そうなのに」

 ひとりごとのように、狼に話しかける。この大きな狼に怪我を負わせられるのはどのような生き物だろう、と一人想像しこわくなった。森にはシャルロッテの知らない生き物がたくさんいるのだ。

 いつの間にか、ずいぶんと日が傾いているようだ。早く帰らなければ。森の中は暗くなるのが早い。

 立ち上がろうとしたシャルロッテのケープの裾を狼の前足が押さえた。小さく悲鳴をあげてシャルロッテは尻餅をつく。

「何するのよ!」

 思わず抗議の声をあげるが、狼は何事もなかったかのようにしれっと目を閉じている。頬を膨らませて今度は慎重に立ち上がると、シャルロッテは狼に向き直った。

「明日また、包帯替えにくるから」

手を伸ばして、狼の頭を撫でる。狼は驚いたように目を開けたが、シャルロッテはすでに茂みを突っ切っていた。



+   +   +



 傷口を舐めようとして、包帯が巻いてあることに気付き諦めた。人間に塗りつけられたどろりとした緑色のものは変なにおいがするが、すぐに痛みが楽になった。少しでも早く回復するようにと目を閉じる。

 変な人間だった。この手で軽く打ち据えるだけで命を奪えるというのに、少しも臆さなかった。あんなに小さいというのに。

狼は何かの気配に目を開けた。月明かりがまぶしい。

地面に影がかかっている。その人物は満月を背にしており、顔立ちまではわからない。波打つ長い黒髪。赤いドレスの裾がひるがえる。人間とは少し違うにおい。そういえば、あの人間は少しだけこのにおいをさせていた。

「ねぇ、人間になりたくない?」

 高い声に、狼はぐるぐると低く唸り声をあげる。肯定なのか、否定なのか、狼自身にもわからなかった。それでもその人影は正確にとらえたようで、そっと笑みを浮かべる。

 ふわり、と薔薇の香りが辺りに広がった。

「ズボンくらいはサービスしておいてあげるわ」

 そう言い残すと、人影はどこかへ消える。狼は目を閉じるとまた眠りについた。



+   +   +



昨日の狼はどうしているかしら。

換えの包帯を持ってシャルロッテは昨日の場所に向かっていた。もういなくなっているかもしれないが、それはそれで元気になったということだろう。祖母の薬はよく効くのだ。一人自慢に思いながら、昨日手こずった茂みを細心の注意を払って乗り越える。

「あ」

 その場所にたどり着くなりシャルロッテは持っていた籠を落とした。ころころと真っ白な包帯が転がり落ちる。

 癖のある濃灰色の髪は肩に届くほど。琥珀色の優しげな澄んだ双眸。筋肉のついた、引き締まった体つき。黒いズボンの裾からは包帯を巻いた脚がのぞいている。人間ではない証として、頭には三角のふさふさとした耳が生えており、腰のあたりでは髪と同じ色の尻尾が揺れていた。歳は二十代の半ばくらいだろうか。

 足を投げ出して座っている半裸の青年に、シャルロッテは目を白黒させた。

「昨日はありがとう」

 シャルロッテに向かい、青年はへにゃりと笑う。唸り声に近い、低い声。シャルロッテは急にどきどきといいだした心臓を両手で押さえた。

「……あ、あんた、狼男だったの!?」

 どうして考えなかったのだろう、とシャルロッテは自問する。その目があまりにも綺麗だったから忘れてしまったのだ。この狼が人間を襲うはずなどないと。

「あ、あたしを食べてしまうの?」

 狼青年はかくん、と首をかしげた。人間の身体になれていないかのような動き。

「? 食べないよ? 恩人だもの」

「お、恩人じゃなきゃ食べちゃうの……?」

 眉を寄せ、狼青年は顔をしかめる。唇を尖らせる姿どこかは子どものようだ。

「んー、人間のお肉は好きじゃないなぁ。おいしくなさそうなにおいだもん」

 すっと目を細めた。その表情はぞっとするほどに冷たい。

くしゅん、という大きなくしゃみにざわざわと木々が揺れる。ばたばたと慌ただしく鳥が飛び去った。

「ごめん」

 シャルロッテは半裸の青年を見下ろした。狼の姿の時ならともかく、このまま放っておけば風邪を引きそうだ。首筋を撫でる冷たい風にシャルロッテは身をすくめた。冬が近付いている。

「仕方ないわ。おばあ様の家へ行きましょう」



 シャルロッテの連れてきた狼の耳と尻尾が生えた青年を、祖母は何を言うでもなく迎え入れた。椅子に座らせ、祖母自身はいつもの安楽椅子に座り、じっくりと眺める。

「これは呪いだね」

「のろい?」

 祖母の言葉に、シャルロッテは目をしばたたいた。

「そう。このひとには、人間になる呪いがかけられているよ。それも、強力なものだね。この魔法をかけたのは、かなり力のある魔女でしょう」

 狼青年は驚く様子を見せず、じっと祖母を見つめている。

「その姿では元の場所へも戻れないでしょう。しばらく家に泊まるといいわ」

「いいの?」

「ええ。狭いところだけれども」

 話は決まった。狼青年の隣に座っていたシャルロッテはぴょんと立ち上がると顔をのぞき込んだ。

「あんた、名前はあるの?」

 狼青年は首を横に振った。ない、という意味だろうか。それとも、教えたくないのだろうか。シャルロッテにはわからない。

「なら、勝手に呼ぶわ。名前がないと不便だもの。今からあんたはヴォルフよ」

(ヴォルフ)か。いいよ。僕はヴォルフだ」

 ずっとしまい込まれていた、かつてシャルロッテの父親が着ていた服を祖母が取り出す間に、シャルロッテはヴォルフの包帯を替える。傷はほとんど治っていた。

「ほら、おばあ様の薬はよく効くでしょ」

「そうだね」

 頷くヴォルフにシャルロッテは自慢気に笑う。

「おばあさんは魔女なの?」

「そうよ」

「魔女って何するの?」

「何って、いろいろよ」

 知識に長け、薬作りを得意とするものが魔女と呼ばれることが多いが、魔法という世界の理を曲げる力を持つものも魔女と呼ばれる。魔法は使えず薬を作る魔女、自然の力を借りて少しの魔法を使う魔女、大きな魔法を使う魔女、の大きく三種類に分けられるとされている。シャルロッテの祖母は二つ目だ。

 シャルロッテの説明にわかったのかわからなかったのか、ヴォルフは曖昧な表情を浮かべている。その様子を穏やかに眺めていた祖母は窓の方を見た。

「さ。今日はもうお帰り、シャルロッテ。昨日も遅くなっただろう。お母さんが心配するよ」

「あの人はあたしのことを心配したりなんてしないわ!」

 ツンと言うが、シャルロッテは結局帰る準備を始めた。大して準備をするものもないというのに、意味のない行動を繰り返し、少しでも帰る時間を延ばそうとしている。

「ねえ、おばあ様。明日は泊まってもいい?」

「そうだね。お母さんに訊いてみなさい」

「じゃあまた明日ね、おばあ様。それとヴォルフ」

 慌ただしく出て行ったシャルロッテを二人見送る。

「シャルロッテは、お母さんと上手くいっていないの?」

「ええ、少しね」

 祖母は困ったように笑った。



+   +   +



 ヴォルフと出会ってから五日が経った。傷は完全に回復して、一昨日からは外を歩き回っている。

「今日もおばあさんの所に行くの?」

 不機嫌そうな母親の声。いつもなら三日に一度程度だが、ここ数日は毎日祖母の家に通っていた。今日も母親が起きてくる前に家を出ようとしていたのだが、失敗してしまったようだ。扉に手をかけたまま振り返る。疲れた顔をした母が腕を組んで立っていた。

「あたしの勝手でしょ」

「でも毎日行くことはないでしょう」

「何よ。あたしがいない方が都合いいくせに」

 冷たく言い放ち、母親を睨みつける。泊まる許可は出してもらえなかった。

「ママなんて大嫌い!」

「シャルロッテ!」

 家を飛び出すと、シャルロッテは脇目もふらず薄くもやのかかる森の中へ駆け込んだ。



 早朝の森をヴォルフは一人歩いていた。空気は冷たく、ぼんやりともやがかかっている。

一晩中探したがまだ見つからない。やはり人間の姿は不便だ。においがわからない。

 ヴォルフは深くため息をついた。苛立たしげに頭をかく。あの魔女を見つけ出して、この人間になる呪いを解いてもらった方がことは早く済む。しかし、この数日の生活はやけに心地よかった。シャルロッテの話し相手になったり、祖母の手伝いをしたり、のんびりとはしているが、退屈さは感じない。人間の身体は不便なことも多いが、それほど悪くもなかった。人間としての生活に順応していく自身の手を見つめる。短い爪は武器になり得ない。爪も牙もなく、暗闇もよく見渡せず、においもわからない、この脆弱な人間の身体で何ができるというのだろう。

 ただひとつだけ、人間の姿になってもわかるにおいがある。

 困ったものだと呟きながらヴォルフは方向を変える。目的のものはすぐに見つかった。鮮やかな、赤色の巻き毛。足早に獣道より少しだけましな道を地面を踏みつけるようにして歩いている。

「――何してるの、シャルロッテ」

「わ。ヴォルフこそ何してるのよ」

「ちょっと、捜しもの」

 答えをぼかす。シャルロッテに伝える必要はない。

「お母さんと喧嘩したの?」

「関係ないでしょ!」

「そうだね、僕には関係ない」

 淡々としたヴォルフにシャルロッテは傷ついたように唇を噛んだ。

「あんまり頻繁に森に入らない方がいい。今は危険だから」

「何が危険だっていうの!」

 つん、ととがった声。目が赤くなっているのは泣いていたためだろう。ヴォルフにはシャルロッテがいつも何かを我慢しているように見えた。

「家に帰る気はないんだね」

 水色の双眸が真っ直ぐに見上げてくる。どうにもこの眼差しには弱かった。ヴォルフはシャルロッテに手を差し出す。

「……早くおばあさんの所へ行こう」

 祖母の家に着くと、むせかえるような薔薇の香りに迎えられた。机の上いっぱいに新鮮な薔薇の花が乗っている。

「おばあ様、どうしたのこの花」

「いらっしゃい、シャルロッテ。お帰り、ヴォルフ。知り合いに分けてもらったのよ。丁度いいわ。薔薇のジャムを作るから手伝ってちょうだい」

 祖母に言われるまま、二人は机に向かった。薔薇の花びらを丁寧にはずし、綺麗な水で洗ったら、レモン汁を加えてよく揉み込む。花びらでいっぱいになった鍋を火にかけ、砂糖を加えてじっくりと煮詰めれば完成だ。

 漂ってきたいい香りにシャルロッテはうっとりと目を細めた。一方のヴォルフはむずがゆそうに眉をしかめている。

「こんな季節に薔薇の花が取れるものなの?」

「そこは、ここではない場所だからね」

 祖母の答えは曖昧だ。祖母の言葉では、世界は一つではないのだという。他にいくつも世界があって、多くの人はそれを知らないままに一生を過ごす。ただ希に、その存在を知る者もいる。魔女の多くは知識を得る中でその存在にたどり着くのだ。

「とても綺麗な場所でね。色とりどりの薔薇の花が咲いているの」

「いいな。あたしも見てみたい」

「それはむりね。人のままじゃ行けないわ」

「ふぅん、ならいいわ。あたしは人のままがいい」

 話しているうちに十分に煮詰まったので、鍋を火から下ろす。

「シャルロッテ、水を汲んできてくれるかしら」

「いいわよ」

 元気よく返事をすると、シャルロッテは外の井戸へと駆けていった。身体を動かしている方が気が紛れるようで、表情は明るさを取り戻しているようにも見える。しかし空元気なのは丸わかりだった。

「ええと、瓶は確か……」

 ヴォルフは棚を眺めながら踏み台を引きずる祖母の後ろに立った。

「どれを取るの?」

「おや、ありがとう。一番上の瓶を取ってもらえるかい」

 言われるままにヴォルフは瓶を取った。踏み台を使わなくとも易々と届く。

「これでいいの?」

「ええ。段々高いところのものを取るのが大変になってきたわ」

 腰をさすりながら笑う祖母を見下ろす。背丈はシャルロッテとほとんど変わらない。ヴォルフから見れば二人ともとても小さく見えた。

「シャルロッテと一緒に暮らさないの?」

「……あの子の母親は、魔女が嫌いだから」

「僕は人間の方が嫌いだ」

 シャルロッテには見せない、冷たい表情。祖母は苦く笑った。

「悪い子じゃないのよ。母親であろうとがんばっているもの。それに、間違えてしまったのは、私もだから」

 そう、どこか遠くを思い出すかのように祖母は目を細める。

「どうでもいいけどね。……シャルロッテをあんまり行き来させない方がいいよ。僕を引き入れたせいで、道の結界が緩んでる。あの道は今安全じゃない」

「そうみたいね。でも張り直すには時間がかかるわ。私にできる魔法は水に関わることだけだから。いくつか材料を集めなくてはならないのよ。こういうのは息子が得意だったのだけれどもね」

 村からこの家へと続く道は悪しきものが入り込まないように結界が張られていた。しかしヴォルフを引き込んだ時に綻びが生じたのだ。

「早めに片付けようと思ってるけど、この身体じゃ鼻が利かない」

 困ったものだと肩をすくめていると、水を汲んだシャルロッテが戻ってきた。

 ジャムを瓶に詰め、煮沸する。

 できたての薔薇ジャムをたっぷり塗ったパンで一息ついた。硬いパンも祖母にかかればとてもおいしくなる。

「届け物をしてくるわ。留守番をお願いね」

 そう言って祖母は出かけて行った。ジャムを薔薇の主に届けに行くのだ。シャルロッテとヴォルフは小さな家に二人残される。ヴォルフは眠たげにあくびをした。一晩中歩き回っていたのだ、むりもない。

「……ヴォルフは人間が嫌いなの?」

「聞いてたの?」

 シャルロッテは唇を噛み締めて黙り込んだ。

「……そうだね。僕は人間が好きじゃない。でも、シャルロッテは別だよ」

「別ってどういうことよ」

 ヴォルフは肩をすくめる。

 突然、扉が強く叩かれた。叫び声が聞こえる。

「いるんでしょ! 出てきなさいシャルロッテ!」

「ママだわ……!」

 狼男の噂はまだ治まっていない。ヴォルフはほとんど人間の姿であるとはいえ、耳と尻尾は隠し切れていない。この姿を見れば卒倒するに決まっている。

「隠れて、ヴォルフ! 絶対に出てきちゃだめよ」

 ヴォルフを祖母のベッドに追いやり、頭のてっぺんまで掛布を被せて姿を隠す。部屋の中を見渡し、ヴォルフの存在をにおわせる物が何もないことを確認してからシャルロッテは扉を開けた。

「なぁに、ママ」

「何じゃないわ! 帰るわよ!」

 母親はシャルロッテの腕を掴んだ。青い顔。ここまで来るのはどれだけこわかっただろう。森は多くの人がおそれる場所だ。シャルロッテと易々と入り込むものは村にはいない。どうしても魔女に頼る必要があるものがやってくるくらいだ。

「嫌よ! 帰らないわ!」

「聞き分けのないことを言わないの!」

 怒鳴る母親をシャルロッテはキッと睨んだ。

「いいから帰るわよ!」

「あたしのことなんて大事じゃないくせに!」

 シャルロッテの腕を掴む力が強くなった。目を見開いてシャルロッテを睨みつける。

「あんたを魔女なんかにさせないんだから!」

 ふと、シャルロッテは身体の力を抜いた。

「――そんなに、魔女がこわいの? 報復が、こわいの?」

 母親の目が冷たく凍る。シャルロッテは言ってはならないことを口にしたことを自覚しながらも引く気はなかった。

「あたし、知ってるわ」

「黙りなさい!」

 母親は黙って歩き出した。腕を掴まれたシャルロッテは渋々その後をついて行く。家にたどり着くまで二人は一言も口を利かなかった。

 母親は家ではなく隣にある小さな倉庫の前で立ち止まった。シャルロッテを突き飛ばすようにしてその中へ入れると、外から鍵を閉める。

「ここで頭を冷やしなさい。魔女と関わったってろくなことにならないのよ」

「ならどうして魔女の息子と結婚したのよ」

 シャルロッテはむっすりと壁にもたれかかった。狭い倉庫の中は薄暗い。その隅にうち捨てられた箱に見覚えがあった。

 昔、シャルロッテが大事にしていた宝箱。いつの間にかなくなっていた。こじ開けようとしたのか、傷だらけになっている。どうしても開けられなくて、でも捨てることもできなくてここに放り込まれたのだろう。シャルロッテは箱を拾うと優しく撫でた。壁にもたれて座り込み、蓋を開ける。中には絵本と小さな瓶が入っていた。シャルロッテが最後に閉めた時と変わっていない。

 この小さな瓶には毒が入っていた。少しずつ身体を弱らせ、最後には死をもたらす。母親が父親に毎日少しずつ飲ませていたことをシャルロッテは知っている。そして、それを父親が知っていたことも。

「ママのばか。パパのばか」

 パパがどれだけママのことを好きだったか、ママは知ってる?

 言っても仕方のないことだ。それを唯一母親に伝えられる父親はもうこの世にはいない。

 絵本を開く。

 その森には魔女と魔女の息子が住んでいた。ある時村の娘が魔女の息子に恋をする。娘は魔女をだまして惚れ薬を手に入れ、魔女の息子に飲ませた。魔女の息子は見事娘に惚れ、それから二人は幸せに暮らしたという。

 今ならわかる。これはシャルロッテの両親の話だ。嘘の愛が壊れるのをおそれた娘は魔女の息子に毒を盛ったのだ。自分を愛したままで終わるように。そして、魔女をおそれた。勝手な人。ただ、この物語には続きがある。魔女の息子が飲んだのは惚れ薬ではない。魔女の息子もまた村の娘に恋をしていたのだ。

「――いたのよ! 間違いないわ! あの魔女のベッドから黒くて大きな耳がはみ出していたもの!」

 母親の声だ。シャルロッテは耳を澄ませた。

「あの魔女が狼男をかくまっていたのよ!」

 見られていた。

 早鐘のようになる心臓をぎゅっと押さえた。

 早くヴォルフに伝えなくては。ヴォルフが殺されてしまうかもしれない。それよりも、人間が嫌いだと言ったヴォルフがこわかった。慌てて立ち上がる。

 扉にはがっちりと鍵が掛けられておりシャルロッテがぶつかったところで開きそうにもない。隅々まで見回すが、シャルロッテの通れそうな隙間はなかった。

 あたりは一気に騒がしくなったかと思うと、火が消えたように人の気配は消えた。ヴォルフを退治しに行ったのだ。

 焦る気持ちを抑え、シャルロッテは扉に手を当てた。

「すごいよ、シャルロッテ。お前には力があるんだね」

 父親の声を思いだし、泣きそうになる。手のひらに力を込めると、音もなく扉の鍵が開いた。



 森の中の道を走る。どれだけ走っても村人の姿は見えない。早くヴォルフに会わなくてはという思いがシャルロッテを突き動かす。

 茂みがガサリと揺れた。灰色の毛並み。

「ヴォル――」

 呼びかけた名は途中で止まる。シャルロッテはその場に立ち尽くした。

毛だらけの、二足歩行をする、ひとに似た何か。とがった耳、爛々と光る眼、大きく避けた口、鋭い牙。

 どうして考えなかったのだろう。

 ヴォルフは狼男ではなかった。ヴォルフが人間の姿になったのは、この間の満月の夜が初めてのこと。

 狼男の新しい噂を聞かなくなったから、解決したのだと勝手に思い込んでいた。でも、そうではなかった。狼男は実在したのだ。

 ヴォルフに怪我を負わされていたのだろう。回復を待ち、そしてたどり着いた。己に傷をつけたもののにおいをさせた人間に。

 狼男が大きな口を開ける目を閉じることもできずにシャルロッテは狼男を見つめた。

 ――助けて。

 狼男は背後から何者かに突き飛ばされた。茂みを突っ切り、その先へと転がる。シャルロッテはその場にへたり込んだ。

「ヴォルフ!?」

「この森で勝手なことをするのは許さない。シャルロッテを傷つけることは、もっと赦せない」

 シャルロッテを背中にかばうように立ったヴォルフの身体が膨らむ。うまく姿を変えられないのか、上半身だけが獣となった。二匹の獣は組合い、地面を転がり回る。

 がぶり、とヴォルフが狼男の首に食らいついた。しばらく暴れていたが、そのうち狼男は動かなくなる。

「……死んだの?」

 ヴォルフの姿が青年の姿へと戻る。否、本来は狼なのだから人に化けたというべきなのだろうか。

「ごめんね、シャルロッテ」

 ヴォルフは困ったように笑った。口元にはべったりと血が付いている。

 シャルロッテはうつむいたままだ。

「こわい思いさせてごめんね?」

「ばかっ!」

 ばしん、と音がした。シャルロッテがヴォルフの両頬を叩いたのだ。

「シャルロッテ……?」

「怪我はない?」

 ヴォルフの頬に手を当てたままシャルロッテは目をのぞき込んだ。水色の双眸に人の姿をしたヴォルフが映り込む。

「うん。大丈夫だよ」

「よかった」

 ほっと息を吐いたのもつかの間、シャルロッテは本来の目的を思い出した。

「そうだ、早く逃げてヴォルフ! みんなあんたが狼男だと思ってる。見つかったら殺されちゃうわ!」

「うーん。どうやら遅かったみたい」

 あきらめにも似たヴォルフの言葉にシャルロッテははっと周りを見渡した。

 銃や鋤や鍬を持った村人たちが周囲を取り囲んでいた。誰も彼もが大切なものを奪われないよう必死の形相だ。

「狼男だ、殺せ!」

 殺せ、殺せと人々は繰り返す。熱に浮かされたように。シャルロッテはヴォルフを背にかばうように立ち上がった。

「違うわ、やめて! 狼男はもういないわ。この人は違うの! ヴォルフは――」

「どきなさい、シャルロッテ!」

 シャルロッテの叫びは途中で止まった。

「ママ……」

 武器を構えた村人たちの後ろから現れたのは、シャルロッテの母親だった。

「裏切り者。あのばあさんと共謀して狼男をかくまっていただなんて、最低よ!」

 吐き出される言葉に頭の中が真っ白になる。

 決して、好かれているだなんて思っていなかった。おそれられていることは知っていた。それでもシャルロッテにとっては母親だ。いつか、父親がいた頃の優しい母親に戻ってくれるのではないかと、そう思っていた。

「あの子はもう狼男に心を食べられてしまったのよ。いいから早く! バケモノと一緒にあの子を――」

 ――コロシテ。

 最後の言葉がシャルロッテの耳に届く前に、大きな手が彼女の両耳を塞いだ。シャルロッテの両目から涙が零れ落ちる。強く噛み締められた唇は震えていた。

 シャルロッテの耳をふさいで、ヴォルフは困ったように眉を寄せた。

「ごめんね、シャルロッテ」

 聞こえなくても、シャルロッテにはヴォルフが何と言ったのかわかった。あんただけでも逃げなさいよ、そう言いたいのに声が出ない。

ヴォルフはシャルロッテを抱えると人の少ない方へ走った。驚いた何人かは慌てて逃げていく。人間なんて簡単に蹴散らせるだろうに、シャルロッテの前で人間を傷つけることをためらったのだ。

 銃声。ヴォルフが顔を歪める。シャルロッテはただヴォルフにしがみついた。

 助けて、パパ。でもだめ、もう声は届かない。

「――覚えておいて、シャルロッテ」

 頷きたくなんてなかった。ずっと傍にいて欲しかった。でももうこの記憶にすがるしかなかった。

 もうこわいものはない、傷つけるものはないのに。

 どうか、このひとを助けて下さい。

 どうか、ママたちを救って下さい。

「っ、助けて、カルミーン!」

「はぁい。呼んだ?」

 甘ったるい女の声が響いた。真っ赤なドレスがひるがえる。黒髪がなびき、金色の猫のような双眸が怪しく光る。紅を引いた口元が怪しげに弧を描いた。



 薔薇の花が咲き乱れている。シャルロッテにはここが祖母の言っていた場所だとすぐにわかった。生きた人間にはたどり着けない場所。では、死んでしまったのだろうか。ヴォルフを抱きしめる。温かい。死んでなんかいない。

 影がさす。見上げると、背の高い、顔色の悪い男が立っていた。濃灰色の髪を、首の根元で束ねている。まるで死神のようだ。

 その男と口論したところまでは記憶しているが、そこから先はあやふやだ。

 気がついた時にはベッドに寝かされていた。やけに綺麗な顔をした少女から、ヴォルフの無事を告げられる。そこには祖母もいて、シャルロッテは安心して少し泣いた。

 ヴォルフと会えたのは、それから一日経った後。広間で少女と話していると、少しおぼつかない足取りでヴォルフが現れた。

「っ、よかった」

 駆け寄って、ヴォルフに抱きつく。ヴォルフは少しだけ痛そうに眉をしかめ、それから笑った。椅子に並んで腰掛ける。少女は姿を消していた。

「僕はあの森の主の息子。あの狼男は、僕の兄弟から剥いだ皮を被った人間。ま、その時点で人間じゃなくなってたんだけど。そいつを始末するのが僕の役目だったの」

 追い詰めたんだけど、反撃されて、逃げられて。シャルロッテと出会ったのはそんな時だった。

「ごめんね?」

「なんでヴォルフが謝るのよ」

「だって、僕がもっと早く始末していれば、こんなことにはならなかった」

「ばかね。起こったことを悔やんでも仕方ないわ。いつかこうなる運命だったのよ」

 やけにさっぱりとした言葉。それが本心であることに間違いはなかった。

 ヴォルフの無事な姿に安心すると、止まっていた涙が再びあふれ出した。

「……どうしよう、ヴォルフ。帰る場所が、ない」

 次から次へと涙はこぼれ落ちる。もう、村に戻ることはできない。家に帰ることはできない。

「あたし、どうしたらいいの?」

 苦しくて、悲しくて。ヴォルフを心配する間には忘れていた不安が押し寄せてきて、どうしていいかわからなくなる。祖母には言えなかった思い。

 かつり、と足音がした。顔を上げ、シャルロッテは音のした方を振り返る。

「はじめまして、シャルロッテちゃん」

「……あんた、だれ?」

 癖のある黒髪。金色の双眸。鮮やかな赤色のドレス。

「カルミーンよ。以後よろしくね」

「あんたが」

 そこから先は何と言葉をつなげればいいのかわからなくなり、シャルロッテは黙り込んだ。真っ直ぐにカルミーンを見上げる。

「昔、あなたのお父さんに助けられたことがあったの。だから一度だけ、名前を呼ばれたら助けに行くって約束していたのよ。あの人は生きているうちにあたしを呼んではくれなかったけど」

 カルミーンの言葉にシャルロッテの知らない、魔女の息子としての父親を見たような気がした。

「村の人の記憶を少しだけいじったわ。狼男は村にたどり着く前に退治されたことになってる。そしてあなたは森に住む魔女の孫ってことになってるわ。あなたはこれからおばあ様と暮らすのよ」

「そう」

 シャルロッテはカルミーンに向き直る。目は真っ赤だったが、涙は止まっていた。

「それと、今はヴォルフだったかしら。彼に呪いをかけたのもあたしなの」

「そう」

 シャルロッテの反応は淡々としたものだった。初めて見た時から、そんな気がしていた。ヴォルフはあまり興味なさ気にあくびをしている。彼にとっても最早どうでもいいことになっていた。

「ありがとう、って言っておくわ」

カルミーンは少しだけ笑うとシャルロッテの頭を撫でる。どこか安心して見えるカルミーンをシャルロッテは真っ直ぐに見上げた。

「恨み言でも言われると思った?」

「ええ、少しは」

「いいの。もともと壊れかけていたのだもの」

 母への気持ちは複雑だ。父親のことでは恨む気持ちがある。でも、最後まで母親を愛していた父親も知っている。

「ねえ、シャルロッテちゃん。魔女になる気はない?」

 魔女を嫌う母親はもういない。誰に遠慮することもない。

「あなたは力を持っているわ。今は大丈夫だけれども、そのうち制御が難しくなる」

「そうね。それも悪くないかも」

 魔女の力を持つシャルロッテは母親にとっては呪いのようなものだ。シャルロッテがいる限り、母親は解放されない。シャルロッテは泣きそうに笑った。



+   +   +



 ヴォルフは祖母の家に残った。狼の暮らしには戻りたくないのだという。もう少し、人間のことを知りたいと。人間の姿になる呪いは継続中だが、自分の意思で狼の姿に戻れるようカルミーンが調節をしたと。道にかけられた結界も張り直され、前よりも強力になっていた。

 村に入る時はいつも緊張する。記憶の操作は絶対ではない、ふとした瞬間に記憶の蓋がはずれてしまうかもしれない。それでも、顔を見に行かずにはいられなかった。

「あら、シャルロッテちゃん。おばあさんのお使い?」

「ええ、そうなの」

 彼女はもうシャルロッテの母親ではない。シャルロッテのことも、父親のことも忘れている。彼女の中に家族の記憶はなく、その隣には新たな男がいた。二人とも、とても幸せそうだ。来月には結婚するのだという。

「気をつけて帰るのよ」

「ええ」

 泣きたくなる気持ちをこらえ、シャルロッテは森へと、祖母とヴォルフの待つ家へと帰った。


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