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矢地さんから、ボロボロになった内履きを見せられた。カッターで切られたのだろう。その断面は一直線だった。
私は溜息をつき、
「誰だろう」
と呟いたが、矢地さんはかぶりを振るだけだった。
あれから、矢地さんへのいじめは徐々にエスカレートしている。この前は、筆箱に虫を入れられたそうだ。弁当を捨てられたこともあった。そして、今回はこれだ。
私は春臣を呼び出し、矢地さんと三人で話し合うことにした。
「今度は、内履きかよ。くそ、そいつら調子に乗りやがって」
話を聞くなり、春臣は悪態をついた。そして、コーラを一気飲みした。
私たちは、ファミレスに来ている。この時間帯は、まだ人が少ない。学校から離れているから、誰かに見られる心配もあまりない。だから、ここを選んだ。
春臣は矢地さんを見据え、
「そいつら、ぶっ殺そうぜ。先生にチクって、退学にしてやろうぜ」
と息巻いた。
報いを受けさせたい、と矢地さんは前に言っていた。だから、春臣の意見に同調すると思っていた。ところが、矢地さんは俯いて顔すら上げなかった。
「そこまでしなくてもいいよ。きっと、私にも悪いとこがあったんだって」
何としおらしい態度だろうか。私は首を傾げてしまった。
しかし、春臣は、これが矢地さんの自然体と思ったようで、
「矢地さん、優しいな。俺、ちょっと過激だったかな」
と急に声の調子を落とした。
矢地さんは顔を上げ、微笑みを浮かべた。
「ううん。春臣くんが怒ってくれて、私、嬉しかった。春臣くんには全然関係ないのに、助けてくれるなんて、すごく嬉しい」
春臣も笑った。私も笑いそうになったが、何かが心に引っかかっていた。
私は、矢地さんに何か心当たりがないか改めて尋ねた。彼女は少し考え、
「そういえば、去年の春に」
とゆっくりと語り始めた。
「あの頃、女子の間でちょっと喧嘩があったの。私は関係ないと思ってたんだけど、それが気に入らない人がいたみたいで。それで、裏で何か言われてたとか」
どうして、それを今まで言わなかったのだろうか。普通、そんなことは忘れない。忘れていたとしても、いじめがあればすぐに思いだすだろう。まるで、今まで言わずに黙っていたように思えてならなかった。
だが、春臣はそう思わなかったようだ。
「それって、SNSでのコメントがどうかとの奴だろ。くっだらねぇ。どうして、そんなことで矢地さんが逆恨みされるんだよ」
再び怒気をみなぎらせる春臣。理由があまりのも低俗だからだろう。私も沸々と怒りが込み上げてきた。喧嘩になるくらいなら、ネットなどしなければいいのに。
話が一段落したので、春臣は席を立った。きっと、トイレだろう。
「でも、馬鹿だよね。ネットで揉めて、それを現実にも持ち込むなんてさ」
何気ない感想のつもりだった。だが、言った瞬間、矢地さんの顔色が変わったように見えた。蔑むような、嘲るような表情になった。ところが、それはすぐに消え去り、見間違いだったのだと私は思った。
「江波くんは、SNSとかやらないんだ」
「うん。メールとかくらいかな」
「メールは、SNSじゃないんだけど」
しまった。これは恥ずかしい。
春臣が戻ったので、話を再開しようとした。だが、客の姿が多くなりつつあったので、今日はこれでお開きになった。帰り際、春臣と矢地さんはSNSのアカウントを交換していた。私がメールアドレスと聞こうとすると、
「メールは、面倒だから嫌」
と言われてしまった。