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冬休みに入ったが、私は週に三度は登校しなければならない。部活だ。
今日は、部活の日だった。鞄に日誌と筆箱を入れ、制服を着て家を出た。雪が積もっていたが、空は晴れていた。だから、コートは羽織らなかった。
私は園芸部だが、部室は特に決まっていない。強いて言うなら、校庭の隅にあるプレハブ小屋だろうか。そこには、植木鉢や肥料、じょうろなど園芸に使う物が押し込まれている。それでも片付いているので、なかなか使い勝手はいい。
部室に行くと、誰かの鞄が置かれていた。チャックが開きっぱなしになっていて、そこから教科書が落ちていた。拾い上げると、落書きがされていた。油性マジックで、汚い言葉が。
私はどうしていいか分からず、ひとまず見なかったことにして、鞄の持ち主を待った。しばらくすると、寒い寒いと言いながら矢地〈やち〉さんが入ってきた。同じ園芸部の人で、学年も同じだが、あまり喋ったことはない。小柄で髪は短く、それ以外の印象が薄い人だ。
「おはようございます」
そう挨拶されたので、私も同じように返した。
私は教科書を差し出し、落ちていたと言った。途端に矢地さんから血の気が失せた。
「か、返して」
矢地さんは、私の手から教科書を奪い取った。その焦り方が普通ではなかったので、私はそういうことなのだと確信した。
「矢地さん、それって――」
「――言わないで」
と遮られたが、ここまで来て見て見ぬふりはできない。
「いじめ、だよね」
私がその言葉を言うと、矢地さんはうずくまり、すすり泣き始めた。異性に泣かれたことなどなかったので、私はどうしていいか分からず立ち尽くした。
改めて教科書を見ると、落書きだけでなく、濡らされた形跡があった。蛇口の水をかけたのか、もしくは便器にでも放り込まれたのだろう。ひどいことをする。他の教科書も、同じ目に遭っているのだろうか。
矢地さんが落ち着いたので、座らせて話を聞いた。いじめは、今年の夏から始まったそうだ。最初は持ち物を隠されるだけだったが、次第にそれを汚されるようになった。少し前には、上履きに画鋲を入れられて怪我をしたらしい。
「これは関係ないかも知れないけど、テストの提出物がなくなったの。ほら、テストが終わったあとに、教卓に重ねて置くでしょ。私は確かに置いたのに、あとで先生に出してないって言われて……それで、成績落ちちゃって」
「多分、同じ奴の仕業じゃないかな」
「うん。私もそう思うけど、証拠とかないから。それに誰がやってるかも……」
問題は、それだ。面と向かって暴力でもしているなら、まだどうにかできる。だが、こそこそと隠れられては、こちらは何もできない。だから、さらに胸糞が悪くなる。
どうしたいのかと矢地さんに尋ねると、報いを受けさせたいとのことだった。矢地さんには大人しい印象があったので、過激なことを言うのが意外に思えた。だが、考えてみれば当然だろう。やられっぱなしで黙っているのは、口のある人間のすることではない。
私が協力しようかと聞くと、矢地さんは、
「でも、江波〈えば〉くんには関係ないことだよ」
と遠慮がちに言った。
「見て見ぬふりしたから、目覚めが悪いから。別に、見返りとか望んでないから」
少し臭い言葉だったが、自然と口から出てしまったので仕方がない。
矢地さんは涙を拭って、
「じゃあ、お願い」
と消えそうな声で呟いた。