表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/17

 冬休みに入ったが、私は週に三度は登校しなければならない。部活だ。

 今日は、部活の日だった。鞄に日誌と筆箱を入れ、制服を着て家を出た。雪が積もっていたが、空は晴れていた。だから、コートは羽織らなかった。

 私は園芸部だが、部室は特に決まっていない。強いて言うなら、校庭の隅にあるプレハブ小屋だろうか。そこには、植木鉢や肥料、じょうろなど園芸に使う物が押し込まれている。それでも片付いているので、なかなか使い勝手はいい。

 部室に行くと、誰かの鞄が置かれていた。チャックが開きっぱなしになっていて、そこから教科書が落ちていた。拾い上げると、落書きがされていた。油性マジックで、汚い言葉が。

 私はどうしていいか分からず、ひとまず見なかったことにして、鞄の持ち主を待った。しばらくすると、寒い寒いと言いながら矢地〈やち〉さんが入ってきた。同じ園芸部の人で、学年も同じだが、あまり喋ったことはない。小柄で髪は短く、それ以外の印象が薄い人だ。

「おはようございます」

 そう挨拶されたので、私も同じように返した。

 私は教科書を差し出し、落ちていたと言った。途端に矢地さんから血の気が失せた。

「か、返して」

 矢地さんは、私の手から教科書を奪い取った。その焦り方が普通ではなかったので、私はそういうことなのだと確信した。

「矢地さん、それって――」

「――言わないで」

 と遮られたが、ここまで来て見て見ぬふりはできない。

「いじめ、だよね」

 私がその言葉を言うと、矢地さんはうずくまり、すすり泣き始めた。異性に泣かれたことなどなかったので、私はどうしていいか分からず立ち尽くした。

 改めて教科書を見ると、落書きだけでなく、濡らされた形跡があった。蛇口の水をかけたのか、もしくは便器にでも放り込まれたのだろう。ひどいことをする。他の教科書も、同じ目に遭っているのだろうか。

 矢地さんが落ち着いたので、座らせて話を聞いた。いじめは、今年の夏から始まったそうだ。最初は持ち物を隠されるだけだったが、次第にそれを汚されるようになった。少し前には、上履きに画鋲を入れられて怪我をしたらしい。

「これは関係ないかも知れないけど、テストの提出物がなくなったの。ほら、テストが終わったあとに、教卓に重ねて置くでしょ。私は確かに置いたのに、あとで先生に出してないって言われて……それで、成績落ちちゃって」

「多分、同じ奴の仕業じゃないかな」

「うん。私もそう思うけど、証拠とかないから。それに誰がやってるかも……」

 問題は、それだ。面と向かって暴力でもしているなら、まだどうにかできる。だが、こそこそと隠れられては、こちらは何もできない。だから、さらに胸糞が悪くなる。

 どうしたいのかと矢地さんに尋ねると、報いを受けさせたいとのことだった。矢地さんには大人しい印象があったので、過激なことを言うのが意外に思えた。だが、考えてみれば当然だろう。やられっぱなしで黙っているのは、口のある人間のすることではない。

 私が協力しようかと聞くと、矢地さんは、

「でも、江波〈えば〉くんには関係ないことだよ」

 と遠慮がちに言った。

「見て見ぬふりしたから、目覚めが悪いから。別に、見返りとか望んでないから」

 少し臭い言葉だったが、自然と口から出てしまったので仕方がない。

 矢地さんは涙を拭って、

「じゃあ、お願い」

 と消えそうな声で呟いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ