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 私が部室で日誌を書いていると、矢地さんが駆け込んできた。血相を変えている。普段の矢地さんにある大人しさや弱々しさは、鳴りをひそめている。前髪が乱れ、右眼を覆い隠しているが、気にならない様子だった。

 私の姿を認めるなり、

「わ、私の携帯電話が、ない。私の電話が」

 と叫び始めた。

 無理もない。もし、あれを見られたら、矢地さんは破滅する。画像フォルダには、隠し撮りした春臣の写真が山ほどだった。ネットの履歴を見ると、匿名掲示板へのアクセス形跡ばかりだった。他人のブログにスパムメールを送り付けた形跡もあった。極めつけは、メモ機能に残されていた計画書だった。そこには、いじめを自作自演する方法が、細かく書かれていた。さりげなく私にいじめのことを知ってもらい、そこから春臣に近づこうとしていたらしい。他にも様々なことが記録されていた。矢地さんの生活が、どれだけこの端末に依存したものであるかが手に取るように分かった。

 私は、矢地さんのスマートフォンを取り出す。

「これだよね」

「返せっ」

 反射的に奪い取ろうとする矢地さん。こんなことが、前にもあった気がする。今度は取られまいと、手を引っ込めて躱した。

「お、おまえ。返せよ」

「返すよ。だけど、その代わりに、春臣と久美の前から消えろ」

 私は、自分の声に特徴がないと自負している。耳に聞こえる声が、とても平凡だからだ。それでも、今だけは正しい発音で、よく通る声だったと言える。聞き間違いではなかったようで、矢地さんは明らかに怯んだ様子を見せた。

 ここぞとばかりに、私はまくし立てる。

「悪いけど、中身は見させてもらった。ロックは、解除した。パスコードは、七八二九だ。いじめが自作自演だってことは、これではっきりした。データは全部コピーしたぞ。おまえが引き下がらないなら、中身を学校中にばら撒くぞ。もし、おまえがここから逃げて、何食わぬ顔でリセットしようとしても、俺はそこに行ってばら撒いてやる。どうするつもりだ。これが公になったら、おまえは終わりだ。俺はどっちでもいいぞ。困るのはおまえだからな」

 途中からは滑舌が怪しくなり、文法が正しいのかも分からなかった。だが、矢地さんが真っ青になっている姿を見る限り、私の言いたいことは伝わったようだ。

「は、犯罪……。勝手に見るとか、犯罪……」

「じゃあ、言えよ。今から学校中を走り回って、俺がやったって言えばいいだろ。やれよ。その代り、おまえも道連れにしてやる」

 それが決め手だったのだろうか、もう矢地さんは抵抗するのを止めてしまった。項垂れる様子はなかったが、一言も発さなくなり、私からの条件をすべて呑んだ。スマートフォンを取り戻すなり、部室からいなくなった。その際にも暴れようとせず、まるで普通に部活を終えて帰るかのようだった。

 すべてが終わった。本当に短い時間だった。腕時計を見ると、まだ五分も経っていなかった。

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