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はじまり

 仮面ライダーってすごいな。

 

 それが、絶え間なく襲い来る激痛の中で私がぼんやりと抱いた感想だった。

 現実逃避である。

 身体の芯にぶっとい焼き串を差し込み、それをぐじゅぐじゅと掻きまわされているような痛みから目を背けるために、そんなことを思ったのかもしれない。

 人間、耐えられないような痛みから逃れるために脳内麻薬を分泌すると言うが、だとしたら私は人間じゃなかったんだろうかと思うぐらいには痛い。

 ものすごく痛い。

 脳内麻薬はどこだ。

 もういっそ脳内麻薬じゃなくても良い。

 ガチの麻薬でいいから、モルヒネあたりをきゅーっと打ち込んではくれまいか。

 

 ……無理か。

 

 そうだよね。

 だってこれ改造手術(物理)っていうよりも改造手術(魂)だもんね。

 ぐったりと大理石の祭壇に横たわったまま動けずにいる私は、周囲を取り囲む黒ローブのおっさんたちへと視線を流す。

 頭から目深にかぶった黒いローブのせいで、私から見えるのは口元と、影になった目元が微かに見える程度だ。

 その口元は、絶え間なくもごもごと動き続けている。

 ヴヴヴヴヴヴ、と低く響く羽虫の羽ばたきのような音が、その唇から紡がれているのだと気付いたのは激痛に悶え始めてたっぷり一時間以上が過ぎてからのことだった。

 痛みにも慣れがある……ということに気付けたのは私のこれから先の人生で何か役に立つのかどうか。

 いや、ぶっちゃけ慣れたというよりも、単にあまりにも苦痛がすぎて、意識が遠のきかける瞬間が定期的に訪れる、という程度なのだけれども。

 その時だけは、全身の感覚が鈍くなり、痛みがわずかに遠のくのだ。

 そのまま気絶できたらどれだけ幸せか、と思うのだが、このドエス黒ローブどもはさらなる追撃で私の意識を引きもどす。

 激痛に遠のきかけた意識が、より強烈な痛みで繋ぎとめられる。

 その痛みが、黒ローブのおっさんがひび割れた唇で紡ぎ続ける呪詛によって生まれるものなのだと気づいた瞬間から、私は全力でおさんどもを呪った。

 それが効果ないとわかってからは、ひたすら謝った。

 こんな目に合わされる身に覚えは全くないが、何かの因果で私への報いとしてこの痛みが与えられているのなら、どんなことでもするから許して欲しいと心の中で泣き叫んだ。

 それすらも効果なく、ただただ終わりなく与えられる苦痛に、最終的に辿り着いたのが「仮面ライダーすごい」という真理だった。

 凄いよね、仮面ライダー。

 悪の軍団に改造されて、それでもヒーローなんだから。

 私はもうくじけそうです。

 改造の途中だが死にたい。

 一人暮らしの社会人、仕事から疲れて帰って、化粧を落として、顔を洗って、風呂は明日の朝にしよう、なんて物臭なことを考えて、夜食に買ってきたサンドイッチをかっくらい、歯を磨いてお布団に入って。

 当たり前のようにつながっていると思っていた明日は訪れず、代わりに私は今こんなところで謎の改造手術を受けている。

 低い振動のようの響く呪詛の声に合わせて、ぐにゃぐにゃと自分の魂の輪郭が歪んでいくのがわかる。

 26年日本人として地球に生まれ、育ってきた概念が歪められる。

 魂を傷つけられる痛み、という比喩をよく聞くが、これは痛い。本当に痛い。

 

 ああ、私はどうなってしまうんだろうか。

 

 葛方或架くずかた ありか、最大のピンチである。

 





☆★☆






 は、と次に目覚めたら元の自分のアパートに戻ってやしないか、というのは随分と短絡的な希望だったらしい。

 うっすらと瞬いて見上げたのは、全く見知らぬ天井だった。

 仰々しくいかにも神話の光景を切り取りましたといった精緻なレリーフが施された高い天井。

 間違いなく私の部屋じゃない。

 こんな仰々しいレリーフつきのアパートなんて、正直事故物件だ。絶対何か出るのを封印してるに違いない。こんなもの見上げて寝ていると、自分が何かの生贄にされた乙女のような気がしてくる。


……ん?

 

 むしろそうなのかもしれない、という気がしてきた。

 私は生贄にされたんだろうか。

 この、見知らぬ場所で。

 ゆっくりと身体を起こす。

 身体の芯からぐちゃぐちゃと形を変えられるような激痛を思い出して怯むが、幸いなことに動くことに支障はないようだった。

 続いて気になったのは自分の身体だ。

 あれだけ好きなように弄ばれたのだ。

 何かしら変わり果てているかもしれない。

 腕、胸、腹、足、と身体を見下ろす。

 特に分かりやすい変化はなかった。

 気付いたことといえば、寝間着がひっぺがされ、びっちょりと濡れた薄布一枚を巻かれているだけだということぐらいだ。

 

……もしかしなくても、これ、汗だったりしないだろうか。


 散々悶え苦しみ、脂汗を流し、泣きわめき、いろんなものを垂れ流したような気がする。夜食で食べたサンドイッチを吐き戻して、その吐瀉物で呼吸困難に陥って死ぬかと思ったのを覚えている。

 ああ、お風呂に入りたい。

 そして本当にここはどこなんだ。

 私はそっと祭壇から降りると、周囲を見渡す。

 見覚えはないが、テレビの中で見た教会や、神殿といった建物に雰囲気は似ている。

 ぺたぺたと冷たい石作りの床の上を歩いて、祭壇からまっすぐ続いた赤絨毯の先にある出入り口を目指す。

 とにかく、ここがどこなのかを確認したかった。

 自分が一体何に巻き込まれてしまっているのかが知りたかった。

 そして――……扉に手をかけたところで、私が押すよりも早く、扉がゆっくりと開いた。



「あ、もう起きてたんだね、兎偽うさぎの姫」



 …………。

 開け放たれた扉の向こうに立っていたのは、海外俳優もかくや、というような美青年だった。

 緩くウェーブを描く金色の髪に、濃い空色の瞳。

 掘り深く整った顔立ちは、見ているだけで鼓動が早くなる。

 絵本の中に出てくる王子様をそのまま三次元化したならこうなるだろう、というような、そんな甘さの残る優しい雰囲気を漂わせている。

 すらりとした長躯は、細身に見えるがそれは全体のバランス故にそう見えているだけで、実際には私よりもはるかに体格が良い。

 私もそんなに背が低い方ではないはずなのだけれども……、彼と比べるとちんまりサイズだ。なぜか悔しい。


「なんだ、もう壊れてしまっているのか?」


 彼はかくりと首を傾げると、そう己の背後へと問いかけた。

 私のことを話題にしているはずなのに、私ではなく別の誰かに問いかけるのがなんとはなく物騒だ。私の人権が存在してなさそうで。その問いかけの内容的にも。


「死者の肉体と無理やり融合させたんだ、魂も変質している。壊れている可能性は高いな」


 目の前の金髪イケメンよりも低く、落ち着いた声が彼の背後から響いて、今度は濃い茶の髪のイケメンが顔をのぞかせた。

 こちらも負けず劣らずの美形っぷりではあるのだが、金髪の彼に比べると華美さで劣っている。どちらかというと落ち着いた雰囲気を漂わせている。

 どちらも目の保養にふさわしいイケメンだが、話している内容が物騒すぎる。

 死者と融合?

 魂の変質?

 言葉の意味はわからないが、身に覚えはありすぎる。


「どういう、ことですか」


 私がそう問いかけると、二人は驚いたように目を見張った。

 金髪は面白い玩具でも見つけたように楽しそうに。

 茶髪は、心底驚いた、というように。


「おいおい、見ろよヴィクトール、この子、まだ壊れていないみたいだ」

「そうだな、アクトーネ」


 茶髪がヴィクトールで、金髪がアクトーネか。

 アクトーネは綺麗で爽やかで無邪気で、悪意なんてどこにもありませんといった笑顔で恐ろしいことをのたまっている。まだ、とか言いやがりました。将来的には壊す気満々に聞こえるわけですが大丈夫ですか。

 というか、実は先ほどから意図的にスル―していることが一つある。


「すごいな。死者と魂をかき混ぜられてまだ自我が存在するなんて、今のところそんな例はなかったよな?」

「ああ。これまでの被検体は全部死んでる」

「かろうじて肉体だけは生きてる、程度のもいたけどね」

「確かにそんなものもいたな」


はははっ、と宿題の出来を話し合うかのようなノリで交わされる会話は、どうにもうすら寒い。


「おいで、兎偽うさぎの姫」


うっとりするように甘い声音でアクトーネが私へと囁く。

甘やかに絡めとるような、欺瞞に満ちた声。

そして、それを本人もわかっていて隠す気などないのだ。


「君の婚礼の日まで後二日。

それまでに――……、僕が存分に可愛がって仕上げてあげるよ」


上機嫌な笑みとともにのばされる腕。

私の腰を絡めとり、引き寄せるアクトーネの頭上では、にょきりと伸びたウサギの耳が揺れている。さっきから見ないふりしていたが、そろそろ突っ込みたい。


ウサギはお前だ。


それを言うよりも早く、私はアクトーネの腕に攫われた。





☆★☆






 銀河系第三惑星地球日本国に生まれ落ち、二十余年生き抜いてきた私、葛方或架くずかた ありかは、なんの因果かある日唐突に異世界へと招かれた。

 しかも、召喚と同時に死体と合成されるなんていうトンデモ歓迎を受けて、だ。


 なんでだよ。


 全力でつっこみたい。

 普通異世界トリップといったらもっと良いものではないのか。現代日本人の知識を使ってチートでヒャッハーするものじゃないのか。

 なんで私はこんな異世界でウサギ耳の生えたイケメンどもに虐待されてなければいけないのか。


「ねえ、聞いてる?

やっぱり死体なんかと混ぜて作り上げた偽物だけあって、この耳は飾りなの?

おい、答えろよ」


 私の耳をぎゅむ、と握って力いっぱいに引き上げるアクトーネ。

 めちゃくちゃ痛い。

 今なら私、ウサギの耳を掴んで引っ張る悪ガキに全力で飛び蹴りできる。

 それぐらいウサギに共感できる。

 何故なら。

 地球人であった頃には普通に人間らしい容姿をしていた私も――……、出会いがしらの改造手術のせいで、にょっきりと長いウサギ耳が生えているから、なのである。

 ただし、アクトーネやヴィクトールのように頭頂部分からピンと生えているわけではなく、もともとの耳があった場所から、へにゃりと垂れたウサギ耳だ。

 現在日本にいた頃の「ケモ耳論争」を思い出す。

 今の私なら夏やら冬の祭典で限りなく本物に近いコスプレとして皆のアイドルになれるに違いない。というか本物なんだが。改造されちゃったんだが。

 っていうか死体と混ぜられてしまった私は改造人間なのかゾンビなのかケモ耳娘なのかでジャンルが悩ましい。


「やめろ、アクトーネ」


 ヴィクトールが私の耳を引きぬかんばかりに引っ張っていたアクトーネを止めてくれた。さすがイケメン優しい。


「腐っているかもしれない。迂闊に力を加えて取れたらどうする、また死体を手配するのか」


 優しくない。前言撤回。こいつらマジ。マジ。

 

「どうして、こんなことするんですか。何が、どうなっているんですか……っ!」


 ああくそ。声が震えた。

 腹立たしい。人を勝手に見知らぬ世界に召喚したあげく、魂ごと弄くりまわし、激痛に悶絶させ、こんな扱いをする相手に怯んでいるところなんて見せたくなかった。本当は怖くて仕方がないことなんて、見抜かれたくなんかなかったのに。

 ああ、本当に耳が痛いんだ。


「君は、偽の姫として狼どもの贄になるんだよ」


 にっこりと涙目の私へと顔を寄せて、アクトーネが甘ったるく囁く。


「そういうの、女の子って好きでしょ?」

「……格好良い騎士が助けにきてくれるなら、ですけど」

「あはは、ヴィクトール、助けて欲しいんだって」


 ヴィクトールは騎士なのか。見た目は王道だがこいつらのこの性格では王道の物語はどうにも期待できそうにない。アクトーネなんて、見た目だけならば絵本の王子様だ。カエルにでもなればいいのに。

 

「君もわかっているはずだよ」


 わかってるはず?

 アクトーネの意味ありげな、笑みを含んだ声音に私は眉根を寄せる。

 答え合わせが愉しくて仕方ないといった意地の悪い確信に満ちた声だ。

 この男がこんな言いまわしをするということは、確かにそれは私が知っていることなのだろう。

 ただ、質問と持っている知識がまだうまくかみ合っていないだけで。

 私は何を知っている?

 あの苦悶の時間を得て、目覚めてからのこの数時間の間で、私は何を見て、何を知った?


「……っ!」


 唐突に、頭の中で風船が破裂した。

 自分でも何を言っているかわからないが、本当にそんな感じだったのだ。ばしゃん、と目の前が白んで、鼻の奥がツンと痛む。金臭い。たぶん鼻血が出た。

 どろりと生温かい粘液が鼻の下を汚す感触が気持ち悪い。

 頭ががんがんと痛む。

 くらくらと眩暈がして、立っていられない。

 ずるずるとへたり込む私を見て、愉しそうにアクトーネが笑う声がこだまする。

 煩い。ただでさえ頭が痛いのに、お前の声は響くんだ。


「……っぐ、ぇ、……ふ、……うえ……っ!」


 食道を酸っぱいものがこみ上げる。

 ぐにぐにと胃が痙攣を繰り返し、何度もえずいて胃液を吐き出す。

 残念だったな。もう吐けるものなんて身体の中には残っちゃいない。


「きったないなー」


 目の前で女の子(26歳アラサーが女の子を自称する是非については今は問わない)が苦しんでいるというのに、アクトーネの声は無感動に明るい。

 ああでも、こいつはこういう奴だ。

 私が死ぬ様を見届けた時だって、その空色の瞳は硝子玉のように何の感情も浮かべてはいなかった。


 わたしが、しぬさま?

 

 私は死んだ?

 いやまて、私は誰だ?

 私は……、私は……。


「あ、あ……っ、あ……っ」


 意味もない音が喉から洩れる。

 混乱のままに、断末魔めいた掠れた細い声をあげ……。


「ああああああああああアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 自己の同一性を侵される恐怖に私は絶叫し――…、「うるさいよ、君」なんてアクトーネの一言でヴィクトールの一閃した刃に喉を裂かれ、声とともに意識を失った。






☆★☆






 正直、そのまま死んでた方が良かったんじゃないかと思う。

 こんにちは、葛方或架です。まだ生きてます。そして、どうにか正気も保っています。アレは結構ヤバかったが。本気で狂うと思った。

 生半可に理性が残っていると、「自分の正気が狂わされていく」という実感がわいてしまう分余計に恐ろしいのだということを思い知ってしまった。

 こんな体験、まさか自分がするとは思わなかった。

 なんだか怒涛の展開ではあるが、すでに一生分の苦痛を味わせられてしまった気がしている。これよりもっと先があるとは思いたくない。

 頭の中で風船が破裂した瞬間、私の身に起こったこと。

 それは、記憶の融合だった。

 アクトーネがずっと言っていたではないか。

 私は、死体と融合させられたのだと。

 その死体の記憶が、私の中に流れ込んできたのだ。

 自分の中に、もう一人分の見知らぬ少女の記憶が流れ込み、その情報量を処理できずに狂いかけた。

 今はどうにか落ち着いたので、「彼女」の知識も自分のものとしてある程度受け入れることが出来ている。

 その結果わかったのは、私が「花兎かと」と呼ばれる種族の姫として、隣の帝国、「琥狼ころう」の一族が支配するらんの国に嫁に出されるということだった。

 花兎の民と琥狼の民の関係は、古よりの共生関係の中で成立してきている。

 見目麗しく、魔力に優れた女性の多い花兎の民と。

 筋骨逞しく、身体能力に優れた男性の多い琥狼の民。

 その二つの種族の交流は密であり、互いの王族が婚姻関係を結ぶのは古から珍しいことではなかったらしい。


 たおやかで美しい花兎に傅く、強く逞しい琥狼。

 

 そんな関係は、昔から戯曲の題材にされるなどして、広く周知されてきた。

 その関係が次第におかしくなっていったのは、ここ最近のことだ。

 琥狼の民は、その屈強な身体能力を活かし、次々と土地を開拓し、時には戦をしてその領地を広げ、民を増やしていった。

 一方、弱く儚い花兎の一族は、ますます琥狼の庇護下から出ることが出来なくなっていった。

 その結果かつては対等であった二つの民の間には圧倒的な力の差が生まれ、花兎の一族は琥狼の王に臣下の礼を尽くさなくてはいけなくなった。

 そうなって以来、琥狼に嫁ぐ花兎の姫は贄としての意味合いが強くなったのだという。

 若く美しく、魔力の強い花兎の王族の娘を琥狼の王へと捧げ、その見返りとして花兎の民は琥狼の庇護を得る。

 そして、今期の琥狼王に捧げられるはずだったのが、「彼女」だ。

 だが、「彼女」は贄となることを嫌い、自ら命を絶った。

 婚姻の決まっていた姫が王を拒絶して死を選んだなどと言えるわけもなかった花兎の民は、死んだ姫の肉体を素材に都合の良い偽物を作り上げることにしたのだ。

 そして、花兎の姫とよく似た外見特徴を持ち、魔力を一切持たない素材として選ばれたのが私、葛方或架だったのだ。

 私の肉体と、「彼女」の知識と魔力。

 二つの素材を混ぜあわせ、私は偽の花兎の姫として創り上げられた。

 

 ……全く、酷い話である。

 

 酷過ぎて、実感がわかないのだから困ったものだ。

 体感として辛すぎて痛すぎて逆に現実逃避してしまっている節はある。

 元の世界に戻せだとか、人間に戻してくれだとか、現状に適応するのに必死すぎてそんなことを考えている余裕がない。

 というか、「彼女」の記憶を自分の知識として整理するのに時間がかかり、廃人状態になっている間に全てのコトは終わってしまっていた。


 素肌が透けそうなほどに薄衣を幾重にも重ねたドレス。

 繊細な銀細工に宝石をあしらったアクセサリー。

 隙間を埋めるように満たされた、枯れぬように魔法で処置を施された花々。


 美しく着飾られ、私は箱に収められた。

 まるっきり人身売買である。

 ちなみに手足を彩る銀細工のアクセサリーは、美しく誤魔化した拘束具だ。

 そんなものを装着されずとも、廃人と化していた私に逃げることなど出来なかったとは思うが。

 喉の傷は、柔らかなレースのついたチョーカーで隠された。

 足首を飾る銀細工のアンクレット型拘束具も、これまた傷を隠すためのものでもある。

 信じられるか。あの野郎ども、私が廃人状態で夢現をさまよっている間に、足の腱まで切ってしまっていたのだ。

 

 声を出すことも出来ず。

 歩くことも出来ず。

 まるで人形のように箱詰めされた私を見下ろして、アクトーネはにっこりと童話の中の王子様のように微笑んで囁いた。


「君、なるべく早くあちらで死んでね。そしたらあのケダモノの王に貸しが作れるから。まあ、あのケダモノどもにとって花兎の女は相当クるらしいから、君みたいな出来そこないの『兎偽うさぎの姫』でも可愛がってもらえるんじゃない?たくさん苦しんで――……早く死ね」


 早く死ねだけならまだしもたくさん苦しんで死ねとはどういうことだこの野郎。

 廃人状態でなければきっとぶん殴ってやったのに、私は自由の利かない肉体の牢獄に閉じ込められたまま、ただぼんやりと瞬いただけだった。

 その際にほろりと眦を涙がこぼれたのは、言うことをきかない身体が瞬きですらサボタージュした結果目が乾いてしまっていたからだし――……。

 死ねと囁きながら私の頬を撫で、涙を拭ったアクトーネの指先が泣きたくなるほど優しかったのも、きっと私の勘違いだろう。


「さようなら、―――」


 箱を閉じる間際、呼ばれた名前は知っているようで知らない名前だった。







☆★☆







 箱の蓋が、ゆっくりと持ち上がる。

 私はそれにより移り変わる箱の中の陰影をぼんやりと眺めていた。

 蓋が完全に取り除かれた後、私を覗きこんでいたのは黒の長衣に身を包んだ偉丈夫だった。

 でかい。

 とりあえずでかい。

 そして人相がよろしくない。

 よく言えば凛々しい、悪く言えば険しい。

 顔立ちは整っているのだが、どいにも目つきが鋭すぎる。精悍、というには何人か殺してそうな迫力が満ち満ちている。


 この人が、私の夫で――…私を殺す人か。


 そんなことをぼんやりと思った。

 もう散々な目にあった。

 素材として死体と合成されたり。喉を潰されたり。足の腱を切られたり。

 まるで悪い夢だ。

 

 この夢が私の死でもってしか終わらないというのなら、どうぞ終わらせて。

 

 ひと思いに苦しませず、殺して欲しい。

 もう痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。ゴミのように扱われるのは嫌だ。

 その人は、箱の中にいる私を見て、息を飲んだようだった。

 それから、おそるおそるといったようにその大きな手のひらで私の頬に触れる。


「ッ生きてる……!」

「誰か! 医者を早く……!!」

「それじゃあ遅い、俺が連れていく!」

「ちょ、陛下!?」


 まるで壊れ物に触れるかのように、私に触れた大きな手が、そろりと私の身体を箱の中から抱き上げる。

はらはらと花がこぼれ、その花は箱から零れる側から枯れて砂へと変わった。

私の身体が揺れる度に、手足を彩る銀の鎖がしゃらしゃらと可憐な音をたてる。


「もう大丈夫だからな」


 優しく囁かれた言葉に、癇癪を起してしまいそうになった。

 何がどう大丈夫なんだ。

  私は「兎偽うさぎ」にされてしまった。

 私の喉は潰された。

 私の足はもう動かなくなってしまった。

 

 何が、どう大丈夫だっていうんだ。

 ねえ。何が。ねえ。


 彼の腕に抱かれ、運ばれながら――…私は、この世界に来て初めて苦痛以外の理由で泣いた。

 







他の連載物の合間に、ちまっと思いついたので。

感想、pt、評価等いただけましたら張り切ります。

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