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そこにいるのは

[そこにいるのは]


 最近夢を見る。

 俺は音が無い瓦礫の街に一人で立っている。近くにはボロボロの犬の像が転がっていた。

 ここは昔、若者を初めとしたたくさんの人間が蟻のようにあそこの交差点を行き来していた場所。て習った記憶がある。

 モニターがついたボロボロになっているビルの下に誰かが立っていた。交差点を挟んで距離が離れているのに、すぐ近くでそいつの声が確かに聞こえた。


[それで、お前はどうしたい?]


 声で聞こえているはずなのに、その声は頭の中で字幕になって流れた。

 誰だと問いかけようとすると決まって目が覚める。


 あれは誰なのか。


 眠気がまだ居座って思考回路を断線させる。重たい頭がぼーっとさせた。

 まぁいいや、と目を閉じスッと意識を夢に飛ばす。しかし、よく知るあいつに無理やり覚醒させられてしまった。


「おいおいおいー、篤史!今日は次で教練終わるから夕方カラオケ行かねー?行くよね?行くでしょ?じゃあ着替えたら裏門集合な!」


 こっちの返事を待たずに、同じB小隊の[狩場義光]は無理やり予定をねじ込んできた。

 自分の時間を奪われた[新井篤史]が不機嫌そうにじろりと睨む。義光はそんなことお構いなしに、フンフンと鼻歌混じりで次の弾道計算学の教科書を取り出し机の上に広げた。


「はぁ?いやいや、何だよ突然。てか義光、お前次終わったら藤沢先輩に光輝に射撃の補習してもらえてって言われてなかったか?俺も呼び出し食らってるし、そもそもお前とカラオケ行っても悲しいんだけど。何?男好きなの?死ねば?」


 二度寝の前のような、身体が溶けるような気持ち良さを邪魔されてつい言葉に棘が生えてしまう。


 鼻歌を通り越し、普通に声を出して歌うご機嫌な義光は、ボールペンを指でくるくる回しながらその棘をかわす。


「うん?俺が今ここで死んだらお前はちょっと損をするぞ?俺だってお前みたいな奴とカラオケ行ったって、便秘になるぐらいつまらんわな。くそも出ないぐらいつまらん。」


「言ってることがバカっぽいぞ?あぁ、最初からぽくなかったな。」


 篤史の眠気はもう飛んでいた。仕方なく次の教練の教科書を机から引っ張り出す。


「で?何でカラオケなんだよ?補習サボってまで...」


 義光は勉強はできるが実技がだめだ。下の上を行ったり来たりしている。

 篤史としては、小隊の為にも是非補習を受けてほしいところだが、そんな思いは届かない。


「実はな、第四中隊に知り合いがいてさ、今日カラオケ行かないかと誘われた訳だ...」


「だから何で俺もなんだよ?お前だけ行って来いよ」


 何を考えているかわからない。でも、こういう奴だからからこそ篤史と義光は付き合っていけるのだ。下手に気を回す必要がないのはとても楽だった。


「いいのかなーそんなこと言っちゃって。そいつさー北城女子に彼女がいるみたいでなー...」


 窓の外を遠い目をしながら見る義光。

 篤史はそこまで聞くと手に持った教科書をバサッと床に落とした。


「なん...だと...。あの...義光さん...俺はさ...お前のことを友達以上恋人未満だと思っているんだが。間違いないかな?」


「え?何それ気持ち悪い。」


 ひどい。それでもキラキラした瞳を全力で投げつける。


「まぁ、そう思ってもらっても構わないが、どうする?行くかい?」


 ふふんと鼻を鳴らす義光の態度にイラッとしたが篤史は小さくガッツポーズをした。


「キタッー!クラス替えで女子は外れだったがついに、ついに始まるんだな!俺のサクセスストーリーが!」


 一昔前の大リーグでイチローが200本安打達成した時のような歓声が起きた。ような気がした。


「指滑って模擬弾鼻に打ち込んでやろうか?」


 その歓声は水をぶっかけられたように、瞬間凍らせる。

 後ろの席に座るC小隊の[瀬谷円]が発した凍てつく言葉に篤史は次の言葉が出なかった。

 通気性良くなっちゃうだろう!言葉にできない、今は言葉にしちゃいけない。


 ラーラーラ、ララーラ、ことーばにできなーい...


 義光は口パクでバカと言い、時計を指し、手の平を広げ『五時』とハンドサインを送る。

 特自生はハンドサインを日常的に使う。作戦中はお互いの意思疎通や行動指示、日常でも声を出さずに意思を伝えるのに役立つ。問題なのは周りもその意味をある程度理解してしまうことだ。これじゃあ声に出すのとあまり変わらない。


 義光のサインに篤史は首だけで小さくうなずいた。


「バカかよ」


 後ろから聞こえるバナナで釘が打てるぐらいのトーンが二人の背中に刺さった。




 西日が校舎を照らし、日の当たる場所とそうでない場所をはっきりと分け始めた頃。用事が終わった篤史は寮で着替えを済ませ、裏門で義光を待っていた。

 篤史達が生活する寮に門限は特にない。教練以外は基本的に自由だ。各々が好きな時間を過ごし、生きている時間を出来るだけ使わせてやろうという学校側の配慮、所謂校風というやつだ。

 だが大小問題を起こした場合は厳罰。厳罰による退学者、死体袋に入って学校を去る奴も少なくない。それを知ってる生徒達はそんなバカなことはしない。そもそも翌日の教練を考えたら夜遊ぶ暇があれば寝ていたいと考える者がほとんどである。


 そんなバカを待つバカは時計を見て携帯に義光の番号を呼び出した。


 電子音が耳元で流れる。ワンコール、ツーコール、スリーコール。...。出ない。


「あん?あいつ何してんだよ...」


 ドキがムネムネしていて空も飛べそうな気持ちで殺意すら沸いている。

 イライラしながら義光を待っていると突然背後から冷たい声音が刺さった。


「邪魔。」


「おぉ?す、すまん。...あれ、瀬谷も出掛けるのか?」


 学外の男子だったら何かに目覚めてしまいそうな言葉は私服に着替えた瀬谷円から放たれたものだった。

 スラっとした体に張り付く黒いTシャツに濃いスキニーデニム。色気がない服装だが顔立ちが整っているので不思議と目が引かれる。


「どこ行くんだ?」


「...。」


 無視。篤史の問いを瀬谷円は華麗にスルーして裏門から出て行った。

 あれ?俺っていつ死んだの?幽霊だったから無視されたの?あ、でも最初に邪魔って言われたし。瀬谷は見える人なのかな?などと現実逃避で心の緊急回避をする。

 気持ちいいぐらいの無視に打ちひしがれていると義光が走って裏門へやってきた。


「すまん!遅れた!...どした?行こうぜ?」


「あぁ、お前も見える人なんだ...」


「はぁ、何言ってるかわからんが行くぞ?作戦コードネームはアイリーンだ。」


 義光は自信満々に良い顔で意味不明なことを言う。


「ん?コードネーム?そのアメリカのハリケーンみたいな名前は何なんだよ?」


 無視されたダメージが残っている篤史がうんざりとした目で義光を見る。

 キリッとした顔で一人のバカが言う。


「良いか、これから向かう場所は戦場だ。一人でやってやろうなんて思うな。目標を共有して組織的に行くんだ。お前は初めてだから知らないだろう。だが任せろ。俺の指示で動けば大丈夫だ。」


「要するにそれぞれが目を付けた女の子をお互いに協力して確保するんだな。なるほ...。...あ、でももし目標が被ったらどうすんだ?」


 少し顔を伏せ、一人のバカは辛そうに答えた。


「...戦場だ。誤射もあるだろう。」


「何良い顔して言ってんだよ...」


 目標を伝えるハンドサインを考えながらバカ二人は繁華街へと歩きを始めた。

 昼間と夜がせめぎ合い、昼間が流した血のような赤が街に降り注ぐ。くっきりと炙り出された影もだんだん闇に溶けていった。それぞれの好みやタイプをブリーフィングしながら戦場へと足を向ける




.........




 日が沈み、帰宅を急ぐ人や遊びに出てきた人でごった返す駅前を抜け、飲み屋などの飲食店やゲームセンターといった娯楽施設が密集する通りに出た。わずか300メートルほどの通りだが両脇には沢山の店が軒を連ね、居酒屋などの呼び込みのお兄ちゃん達が必死に声を出していた。

 綿密なブリーフィングを終え、道中に義光がチェリーなのがバレたぐらいで特に好みやタイプに関する問題はなくつぶし合いはないだろう。

 

 準備万全な二人は、通りから少しそれた所にある公園へと向かう。心なしか歩調が早くなる。

 篤史が俺の雫はいるかなーコンクリートロードも誉めてやろう。なんてくだらないことを考えていると待ち合わせ場所の噴水が見えてきた。

 すでに何人かが先に来ていて、男女数人が入り混じりキャッキャウフフしている。


「あいつらか?」


 篤史がちょっと元気がなくなっている義光の肩を叩いて指差す。

 

「だと思う。あの背高い奴が第四中隊の知り合い。あいつの友達もいるみたいだな。」


 篤史達に女子が気付き、遠目から視線を投げてきては顔を向け合い笑い出す。 


「うぉー、緊張してきた。なぁ、俺どうだ?変じゃないか?」


 篤史は不安そうに自分の格好を確認した。色落ちしたストレートのインディゴデニムに首もとが開いた白地に袖が黒い七分のラグランTシャツ。これと言って普通。義光も思素直な感想を言う。とゆーか特にないのだ。


「まぁ...普通じゃね?」


「普通て大丈夫なのか?これはあれだろ?合コン的なやつなんだろ?こう、何か...何か誉めてくれ!」


 だんだんとテンパっていく篤史に義光は優しくフォローを入れる。


「大丈夫だって!普通て事は悪くはないんだから。てゆーかお前学校の女子は平気なのに何で学外のやつだとそんなんになるんだよ?同じだろ。お前が思ってるほど皆お前に興味ねーよ?」


 篤史は胸を抑える。胸が少しズキっとした。あれ?何故だ...フォローだったはずなのに何か胸に刺さったぞ?と隣の義光を見つめる。

 ケラケラと笑い義光は噴水の集団に向かって「おーい!」と声をかけた。

 

 もう何かどうでもよくなってきた篤史はとりあえず会費分の飯を食って、歌って、寝る時は涙で枕を濡らさないようにしようと誓った。




......





 予約していたカラオケボックスはそこそこ混雑していた。学校帰りなのか制服姿の学生がドリンクサーバーの所でコーヒーとオレンジジュースを混ぜてセメント色の液体を錬成していた。対価は瞬発的な勇気とそのリアクションで刻まれる深い心の傷だ。

 青春の錬金術師達を横目に人一人通れるほどの通路をぞろぞろと進む。様々な音楽と時々聞こえる歓声と絶叫が耳に入る。


 篤史達は通路の一番奥の部屋に通された。

 十五人ほどがゆったりできる座れるパーティールーム。部屋に入ると右手にコの字型に配置されたソファ、左手には壁掛けの大きなモニターと小さなステージ。ステージの上には歌詞を確認するために置かれた小さなモニターがあった。


 壁側のソファに女性陣が五人座る。男性陣はテーブルを挟んだ反対側に六人座った。


 扉から離れて一番奥に義光の知り合いの大岡が座った。向かいには彼女らしき女の子とメニューを見ながらキャッキャしている。

 おいおい、こっちの空気読めよ。と篤史は目で大岡に訴えた。

 部屋に入ってすぐの端に篤史は座り、もちろん横には義光が座っている。

 義光の隣には大岡の友達だと紹介された三人が座っていた。篤史と義光は初対面。特自生ではなく一般の学校の奴らしい。

 

 合コン初期段階特有のちょっとした距離感に篤史は居心地悪さを感じた。品定めするような目線が女性陣三人から刺さり、視界の端でクスクス笑っている。大岡の友達共は三人だけで三人だけが聞こえる音量で話している。


「やばくねー?めっちゃレベル高い!」


「ちょ、俺本気出すわ!」


「お前ら必死すぎてイテーよ」


 時々耳に届くその会話に篤史がげんなりしていると義光が肘で脇腹をつついてきた。

 めんどくさくて首だけ向ける。


「おいおい!やべーって、レベル高すぎでしょ!」


 義光...お前もか...。

 

 篤史のテンション心拍モニターが限り無く心停止に近づいていく。あぁ、お迎えが来ちゃう。パトラッシュ、俺、もう眠いんだ...。篤史はすーっと思考を止める。もう帰りたいなー。撮り溜めたアニメ見たいなーと思いを飛ばした。


「キモ...」


 義光のテンション心拍モニターが若干乱れた。篤史はお迎えと手を繋ぎふわーっと昇っていく。


 まだ大丈夫。これ位じゃ俺のハートはびくともしないぜ?いつになく強気な義光。勇敢にも疑問を投げる。


「何でいんの?」


 義光はストレート過ぎる速球を放った。バカ!最初は外角に外して様子を見ろと目で指示を出すが遅かった。


「あ?」


 強烈なピッチャーライナーが義光を強襲する。義光にもお迎えが来そうだ。


 ピッチャーライナーが直撃してお迎えを待っている義光に代わって篤史が聞いた。


「いや、何てゆーか...瀬谷がこういうとこに来るの何か...違和感があるというか...」


 義光のテンションをモニターごと破壊したのは裏門で篤史を浮遊霊かと思わせた瀬谷円だった。

 はぁ、とため息を吐き出し瀬谷円は沈痛な表情でこぼした。


「あたしは由香に誘われたの。あ、由香ってゆーのは大岡の向かいにいる子ね。大岡経由で知り合って、今日遊ぼうって言うから来てみたらこれよ。」


 そう言うと額に手を当て顔を伏せる。


「だからごめんってばー。別に騙したりとかそういうんじゃないよ?円を友達に紹介したくてさ、そしたらそれ翔太に聞かれちゃって...ほら、特自生で女の子ってなんかかっこいいし!ねぇ?」


 由香は小さく胸の前で手を合わせ、由香の連れてきた友達に目線を送る。


 由香の隣にいるお団子茶髪と茶髪パーマ、黒髪ショートがうんうんと頷く。

 瀬谷円は由香から視線を外しムーっとした顔をした。


「えっ!円ちゃん特自生なの?すげー!」


「やばい、かっこいいじゃんー!」


 大岡の友達、バカ三銃士が食いついてきた。公園で名前を聞いたが篤史の記憶からは抹消されていたので爽やか茶髪、クルクル茶髪、黒髪短髪と呼ぶことにした。もちろん心の中で。


 すると瀬谷円はニヤリとした顔をして篤史と義光をチラリと見た。


「この二人も特自生だけどね。」


 一瞬の間が生まれる。

 何これ?こいつ時を止める能力とか持ってるの?と篤史は心の緊急回避をする。

 何でこいつらが?みたいな視線が痛い。何て言おうかなーと篤史達が考えていると大岡が入ってきた。


「まぁ、こいつら中隊ん中じゃ結構有名だけどね。特にこいつらの小隊長なんて学内で知らない奴なんていないぞ?」


 大岡いいやつ!今度レーションのパイナップルあげちゃう!キラキラした目で篤史と義光は大岡を見つめた。

 へーそうなんだーと場が落ち着くと、由香はメニューを広げて何か頼もうと提案してきた。皆の意識がメニューに向く。瀬谷円も隣りの黒髪ショートとこれ美味しそーとはしゃいでいた。

 学内で見たことのない瀬谷円の表情を眺めていると目が合い舌打ちをされた。

 篤史がちょっと傷付いていると義光が突然耳元に焦った様子で近づいてくる。気持悪いのでグッと押すとめげずに耳打ちしてくきた。


「まずいぞ。瀬谷がいるからアイリーンが発動できない...」


 真剣な表情で真剣にくだらないことを真剣に悩んでいた。


「え?まだやる気だったの?もう瀬谷がいた時点で破綻してるだろ」


 とゆーか忘れてた。義光はハンドサインを確認してくるがもうどうでもよかった。帰ったら枕を濡らすんだ。きっとそれは必然なんだろう。




........





 特自生は環境が特殊なせいで学外に個人的な繋がりを持つ生徒は少ない。こちらが歩み寄っても相手が距離を置いてしまう。人によっては拒絶する。周りから見たら特自生たちは見た目は学生だが人を殺す訓練をしている異物。実際、月に一回殺し合いをしている。それを学外の一般学生はもちろん、大人だってそれを受け入れることは難しい。


 特自生達が学外に出るときは必ず制服から私服に着替える。制服を着ているとどうしても視線を集めてしまうし、私服でいれば自分達も一般学生として振る舞うができる。


 それぐらい学外で友達と呼べる繋がりを持つのは大変なことだ。しかし、大岡は大切に思える人ができて、その人も大岡を大切にしたいと思ってくれている。たかが高校生のカップルだが特自生からしたら特異だった。

 どうやって知り合ったのか、お互いにどういう思いがあるのかは篤史には検討もつかない。恐らく当人達にも本当に分かっているか怪しい。でも、メニューを選びながら笑っている二人を見るとそんな事は関係なく羨ましいと思った。


 瀬谷円もそういった意味で学外に同性の友達がいることはすごいことだ。

 学内では高学部の生徒小隊単位、その他の学年も全寮制であるため、生徒たちは兄弟同然だった。

 友達よりも濃い存在。親のような教官達。しかしそれでも生徒たちは友達を欲しがる。普通の、お喋りしたり買い物に行ったり。普通の当たり前の生活を無意識に憧れていた。


 篤史も以前は学外に友達がいた。アニメのコミュニティーで知り合い、メッセージのやり取りをしてある日オフ会に参加した。楽しい時間で気が大きくなってしまい特自生であることを話してしまったのだ。するとメッセージのやりとりはあるものの、オフ会など直接会うことはなくなった。

 その時気付いた。自分は普通じゃないんだと。義光はどうか知らないが学外の友達はもう作らないことにした。壊れる可能性があるなら、あんな思いをするぐらいならそんなものは最初からいらない。無くした時の辛さを知っているから。


 黒髪ショートと紅茶の飲み比べをして笑っている瀬谷円にもそういうことあったのかなと考えてみるが分かるわけがないのですぐに止めた。

 義光は隣のクルクル茶髪と何か話して笑っていた。こいつすげーなと感心してしまう。

 小さなステージでは大岡と黒髪短髪が歌いながら騒いでいる。それを見てお団子茶髪と茶髪パーマとクルクル茶髪が笑っていた。


 俺は何でここにいるんだ?サクセスストーリー?はしゃいでいた自分が少し恥ずかしくなる。

 あぁ、帰りたい。

 爽やか茶髪が話しかけきたが篤史は想笑いでやんわり流す。


 さて、いつ終わるんだと篤史はさり気なく時計を気にし始めた。


「何か予定でもあった?」


 大岡の彼女の由香が話しかけてきた。さり気なく見てたのがバレたのかと篤史は焦った。


「いにゃ、全然大丈夫だよ」


 全然大丈夫じゃなかった。思い切り噛んだ。

 由香はクスリと笑い篤史の隣に座る。


「こういうとこ苦手?」


 少し困ったような顔をして心配そうに聞いてくる。気使わせちゃったかなと篤史は反省し明るく振る舞う。


「いやぁ、学外の人達と遊ぶの慣れてなくてちょっと緊張してるんだよ。ありがとう。」


 そっかーと由香が安心したように笑った。

 しかし、すぐに目が伏せられた。

 あぁ、余計なこと言ったかな...と篤史は由香の反応を待つ。


 あのさぁ、と真剣な顔で言い辛そうに由香が口を開いた。まずったなと篤史は由香の言葉の続きに何てフォローを入れようか考える。


「新井君、学校での翔太のこと、何か知ってる?」


「...。え?」


 予想しない方からの話題に一瞬思考が止まる。


「いや、翔太って二人の時とかでも学校の話しないからちょっと気になってさー。」


 あははーと無理しながらあくまで明るく振る舞う由香。篤史は大岡が学校の話をしない理由が何となく分かる。でも、由香はそれに気付いていないのか、それとも気付いているから知りたいのか。


 好きな人の事を全て知りたいと思う気持ち。分からなくはないが、それはとても自己中心的な考えだと篤史は思った。

 誰しも他人に踏み込まれたくない自分だけの思いがあるはずだ。彼氏彼女なら尚更、そんな思いを打ち明けてせっかく繋いだものを自分のせいで切られてしまうのは辛い。それが自分ではどうしようもない現実なら。


 篤史は勝手に変なことは言えないなと思い、当たり障りない答えを提示してみる。


「あー学内じゃ俺も義光も他の中隊の奴らはよく知らんからなー。学科教練でもクラス違うし、今日はたまたま誘われただけだし。」


「んー、そっかー」


 篤史の提示に由香はしぶしぶ納得してくれた。由香が義光にも聞いてあいつが余計なことを話さないように予防線を張っておいた。


「まぁ、あいつも思うところがあるんじゃないの?」


 逃げるように話を終わらせると一瞬瀬谷円と視線が合った。ドキリとしたが何とか平静を装う。

 すると突然、さっきまではしゃいでいたお団子茶髪が篤史達に混ざってくる。


「ねぇねぇ、新井君達って銃とか撃った事あるんでしょ?」


 少し興奮気味のお団子茶髪はテーブルの反対側から篤史に体を乗り出して聞いてきた。

 うっ、と言葉に詰まる篤史。瀬谷円も横目でこっちを見ていた。それに気付いた黒髪ショートも何の話しかと耳を傾ける。由香はオロオロとしながら篤史とお団子茶髪を交互に見た。


「あー、あるよ。教練で...」


 まずい、どうしてもこの先の着地点はアレだ。篤史は少し引きつった笑顔で答えた。

 流れてくれ。そしてかっこいいで終わってくれ。そう心から願った。

 


 しかし、お団子茶髪は軽々と地雷を踏み抜く。





「人を撃ったことは?」





 言葉が出なかった。きっと深い意味なんてない。そう思ってもこの話題はダメすぎる。ましてや大岡も由香も瀬谷円もいるこの空間じゃ吹っ飛ぶのは俺だけじゃない。

 ステージから聞こえるキャーという笑い声も、部屋に流れるCMで聞いたことがある曲も篤史の耳には届いていなかった。


 地雷を踏んでいることに気付いていないお団子茶髪はさらに地雷を踏み続ける。


「あたしさー、今親と超仲悪くてさー。もう本当にムカついてんだー。ムカつき過ぎて殺したいぐらいなんよー。だから銃で人撃った時ってどうなのかなーって」


 由香はお団子茶髪に何て言ったらいいか必死で考えていた。黒髪ショートも篤史の答えに興味を示して待ち姿勢をとっている。瀬谷円は興味なさげに何かを諦めたようにスマホをいじり出した。


 どうする?正直に言うか?でも言ったところでとうなる?最悪な結果しか待ってないぞ...。


 答えを渋っている篤史にお団子茶髪は「ん?」ときょとんとした表情をした。

 あー、んー、と言葉を選んでいると、時間が経つにつれてますます何を言っても爆発しそうになる。


 大岡とは今日が初対面だが同じ特自生だし、彼女の由香の前だ。俺が言ったら必然的に大岡も同じことをしている事になって関係が崩れ兼ねない。義光は....別に良いか。


 ねぇねぇどんな感じなのーとお団子茶髪は空気を読まずにけしかける。


 きっとこいつに適当なことを言っても欲しい言葉以外を聞くまで納得しないだろう。大岡と瀬谷円には悪いが、下手に言うより本当のことを言って逃げるか。

 意を決して息を吸い、その苦い空気を吐き出そうとした時、篤史の背後からあっけらかんとした義光の声が降りてきた。


「人を撃った時かー?そうだなー、俺はあんまり射撃得意じゃないんだけど...」


 そう言うと、義光はコーラの入ったグラスを手に持った。

 こいつ何する気だと篤史は義光を横目で見た。

 義光は至っていつも通りの笑顔でそのまま思い切りグラスを持ったまま押し付けるように机に叩きつけた。


 自由落下で割れる乾いた音ではなく、ぐしゃり湿った音が鳴った。

 ステージ上の大岡達はそんな音には気付かず相変わらず騒いでいる。

 割れたグラスから氷とコーラが流れ出す。次第にその茶色にに赤が混ざり出す。

 義光の手からは、割れたグラスで切ったところから血が出ていた。


 呆然とする女性陣。瀬谷円もスマホ片手に固まっていた。篤史の思考も止まっていた。


 表情を変えずに義光は赤く染まった手のひらを見せて言う。


「そんな感じ。何も感じない。ただ割れたなーって思うだけ。そんで段々痛みが心に走ってきて、寝る時に目を瞑るとその映像が永遠リピートされる。でもそれもしばらくすると忘れちゃう。次の人のシーンがリピートされるしね。だけど、撃った弾に当たって倒れる人を見た記憶は頭の奥にあって、フラッシュバックするんだ。」


 その場にいた四人は何も言えず義光の話を聞く。


「手の傷は治るけど、人を撃った時の傷はずっと残る。命を奪った時は尚更ね。」


 ニカッと笑うと義光は血が出ていない手でカバンを掴む。


「ごめん、俺ら帰るわ。あんまし遅くなると明日の教練に響くし。うちの小隊長おっかねーんだわ」


 おら行くぞと篤史の背中をカバンで押す。はっと篤史の思考回路に電気が流れる。

 

 「お、おう...」


 篤史もカバンを手に持つと立ち上がった。

 義光がステージの大岡達に向かって何か言葉をかけ、手を振って篤史と部屋を出ようとする。

 あっ、と立ち止まり義光が振り返る。


「おい瀬谷、お前も早く来いよ?」


 スマホをいじっていた瀬谷円は[えっ]と顔を上げた。少し考えた表情をしてから由香達に別れを告げ支度して義光達の後を追った。


 篤史達は部屋を出てるとそのまま店から出た。

 義光の手からはまだ血がしたり落ちていた。

 

 三人は繁華街を学校の方へ歩く。

 通りの雑踏は地面に落ちた義光の血に気付くことなく踏みつける。

 篤史も瀬谷円も何を言ったらいいか分からなかった。

 


 大丈夫?何が?

 痛くない?どこが?

 


 大丈夫?


 何で?




 篤史と瀬谷円は無言のまま少し歩くと義光があーっと息を吐く。


「しかし、とんでもない奴もいるなー。特自生に向かって人撃ったことあるかだってさ。あるに決まってるじゃんな。あれが普通の感想なのかな?」


 義光は質問とも独り言ともとれる言葉を口から落とした。


「普通の学校があんなんばっかなら、俺は特自生で良かったわ」


 あははと笑っている義光の手には拳が握られていた。


「バカだよ」


 耐えきれず瀬谷円が言う。


「バカだな」


 篤史も同感だった。


「えぇ?何でさ?」


 本気でショックを受けた義光は悲しそうな表情で二人に向き直る。


 「でも、良いバカだ」


 瀬谷円の心からの笑顔を二人は初めて見た気がした。


 少し照れた表情でだろう?と言うと、義光は機嫌を直し、また歩き出す。

 篤史と瀬谷円は義光と並び、人が入り乱れる繁華街を抜けていく。義光が落とした血の跡には相変わらず三人しか気付いていない。



......



 まだ時間があるので食べそびれた飯でも食べようと誘ったのは瀬谷円だった。

 人混みの多い繁華街をプラプラしながら適当な飯屋を探す。

 義光の手の血は瀬谷円がハンカチを使って止血した。感動して洗って返すと言う義光に、彼女は汚いからいらないとエッジの聞いた言葉のナンバーを返す。

 しゅんとしていた義光が何かを見つけたようで、突然二人を引っ張り通りの影に隠れた。


 引っ張られたときにシャツで首が締まり篤史はぐぅと声を出した。

 首をさすりながら篤史は義光を睨む。


「何だよお前は?」


「触んな...」


 突然腕を引っ張られた瀬谷円は先の尖った鋭い刃物のような目で義光を睨んだ。篤史までそのゾクッとしてしまった。怖い。


「あ、ごめん...いやそうじゃなくて、[シープ]がいる」


 二人がピクッと反応した。



 [シープ]。高田養成学校第二中隊担当の[厚木舞]のあだ名だ。


 三人は通りの影に隠れ、ラーメン屋から出てくる厚木を確認した。


「一人か?」


「うそーん。女が一人でラーメン屋?切なすぎね?」


 篤史と義光がワクワクしながら眺める。


「それはないんじゃない?厚木教官て結構人気あるし、彼氏とかと一緒なんじゃない?でも...本当に一人だったら...悲しい...」


 瀬谷円ってこんな奴だったか?と篤史が疑問に思っていると義光がバンバン叩いてくる。イテーよ。


「誰かに話しかけてるぞ!あ、出てくる!」


 ほぅ、と瀬谷円が息を漏らし安心した表情をする。

 なんだそれ?と篤史達が見つめる。それに気付いた瀬谷円はんんっと咳払いして厚木の方を指差す。


 厚木に続いて店から出てきたのは第一中隊、篤史達三人の中隊を担当する戸塚秀平だった。


「パイドパイパーかよ!」


 篤史が興奮した声を出す。


「マジかよ!職場恋愛かー羨ましい!」


 義光も鼻を鳴らして二人を見る。


 厚木達は並んで駅の方へ向かって雑踏の中に消えていく。それを見送ると三人もまた飯屋を探し始めた。


 金もそんなに持っていなかったのでファミレスに入って腹を膨らませた。色々あった今日のことを思い出し、周りの普通の高校生に混じりどの子が良かったかとか談笑していた。


 一通り落ち着くと、やはりさっきの戸塚と厚木の事が話題に挙がる。


「戸塚教官ていくつだっけ?二十才?」


 篤史が義光ではなく瀬谷円に聞いた。どうせ義光は知らないだろう。


「確か十九才じゃなかった?私らの二つ上かな?」


「何だーそんなに歳変わんないじゃん」


 義光に聞かなくて正解だった。

 三人はあの二人の関係を色々想像しながらドリンクバーで粘っていると篤史がふと何か考え付いたようだった。


「あの二人って元特自だろ?」


「うん、確か戸塚教官は陸部で厚木教官は特殊部隊だったって聞いたことある。」


 瀬谷円が頬杖を突きながらオレンジジュースの入ったグラスをカラカラとストローでかき回す。義光はお代わりを取りに行っていた。


「戸塚教官は左腕負傷、厚木教官は目を負傷して教官の道か...」

 

 篤史はコーヒーを一口飲んで椅子にもたれ掛かる。


「二人とも作戦行動中だって。知ってた?厚木教官の右目義眼なんだよ?」


「えぇ!そうなの?それなのに射撃が俺より精度高いって...」

 

 コーラを持って来た義光が席に座り机に突っ伏した。自覚あるんなら補習出とけよと篤史は目で語る。瀬谷円は呆れていた。


 良い時間になり会計を済ませ店を出た。

 生暖かい風が僅かに通り抜ける。肌に絡み付く湿気がうっとおしい。

 繁華街を抜け、住宅街へ差し掛かる。

 

「なぁ、あの二人は自分の生きてる証明ってどうしてるのかな?」


 篤史が二人に問いかける。


「ん?どゆこと?」


 義光は小首を傾げ、瀬谷円は遠くを見た。


「特自生も特自の連中も大体は戦って、殺そうとしてくる奴を殺して生き残ることでしょ?あの二人はもう現場に出てくることはない訳だ?」


 あー、と義光は声を漏らし、考え込んでしまった。瀬谷円は遠くを見ながら少し顔を上げる。


「証明方法が変わったんでしょ。戦って生き残るだけが証明方法じゃないもん。」


 篤史と義光は凛とした瀬谷円を見つめた。


「何かのきっかけで自分が拠り所にしていたものを失ったけど、それでも自分を見失いたくない一心で別の生きる意義を見つけたんじゃない?他に守りたいものができたとか。」


 篤史が聞き入っていると、義光も遠くを見るような目をした。


「それ、何となく分かるよ。俺実技ダメじゃん?だから戦って生きる証明してると多分結構早い多段階で死ぬと思うんだよね。だからさ、卒業したら特自には進まない。」


 は?と今度は篤史と瀬谷円が義光を見る。


「逃げてるって思うかも知れないけど、俺は自分の方法で自分を証明してやりたいんだ。」


「特自に進まないで具体的にどうするの?」


 瀬谷円が目をぱちくりさせた。


「特自学校に記録部があるじゃん?卒業したらそこに行きたいんだよね。」


「記録部って生徒のデータとか、戦闘データとかを管理するとこだよな?」


 手を口に当てながら篤史がうむーと唸る。


「そう。どこで、誰が、いつ、どうやって戦ったのか。....どうして死んだのか。そういうのを記録して、後輩達が生きているってゆー証拠を残してやりたいんだよ。生きてたんだよ、死んでも忘れないぞって、俺だけでも覚えていてやりたい。見せてやりたいんだよね。」


 篤史は義光がそんなこと考えていたなんて驚きを通り越してバカなんじゃないかと思えてきた。

 義光はいつもの脳天気な顔で二人を見た。


「お前等はどうすんの?」


「あたしは別に...。とりあえず卒業したら特自に入るかな」


 瀬谷円はぼーっと空を見る。

 繁華街から離れ住宅街を抜けて学校の敷地に入った。


 篤史は?と二人の視線が刺さった。いてーよ。


「俺も...とりあえず特自入るかな。特自本部は陸部以外にも空部と海部もあるからどれに進むかはまだわからん。でも俺らが選べる数少ない選択肢なんだから、俺は選びたいな」


 三人はそれきり会話も無く。何かを考えているような誰にも邪魔できない空気が流れる。

 その空気が篤史には不思議と心地良かった。


 全員が一つの思いを心に刻んだ。

 いつか義光も、瀬谷円も、自分の生きている意味を証明し続け、存在意義を見付けることができるだろうかと篤史は思いを馳せた。

 


 学校の敷地内は光が少ないので夜空には星がはっきりと見えた。

 学校の外は明るすぎる。

 そこにあるはずの星を見えなくしてしまう。

 


 人は闇を恐れ、火を使い、夜を照らした。

 照らされた星達は、誰もが気付いているのに気付かないふりをされても、その命がつきるまで諦めずに光を送る。

 気が遠くなるような距離を飛び越え、自分以外の誰かに気付いて欲しくて。





 篤史は星を見ながら呟いた。





 「それまで、死にたくないな」


 



 二人の無言は答えだった。

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