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存在証明証  作者: mana
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それぞれの世界

 2045年。

 少子高齢化が進み、労働者の減少に政府は頭を抱えた。このような事態に陥ったのにはいくつか理由がある。


 まず、医学の進歩により平均寿命が大幅に伸び、病の特効薬は生まれなかったが身体を誤魔化す医療は進んだ。これにより、生きたまま死んでいる[虚空患者]が増えてしまった。そして労働者の減少に伴い、企業は労働力確保のためあの手この手で人員を取り合う。

 楽して金が稼げて、好きな時に仕事をして、以前の結婚して子供を持つ幸せという形は少しずつ壊れていった。


 これにより、高齢化が進み、労働者が減った。


 この状況を重くみた政府は、子供を増やそうと政策を打った。それが二つ目の理由。


[少子奨励金]


 子供を一人産むとその家族に百万円が支払われ、二人目以降は二十万円ずつ。端的に言えば子供を作れば作るほどその家族には金が入る。この政策は、以前から一部自治体で取り入れられていたが全国区にしたところある問題が起きた。

 楽な仕事で金を稼ぎ、過去の幸せを真似た家族ごっこをして子供を作る。


 結果的には子供が増えた。が、同時に孤児など両親に捨てられた子供が溢れてしまったのだ。


 これに対し政府はもう後には引けず、破綻している政策はそのままに、真綿で首を絞めていく。


 そして、その子供たちをまとめて管理するためにある施設を作った。


 それが[特殊自衛隊養成学校]。


 政府はその当時、自国の軍隊を持たないという規定を捨て、自衛という名目で[特殊自衛隊]を組織した。


 特殊自衛隊は陸海空の三部編成。以前の警察庁特殊急襲部隊SATの大規模型であり、尚且つ自衛ということが前提にある。元々の自衛隊は災害支援に特化。自国に害があると思われた場合は特自が対応に向かう。作戦範囲は国内外問わなかった。


 この国は軍隊を持った。これは世界各国の反響は大きく、輸出入の停止、経済凍結などありとあらゆる制裁を下すも政府は閉じこもるように、鎖国する事によって外界から自らを遮断した。


 では、どうやって兵器の調達や組織の莫大な維持費を得るのか。それは自衛と称し各国の戦争を請負うことで資金を工面した。

 もはや正常な判断ができる大人はいなかったのだ。


 特殊自衛隊養成学校から卒業するとエスカレーター式に特殊自衛隊に入隊して陸海空に分かれる。


 毎年約30人。


 特殊自衛隊養成学校は二校。

『高田養成学校』『関根養成学校』


 両校は狂った大人の狂った世界の箱庭で、その短い命を削りあう。


 両校の基礎的なカリキュラムは国で決められていた。

 また、入学時に誓約書を書かせる。[生死を問わず全権を学校に委任する]。無理やり入学させられる子供は親が、その親がいない子供は自分で。

 各学校は全寮制である。それぞれ女子寮と男子寮、中学部三年からは高学部と小隊を編成し男女混合で暮らすことが義務づけられているた。

 寮内での部屋は小隊ごとに割り当てられる。

 部屋割りはあるが、小学部から高学部まで全校生徒が一緒に暮らす。



 小学部は通常学科カリキュラム。中学部からは通常学科カリキュラムの他に偵察兵科、突撃兵科、工兵科、援護兵科、衛生兵科、将校科の規範講義と演習を行い、三年時から高学部と一緒に小隊を組む。

 高学部は各兵科で実技教練、学科教練を行なう。

 そして、中学部三年と小隊を組み毎月一回、校外教練によって両校の成果を見せ合う。

 校外教練、実弾を使った実戦。教練という名の殺し合い。これらを生き抜いた者は特自に入隊する。養成学校といってもただのふるいだ。弱いものは消え、強いものは居場所を求める。






「と、まぁひとまず今日はこのくらいにしよう」


 プロジェクターから投影された映像を停止させ、部屋の明かりをリモコンで点けた。


 教壇に立つ[戸塚秀平]十九歳。

 高田養成学校を卒業後、特自入隊後の最初の任務で左腕を失った。それからは母校で教官として職に就いている。


 今年から校外教練が始まる高田養成学校の中学部三年の生徒に笑って言う。


「まぁあれだ、人間いつ死ぬかわからんてことだ。俺らにはいくらでも代わりがいる。俺らが俺らとしてが生きるには死なないこと。死にたくなかったら殺そうとする奴を殺す。実にシンプルだろう?今頃、どこかで君らの先輩が死んでるよ。でも仕方ない。俺らはそういう運命なんだ。だから、死なないように頑張れ!」


 戸塚の声音とは対称的に、生徒達からの反応は無く皆無表情だった。

 ちょっとはリアクションしろよーと戸塚が声をかけるも、この子たちは小学部から何百回と聞かされている話だ。中学部三年にもなるともう誰も疑問に思わない。


[何故]

[何で俺たちが]


 そんな疑問はとうにない。


 疑問に思っても無駄なんだ。


 全員知ってる。


 死ななきゃいい。だから自分を殺そうとする敵は殺す。


 それだけ。



 表情から伝わる思いを戸塚は満足そうに眺める。

ふっと視線をカーテンが開けられた窓の外に移す。雲一つない真っ青な空を眺め、どこか懐かしそうに目を細めた。


 ふぅと戸塚は息を吐き、子供達に向き直る。


「選ぶのは自分だ。選ばされているが、その中から数少ない選択肢を選び決めろ。この学校は周りの学校とは違う。それは痛いほど君ら自身思い知っているだろう。」


 真剣な表情で、心の底から絞り出される言葉はどこか自分に言い聞かせるようだった。


「俺らは周りの人間とは違う。あいつらとは生きている理由が違いすぎる。だがそれを引け目に思うことはない。自分で自分をどうやって認めるか。選んで決めろ。」


 雲が太陽を遮り、教室が少し暗くなる。




 人は多くの選択を強いられる。そして選んだ物が正解だったのかと自問し、後悔する事も少なくない。

 数限りなくある選ばなかった選択は果たして本当にそれでよかったんだろうか。

 人生においてもしかしたらということはない。全ては選んだ結果。自分の責任。だから自分が選び、選択した物は正解なのだ。

 どんな結果であれ、周りに何と言われようと。


「俺が選んだ結果はこれだ」


 戸塚は左肩を掴む。そこから腕が通っているはずの服の袖がぷらりと垂れ下がっている。


「後悔も、悲しみも、悔しさもない。自分が決めた行動の結果だ。受け入れるしかない。」


 そう言うと戸塚は微笑み、子供達を眺めた。


 教室のスピーカーからジーと言うノイズが入った。チャイムがなる前の合図だ。


「じゃあ今日はここまで。明日は0930時から小隊編成の発表がある。寮室の移動があるからそれまでに荷物をまとめておけ。以上、解散。」


 

 チャイムが校内に鳴り響き、戸塚は教室を出て廊下を歩いていく。各教室が生徒達を吐き出す。

 楽しそうに友達とはしゃぐ生徒達。ついこの間までは自分もそうだったなと思うと、何故か無性に悲しくなった。

 あぁ、この子供達の何人が無事に卒業できるんだろうか。そう思うと虚しくなる。自分にできることは少しでも長く、あの子達を生かしてやることだと思っている。


 だから戸塚は現実を突きつける。それが自分のできる自分の存在証明だと思っているからだ。


 さっきのが今日の教練最後のLHRだったので、制服を着た生徒達が校庭へ出ている。前日の実技教練があったため早めに教練が終わり、寮へ帰る者、着替えて外へ遊びに行く者。それぞれが各々の時間を過ごしている。


「嫌な役回りだ。俺が説明しなくても、あいつらはもう知ってるのに。選べとか...そもそも選べる選択肢がエグすぎる...」


 わかったようなことを言っても、まだ自分も全てを受け入れることはできていなかったのだ。

 階段を上がる戸塚は左肩をグッと抑え、教務室へと向かった。


 明日は小隊編成の発表だ。下手をしたらその子の人生が決まってしまう。一人ではなく小隊のメンバーの人生もだ。

 その割り振りを考えなくてはならない。頭が痛い仕事。


 教務室の扉を開け、中に入り自分の机に座ると、PCを立ち上げ資料を眺めた。

 戸塚が受け持つのは第一中隊。予め中隊ごとに割り振られた中学部三年のデータを適性兵科ごとに分け、小隊の欠員兵科に補充していく。


 選べとはよく言ったものだ。強制的に選ばされてるじゃないか。勝手に決められた挙げ句、自分で選べか。それで選んだ結果は自分で責任を持てと。


「全く、嫌な仕事だな...」


 思わず言葉に出てしまった。


「ほんとですよねー。残業代出ないし、何てゆーか毎年この時期は頭が痛くなりますよ。」


 戸塚の独り言に答えたのは第二中隊を受け持つ[厚木舞]だった。


「え?あ、あぁ、そうですねぇ。毎年というか校外教練が終わる度に再編成ですもん。小隊構成とか考えるの大変ですよ。欠員も必ず補充できる訳じゃないですし。」


 厚木は両手に持ったコーヒーの一つを戸塚に差し出す。どうもと戸塚はコーヒーを受け取ると一口すする。


「兵科の補充だけじゃなくて性別や性格の適性もですもん。やりきれません。子供達の命がかかってると思うと...ね。」


 苦笑した厚木は戸塚の隣のデスクに座り、PCと資料を交互に見ていた。


 厚木舞。24歳。高田養成学校教官、第一大隊第二中隊担当。元特殊自衛隊陸部強襲部隊。作戦行動中右目を負傷。現場復帰は厳しいと判断され教官の道を勧められた。


 小柄で黒い髪を後ろで一つに結んでいる。しなやかな身体に白いシャツ。黒いパンツスーツを履き、とても銃器を扱うような女性には見えない。

 戸塚は戦闘行動規範、生活指導が主だが厚木は実技を担当していた。


 厚木は生徒からは〔シープ〕というあだ名で呼ばれている。きつい教練で一日中しごかれ、疲れて寝たいのに眠れない。羊を数えても無意味だと言う由来らしい。

 ちょっとどうかと思うが...もう戸塚には学生の考えるこの手のことはよくわからなかった。そういえば俺にはなんかないのかと思ったが、ろくなもんじゃないだろうと考えるのを止めた。


 右手だけで器用にキーボードを叩きながら隣の厚木に話し掛ける。


「あー、そういや今度の校外教練のこと何か聞いてます?」


 コーヒーをすすりながらPCのキーボードをパタパタと叩く厚木は目線を変えず答えた。


「んやー聞いてないなー。前回は敵状偵察だったから戦闘は小規模だったけど、今回はどうだろうねー。編成直後だからあんまり激しいのはないと思うけど、上の考えてることはわかんないな。」


「そうですよね。関根側も今頃中学部加入の小隊編成してるし、いきなり大規模戦闘はないと思いますけど...」


 PCの画面から目を離さずコーヒーカップに手を伸す。口に運んでから中身がないことに気付いた。


「おかわりいります?」


「お願ーい」


 すっかりと日が落ち、教務室には戸塚と厚木だけだった。

 砂糖なし、粉ミルクをスプーン二杯。厚木の好みだ。コーヒーを入れ、デスクまでトレイを使って持って行く。どもーと厚木はコーヒーを受け取ると口を付けアチッと小さくこぼす。


 パタパタとキーボードを叩く音、たまにコーヒーをすする音。至って静かな時間。


 しばらくするとふぅと椅子を軋ませ伸びをする厚木。


「こっちは終わったけど、そっちはどう?」


「あーもう終わります。厚木教官は先に上がってください。お疲れ様です。」


「えー、もう終わるんなら一緒に帰ろうよーそれにご飯行かない?」


 突然のお誘いに戸塚は困惑した。


「はぁ、わかりました。それじゃあもうちょっと待っててください。」


「んー。了解ー」


 厚木はPCの電源を落とし、帰り支度をして戸塚を待った。


 少しして最後の一人を小隊にねじ込み、翌日の準備を終えた。


 戸塚もPCの電源を落とし支度をする。


「お待たせしました。行きましょうか。」


「ラーメン食べたい!」


 もうメニューは決まっているようだった。教務室の電気を落とし真っ暗な廊下を教官用昇降口まで歩く。

 途中の廊下の窓から学生寮が見えた。まだ時間も遅くないので寮からは明かりがちらほら漏れている。


「俺があいつらにしてやれることって何なんですかね...」


 思わず声に出てしまった。

あっ、と気付いた時には厚木の耳に届いていた。


「戸塚君は何をしたいの?」


 戸塚を少し見上げるように厚木が聞き返す。


「あ、いや...何でもないです。忘れてください。」


 声に出してしまったことにもそうだが、厚木の質問に自分は答えることができなかった。

 俺は何ができるんだ?何をしてこれたんだ?そう考えてしまうと自分の存在意義が揺らぐ。


「そう?まぁいいんならいいけど。私らはさ、行ってらっしゃいとお帰りなさいを言ってあげればそれでいいんだと思うよ。誰かが自分を待っていてくれる、帰れる場所があるってことはそれだけで希望になるんだ。」


 凛とした表情で前をしっかりと見る厚木の言葉は静かで、暖かい。


「希望...ですか。俺のしていることはその希望を奪っているように感じます。」


 現実を突き付け、大人の自分勝手に振り回され望んで生まれたわけではないのに蔑まれ、自分のことは自分で決めろと丸投げ。

 少し前、高学部の頃戸塚も同じようなことを言われた。その時の自分の気持ちを思い出すとそうとしか思えなかった。


「でもさ、現実って自分が思うよりずっと厳しいんだよ。戸塚君も知ってるでしょ?それを、知ってる人間は強いよ。ハートがね。」


 えへっとした顔を戸塚に向けたがすぐに逸らしスタスタと歩いていく。

 暗い廊下に残された戸塚はその小さな背中を見つめることしかできなかった。

 納得はできないが、そういう考えもあるかと少し自分を肯定できた気がする。


「戸塚君早く!お腹減った!」


「あ、はい。すいません...」


 小走りで厚木の所まで行くと、えへへーと厚木は照れた顔をする。ほんとに24歳なのかと思うぐらいの幼い表情。でも何だか頼れるお姉さんのようにも感じた。


 明日は小隊編成の発表。他人の手で自分の人生を決められてしまう理不尽をあいつらはどう受け止めるんだろうと思ったが、また立ち止まってしまいそうで考えるのを止めた。


 靴を履き替え、昇降口を出ると初夏の蒸し暑い空気が身体に纏わりつく。


 夜空を見上げると星達の中に月がぽっかり浮かんでいた。

 このジメっとした空気とは無縁の所にあるそれは、ただただそこにあって等しく皆を照らしている。


 次の満月もその次も、あいつらに見せてやりたいと戸塚は強く思った。


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