第2話 「もふもふ」は世界の宝です
「……もふもふぅぅぅぅ……ふわふわぁぁぁ……」
アルバートが呆れる中。
深愛はまっ色なふわっふわの猫の毛に顔を突っ込んでいた。
「うーん……アロマの香りぃぃ……」
「気に入っていただけましたか?
今日はローズの香りに致しました」
真っ白い毛並みの猫が、自慢げに深愛へと話した。
「うん。すっっっごく気に入りましたぁぁぁ」
すっかり寛いだ様子の深愛。
この時ばかりは――専売特許の「ネガティブさ」は影も形もない。
至福の時を満喫中――だ。
「……まったく……」
アルバートは頭を抱えている。
深愛にとってそんなことは知ったことではない。
「でも今日でこの「もふもふ」ともお別れなんだよねぇぇ」
深愛がそんなことを呟いた。
約束の「魔王」を演じきったのだ。
そして約束の「勇者との対決」も、無血でやりきったのだ。
これで大手を振って、故郷に錦――いや。自分の世界へ戻れるのだ。
「深愛様……そのことなのですが……」
寂しそうに猫との最後のひと時を過ごす深愛を――アルバートがどん底に突き落とす一言を吐いた。
◆◆◆
「だぁ――――はっはっはっはっはっ!!!!! にゃ……にゃ王って……っ」
腹を抱えて涙を流して大笑いする、全身「毛玉男」(深愛命名)のデューを蹴り倒し。
床に倒れたデューの腹毛に顔を摺り寄せる深愛。
「……こっちはラベンダーの香り……」
香りはいい。ラベンダーの香りも大好きだ。
「デューは放っておくと、何日もお風呂に入りませんからね。
最近は強制的に湯船につっこんで、洗うようにしております。
安心して「もふもふ」してくださいませ、ミア様」
「……うん」
真っ白の猫が――得意げに深愛に話した。
が、先ほどとは違い――ひどく落ち込んだ様子で、デューの腹の毛に顔を突っ込んでいる深愛。
アルバートの一言が相当響いていた。
◆◆◆
「責任をとっていただきます」
「はぁぁっ!? 」
「当たり前です。誰が「人との共存」を言えといいましたか?
「勇者と対決」して欲しいとはお願いいたしました。確かに戦わずして退けることが出来ればなおいいと。
平和な解決もいいでしょう……ですが「人との共存」は、我々「アイコーン」一族にとっては前代未聞の出来事ですよ。「にゃ王」様」
「だってあれはあなたが……」
「一言も言っておりませんよ……「人との共存」を望んでいるなどとは……」
いつもの冷静な口調で――無表情さも崩すことなく――アルバートは深愛に言った。
深愛は超高速で頭の中で――アルバートの打ち合わせ場面を何度も何度も反芻する。
そして――確かに。
アルバートは「人との平和的解決」と口にはしても、一言も「人との共存を望む」とは口にはしていないのだ。
深愛は「平和的解決」を「人との共存」と思い込んでいたに過ぎなかった。
失敗だった――失言だった。
そう。そうなんだ。言ってしまったのだ「にゃ王」と――。「にゃ王」――と。
「……どうしよう……これからどうやって生きていこう……」
「「この世界」で「ソフィア」様として生きていくしか手はないでしょうね……」
深愛の呟きを聞き逃さず――失神するデューの腹毛に顔を埋めていた深愛に、アルバートが冷酷に言い放った。
「いやぁぁぁぁぁっ!!! 」
深愛の悲鳴のような声が部屋に響き渡る。
その声でデューが――目を覚ました。「な……なんだっ!? 」
「……嫌でも無理です。「にゃ王」様」
「次に「にゃ王」と言ったら……殺すっ!! 」
「やれるものならどうぞ……」
最近は、深愛もアルバートに物騒な暴言を吐けるようにはなったのだ。
それを真っ白な猫は満足げに見つめていた。
「素直になられたことは良いことですわ」
「それマジで言ってんのか……ミタリー? 」
真っ白な猫――ミタリーは責めるような視線をデューに向けた。
「大マジです。何か文句でもおアリですか、デュー? 」
「いや……ねぇけどさ」
険悪なムードの深愛とアルバートを見つめながら――デューは嘆息していた。