↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

すべてお兄様の言う通りに

掲載日:2026/10/23

 お兄様には不思議な力がある。これから起こることも、すべてお兄様が教えてくれた。今日、出席したパーティーで起こったこともそうだ。


 婚約者であるゼフェル・イベルード王太子殿下の誕生日パーティーで、婚約破棄を言い渡されたら、「こう返しなさい」と教えられた台詞を、私はそのまま口にした。


「もう一度、おっしゃっていただけますか?」


 目の前にいるゼフェル殿下は、私ことフォートレル公爵家のフレデリカを見据えながら、フンっと鼻で笑った。


(その反応も、お兄様から聞いていたから気にならないけれど)


 ゼフェル殿下に寄り添っている、金髪の少女、マリエル・クレマン男爵令嬢が小馬鹿にした顔を向けたのには癪に障った。けれどお兄様は、「どんな反応を二人が見せても、僕の言う通りにするんだよ」というのだから、私はそれに従うだけである。


(だってお兄様の力は本物なんだもの)


 それを今から証明できるのかと思うと、私の方が楽しくて仕方がなかった。


 一週間前。お兄様は私に、こうおっしゃった。


『フレデリカ。とうとうこの日が来た。ゼフェル殿下はご自身の誕生日パーティーで、フレデリカとの婚約を破棄すると宣言するだろう。だからフレデリカを迎えに行くことも、エスコートもしない。でも怒ってはいけないよ。ゼフェル殿下は、そんなフレデリカを見たいんだから、絶対に見せてやることはない。いいね』

『勿論ですわ、お兄様。それで、エスコートはお兄様がしてくださいますのよね?』

『あぁ。可愛いフレデリカを一人で入場させるつもりはないよ』

 

 お陰で私は、周りに不思議がられずに、パーティー会場に入ったのだ。なにせゼフェル殿下が私をエスコートしないことは、日常茶飯事だったからだ。代わりにマリエル嬢をエスコートしては、私を無視し続ける。


 ゼフェル殿下と私は、出会った時から、すでにこのような状態だった。


(いずれ私を捨てる人間と、わざわざ仲良くする必要なんかないもの)


 パーティー会場の人々の視線が、再びゼフェル殿下へと向けられる。そしてお兄様が教えてくれた通りの言葉を口にした。


「いいだろう。俺は真実の愛を見つけたのだ。これ以上、そなたと婚約をし続けるのは苦痛でしかない」


(あら、偶然ですわね。私もずっと苦痛でしたの。お兄様以外の方と婚約していること自体が)


「故に婚約を破棄し、ここにいるマリエル・クレマン男爵令嬢を婚約者とする。不満があるのなら、言ってみろ。俺は寛大だからな」

「不満はございません」


 ゼフェル殿下は得意げに言うが、あるはずがない。


(だってお兄様が教えてくださったことだもの。やはりお兄様は間違っていなかったんだわ)


 真顔で答えたつもりだったが、口角が上がっていたのだろう。ゼフェル殿下が鋭い視線を向けてきた。


「なんだその態度は。少しでも弁明があるのならば、側妃にしてやろうと思っていたが、気が変わった」

「まぁ、私を側妃にしようとしたのですか?」


 信じられない、とばかりに口元に手を当て、怯んで見せた。すると私が臆したと思ったのか、ゼフェル殿下がニヤリと笑う。逆に私の手で隠れている口元も、同じ形になっているとは、相手も思っていないのだろう。


 パーティー会場の者たちだけが、私たちのやり取りをハラハラしながら見ていた。


「父上も母上も、この婚約破棄に反対していたのでな。破棄できないのであれば、しかたがあるまい。だが、正妃の座はマリエルのものだ」

「っ! 嬉しいです、ゼフェル様ぁ~」


 マリエルは甘えるように、ゼフェル殿下に抱きつく。それを羨ましいとは思わないけれど、マリエル嬢のオーバーリアクションにはイラッとした。けれどお兄様の言う通り、ここで怒るのは得策ではない。


(どこかでお兄様が見ているはずだもの。ちゃんとやり遂げて見せないと)


 お兄様を失望させたくない。そんなグッと堪える仕草を、ゼフェル殿下は別の意味に捉えたようだった。


「今更、後悔しても遅い!」

「後悔などしていませんわ。婚約者の座も、正妃の座も、私はほしくありませんから。当然、側妃の件も、お断りさせていただきます」

「なんだと。人が下手に出れば、調子に乗りおって」


 どの辺が? と思ったが、これ以上この茶番を長引かせておきたくなかった。


(私だって、マリエル嬢のように、お兄様のところへ早く行きたいんだもの。だけどここで最後の台詞を言わないと、お兄様の元へは行けない)


 私は舞台俳優さながらに、両手で顔を覆い、先ほどのマリエル嬢さながらなオーバーリアクションで言い放った。


「酷いですわ。私はただゼフェル殿下の意向に従ったまでのこと。未練がない方が、お二人にとっても良いことだと思っただけなのに……そのように受け取られるなんて」

「な、何を言っている。俺は酷いことなど言ってないだろう」


 こんな公衆の面前で婚約破棄を言い、私に恥をかかせているだけでも、十分に酷いことをしていると思うのだが、どうやら自覚がないらしい。


(婚約破棄されて、本当に良かったわ)


 けれどパーティー会場にいる貴族たちの反応は、私の気持ちとは違い、世間一般の考えと同じだった。あちらこちらで、ゼフェル殿下とマリエル嬢へ非難する言葉が聞こえてくる。


 当然だ。真実の愛というふざけた理由で、婚約破棄をしようとしているのだ。王太子として考えが浅はか過ぎて、逆にご自分の醜態を晒したようなものである。


 私は逆に、お兄様からのアドバイスで、怒ることも、醜態をさらすこともなく。ただ王太子の我が儘を聞いた可哀想な婚約者、という立ち位置に見えるだろう。私は一度も、ゼフェル殿下とマリエル嬢に不平不満を言っていないのだ。ただ受け入れただけで。


(マリエル嬢と二人の世界に入って酔いしれているゼフェル殿下は、まったく気づいていないようだけど)


 むしろ好都合とばかりに、私は敗北した者だと分かるよう、顔を覆ったまま、その場を走り去った。



 ***



 会場を抜けて、建物の外へと出る。さすがに中にいると、人目が気になるというか、一人になりたい場所は、だいたい相場が決まっているのだ。


 緑に囲まれた庭園。王太子の誕生日パーティーを開ける会場の庭園は、王城並みに広く、花々の甘い匂いが漂っていた。

 日中なら、日の光を浴びた葉の緑と、色とりどりの花が出迎えてくれたことだろう。けれど今は夜。庭園の美しさは半減されていた。


「フレデリカ」


 噴水の近くに来た時だった。後ろから、聞き覚えのある声に名を呼ばれた。すぐに振り返ると、そこにいたのは、スラっと伸びた長身の男性が立っていた。


 夜の暗さよりも黒い髪に、星を思わせるような金色の瞳。間違いない。


「お兄様っ!」


 私は走って乱れた銀髪と薄紫色のドレスも直さずに、お兄様の元へ駆け寄った。両手を前に出すと、お兄様も両手を広げて迎え入れてくれる。

 もうそれだけで、さっきまでの憂鬱が消えるようだった。


「どうでしたか? 私、上手くやれていまして?」

「まずはお疲れ様。嫌な場面にわざわざ立ち会わせてしまって、すまなかったね」

「そんなの構いませんわ。すぐに褒めてくださらない、ということは、失敗でしたの?」


 不安げに見上げると、お兄様は「そういうわけじゃないよ」と優しく頭を撫でてくれた。その手つきで、髪が乱れていたことに気がついたが、今はそれどころではない。

 では何が? と首を横に傾けた。


「まぁ、僕が考えていたシナリオ通りではなかったけど、フレデリカが側妃になったり、追放されたり……最悪なエンディングにならなかったんだ。それだけでも良かった、と思っただけだよ」

「ですが、お兄様の……その、シナリオ? 通りではなかったのでしょう?」


 時々お兄様は、まるで脚本家のような表現をすることがある。なんでもお兄様は、ご自分が書いた小説の登場人物にテンセイしたのだそうだ。

 主人公は残念ながら、先ほどパーティー会場で、ゼフェル殿下の腕の中にいた、マリエル・クレマン男爵令嬢。私は彼女に婚約者を奪われただけでなく、人生さえも滅茶苦茶にされる。いわば、マリエル嬢が幸せになるための悪役令嬢なのだという。


 そんな理不尽な運命を、お兄様はまだ六歳にしか満たない私に語り、助言をしてくれた。


 最初はゼフェル殿下との婚約を回避する方法。これは国と家同士の話であるため、回避できなかった。次に勧められたのは、退路の確保だ。

 婚約を回避できない以上、私の未来はほぼ確定。仮にゼフェル殿下と親しくなることも勧められたが……。


(どうして、いずれ私を捨てる人と親しくなる必要があるの? 両親よりも、私の心配をしてくれる人が目の前にいるのに)


 婚約者として王城に行くことがあれば、その日の注意事項を教えてくれて、上手い回避方法を助言してくれる。私のことが気に入らない令嬢からの嫌がらせも、同じ。どのように振る舞えば、どのような台詞を言えば、上手くやり込める。失敗することもない。

 そう。お兄様は、常に私の味方なのだ。


(すぐに恋になるなんて、当然でしょう?)


 だからお兄様に失望されたくはなかった。


「まぁ、お粗末なシナリオではあったかな」

「っ!」

「だけど向こうはフレデリカとの婚約破棄と、マリエル嬢との関係を公表したかったわけだけだから、諸々情報量が足りなくても、目標達成ってことで満足していると思うんだ」

「……つまり、どういうことなんですか?」

「説得力の欠けた発表が、どんな結末を生むのか分かっていないってことだよ」


 私としては、ゼフェル殿下とマリエル嬢の今後など、まったく興味はない。幼い頃からの目標だった、ゼフェル殿下から離れることができたのだから。

 けれどお兄様の関心は、私よりも二人の方にあるように感じた。


「フレデリカ? どうしたんだ?」


 お兄様の胸に顔を埋める。


「大丈夫。フレデリカの身に、火の粉が降りかかることはないから。今日、ここに来る前に、そう言っただろう? 何事もなければ、向こうは勝手に自滅する、と」

「……そちらの心配はしていません。お兄様を信じていますもの」


 するとお兄様の優しい手が、私の頭を撫でてくれた。けれど私の憂いなど、お兄様は気づいていない。


「あとは、おじさんたちにどう説明するかだね」

「……お兄様」

「なんだい?」

「帰りもエスコートしていただいてもいいですか?」

「勿論だよ。元々、そのつもりでいたからね」


 さすがお兄様、と感心した。まさかとは思うけれど、今のこの状況までも予想していたのだろうか。嬉しくて、さらに抱きついた。



 ***



 馬車に揺られること、三十分。これからお父様とお母様に、婚約を破棄された報告をするのに、お兄様が傍にいるだけで気分が沈むことはなかった。とはいえ、ウキウキした気分で帰るのは、不謹慎というもの。

 それでも馬車の中にいる間だけは、楽しみたかった。


「お帰りなさいませ」


 すでにゼフェル殿下との婚約破棄の知らせが届いているのか、フォートレル公爵邸の空気が重かった。出迎えも執事のみ。その執事から、「ご主人様から、執務室に来るように仰せつかっております」と言われ、そのままお兄様と共に向かった。


「失礼いたします」


 お父様の執務室には、すでにお母様の姿もあった。二人は私と共にお兄様が入ってきても、疑問に感じた様子はない。むしろ、労うような声をかけた。


「テランス君。行きだけでなく帰りまで、感謝するよ」

「いいえ。僕はただ、付き添うだけで、何もできませんでした」

「そんなことはないわ。テランス君がいてくれたから、フレデリカも無事に帰ってきたようなものだし。だけどゼフェル殿下も困った方ね。何もご自身の誕生日パーティーで言うなんて……あなた、ちゃんと抗議してくださいね」

「待ってください。私の心は、最初からゼフェル殿下には向いていませんでした。そのことは、お父様もお母様も、ご存知だったはずです」

「フレデリカ……だけどね、私は」


 お母様がさらに不満を口にしようとした瞬間、お父様が制止させるように手をあげた。


「やめないか。フレデリカの今の表情を見たまえ。傷つき、ショックを受けたような者の顔に見えるか?」

「……いいえ」

「無論、王家には抗議する。可愛いフレデリカに恥をかかせたのだから」

「お父様。それなら、この可愛い娘のお願いを聞いていただけますか?」


 てっきり怒られるものだと思っていた私は、意気揚々とお父様の傍に駆け寄った。


「なんだい?」

「怒らないで聞いてほしいんですが」

「大変な目に遭ったフレデリカを、怒るわけがないだろう」


 その言葉に、胸が熱くなった。今日はエスコートすらしてくれない婚約者の誕生日パーティーに出席して、負け犬のように逃げて帰って来たけれど、後ろにはお兄様がいて、代わりに怒ってくれるお母様がいる。

 全然、力になってくれなかったお父様だけど、これでチャラにしてあげる。


「お兄様と結婚させてください」

「っ!」

「構わんが、ずっと兄と慕ってきたのだろう? てっきり、そういう感情はないと思っていたが……」


 そう、お兄様は私の本当のお兄様ではない。名前はテランス・アングラード伯爵令息。お母様の兄の息子、つまり従兄弟なのだ。伯父様と一緒に我が家に来たり、お母様が里帰りする時に同行させてもらったりして、交流を深めていた。

 だからお父様もお母様も、今ここにお兄様がいても、不思議に思わないのだ。


 なぜか後ろから息を呑む声が聞こえたような気がしたけれど……うん、気のせいだろう。


「一応、婚約者がいた身ですから、公に気持ちを伝えたら、お兄様も困ってしまうでしょう?」

「まぁ、そうだが……」


 お父様は視線を、さらに後ろへと向けながら、言葉を濁した。けれど私は逃がさない。クルッと体を半回転させ、お兄様に向き合う。


「まさかとは思いますが、ずっと気づいていなかったんですか? それとも気づかない振りをしていた、とか?」

「いや、そういうわけじゃないよ。ただおじさんと同じで、兄と慕ってくれていたとばかり思っていたから……」

「その中に、恋愛感情はない、と思っていたんですの?」


 すると申し訳なさそうに、お兄様は頷いた。ならば私がすることは一つだけ。一歩、二歩と近づき、お兄様を見上げ、戸惑う金色の瞳を覗く。


「ふふふっ。お兄様、これからは覚悟してくださいませ。私、フリーになりましたから」


 意気揚々とニンマリ笑う私と、冷や汗を垂らすお兄様。フォートレル公爵邸の執務室で、私はお兄様に宣戦布告した。

最後までお読みいただきありがとうございました。


テランス的には、可愛い従姉妹を助けていただけだったんですが、フレデリカは幼い頃からお兄様ラブ。

両親から見れば、それは微笑ましく見えたのかもしれません。

テランスにはその気がなかったから、余計に。

実際にはまだフリーになっていませんが、フレデリカには関係ないようです。


少しでも面白い、と思っていただけましたら、ブックマーク・評価・いいねをよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【コミカライズ作品】


ヒロインの弟に迫られています
ヒロインの弟に迫られています~モブでいたいので、溺愛は遠慮します!~
漫画:水月ミキネ先生
原作:有木珠乃
コミックシーモア様にて先行配信中
よろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
お兄ちゃんがちょっと可哀想w
フレデリカのテランスへの一途な想い、可愛かったです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。