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僕には音楽がある

作者: あさばっかり
掲載日:2026/06/21

 僕には音楽がある。そして、音楽で人は救えない。


 親友が居たんだ。ピアニスト。むずがるバイオリンをどうあやそうかオロオロする僕の隣で、ずっと伴奏をしてくれてた。もちろん一人で弾かせても最高さ、本当に才能の塊でね。それはそれは楽しそうに弾くんだ。彼がピアノを可愛がる度、ピアノの方から彼に合わせて踊ってたんだ。

 僕の愛するバイオリンは、湿気で時々拗ねるけど、根気強く向き合えばちゃんと歌ってくれる。とっても天邪鬼で、でも可愛い子だった。彼も時々、おどけて僕のバイオリンを撫でてた。そして言った。

「本当に楽しそうに弾きますね、あなた様は」

 彼も音楽を愛してた。

 だから僕らは無敵だった。


 ある日、両親が「そろそろいいかい?」と僕に聞いた。僕はなんの事だか分からなかった。結論から言うと、彼は雇われ友だちだった。

 彼の家にピアノなんか無いんだ。

「金も貰えて、貴族に認められた才として就活にも役立つし、ついでに好きなピアノも弾ける」

 彼はちゃんと妥協と下心でここに居たし、その罪悪感から、雇われた主の子どものことを、親友だなんて思っていなかった。そしてそれは、とても、正しいのだ。彼はピアノが好きな以外、至って普通の人だった。

 親に金を貰って、友人、をしていただけ。正体がバレた日……彼にとってはそんなに大ごとではなかったのかもしれないが、とにかくその日。彼は穏やかに、いつもの調子で僕に言った。

「僕が、あなたは男爵家の三男で僕は商家の三男だって何度言っても、本当の理解はしてくれなかったのに」

 確かに彼は、再三、そんなことを口にしていた。

 才能は本物。僕に甘い両親に、その才を文字通り買われていたわけだ。


 コンクールがあった。真実を知った幼稚な貴族が、それなら才だけで食える正規ルートが必要だと思って、開催したものだ。

 僕は当然のこととして、身分の差を問わず評価してほしい、と審査員に伝えた。審査員はこれまで僕に音楽を教えてくれた先生たちだった。僕が頼れる、音楽に詳しい人、なんてその程度だ。僕はバイオリンばかり習って、遊び呆けて、社交も十分にできていなかったね。

 僕は、尊敬していた。彼らは僕に、音楽の楽しさを教えた。音で遊ぶことを教えた。音色の豊かさを教えた。音楽を愛することを教えてくれた。彼らは、僕の音楽の基盤を作ってくれた素晴らしい人々。

 僕は彼と同じ舞台に立った。舞台は平らで、黒光りする八八鍵の魔物が、僕を脅しつけていた。


 彼は負けた。

 どうして?

 絶対、僕よりいい演奏だったじゃないか。僕は緊張で手も震え、お粗末な出来だった。愛器の調子も、今日は空と揃って不機嫌だ。何を見ていたんだ。何を聞いていたんだ。古からの学説では、音楽は全ての人に等しく行き渡るんじゃないのか。必ず彼が勝たなきゃならん、そういう殴り合いをしたんだ。僕の手の感触は、確かにそう言ってるのに。

 僕はやり直しを要求した。こんなの公平じゃない。僕が立てたこのコンクールの意図に反している。


 舞台上で吠えた負け犬に、尤もだと頷く面々。分かってくれたか!と僕は喜んだ。

 実力で見てほしかった。彼の望みを叶えたかった。彼が一生、ピアノだけ弾いていればいいようにしたかった。彼の演奏をずっと聞いていたかった。失いたくなかった。彼の為になりたかったし、彼自身にも、彼自身の素晴らしさを理解してほしかった。

 また一緒に、音で遊びたかった。

 今度こそ!と気合十分に臨んだ、やり直しの演奏会。僕はやり切った。


 結果は、僕の勝利。先程と同じだ。

 彼は、見るからに、手を抜いていた。

 肘は揺らがず、ペダルはヘロヘロ、粒立っていない打鍵音、間違いだらけの音階。僕は呆気にとられていた。

 彼が言う。

「ほっとしました」

 なんだそれ?


 僕は、周りが一気に、音楽という言語が通じなくなったバケモノどもに見えた。

 彼まで、僕を置いていく。僕と一緒に音楽を愛した彼まで。上手に負けられた、なんて、そんな普通の顔で、そんな何とも思っていないようないつもの笑顔で、じゃあ僕は、僕は。

 大人の要求を満たした子どもから褒められていく。彼はそう出来た。

 僕は劣等であるのに褒められてしまう。どこが気持ち悪い?

 みな、口を揃えてこう言う。

貴族(あなた)が負けるなんてあってはならないからですよ?」

 不思議そうな顔をしている。尊敬していた人達なのに、俄にひどく不気味だった。さっきから、自分は一体、ナニを相手取って話していたんだろう?


 答えなんて、あってないようなもの。なんにも正しくないんだ、世間なんてのは。やり直しを認めた時、子どものワガママをやれやれと聞くような顔で、両親だけが微笑んでいた。あとはみな、ただそこに居た。居たんだ。嬉しいも悲しいもなく。判断基準を外注して済ましていた。

 彼らは、僕が貴族だから、公平に評価すべきなのは尤もだ、なんて、思ってもいないことを言ったんだ。

 僕が貴族だから、慣例として同調したにすぎないんだ。

 僕は、ソールまで革張りの立派な靴で舞台を踏み、彼は、履き慣らした艶のない紐靴で舞台を踏んだ。最初から仕組まれていたんだ、血に。


「えっと、ピアノは好きですよ。あなた様に嘘をついたことなんて一度も……」

 そうか。君は、別にいつだって、音楽を楽しめるってだけなんだね。

 競争心なんてなくても。

 僕が居なくても。

 ピアノがなくたって。

 いつでも、どうだってできるんだ、音楽を愛してるから。今日じゃなくたっていいんだ、音楽を楽しむのは。

 君がピアノを操る指は、今日もいっとう、楽しそうに踊る。でもピアノの方は、僕はもう、ピアノにしか見えなくなった。


 無邪気さは傲慢さ。僕は君に何を強いていたのか?

 僕は貴族だ。

 これからもこんなことは起こり続ける。身分を思い知っていく。僕のバイオリンは、まだ愛し君のかたちをしている。


 音楽で人は救えない。そして、僕には音楽がある。

ブロマンスはBLじゃねえよナマ言ってんじゃねえぞ。お疲れ様でした。音楽は好きですか?

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