卑屈な卑怯者を巡る円環
タイトル
卑屈な卑怯者を巡る円環
筆者
井尻晃良
ジャンル
純文学
住所
〒233-0008
横浜市港南区最戸1-5-13
TEL
090-3341-8779
ある小説家希望の青年の半生とそれを巡る恋愛や社会環境を画く
卑屈な卑怯者を巡る円環
プロロ
ーグ
言葉というコミュニケーションツールはなんとも歯がゆい、気持ちを伝えることがなかなかできない。言葉には意味を伝えるツールだけではなく、恣意によって文化が違うと言うのだ。だが、僕の話はそんな大きなことではなくて、もっと、簡単なことで、伝えたい相手に、シンプルに伝えたいことを表す言葉を選択するにはどうすべきか。言葉の応酬はすれ違うばかりで、何の役にもたたず、虚しくこだまするばかり。ミラーリングのように繰り返すばかり。
タイトル
卑屈な卑怯者を巡る円環
筆者
井尻晃良
ジャンル
純文学
住所
〒233-0008
横浜市港南区最戸1-5-13
TEL
090-3341-8779
ある小説家希望の青年の半生とそれを巡る恋愛や社会環境を画く
卑屈な卑怯者を巡る円環
プロローグ
言葉というコミュニケーションツールはなんとも歯がゆい、気持ちを伝えることがなかなかできない。言葉には意味を伝えるツールだけではなく、恣意によって文化が違うと言うのだ。だが、僕の話はそんな大きなことではなくて、もっと、簡単なことで、伝えたい相手に、シンプルに伝えたいことを表す言葉を選択するにはどうすべきか。言葉の応酬はすれ違うばかりで、何の役にもたたず、虚しくこだまするばかり。ミラーリングのように繰り返すばかり。
紗理奈ちゃん何分待ち?
すぐ行けますよ、お兄さん
暖簾をくぐって中に入った。
日曜日にG1がある。
競馬やるんでしたっけ。
今度は狙ってる穴馬がいる。
前走鮮やかに勝ちきってるのに人気は全然ない。3歳王決定戦NHKマイルカップの軸はずばりサヤカ。仮に二着でも馬連で総流しで通用する。紗理奈のことサヤカって呼ぼうかな。験担ぎだね。
今すべき話。
後輩で親友だった。彼はデータ至上主義。なぜか彼はいない、なぜだかわかる。陸上オタクで毎朝ジョギングを欠かさなかった。でも今はいない。ジョギング中に心筋梗塞で倒れた。教訓は?
過ぎたるは及ばざるが如し。
ひどいな、徒花に実を結ばない。
相手に何か、伝えたくても、なかなか難しい。
そのまま言えばいいのよ。私達は日本人よ、日本語で言えばいいのよ。同じ言葉で生きてるのよ。難しいことじゃないわ。
貴方には、話さなくても、今私を押したおして、やちゃうことだって出来るわ。言葉が駄目ならそうすべきよ。
少し目頭が熱くなった。
難しい話はあとにしましょ
ベロベロ でーす。
脱がして、下さい…
こんなに飲みになって、、、大丈夫ですか。
私は元気らよでーす。
ふふふ。
いつも、たまには飲まないで来て、と言ってるのに。
今度はそうしまーす。
寝ちゃった。
いや、眠いけどね。
時間だけど、どうする。、
今日は帰るよ。
今日はどうだった?
素敵だったよ。
また来てね。
代理、おはようございます。
おはようございます。 飲み過ぎですね。ここまで匂います。
おはようございます。支店長。
また、深酒か。適当にきり上げなあかんえ。
あんまり申し込みがありません。暇かな。
よ〜し、はっぱかけに行くか。
課長代理さんか、君のところなかなか通らんからな。クレジット通らんと、売り上げもクソもないわ。今も保証人くれって、連絡あったわ。
ちょっと待ってください。確認しますね。
この業界で保証人くれは、売り上げなかったのも同じことですわ。
課長お願いがあります。この案件の保証人なんとか外れないでしょうか 。
二十歳の事務員に二百万
、これは無理だろう。
そこををなんとかお願いします。
来週の1千万の売上は確保しました。
君も連名で決済してくれよ。
します。
社長四時の確認を時間通り頼みます。
誰のや。とおったで。
俺、俺です。
すぐに連絡入れます。
もしもーし、今日は四時に信販会社から連絡きたら、はいはいと言っといてな。今日夜会えるかな、きっと似合うよ、指輪。
ただし、この娘はうちは一杯ですから、重ねるんなら別でおねがいしますね。
僕の人生についてなので、生い立ちにも少し触れたい。
名古屋市に隣接した田舎とも都会とも、言えないところに引っ越した。また、本籍は京都の郡部になっていたが、後に母に聞いたが、要領を得ない回答しかなかった。生まれた時はよく泣いた記憶がある。幼児の頃は熱をだし、病院をクルマで往復した。
幼稚園に入ると生来の悪戯小僧っぷりを見せた。何度も母親が呼び出されて、幼稚園に謝っていた。
この頃を考えれば一番家族が安定していたかもしれない。この後は父が、家に寄り付かず、生活費も入れなくなった。
家にはいつも姉と二人きりだった。姉は秀才だった。いつも姉と比べられて、僕は劣等感を持つばかりだった。
しかし、小学生になると僕は生き生きとしてクラスの一番のワルで、一番もてた。何人もの女の子に告白を受けて悪い気はしなかったが、まだ思春期を迎えておらず、そのままうちゃって、友達に自慢するにとどまった。
女の子の中でも一番古い友達の小学生A子とは特段仲が良いわけではなかったが、一緒に遊ぶことは多かった。
ある日僕たちは体育館で二人きりになった。知らぬ間に用具室に入った。そして阿吽呼吸で横になり、僕は彼女と唇を合わせ舌でまさぐった。手は自然に胸部を揉みたいだけ握った。まだ大人になっていない僕は、下半身には興味はなかったのでそこに向かうことはなかった。そうして三十分はそれを繰り返したが、飽きるとぷいと用具室を出た。
僕はどちらからというと成長が遅い方なのか、精通したのは、中学生だった。僕が女性といえば、A子、母親と姉、担任の女性教師だけだった。
この頃の母親の思い出は、よく働いて、よく映画観賞に行ったことだ。5本たての映画もあり、そうすると一日一本観た勘定になっただろう。たまに帰ってきた父と観に行った映画の「タワーリングインフェルノ」を母親に言うのは何故か憚れた。いつも連れてってくれる母親に、たまに帰った父との映画が面白かった、と言えなかった。小学生5年生の時の、夏の暑い日に昼寝している母親の股ぐらに興味をひいて、少し触ってみた。女性の下半身を触ったのは初めてだった。ドギマギした。
小学生の五年生か六年生のとある日、僕は同じ学区の友達の小学生A男と学校に行くふりをして、名古屋の駅で遊び、昼飯にスガキヤのラーメンを食べたことがあった。帰っ時は女教師はほっとして、
嗚咽は止まらず泣いた。私まで泣いていた。
僕は家出した。中学二年生だった。二匹の犬を抱えて取り敢えず、名古屋駅に向かった。
A男は既に私の幼稚さに呆れたのか、お前とは違うとばかりにつるまなくなった。鬱屈した中学時代の友人はB男だった。B男は漫画家を夢みていたので嗜好が合致した。僕らはアメリカで自由に暮らしながらクリエイティブな力を付けて成り上がる。その為にアメリカに行くことが必須だった。アメリカの地平線に立つ姿を思い浮かべた。
母親 は金の為に夜はホステス
をやりながら、昼間は喫茶店のウェイトレスをしていた。
あいかわず、母親と映画を観まくった。アメリカ映画に嵌っていった。昼間は映画館に、夜はテレビで鑑賞し、手帳に星をつけて 管理した。星が多い映画はほとんどアメリカ映画だったが、その嗜好は少しづつかわっていくのだった。「ジョーズ」「スター・ウォーズ」「未知との遭遇」「ザ・ドライバー」辺りが記憶に残っている。感じていたのは、アメリカの圧倒的な地平線と自由だった。憧れの対象だった。B男は脱出作戦に二つ返事で賛成した。
B男は準備が必要だ、と言ったので、名古屋駅で品物を手に入れた。
拙かったのは、私が母親に置き手紙をしたことだった。
アメリカに行く、探さないで、と言うものだった。この置き手紙で大事になり、大騒ぎになった。
私たちは犬を連れていたので、タクシーに乗れず、そのまま警察署に連れて行かれた。犬がいなければ、集団講習で終わるはずだった。
家に戻っても母親は怒らず、黙っていた。その重さは今も覚えているほど、静かだった。
姉は一流高校に進学したが、徐々に不良化した。時には外泊もするようになった。
僕は一作目を書いた。青春時代を軸にしたフェリーニ風作品だ。
立方の中
僕は箱庭のような大きなマンションに住んでいる。母と犬一匹。大学の浪人生。
夜はガソリンスタンドでバイト。全て自転車で通っている。 バイト先では決まった時間より早く出勤して残業を厭わなかったので、結構重宝された。
朝は、一番に犬の散歩。六時に出かける。目的があった。彼女に会う為だ。彼女は新聞配達には珍しく若い女の子だった。いつもすれ違うまで歩き続けた。ワンコは何時でも歩きたがるのでOK。今日も手前のマンションの右側で会った。僕は軽く会釈した。彼女も返したように見える。僕は家に戻り、良かった、と犬を抱きかかえた。
バイトの通勤途中には大きな書店に寄る。それからは、帰り道は毎日続いた。目当てはレジの女の子だった。
丁度店が閉まる頃なので、裏口から彼女が出てくるのを待つ。彼女はポニーテールなのですぐわかる。
出てきた。少し後を追う。大通を渡りイタリア料理店を曲がるとすぐ消えた。
僕は料理店の角で待って、隙をみて声をかけてみよう。昼間は予備校、夜はバイト。
そんな時、バイト先で社員旅行が決まった。勿論僕も参加することになった。
僕の夢は捨て犬を全て束ねて、救うこと。そして株を操作して大儲けして海外を視野に入れた団体を作る。要領の良さに救われ一国の独裁者になるのだ。国は汚職も無くなり、賢者君子と言われた。
バイト先では、大はしゃぎした。三十代の女の人も何人か参加した。かなり色っぽい人たち
だった。E男と僕はトイレに穴を空けて覗けるようにした。
女の人が立ち上がるたびに僕たちは、裏庭を周り、覗いた。
すげぇ、すげぇだらぁと、E男は囁く。僕は唾を飲んだ。
その後も朝の散歩と自転車帰りは続いた。朝の散歩では、順調で今度はあちらから挨拶するようになった。犬の散歩を利用したのは正解だった。帰り途の書店員の子はなかなか進展しなかった。
そんなある日イタリア料理屋の前で起こった。その時レストランから髭のオヤジが出てきてそこで何やっとるだ、と怒鳴った。僕は急いで自転車に乗って走った。一目散に逃げた。大口だけが、僕を追ってきた。
僕の野望は挫かれたが、まだ先がある。あの子はどうだろう。きっと上手くいくはずだ。
私はその夜夢をみた。
幼そうな新聞配達の女の子に声をかけた。すると男が現れ、大口を空けて待っていた。
うなされるように起きた。
身体は汗でぐっちょりだった。
六時だ。行かなくては、ならない。今日こそ声をかけよう。私は意を決した。彼女の導線を反対側から回る。
彼女は幼い顔をうつむきかげんで、仕事をこなしていく。
天使だ。僕は顔を合わせた。会釈をした。彼女も合わせた。もう一言も出ない。また、ダメだ、どうしてもひと言がでない。
僕は帰って布団を被り畜生と、吐いた。
夜の用事が無くなった僕はE男と歓楽街に出かけた。
童貞だらぁ。
まぁ、近い事あったけどな。
おみゃぁさん、今日ヤラしたろか。
E男は繁華街をまっすぐ行ったところのビルの階段を上がった。扉を開けると、
いらっしゃい、
久ぶりだがね。
おう、ちょっと頼むわ。
僕は入り口を背に突っ立っていた。
まぁ、座りゃいいがね。水割り二つね。
ママは手際よく、ボトルをセットした
お金で済ますの?
どっちかと言うと、ベテランの子頼むわ。
うーん、当たってみよか。
ママは電話をかけた。
そう、店で待ってる。
決まったわ。紹介料はいいけど、女の子には渡したってね。
お兄さんいくつや。
十九歳です。うつ向き加減で答えた。
そう緊張せんでもエエがね。相手もわかりました、と言っとったでね。
五分が一時間にも覚えた。嬉しいというより後悔と言うか、不安でいっぱいだった。
扉を開けて入って来たのは、三十そこそこのぽっちゃりしていたが、可愛い系だった。
この人は僕の肩を叩いた。
頼むわ
僕は手を引かれて、出た。繁華街の大通りを出るとホテルに入った。
部屋に入ると、女はすぐにもシャワーを浴びに行った。あんたも入りゃ、と促した。
私もシャワーを浴びてタオルで隠して、突っ立った。
彼女は手招きした。
僕はそれに操られるように近づいた。
彼女はタオルを外して、ベットに転がったまま、見てみるように促した。僕は近づいて股間に近づいた。
そこには傷口のような毛の生えた物が見えた。思ったよりグロテスクだったが、舐めて、彼女は放った。僕は言われるがままに舌を出した。少し臭かったが悪くなかった。舌は傷口の上のボッチに触れた。
あぁ良い、来て
僕は起き上がり彼女に誘われ、股間を重ねた。
果てたのはすぐだった。
どうだった良かっただらぁ。
僕は体験を振り返らず、ただ首を上下させた。
家に帰るとシャワーを念入りに浴びた。何故か涙が流れた。
僕はショックで今から散歩に行く気になれなかった。
そこで良いアイデアが浮かんだ。少し劣等感を感じたが、逃げるんじゃない、と自分に言い聞かせ、ノートを一枚取り上げた。
僕の天使へ
今度すこしはなしかませんか。君のことをもっと知りたいし、君に僕のことを知ってほしい。
何処でも行けるよ。
いつも気軽に話せる様な、良い関係でいてください。
犬を連れた青年より
これを玄関の扉に貼り付けた。
知らぬ間に寝入ってしまった。大口を開けた男に捕まり、口に入れと言うと、そこはグロテスクな傷口の中だった。
私は飛び起きて、怠惰な身
を持て余した。八時か。思い出した、それも夢だったのだろうか。私は玄関を開けてみた。何もなかった。確かに、貼ったはずなのに、夢の中のことだろうか。私には全て真実か、虚偽なのか、分からなくなった。
明日になれば、分かるだろうと布団に潜った。犬は大はしゃぎをして、昨日行かなかった分を取り戻すようだった。四角い部屋から飛び出した。
コツコツと音が聞こえる。僕は音に引かれて、歩みを進める。マンションを出ると、大通りに突き当たった。
彼女が見えた。力強い足取りで、こちらに向かってくる。
僕と反対の歩道だった。彼女は笑顔で会釈してくる。
手紙読んでくれましたか?
すると大通りを、トラックがとおった。
彼女は笑顔で話し、かけている。
しかしその声は届かなかった。
完
高校生になっても、冴えなかった。夢ばかり膨らんで、現実がついてこなかった。初めて受けたテストもぱっとしなかった。だが結果は違った。 全校で三位だった。その時感じた僕は、現実で生きてゆけると思った。
この頃から映画雑誌の影響もあり、監督で映画を選ぶようになった。
「2001年宇宙の旅」「時計じかけのオレンジ」「スナップショット」「スローターハウス5」「スティング」「明日に向かって向かって撃て」「ゲッタウェイ」「コンボイ」等々
塾に通った。遮二無二に勉学と映画に浸った。高校はD男とつるんでは映画に浸っていた。古いものから、新作まで観まくった。
勘違いであることが直ぐに分かるのだった。秀才は驕りにかわり、卑怯な僕は知ったのだ。全国レベルでは相手にならなかった。
ある時、高校から帰るバスが見えた。彼女は突然、元気、と声をかけてきた。そこは過ぎたが、パチンコ屋って住込みの中年夫婦が回してるんだって、とポツリと言った。そうなの、と答えた。あぁ、なんか寂しそうだな。俺の将来もそれくらいかもしれないな、と言った。そうかしら、それもいいじゃない、私が付き合ってあげる。
その時の会話の重大さを今になって知った。あの時わかっていたら、違う人生だったかと思った。
D男はそれから、名字を変えて、親戚に養子に入った。
母親は恋に目覚め名古屋に、別のマンションを借りそこに入り浸るようになった。私は家とマンションの行き来をした。Cさんは父親になった。
母親の相手は土建屋社長の妻子持ちで父と真反対だった。金持ちで豪快な人だった。小遣いをせがめば、一万円札で渡すような人物で、すぐに打ち解けたが、引っ張られても父とは呼べ
ず、Cさんと名字で呼んだ。母親はCさんに夢中だった。女は引っ張ってくれる男に惹かられるものなんだ、と気づいた。
姉は一度目の結婚したが、やはりチンピラの下っ端だった。母親は反対したが、姉の決意は固く、押し切ったがやはり、すぐに破談した。
D男は東北の大学に入った。大学は薬学部なのでくいっぱぐれない。
私はこの頃から、自我に目覚め攻撃の対象は自分に向かった。
僕は小学校の一年生で出た徒競走で前の走者を抜かんとして、手で首を引いた記憶が、自分の卑怯者の鏡となって責め立てるのに悩まされた。
私は思った通り受験に失敗し
た。第一志望の国立大学ばかりでなく、二流の私大にも落ちた。
諦めきれず、浪人した。夕方からガソリンスタンドでバイトした。浪人時代は予備校で師匠と呼ばれ毒舌を吐いていた。
同い年のバイト先のE男とつるんだ。E男はかなり頭の切れる奴だった。E男の車でナンパ場所で片っ端から声をかけ続けた、しかし収穫は無かったが、生き生きとして楽しかった。人生捨てたものじゃないと知った。
浪人中は盛り上げ役に撤した。科目の講師毎にあだ名を付けて、マネをして小馬鹿にした。
一年はあっという間に過ぎた。兵庫の私立大学は何とか、引っかかった。
初めての一人暮らしをすることになった。下宿は一番安くて
近い場所に決めた。
最近は少し高くても、西宮北口なんかのほうが、人気があるんですよ、と不動産屋は話した。
学校の隣の下宿だ。風呂なしのトイレと炊事場が共同だった。
私は仮ゼミと言う、一回生二回生の間だけ二十人程集まって担当教授につくシステムだった。
大学では思いっきり遊ぶと決めていたので、ゼミ仲間から友人を選ぼうと考えた。五人が集まった。F男、G男、I男、H男たちだ。
まずH男が抜けた。私たちと合わないと言うより体育会に入って忙しくなったからだ。残った四人は私も含めて遊び中心に学生生活を過ごそう、と考えていた。ナンパは合コン中に。まずゼミの女子とコンパ。私は道化に徹し、盛り上げ役。その場ですぐに仇名は決まった。師匠
浪人時代と全く同じだった。嫌な符合だったが、それも相応しいとした。
最初に気が合ったのは、I男だった。真面目で典型的な冴ない男だったが、どっちかの下宿に泊まってはベロベロになるまで飲んだ。夢を語り合い、女の子の話などをした。
彼の夢は外交官になることだった。お前の夢は何や?俺は小説家か、映画監督やなぁ。
小説は書いたことあるんやけどな。今度持ってくるわ、感想聞かせてや。純文学やで。
H男は読んだ感想を言わなかった。それだけ出来が悪いのか、理解できないのか、いづれかだと思った。
僕は二回生になると、H男と距離を置くようになった。決定的なのは、僕がH男が変な宗教に嵌っとる、吹聴したからだった。今にすれば、グループダイナミックスと言っても可笑しくないが、あの頃は、情報源もあまりなく、自分の殻を破る、とか話し合い中に泣き合った、次回もあるけど三十万くらいかかるが親を説得する、って立て続けに話されて、怪しまない方が嘘だろう。
F男に話したら、あいつ終わったな、と同調した。F男と話が合った。タイプは真反対に位置するが、面白かった。夢は普通に民間企業に入って、縁が合う女性と結婚して、子供は二人くらい。私は人間関係にうんざりしていたので軽く付き合えるF男が丁度良かった。僕は大きな野望があったが、彼のは小さい、でもそこが丁度良い。私やH男にない、少し達観したところがあった。自分を客観視してるところがあった。
F男と私は下宿が近い ので、行き来して、だらだらと過ごした。追い打ちをかけるようにゼミは希望が叶わず、F男と同じ何でもありで有名な教授につくことになった。
F男がレンタルビデオ店でバイトしていたので、映画は見放題のみ返りに、卒論を二人分書いてやることで、釣り合いをとった。
「スプラッタムービーの考古
学
スプラッタムービーとは、怖がらせることのない、残虐シーンが主流の映像派の映画。
今や恐怖映画と言えば普通だが、いくつかのパターンに分かれる。
先ずは正当派のスリラー又はサスペンスと呼ばれる物。
過去では、ヒッチコックに代表される王道の作品群である。推理物やSF。ここに分割される。 この中でも「エイリアン」(リドリー・スコット)と呼ばれる、SFが分派されるが、これは分派の分派なので、ここでは詳しく触れないし、考古学的考察も見られないことから割愛するが、映画ファン的にはかなりの衝撃だったのは確かである。
今後私達は、「エイリアン」の亜流物が玉石混合と制作されるのを考えると問題作であるが年代で気になるので、ここでは触れない。また「エクソシスト」(ウィリアムフリードキン)がある。但しこの作品はレベルが高かったものの、主流なので触れないこととする。
さて、今回の主題はスプラッタムービーの出現となる出来事である。1970年のHGルイスと言われている。この年エポックメイキングとなる「悪魔のいけにえ」(トビフーパー)が出る。1973年。「悪魔のいけにえ」でなく、何故ルイスなのか。
それは「悪魔のいけにえ」は映画として、出来過ぎなのだ。本当に怖いからだ。恐怖映画の王道に繰り入れられる
ルイスはベトナム戦争のその十年前から、スプラッタやエロ物をいくつか発表していたが、本格的には1970年頃とされている。その頃の1974年ベトナムにおいてソンミ村の虐殺が起きた。ルイスは、その何年か前に公開されている。その手法は映画として体をなしていない。ただただ血を流すところや残虐な映像が流れるだけだ。ソンミ虐殺事件は1974年だ。ルイスは活動を活発化させたのは、1970年の前後に集中しているベトナム戦争が終盤 の1973年頃には、意欲的に作品群を持つルイスの映画は、その拙さや技術のなさが儲かったのは、大義なき戦争とは無関係とは思えない。終結を待たずに、ルイスの制作は、ぱったり止めてしまう。その後亜流の作品はせきを切ったように作られた。
映画は時代を先行したり遅滞したりするもの。ルイスが何を考えてそのような作品群を作り続けたのか、ドライブシアターのようなサブカルがあったとはいえ、それ以外にも受け入れる土壌があったことも事実だろう。
まさにこの年代は結果的にではあるものの、時代の要請、考古学的な意味を持った。
完
こんな内容だった気がするが、原本はもっとひどいはずだが、人生にとってのエポックメーキングでもない。勿論、二人とも無事に卒業した。
G男について少しだけ触れようとしても何もなかった。それなりの関係はあったが、何もなかった。
もう一つ考察すべきことがある。人生の処世術についてだ。ヒントは関西に居た時である。“美人数珠つなぎ”という、コーナーがあった。一人の美人から次々と自分より美人を紹介してもらい究極の美人に到達するという実験だった。
この実験の失敗は第三者からみた美人という縛りがなかったことだ。
この観点から僕は処世術の仮説をたてた。A男の良さは優れた頭脳、B男は人の良さ、CさんはリーダーシップD男は現実派、E男は自己を知っている現実派、J男は現実離れした夢想派。彼らにとりあえず融合すべき質はどこか
AC→X
BE→Y
DJ→Z
XYZ→この数式順に取り込むのが最も早い。
もうひとつエピソード
を語らなければならない。それは女教授との淡い恋についてだ 。
それは三回生の時だった。
恋愛のディスクール、祥子
1、これはディスクールです。 時に時間は残酷です。人を一瞬で殺します。でもそれは時間の中では一瞬のことであり、螺旋の流れの一つなのです。悲
しい時、人はニヒリズムに落ち入ります。恨んだり、羨んだりするかもしれません。でもそんな時こそ、強くならねばなりません。貴方は教師ですから、教えねばなりません。純粋な講義で立ち向かってください。
2、先生どうか、諦めないで下さい。僕は味方です。先生苦しい時は無意識に沸き立つ声に耳を傾けてください。無意識の中にこそ先生の隠れた善は存在するのです。無意識の幾重にも重なった通りにこそ真実があるのです。
3、貴方のテクストは僕はどう解釈すればよいのでしょう。幾重にも織り込まれた言葉の意味は無限の記号に聞こえます。僕すら記号化された様に。
縋ります。僕と貴方だけは無二の存在でいましょう。
4、世の中は記号で溢れています。兌換可能な社会の中で、存する難しさは、この文章すら、この言葉に意味を与えるでしょうか。
5、ラストです。お別れの時です。バルトは最初に言葉ありきだと。と言います、でもこの書簡は最初に貴女ありきです。このテクストは愛は欲望であって、慾望をみたすものではない。と言ったのはモラビアだっただろうか。でも、最初は言葉あり気なのです。言葉は記号となって貴女に届くのです 。
どうか貴女の胸に刺さりますように。
貴女が単位のほしい方は前に来て下さい。と言った。名前をおっしゃって下さい。学生は一斉に彼女のもとに群がって、名前を発していた。
僕は席を立たずじっと彼女を見ていた。
学生達は名前を伝え終えると、徐々に減っていった。僕はすっくと立ち上がり、彼女のもとに近づいた。
先生、僕です。貴女に手紙を書いたのは。
そうなの。
僕は自分の身なりを見返した
青いパーカーにすり減ったジーンズ、相応しくなかった。
彼女は僕を誘うかのように歩いた。僕は彼女の後を追った。彼女は手持ちの資料を後部座席に置くと、運転席に着くと、助手席のドアを開けた。
ピンク色の小さな車に乗り込んだ。
お腹すいてない?
はい、大丈夫です。
じゃ、コーヒーでもいきましょうか。
僕は小さく頷いた。コーヒーでかまはない?
貴方ににとって大学って何? そうですね。監獄かもしれません。
私にとっては希望だったのかしら。
彼女は視線をピクリとも動かさずに話した。
先生のお話し聞きたいのですが、僕の放つ言葉などでは通用しないでしょうから。下手したらまた先生は自分で自分を傷つけてしまいます。
そうね。
白い物を黒く話しかねません。僕は貴女にとって、祈ることしか出来ません。何か気の利いた言葉でも渡せると良かったのに。
いいえ十分よ。
私の手紙は貴女に刺さりましたか?
貴方の言葉は綺麗すぎます。刺さりました。別の意味でね。
貴女はこれ以上頑張らない方がいいですよ。老害に惑わされないように。
貴方は私の中を観ていないわ。
見えないものは仕方ありません。
僕の言葉は貴女に届かなかった。
ラブレターを喜ばない女なんかいなくってよ。
役に立ってれば、私の卒業証書よりもずっと意味があった。
凄く力になったわ。
本当なら凄く生きてた甲斐が、あったと思ってます。
E男にこの話をしたら、大喜びして、大笑いした。
卒業の後もなかなか定職につかない私にCさんから連絡があった。
まだ仕事しとらんのだらぁ、俺に少し伝手があるので、すぐにいっぺんかえってこやぁ。
私はすぐに帰った。Cさんの言われるままに、Z社の面接を受けて入社が決まった。
Z社は信販会社でカードでは遅れをとっていたものの、割賦販売斡旋の部門では、トップクラスの取り扱いだった。僕は名古屋支店で入社もすぐに横浜転勤になった。主には内勤の決済業務だったが、大手には顔出しして、販促や調査も兼ねていた。上記のことを頭に入れて行動して、すぐに会社に受けいれられた。バブルの子のように、金を貸し続けた。決済者として融資の印鑑を一日中打ち続けた。
特に私の配属の分割払いだ。カードは遅咲きで遅れを取っていた。Cさんはここの取り引き先だった。
決済印を押して右から左へと
送るばかりだった。たまに通らない場合が一苦労するのも、あれば上司の支店長に一言もらい、無理やり融資印鑑を押してもらうだけだ。
業界用語でホワイトを問題なし、ブラックを遅延などの問あり債権と呼ぶ。ホワイトであればスイスイ行くが、ブラックはやや細工が必要だった。
最初にやった仕事は展示即売会をするイベント会場の売上の管理だった。
展示販売は大手の信販会社と競り合うのでいかに早く決定をさせるかがポイントになる。
販売員から契約書を貰い不備がないか、チェックして直ぐに事務所にファクスする。すかさ ず、事務所に連絡して決済番号をを貰う。待つ時間が惜しい。
はい、番号は
XXXです。
わかりました。24風呂一台三十万OK。
仮番号を取った。
お客様この24風呂は貴方のご友人に入ってもらって、必ずお気にめすはずなのでその方をご紹介頂ければ二万円バックします。その方が、紹介頂いたらあとは、二万円バックします。どうです、つきの分割払いより上いきます。奥さん保険の勧誘に比べたら簡単なもんです。五世代まで続きます。その間に商品代なんかちゃらですわ。
金融会社の方ね。奥にお入りください。
B 社のご紹介で参りました。
聞いてるよ。
まあ、座って。
はい
社長、景気はいかがですか。
まぁまぁですよ。
それは良いですね。最近はバブル絶頂期の時と比べると、ここのところ景気の良い話を聞けないですよ。
今は呉服屋さんもなかなか厳しいですがね。じゃどういうところが生き残るか、わかりますか?
地場に強力なお得様を持っているお店でしょうか。
違うね。まぁまぁ正しいと言えなくもないけど、もっと具体的に話すとどうなるかな?
お客様のニーズを掴み、それに答える商材を揃えることで術す。
違うね。引っかかったね。余計抽象的になってしまってるね。まぁある意味では100満点かもしれないけどね。
はい。
私がね、この業界に入ったのはデザイナーとしてなんですよ。私が一番惹かれたのは着物自体の美しさなんですよ。芸術自体じゃなくて、実用的な美しさなんですよ。居住まいを正す、って言うじゃないですか。居は、衣でもあるんです。まさにそのとおりです。和服を着るとは表現なんです。
若い方、お友達の結婚式にでるとしますね。和服を着て安物 着ると、祝う気持ちまで安くなる。それなら洋服で行った方がいいですよ。洋服は虚構なんでいいんですよ。
だいたい今の大人は子供に優しすぎるんですよ。だから、躾がなってない、三十代でも甘えたりするんだよ。女性が最近強いのは、男の責任を半分捨てちゃったからです。女性が奪い取ったりしたのかな。極端に言えば戦前に戻して、女性から選挙権なんか取り戻してもいいと思ってます。そうすれば、女性も楽になりますよ。男が守ってやれるし、男が全部責任引き受けられるんです。戦後教育の失敗ですよ。三十代の男が僕、僕ですよ。責任を持って、なんて無理ですよまね。子供なんですからね。
まか 仕事のまな話なにもどりましょうか。私は呉服屋さんの何軒かを指導しています。
そうですか。それほど信用されてるんですね。
バブルの時期よ
はよく言われました。お前は商売が下手だななってね。あの頃は、誰もが高い物を売り、高い利益を上げてましたよ。私は今も同じ値段で売ってます。ああ言ってた連中は今はほとんど潰れてますよ。どうしてか。分かりますか。
バブルの楽な時代のことが忘れられずに同じやり方を続けてたからでしょうか。
違います。和服を贅沢品として売っていたからです。さっきも言いましたけど、呉服は自分を表現する必需品なんです。それをプロとしてお客様にも理解していただければ、今のこの業界の不況はなかったのです。
二日間で二千万円の予算。
派遣社員3名。
当社独占ですお願いします。
事務課は今日から二日間私が
ひっつきます。支店長は展示会場に張り付きで指揮を執ってもらいます。
確実に拾いにいきます。他社は本日は居りませんが、当社から漏れたのを拾われないよう。
素早く確実に仮番号出すように
お願いします。
壺と花瓶、掛け軸等のアンティークが商材です。
支店長と私はパーテーションの陰で話す。
壺や花瓶で二千万円って本当ですか?
うーん、プンプンするけどね、
客層は主に主婦。旦那は一流企業の子供一人。って感じかな。ここの売り上げは延滞率0。宗教くさいけどな。競合にO社がついてるので、安心してはいるんだけどね。
展示会場がサンボーホールですよね。ミステリーショッパーしてみますか。
いや、展示会場に派遣と一緒にいらっしゃるなら、先方も余程自身あるのでしょう。
まぁ百%でいきますよ。保証人は無しですね。了解です。
二日間で2500万円の売り上げ、壺や花瓶が飛ぶように売れた。
今日はスタジアムの前の花壇です。
どんな花?
植物に興味ないからな。さっぱりしてる。
色と匂いは?
黄色とか紫とか。
花に旬ってあるのよね。
あるだろうね。匂いは良いけど、淡い透明な感じかな。
あぁ〜全然感じない。
花で感じるとはとんでもないエロス。
そんなんじゃないよー 。
ラッセンのイルカ見たら、失神しそうだな。
花からなんで失神になっちゃうのよ。
感性豊かなお嬢さんだと思った。
ついに出たわねSが。
違う、紗理奈がМっ気出したからついでに、乗っかっただけだよ。
反対側はジャ〜ン何でしょう。
ヒント 銅鑼 難しい漢字
ピンポン 中華街
正解
えー。横浜って野球場の横が中華街!
そうなんだよ。
やっぱり都会ね。
土曜日が楽しみに。
スタジアム前の花壇です。花が咲きほこっています。を関西弁で言えば?
スタジアムの花壇におります。花が目茶苦茶咲いとるやないか。
では名古屋弁だと?
スタジアムの前は無茶苦茶はなが咲いてるがに。
アハハハ
僕の特技で遊ぶな。違う環境や方言になじむカメレオン男(ウディ・アレン風) なのだ。
ローレックス取扱店舗の大手。店頭確認案件。派遣社員一名。と営業担当張り付き。
課長、 申し込みありそうです。
今のところは主婦だから問題ないと思います。
身分証明は運転免許証で問題ありません。
ファックスついたよ。白だな。仮番だすよ。変な男はいないよね。
はい、今のところありません。
あ、時計のサイズ直しません。ちょっと追ってみます。 店を出ました。 男に商品を渡しました。代わりに封筒を受け取りました。
やられたな。換金か。今後はサイズ直しの無いのは、要注意で頼みます。
課長この方融資しますか。
情報なしか。主婦で布団六十万の申し込み。
この方情報なしなのに、うちで二百万融資してるんです。
うーむ、三ヶ月で三件目。全て布団。何に使うんだろう。
二百万も三百万もいっしょか。
先に布団屋に電話しとこう。
社長今回の売り上げなんですけど、ちょっとやりすぎですよ。
うちでは初めてだと思ったけどな。
別の布団屋でニ件あるんですよ。 名簿が出回ってますね。
そうか。まだいけそうですかな。
もう目一杯です。これ以上売るとお客さん潰れますよ。業界の会合でも徹底して欲しいんですよ。今回は目つぶります。
宜しくお願いします。
突然うちの会社は外資に買収された。割賦販売斡旋は取り引き先の 内容からコンプライアンス上、取り引きできなくなった。
残ったのは数社だった。僕はアートファニャーだけは残したかった。
二束三文のリトグラフを5、60万で売ってた上に、説得商法なので長時間勧誘なってしまうが。会社の雰囲気が良く、売ってる絵も綺麗だし、経営者の哲学にきらりと光るものがあった。
趨勢はカードだったが更にサラ金の大手を買収したのが、最悪の結果となった。グレーゾーン金利だ。今まで貰ってた金利が不当と判断されて、返金が雪崩のように降り掛かってきた。
そうなればクールな外資系。
あっさり日本から撤退した。
僕は転げる前になんとかしよ うと何人かの課長、支店長に声をかけた。
組合を作りましょう。
サラ金のR社の人間にも声をかけた。組合立ち上げ自体は思い通りできたが、委員長が私ではなく、若い頃全共闘でさかんだった管理部の課長が選ばれたのだ。私は組合員を従えて会社と対峙とする画を夢みていた
そこで私は決心した。会社との一対一の勝負に掛けた。
グレーゾーン返金 Z社 判例
で検検索
153件 ヒット
僕は何事にもやる気を失くした。
ここで負ける理由にはならなかった。
組合長は会社が、組合を簡単に認めたことに、腰砕けになり、その上組合員は増えなかった。対抗する組合自体ままならなかった、誰も助けなかったのだ。
組合作戦は完敗した 。僕は引き受けられない自分がいた。
僕は精神的な衝撃により病むことが酷くなった。不毛な裁判を続けたことは僕の精神を削り続けました。不当な金利を率先して返すべきにもかかわらず、裁判を起こして合法だと主張していたずらに反社会的な活動に手を貸している会社側に安全配慮義務違反がある。
立証証拠としてここ一年間の裁判記録を提出します。
反証
原告の入社以来の申請書を提出する。
この反証は効いた。グレーゾーン金利判決前に、僕の傷病手当の申請書があった。
僕は意見陳述を願い出たが、聞き入れられず、閉廷した。
惨敗だった。会社都合退社に少し色をつけた金額で和解退職した。
観覧車乗ろうか。
大丈夫。
そうか、どうして?
ここで十分、目を離すがもったいない、
なにが、夜は長いよ、
わかってるよ。貴方に抱かれてる間は見れないでしょ、
夜景見ながら出来る、方法知ってる、
馬鹿ね、始めてがそれじゃ、台なし、
犬に怒られる、
馬鹿、でも好きよ、そういうニヒルなところ 、
ニヒルが好きなんでいったら
ニーチェにおこられぜ、
そんな外人のオジサン知らないわよ、
オジサンとは言ってない、
若い人ならそんな言葉使わないわよ、
やらなくても良いよ。普段の素行の悪さのお詫びに。
旅行の趣旨から離れてる、
趣旨は幸せを感じることだよ。紗理奈がそれなら趣旨に合う。
私は夜の女、幸せは相手の意にそう、感情労働よ、
今はやりたくない、君の横顔が見ていたい
後で後悔しても知らないんはだから
紗理奈と一緒にいて、後悔したことないよ、
私の腕を馬鹿にしてるの、
腕以外はね、
今日は絶対行かせてやる。何度もね、
超人になった
真面目な話ししよう、
今までなんだった、のよ
今まで話しはさっきの営みの前戯だろ
真面目な話って夜の女にはないわよ、
夜の女の前にただの女だろう
今日はただでいいわ、
夜景に感謝しなきゃ、か、
その通りニーチェにも、感謝しとくか、
マジな話ってヤバい、
息子が感謝したから、良いだろ、僕が話す番さ、
はい、どうぞ、
一生一緒にいてほし
何の話
キリスト教の儀式の話しさ、 応援するから、昼の仕事を、探さないか
私にできるわけないでしょ
前は事務員だっただろ
無理だわ
なにが?
何もかもよ、
じゃぁ、結婚しようか
ここの店長と独立するの、
いつまでも、夜の仕事してられなわ、
なるほど、
気は変わらないか、
彼に賭けてみる、今度は感情揺さぶる様な労働から変わるの。
なにも言えないな 。
手堅い提案だけど無理なの、
紗理奈は冒険がしたいんだろ
貴方は私の白馬の騎士じゃなくて、足長おじさんだったのよ
辛いね、
それを言いたくて来たの、
そうだよ 、
そうだよ、綺麗な夜景見て、とろけるよ提案を受けて。パーフェクト。
F男から久しぶりに電話があった。
どげんしとんな。久しぶりやのう。今どこにおるんな。
横浜や
何やっとるんや。まだ金融会社におるんか。
あぁ。横浜の課長や。次は支店長や。
何処におんのや。あまぁな飲みよんか。
まぁな。飲みよるけど、面白ないわ。
まあな。メンバーが悪いんか。
いい子ばっかりやで。
でもすげぇのう。
二年で支店長か。
そう言うそっちはどうなんや。
仕事か。適当にやっとるわ。
映画まだ観よんのか。
今時はレンタルばっかりやけどな。
そうなるわのう。
映画館ではなかなか集中力が続かんけえの。最近ええのあったんか。
最近か。あんまりこれって言うのはないな。って言うか、飲みばっかりで、観れん。
そうか、アイスクリームで腰いわさん程度にな
あぁ、そっちも悪徳金融で捕まらんように。
それは洒落にならん。
紗理奈は帰った、サヤカを見ずに。
NHKマイルカップ揃いましたサヤカ悔いなく走れ
スタート
おっとサヤカで遅れたました
サヤカ走れ。
でも、馬券の為になんか走るな
僕はふぬけになった。
紗理奈から電話があった。
私。
うん、わかるよ。
仕事順調かい。
まぁ。
また貴方と遊びたいと思っていて本番ありで二万円。
まだ紗理奈に未練がある。
ついてく男の人間違えただけよ。
構わないよ。
嫌い、と言って泣きだした。
もういい。
それっきり連絡はない。 私もしなかった。
急死した後輩の様に忘れられる日が来るだろうか。
ラスト アメリカングラフィティ風は
姉は三度目の結婚で遂に生涯の男を掴んだ。三度目の夫は強引なタイプでもなく普通の会社員だった。但し、怒らないから余計怖いかもしれない。子供は成人を過ぎ伴侶得て独立した。
姉夫婦は二人で分譲マンションに派手に見えながら、慎ましく生活している。
母親は名古屋でひとり暮らしで、定食屋をきり盛りして元気に過ごし自己破産している。
Cさんは会社経営に躓き、現在は埼玉県で生活保護を受けながら、透析治療中。
D男はその後繫がりは、なし。
多分手堅く薬剤師をしているだろう。
F男は今も電話での繋がりのある唯一の学友。大手製菓メーカーで勤務中。息子と娘は既に成人しているが、発達障害により、息子を扶養中。
E男は一、二度電話があったものの現在繫がりはなし。名古屋でブイブイ言わせる年でもない。それなりにやっているだろう。
A男は東大卒業後、噂に拠れば海外青年協力隊でアフリカにいるとのこと。
B男はその後全く連絡出来ない。フェイスブックにも登録なし。
エピローグ
まもなくすると、一枚の招待状が届いた。
欠席に印をする。僕は筆も置いて逡巡してから、出席にまるをした。
幹事A子
L男
名古屋駅の夜は思ったより明るく、きらびやかだった会場のホテルはより一層きらびやかだった。広いロビーの真ん中に 大きな螺旋階段があった。ルネッサンス期のオブジェは落ち着きさえ感じた。螺旋階段に巻かれるように、巨大なツリーが輝いていた 。
僕はその階段を上った。 階段を上がると2階でチェックインを済ませた。
ループの間は丸テーブルが四つ用意してあり、案外 少人数なんだなと思った。
アジェンダを見ながら最初はN先生の挨拶から始まるらしい。三十分前なので
そろそろ集まるはずだ。
顔を見るのも、四十年ぶりであり、見た目ではわからないかも知れない。
P男君じゃない、チョトチョト
私は後ろから肩を叩かれた。
私は振り向いたが、誰かは分からなかった。P男君貫禄でたわね。ねぇねぇ、なにしてんの。
行政書士だよ
それは難しそうだけど、弁護士か医者がいいの。
誰だか見当もつかないおばさんが去った。
テーブルを回りながら飲み物を運びながら、ボーイから白ワインを取った。私は名札のついたテーブルの前に座った。
隣のテーブルにいた。少し太ったが、A子が座っている。僕には直ぐにわかった。名字が変わってないのは独身か、☓付きか、養子を貰ったかいずれかだろう。N先生の挨拶がおわり、フリートーク時間となった。
僕は席を立ち、A子の方へ歩みよった。
よぉー、A子ちゃんわかる。もう三十年近くなるから、わからないかな。
P男だよ。少し太っただろう。A子ちゃんは変わんないね。
そんな事ないわ。私こそ太ったでしょ。
今何処にいるの。
岐阜県で両親と一緒。
僕は今 横浜 一人暮らしさ。
むかしはよく遊んだね。
そうね。
積もる話が山ほどあるね。
後でゆっくり話そうよ。
フリートークが終わり、今日のドレスアップ賞が男一人と女一人が読み上げられ
まもなくすると、一枚の案内が届いた。それは小学校の同窓会とクリスマス招待状だった。欠席に印をする。僕は筆も置いて逡巡してから、出席にまわることをした。
幹事A子
L男
名古屋駅の夜は思ったより明るく、きらびやかだった会場のホテルはより一層きらびやかだった。広いロビーの真ん中に 大きな螺旋階段があった。ルネッサンス期のオブジェは落ち着きさえ感じた。螺旋階段に巻かれるように、巨大なツリーが輝いていた 。
僕はその階段を上った。 階段を上がると2階でチェックインを済ませた。
ループの間は丸テーブルが四つ用意してあり、案外 少人数なんだなと思った。
アジェンダを見ながら最初はN先生の挨拶から始まるらしい。三十分前なので
そろそろ集まるはずだ。
顔を見るのも、四十年ぶりであり、見た目ではわからないかも知れない。
P男君じゃない、チョトチョト
私は後ろから肩を叩かれた。
私は振り向いたが、誰かは分からなかった。P男君貫禄でたわね。ねぇねぇ、なにしてんの。
行政書士だよ
それは難しそうだけど、弁護士か医者がいいの。
誰だか見当もつかないおばさんが去った。
テーブルを回りながら飲み物を運んでいる、ボーイから白ワインを取った。私は名札のついたテーブルの前に座った。
隣のテーブルにいた。少し太めたが、A子が座っている。僕には直ぐにわかった。名字が変わってないのは独身か、☓付きか、養子を貰ったかいずれかだろう。N先生な挨拶がおわり、フリートーク時間となった。
僕は席を立ち、A子の方へ歩みよった。
よぉー、A子ちゃんわかる。もう三十年近くなるから、わからないかな。
P男だよ。少し太っただろう。A子ちゃんは変わんないね。
そんな事ないわ。私こそ太ったでしょ。
今何処にいるの。
岐阜県で両親と一緒。
僕は今 横浜 一人暮らしさ。
むかしはよく遊んだね。
そうね。
積もる話が山ほどあるね。
後でゆっくり話そうよ。
フリートークが終わり、今日のドレスアップ賞が男一
会は一時間ほどで終わった。
二次会行く人手を上げて。
男女数人が手を挙げた。
僕は A子の方に向かった。
折角だし、ホテルのラウンジでもいかない。
はいとも頷きもしないが、僕のあとに付いてきた。
ラウンジは最上階にあり、夜景が一望出来るが、クリスマスイブの為か混み合っていた。
私はボーイ呼んで、相談すると、ルームサービスで同じ食事を楽しめますよ、との返答だった。さっそくロビーで鍵を受け取り部屋へ向かった。A子は一言も話さず付いてきた。
二人が部屋へ入るとシャワー浴びなよ、僕は声を掛けた。
A子は素直に従った




