死にゆく私へ
死にたくない、死にたくないと思えども、私はどうやら生きたいと思えなくなってしまったのです。心が死んでしまったのかもしれません。希望が見えないのは自分のせい。絶望が広がるのも自分のせい。私の生への渇望が、それこそ子どもの頃は持ち合わせていたのかもしれませんが、今日では何一つなくなってしまったのです。子どもの頃は良かったかもしれません。ホラー映画を見れば、夜が怖くなり、勧善懲悪のアクションを見れば、血が沸き立ち、肉が躍る感覚を覚えていたことでしょう。これが生を感じるということだったのでしょう。しかしながら、近頃の私は自分の顔を見るのも声を聞くのも吐き気を催すほどに嫌悪しているのです。私の中で将来というものが何も見えません。周りからはそんないい加減でいると仕事を始めて忙しくなったら何もできなくなるぞだとか、そんな様子じゃ将来良い人に出会えないぞだとか、言われるわけですがその人たちの見据えている未来の私というものが現在を生きる私からは見えていないのです。そんなの俺も私もわからないなりに生きているんだよと反論が出るかもしれません。その通りです。それが正解で正常で正道なのです。私では持ち得ないその考えに私は嫉妬心すら起きなくなってしまいました。いや、心の奥底で火鍋のように嫉妬で煮えくり返って狂ってしまったのかもしれません。明日も見えず、今日を生きることも、一秒先でさえ、自分がどのような顔をして過ごしているのかすらわからなくなってしまったのです。ありがたいことに私の周りにはものがあります。私の周りには人がいます。それは友人がいるというわけではなく、人里から離れた場所ではないということです。私には友人はほとんどいません。全くいないかもしれません。家族はいます。家族からの言葉にすら、心も身体も反応しなくなったのです。私は引きこもりではありません。半分引きこもっているような状態ではありますが、今度の春から新社会人になる大学生です。今この文章を書いているのが一月ですから、大学生でいられるのもあと二ヵ月とちょっとというところでしょうか。留年や浪人はしていません。苦労が足りないということでしょうか。ろくに苦労をしていないから、そんなに打たれ弱いのだということなのでしょうか。私は自分がとても弱いことは認識しているつもりですがそれでも足りないと言うことでしょうか。足りる足りないの話ではないですよね。心の持ちようだとおっしゃりたいのですね。
私はいじめられているわけではありません。そのようなことをする人間は私の周りにはいないということもあるかもしれませんが、それよりもいじめが起こるほど私が他者と関わっていないのです。私は存在していないのと同じです。嫌いがいじめの理由だとするのなら、無関心は何の理由になるのでしょうか。それは孤独です。私は孤独なのです。それでいて、周囲の視線を気にしてしまう。隠せもしない自分のコンプレックスを見られれば、ああ、この人は私のことをどんな風に見ているのだろうと重苦しい気分になります。可哀想と見下すのでしょうか。それとも、気持ち悪いと蔑むのでしょうか。認識すらしていなかったと相手にもされないのでしょうか。そんな被害妄想が延々と頭の中を巡り、発狂してしまいそうになるのをすんでのところで堪えるのに私は精一杯なのです。
努力が足りない、やる気が足りない、活力も情熱も何もかも私には足りないのです。そんな私が生きていられるでしょうか。
死に向かう私に言葉をかけるとするならば、あなたは何と言ってくれますか?
夕暮れ時はいつも私にもの悲しさを教えてくれました。国道沿いを通り、横道に入るとそこは区切られたように住宅が建ち並んでいます。私の背後から自転車が風をきって追い越していきます。配達があるのか、ずいぶんと大きな荷物を背負っています。目的地を目指して活力的に動かす足には人間の脈動が宿っているようで私を憂鬱な気持ちにさせます。
そのまま歩くと駅の商店街に出ました。人が賑わい、飲食店からは食器を扱う音が絶え間なく聞こえ、パチンコ屋から人が出てくれば、それに着いてくるようにやかましい音楽が耳に障るのです。顔の死んだ会社員はいても、私と同じで心の死んだような人はどこにもいませんでした。
段々と日が沈み、暗くなる街の光景が私の胸をきゅうと締め付けてきます。やはり、夜は怖いものなのでしょう。怖いという感情によって生の実感を得ることが出来て少しだけ嬉しい気持ちになりました。すぐ後には憂鬱感がついてくるのでその喜びも淡い泡沫のようにすぐに消えていってしまいます。街を歩く人々はこの夜をどのように認識しているのでしょうか。何か未知の楽しいことが起こるだろうと期待感に胸を躍らせるのでしょうか。それとも、はやく夜が明けてくれ、と明朝への思いを募らせるのでしょうか。そのような人は数少ないことを願いつつ、私は透明人間のようにこの街を闊歩します。誰にも見えていないと思えば、私の自分への嫌悪感は薄まるでしょう。そのせいで孤独感が強まることなどはどうしようもないことなのでどこかに放り投げてしまいたいものですが、心の中に煙のように充満していきます。こうやって心が濁っていくのです。洗い流す方法を知りたいものですが、誰も教えてくれません。そんな方法などはないのかもしれませんね。だとしたら、私はこの心の汚れと一生付き合わなければならないのでしょう。足下の影が伸びるのに伴うように私の気分は沈んでいきます。
私は今日、夕ご飯を外食にすることを心に決めました。これは、大変な進歩なのですが誰かに言おうものなら自炊したほうがいいんじゃないの? と否定されそうなのでやめておきます。何を食べようかなどと考えることもありません。なぜなら、気分が乗らないからです。気分が乗らないのなら外食なんてするなよ、と言われそうですが、年中気分が乗らないものですから、許してほしいです。目に入ったお店にしようと決めたのですが、なぜか目の前がぼやけてしまい、私の視界に入る建物が何のお店だかわからなくなってしまいました。参ってしまいました。視界のぼやけが止まりません。だんだんと頭が痛くなってきました。これはまずい、兎に角建物の中に入らないと、と思って、ぼやけた目でも入りやすそうな、扉の枠が煌びやかに装飾されている建物に入ることに決めました。
自動扉が開くと、軽快に流れる有名なバンドの音楽が身体を覆ってきました。ブルーの制服に身を包んだ受付に立つ人と目が合ったような気がして、立ち止まったままいるわけにもいかず、その中に足を踏み入れました。視界のぼやけが薄れてきて、そこがカラオケ店であることがわかりました。飲食店でないことに落胆しましたが一度店内に入ってしまった手前、そのまま踵を返すわけにもいかないのでとりあえず受付の前まで進むことにしました。心の中では満室であることを手を合わせて祈っていましたが、店員からの「何名様のご利用ですか」という言葉を聞いて、観念しました。
私は「三十分でお願いします」と頼みました。右手にドリンクバーで注いだジンジャエールを持って個室に向かいます。個室のドアを開けると二畳ほどのスペースに四角い机とソファがあり、部屋の角にはテレビとカラオケの機材が置かれています。薄暗い室内は何か奇妙な怪物が潜んでいるような恐ろしさを内包しています。十秒ほど個室の前で立ちすくんでいたのですが、このままここにいても店員さんの迷惑になると思い、私は意を決して入室しました。勇気の一歩を賞賛してほしいものですが室内では爽快感を押しつけるようなBGMが流れるばかりで拍手一つも起きません。それが私をより不愉快にさせます。
何の気なしに台に立てられたマイクを抜き取ります。マイクに被せられた透明なビニールのカバーが脱ぐことの出来なくなった重たい鎧のように見えて私を陰鬱な気持ちにさせます。腰を下ろすとソファに沈み込むような感覚に陥ったので、横たわり、身体を丸めます。徐々に室内の暗がりにも目が慣れてきて、机の下の床に目を向けます。床は薄く汚れていて、簡易的な清掃では手の届かない埃や汚れが目に入りました。誰からも相手にされない埃や汚れを見ていると、私の空虚で薄っぺらい人生を表しているようで、全身に重りが乗ったような気分になります。
そのまま寝転がった状態で床を眺めていました。どれくらい時間が経ったでしょうか。ふと、斑点がかったグレーの床の上で動く黒い影を見たのです。私ははじめ、埃が隙間風によって吹かれたのだと思っていました。しかし、埃だと思っていたそれは無機物で形作られたものとは思えないように蠢いていました。その真っ黒い影からは無限の生命力が発されているように見えました。私は小学生の頃に見た、『となりのトトロ』に出てくる「まっくろくろすけ」を思い出していました。出ておいでなどとは言っていないのに出てくるなんて、私は自分が存在していないもののように思えてきました。その影には私のことが見えていないのです。そうでなければ、「まっくろくろすけ」が姿を現すはずはないのですから。
右に左に動き回るその影が徐々に鮮明に形を持って見えてきました。伸びたペン先のような触覚、薄気味悪く動く六本足、黒く平たい胴体はガラスの扉から差し込む光を鈍く反射しています。私はこの生き物を見たことがありました。自分の家で、見ようものなら、悲鳴をあげて震源のわからない怒りに身を任せて叩き潰しにかかっていたでしょう。そんな根源的な嫌悪感を抱く存在に私はカラオケ店の一室で出くわしていました。
その埃のような影はゴキブリでした。
私は普段ならば叫び声をあげるであろう昆虫を、なぜか一言も発さずにただじっと見つめていました。自分にはない活力を持った生物をうらやましく思っていたのかもしれません。ゴキブリを観察していると彼は彼自身でも認めがたいように身体を重たそうにして、なんとか起き上がろうと頑張っているのがわかりました。私は自分の目を擦りました。まだ、ぼやけていたのかもしれません。部屋の電気が点いていなかったからかもしれません。私は視覚というものに疑念を抱きはじめました。先ほどまでの彼の無限の生命力がどこか彼方へ飛んでいってしまったように見えたからです。彼のただでさえ平たい身体は羽の箇所の月面のクレーターのようなくぼみとともに潰れていました。それは羽と呼ぶにはあまりにも悲惨な、もう飛ぶことを許されなくなった怪我でした。彼に残された時間が少ないことを物語るには十分すぎる傷です。扉の前を店員が通り過ぎるのが見えました。店員は新聞紙を束のように重ねて棒状に折り曲げたものを手にしていました。ああ、鬼のようだ、と私は思いました。あの店員には角が生えているのかもしれません。家での私もそうだったのでしょう。今はもうほとんど動かなくなった、かのゴキブリを見て、憐憫の情を抱きました。ヒクヒクと触覚が動くのを見て、彼も角が生えているのだなと私は数瞬の間に感じていた仲間意識から、一瞬で冷たい現実に引き戻されるような気持ちになりました。なぜなら、私にはもう角すらも生えていないのです。失ってしまったのです。昔は持っていた角。壊れていった角。もう元に戻ることはない角。
扉から吹き込む隙間風が私を身震いさせます。その風に乗って、灰が空に巻き上げられる情景が浮かびました。まだ私の両目が本調子ではなかったのかもしれませんし、いつの間にか眠りに落ちていたのかもしれません。目の前で動かなくなった彼を見て、私はえもいわれぬ孤独感に苛まれました。寝転がっている間に目にした羨望、嫉妬、同情、絶望は全てが嘘だったのだよ、と身軽になった彼が教えてくれているようでした。
「あなたは私に何も言わなかったね」
私はそう言い残して、部屋を出ることにしました。フロントに着くと、店員がちょうど受話器を下ろしているところでした。私の部屋に利用時間十分前の連絡を入れようとしていたのか、私を見ると、ああ、なるほど、とひとりでに納得したように頷いてから、伝票を受け取りました。精算をしていると、フロントの脇にある椅子に二人の男女が座っているのが目に入りました。二人は身を寄せ、指を絡ませて楽しそうに談笑しています。彼らは部屋が空くのを待っているようでした。私のせいで待たせてしまってごめんなさい、と声をかけようかとも思ったのですが、彼らには私の存在が見えていないようでしたから、口をつぐみました。彼らは先ほどまで私がいた個室に向かうのでしょう。あの箱の中には彼の死体があったな、と思い返します。彼らはあの場所で彼の死体を目撃するのでしょうか。いや、店員による清掃が入るでしょうから、彼の死体は処分され、何事もなかったかのように一室ができあがるのでしょう。私は彼の死体に思いを馳せるとともにあの鬼のような店員を思い出してもいました。鬼とは言いつつも私と同じ種族で同じ人種であると言うのだから、自分の情けなさに薄く笑みが溢れてきそうになりました。
カラオケ店を出て、私はご飯を食べようとしていたのを思い出しました。視界がぼやけることもなくなり、どのお店にしようかと、周囲の看板に目を向けました。すっかり日が暮れてしまい、街灯の明かりが私の身体を透かすようでした。夜の暗さに対抗するように煌びやかに彩られた看板たちに目が眩んでしまい、私の左右に佇んでいる建物たちがいったい何のお店なのかがわからなくなってしまいました。折角目のぼやけから解放されたというのに、今度は目が眩んでしまったものですから、誰かが私に、飲食店に入ることは許さないぞ、と遠くから圧力をかけているように感じました。これを人とのつながりと呼べるのであれば、なんとも喜ばしいことでしょう。
先ほどと同じ轍を踏んで、飲食店以外の建物に入ってしまうのも勘弁したいものですから、私はどこか一休みできる場所を探すことにしました。建物の中には入れないので、どこか座ることができそうな場所はないかと商店街を徘徊します。数十メートルほど歩くと、商店街を抜けて、駅の入り口にたどり着きました。スーパーのレジ袋を片手に持った退勤中の会社員とすれ違います。その会社員の太ももと擦れあってザシャザシャと音を鳴らすビニール袋はその人の体温がじんわりと伝わって、徐々に柔らかいものへと変化しているようでした。
駅の改札口のすぐ手前に花壇が置かれていました。レンガで作られた花壇の縁の部分に座れそうだったのでそこに腰を下ろすことにしました。駅の改札口から出てくる人々は皆一様に早歩きで、急くようにかかとで地面を蹴っています。その流れが徐々に速まり、目にも止まらぬものとなり、道を歩く人々の残像が長い虹の束のようになって私の視界を奪っていきます。酔ってしまったのかもしれないと私は思いました。カラオケ店で飲んだあのジンジャエールは本当はお酒だったのかもしれないと額に手をあてます。冬の外気にさらされた冷たい指先はその感触が現実のものだと語りつつも、私の未来を先取りしているようにも思われました。
花壇に植えられた花に目を向けました。どんな花なのだろうかと期待もしたのですが、実際には花などは咲いておらず、ただ、茶色く乾燥した土と幾ばくかの雑草がその身を縮こませるようにして生えているだけでした。私は植生などには疎いものですからそれがいったい何という名前の雑草なのかということはわかりませんでした。が、寒そうにくたびれているその様子にはどこか共感するものがあるのではないかとまじまじと見つめてみます。彼らは疲れ果てて土に頭をもたれているようでした。しかし、そこからはやはり、根性と名づけられそうな生命力が感じられるのです。きっと、外界には姿を現さないその根が彼らの精神として、その身を支えているのでしょう。
ふと目の前を二人組の女性が通りかかりました。どちらも厚手のコートとマフラーに身を包み、白い息を吐いて歩いています。片方の女性が何を思ったのか、私の座る花壇の方を向き「あそこは何も咲いてないのね」と残念そうに言いました。するともう一方の女性が「咲いてないどころか、あそこはここ数年何もないよ。管理するのが面倒になったのかもね」と言って、あはは、と笑いました。
私は改めて土に根ざした雑草たちに目を向けました。彼らは先ほどよりも小さく見えました。彼らの姿形は変わらないはずなのですがどうにもそう思えて仕方がないのです。本当は土に根ざした彼らの精神などないのかもしれないと思えてきました。寒空の下でも問題なく生きていける生命力など彼らはもう持ち合わせていないのだと私は気づいてしまったのです。「あそこはここ数年何もないよ」という先ほどの女性の言葉を頭の中で反芻します。彼らは残滓なのだと私は思いました。このまま誰かの手によって、あるいは手を下さずとも、朽ち果てていくのだと脳内で今後を予見して泣き出してしまいそうになりました。そして、眠ったように頭をもたれる彼らに向かって「あなたたちは私に何も言わなかったね」と言いました。
私は花壇から立ち上がり、歩き出すことにしました。飲食店へ向かいたかったのですが、また視界がぼやけたりだとか、目眩ましにあったりだとかするのは御免なのでとりあえず、商店街を歩き回ることにしました。そうすれば、いずれ目が慣れてくるかもしれないという希望的観測に身を委ねることにしたのです。一度通った商店街の道を折り返してきたわけですから、当然左右に並ぶのがどんなお店なのかということはわかっても良いはずなのですが、やはり、看板の文字がぼやけてしまい何のお店なのかわからなくなってしまいました。それどころか、今度は街を歩く人の顔だとか、建物の中の活気だとかすら、目にも耳にも入らなくなってしまいました。今私の目の前を通り過ぎた人は男性なのか、女性なのか。私の左斜め前に佇むお店には人がいるのか、いないのか。そんなこともわからなくなってしまったものですから、一目散にこの場所から走り去りたいと思いました。しかし、誰か他人にぶつかるようなことがあれば、迷惑をかけてしまう恐れがあるため、建物と建物の間の小路に入ることにしました。脇道に入ると今までずっと呼吸をするのを忘れていたかのように荒く咳き込んでしまいました。私の透明な呼気は夜風に乗ってどこか遠く私の知らないところに飛んでいくのだろうと思うと寂しい気持ちになります。息を整え、顔を上げると細い道の左右にはいくつかの小規模なのれんの掛かった建物があり、その先には所々に明かりのついた古びた民家が建ち並んでいました。私はのれんをくぐっていくような勇気は持ち合わせていないわけですから、路地の先を進んでいくことにしました。商店街から離れるように路地を進むと人の気配がほとんどしなくなります。まるで社会から切り離されて、異世界に迷い込んでしまったかのようです。
どれくらい路地を歩いたでしょうか。背後を振り返っても商店街の煌々とした明かりすら見えなくなるところまで来ました。私の左右には相変わらず民家が続いていますが、どこも雨戸を閉め切ってしまっているのか、漏れ出る光すらありません。空襲に備えているかのようで冷気を感じるごとにどこか暗い崖の下に連れて行かれそうな浮遊感に苛まれます。それを振り切ろうと歩を進めていると、空を区切るように張り巡らされた電線の幹となる電柱、その電柱の足下に立てかけられた一台のスマートフォンを見つけました。私はその光景がとても奇妙に思ったものですから、怖いもの見たさとでも言うのでしょうか、好奇心を胸に恐る恐る近づいていきました。立てかけられたスマートフォンは誰かの落とし物とは全く思えないように堂々と電柱に寄りかかっているようでした。私は彼を手に取り、画面を指でタップしました。すると、ロック画面や認証画面にならずにそのままホーム画面が開かれました。私はとても不思議に思ったのですが、まあそんなこともあるだろう、と無理矢理に納得してスマートフォンを眺めていました。画面の中にはアプリケーションというものがほとんどなく、電話と検索エンジンとメールがコンビニの商品棚に残された昆布おにぎりのように置かれているだけでした。電話とメールを開いてみたのですがどちらも、連絡先や受信したメールなどが何一つなく、蝉の抜け殻のような状態でした。アンテナマークが一本だけ立っていたので検索エンジンで何か打ってみようと思いました。私はゴキブリと打ってみることにしました。検索ボタンを押すと画面全体が真っ白に変わり、少ししてから画面中央で幼体の蛇のようなアイコンがグルグルと円を描きだしました。通信環境があまりよくないのでしょう。読み込み中の画面が続き、やっと終わったかと思っても、半ば硬直した状態で画面上部から徐々に服を脱ぐように検索結果がゆっくりと下に現れてきます。検索結果としては特に目新しさもなく、何枚かの写真と生態の説明、いくつかのウェブページへのリンクがあるのみでした。興味深いページがあるわけでもなかったのですが、どういうわけか「駆除」という文字だけが私の頭の中に残りました。検索窓に戻り、次は雑草と打ち込みました。こちらも大した情報はなく、どこかで見たことがあるような植物の写真と雑草の定義についての解説、それから雑草の名前の一覧や雑草対策のウェブページがあるのみでした。気になる見出しなどもなかったので途中でスクロールを止めて目を閉じました。今度は「除草」という二文字が頭の中に浮かんできました。私は視線をスマートフォンに戻し、最後にスマホと打ち込みました。現在の最新機種の情報や価格、評価などが出てきました。その他にはスマホ体験や格安情報などもスクロールしていくと出てきました。画面の右上を見ると充電が残りわずかであることに気がつき、電源ボタンを押しました。スマートフォンを持つ手を下ろし、頭の中で今見た情報を反復しようとしました。しかし、つい数秒前まで眺めていたはずの機種名も値段も全く覚えていませんでした。ただ、「寿命」という言葉だけが魚の小骨のようにつっかえていました。私はスマートフォンを元あった電柱に立てかけました。勝手に使わせてもらったとはいえ、それが礼儀であるように思えました。立つ鳥跡を濁さずという言葉がとても美しいものに思え、私自身を洗浄するようでした。
「あなたも私に何も言わなかったね」と意識をなくしたように電柱に寄りかかるスマートフォンに声をかけました。
私は再び歩き出すことにしました。路地を抜け、通りに面した交差点を突っ切り、また別の路地に入り、まっすぐ、まっすぐ進みます。不思議なことに交差点や路地の中で人を見かけることはありませんでした。徐々に開けてきた路地を抜けると、目の前には川が広がっていました。川幅が広いというわけではなかったのですが、対岸までがとても遠く感じました。川沿いの道を少し進んだところに橋が架かっていたのでそちらに向かうことにしました。川沿いを歩きながら、「こんなところに川なんてあったっけ?」と土地勘があるような素振りをしてみます。そんな私のひとつまみの砂粒にも満たない強がりを見透かしているかのように目下の川は悠然と流れています。川に沿って並んでいるアルミフェンスは私の進む道を示し、川からの冷気は私の背後に残された足跡を凍らせていきます。その足跡にはこれまでの私の身に起きた出来事、過去の記憶がフィルム写真のように冷凍保存されて見えます。川に架かる橋の前にたどり着きました。欄干を見てみると簡素な装飾で橋名板に何か漢字で書いてありましたがここまで来て、またもや、目の前がぼやけてしまったものですから、何と書かれているかはついぞわかりませんでした。私は橋の前で立ち止まり、呼吸を整えます。息を吸って吐き、また吸って、吐きます。今日出会った彼らを思い出します。潰れたゴキブリ、眠ったように頭をもたれる雑草、立てかけられたスマートフォン。彼らは私のことが全く見えていないようでした。いや、本当は私のことを見た上で、目をそらしていたのかもしれません。私は彼らに無常感を抱いていましたがそれは彼らから私に向けられていたものをただ瞳に映していたに過ぎなかったのかもしれないと今更になって思い至りました。哀れだな、と心の中で呟きます。
私は目の前の橋を見つめ、ふっと笑みを溢しました。
「あなたは私に何も言わなかったね」
私は一歩、足を踏み出しました。
志賀直哉さんの『城の崎にて』を読んで書きました。




