努力しない勇者志望、盗賊を護衛に転職させる
捕縛した五人は、縄で手を縛られ、杭に座らされていた。
殴られてはいない。だが逃げられない。
近くにガレスが立っているだけで十分だった。
アルは少し離れたところから、しゃがみ込む。
怠け者の目線だ。見下ろさない。煽らない。淡々と見る。
「ねえ。どうしてこんなことするの?」
責める声ではない。
本当に理由を知りたい声だった。
リーダーらしき男が唾を飲み、吐き捨てるように言った。
「……トンネルなんて出来たら、俺たちはおまんまの食い上げだ」
「おまんま」
アルが繰り返す。
男は目を逸らさず続けた。
「山道の護衛で食ってる。迷う奴、落ちる奴、冬に凍える奴……そういうのを助けて金を取る。危ない道があるから、俺たちは成り立ってるんだよ」
空気が一段冷える。
ミリィの頬の桃色が消えた。
ユノが息を呑む。
「助ける」という言葉が、別の意味に聞こえたからだ。
アルは一拍だけ黙り、次に、変な方向へ話を曲げた。
「なるほど。じゃあ君たちは――山道に詳しいんだ」
「当たり前だ。あの山で食ってんだからな」
男が吐き捨てる。
アルは立ち上がり、ガレスを振り返った。
「ガレスさん。この人たち、山道に詳しいようです」
ガレスの目が細くなる。
情けでは動かない目だ。
「……だから何だ」
アルはいつもの調子で言った。
「山道の見回り組に入れたらどうです?道が出来るまでの間も、工事中も、治安は必要です。地形を知ってる人間は、地形の側に置くのが一番ラクです」
一瞬、場が静まった。
リーダーが笑う。乾いた笑いだ。
「……雇うのか? 俺たちを?」
ミリィが一歩前に出る。
声は丁寧だが、硬い。
「見回りは、守る仕事です。あなた方は、今まで危険を利用していました。同じことをすれば――次は許しません」
ガレスが低く言った。
「雇うんじゃない。使うなら、首輪を付ける」
アルが頷く。
「そう。条件です」
アルは指を一本立てた。
「一。見回りは二人一組。必ずこちらの護衛が同行。
二。報告は毎日。嘘が一回でも出たら、即収監。
三。給金は出す。だが前払いはしない。
四。工事の線に近づくな。近づいたら――その場で終わり」
リーダーの顔が歪む。
「……ずいぶん厳しいな」
アルは平然と言った。
「厳しくしないと、こちらが休めないので」
ユノが恐る恐る言う。
「でも……こんな人たちを使うのは、危険じゃ……」
アルは首を振る。
「危険なのは分かってます。でもね、ユノさん。危険な人間を外に放つ方がもっと危険です」
そして、静かに付け足す。
「彼らは山を知ってる。山を知ってるなら、山で働かせる。悪意の行き先を、仕事に変える。――それが一番、被害が少ない」
ミリィが小さく頷く。
上品な声で、しかし退かない。
「働くなら、規則を守らせます。守れないなら、二度と山に入れません」
ガレスがリーダーを見下ろす。
「選べ。牢か、見回りか」
リーダーはしばらく黙り――歯を食いしばって言った。
「……見回りだ」
アルが頷いた。
「よし。じゃあまず――山道の地図を描いてもらいましょう。食い扶持は、危険の上じゃなく、役に立つ上に作るべきです」
リーダーが苦い顔で笑った。
「……お前、怠け者のくせに、めんどくせぇこと言うな」
アルはにやりとした。
「めんどくさい街にしないと、長く続きませんから」
ミリィが小さく息を吐いた。
この街の作法が、またひとつ増えた音がした。
その夜。
ギルド本部の二階、会議机の上に紙が広げられた。
紙の真ん中に、霧刺し山――人食い山。
線が何本も走っている。
太い線は正規の山道。細い線は抜け道。点は危険地点。
描いているのは、さっきまで縄で縛られていた男――リーダーだった。
手首の縄は解かれていない。片手だけ自由。逃げればすぐ捕まる距離にガレスがいる。
「……ここが早道だ」
男が指で示す。尾根の陰を縫う細い線。
「風を避けられる。だが足場が脆い。慣れてないと落ちる」
ミリィが即座に聞く。
「夜でも通れますか」
「目印が要る。石に白い筋――」
言いかけて男が口を噤む。
情報が金になる顔だ。
ガレスが低く言う。
「言え。今はお前の商売じゃない」
男は舌打ちしながら続けた。
「……白い筋の岩だ。月が出れば見える。あと、ここ。岩の割れ目が風を鳴らす。音で分かる」
リュシエルが紙の端に短く書き足す。
字は飾りがない。必要なことだけが残る。
「音の目印。良い」
アルは椅子の背にもたれたまま、欠伸混じりに言った。
「で、本隊はどこにいるんです?」
男が指を下へ滑らせる。山道の下、谷側。
「ここ。古い炭焼き小屋の跡。夜になると火が出る。……見張りが甘い」
「甘いのは、普段獲物が抵抗しないからですか」
アルが聞く。責める声じゃない。答えを拾う声。
男は目を逸らして言った。
「……護衛をやってる奴は、護衛の癖を見てる。本気の軍に当たるとは思ってねぇ」
アルが頷いた。
「じゃあ、当てましょう。癖を壊すために」
ユノが息を飲む。
「……襲うの?」
「襲うというより、終わらせるんです」
アルは平然と言う。
「盗賊の本隊を放置すると、工事は止まる。止まると僕が休めない。だから止めます」
ミレイユが淡々と補足する。
「治安リスクの除去。投資案件として当然です」
ルードが頷く。
「見せしめではなく、再発防止として処理する。――筋が良い」
ガレスが机を指で叩く。
「やるなら一回で終わらせる。戦って勝つんじゃない。逃げ道を潰して捕まえる」
ミリィが静かに頷く。
「血を増やさない。恨みを増やさない。捕縛で終える。――アルさんの方針に合わせます」
アルが少しだけ笑った。
「ありがたい。じゃあ作戦、簡単です」
夜明け前。
霧刺し山の下、谷の炭焼き跡。
火は小さい。
油断した火だ。
盗賊たちは焚き火を囲んで笑っていた。勝ったつもりの笑い。
「昨日の連中、逃げたらしいぜ」
「ギルド? 怖くねぇよ。辺境の寄せ集めだ」
「トンネル? 笑わせる。あの山を抜けるわけが――」
次の瞬間。
火が消えた。
正確には、消された。
風ではない。布だ。
焚き火の上に湿った布が落ち、煙が立ち、光が死ぬ。
「なっ――」
暗闇。
だが暗闇が有利なのは盗賊ではなかった。
ドワーフの目が、夜を切る。
ミリィが低く言った。
「動かないでください。動くなら――膝を折ります」
脅しではない。説明だ。
説明は怖い。
盗賊が剣を抜こうとした。
次の瞬間、足元の縄が弾けた。地面に張ってあった罠だ。
ばたん、と倒れる。
倒れたところへ、ガレスが踏み込む。
剣は抜かない。顎を押さえ、腕を取って、関節で止める。
リュシエルが一人、背後へ回り込む。
斬らない。武器を落とす。
落ちた音が、やけに大きい。
「……何だ、これ」
盗賊の声が震える。
震えるべきだった。
彼らは狩る側のつもりでいて、
自分たちが狩られる側の手順の中に入っていることに気づいていない。
アルは少し離れた場所から、淡々と告げた。
「逃げ道は塞いであります。山道に詳しい人が教えてくれたので」
盗賊が叫ぶ。
「裏切りやがったな!」
すると、例のリーダーが一歩出た。
縄はまだ手首に残っている。だが顔は逃げない。
「裏切りじゃねぇ。
……俺は食い扶持を変えただけだ」
盗賊の目が丸くなる。
「何だそれ……」
アルが言った。
「危険で儲けるのをやめて、役に立って儲ける。簡単でしょう?」
盗賊は笑おうとして、失敗した。
夜が明ける頃には、盗賊の本隊は縛られて並んでいた。
死者は出ていない。
だが全員、戦う気力を失っている。
ユノが息を吐く。
「……本当に、殺さずに終わった」
ミリィが頷く。
「規則の勝利です。夜襲でも、手順が崩れなければ事故は起きません」
ガレスが低く言う。
「次は裁きだ。牢か、労務か。――働かせるなら首輪を付ける」
アルは欠伸をして、肩を回した。
「はいはい。勝ち過ぎない。恨みを増やさない。でも止めるべきものは止める。――いつものやつです」
リュシエルがアルの横に来て、紙筒を差し出した。
「記録。提出用。監督局にも見せられる」
「助かります、護衛兼秘書さん」
「秘書じゃない」
「じゃあ、何です?」
リュシエルは短く答えた。
「……あなたが余計なことをしないように、隣にいる人」
アルが笑った。
「最高ですね。それ」
霧刺し山の麓で、また一つ。
止められない形が積み上がった。
盗賊が消えれば、工事は進む。
工事が進めば、道は通る。
道が通れば、山はもう人を食えない。
そしてアルは、少しだけ早く昼寝に近づいた。




