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努力しない勇者、二倍賃金でふるいにかける

 掲示板の前の人だかりは、昨日より増えていた。

 アルネリア側は地元のドワーフが多く、混乱は少ない。だがゼロではない。

 金が動けば、どこにでも混ざる者は出る。

 一方、レーヴェルト城下町は違った。

 王都にリグラード――遠くからも人が流れてくる。

 紙は同じ。文字も同じ。だが群衆の熱だけが、勝手に増殖する。

「二倍だぞ、二倍」

「食事も出るってよ」

「王都の石運びより稼げる」

 誰かの声が、誰かの背中を押す。

 押された背中が、さらに別の背中を押す。

 人は、夢か金で動く。――金の方が早い。

 広場の端で、ガレスが腕を組んで立っていた。

 護衛隊長の顔。剣を抜く顔ではない。人を数える顔だ。

 その隣に、ミリィがいた。

 甲冑の光は朝の陽を受けても派手にならない。彼女は派手に見せない歩き方を選ぶ。

「……思った以上ですね」

 ミリィが小さく言う。

「想定の一・五倍だ」

 ガレスが答える。

 声は低いが、驚きはない。驚く暇があるなら先に手を打つ、という声だ。

「集まるのはいい。問題は――混ざる」

「はい」

 ミリィが頷く。

 彼女の視線は、群衆の中心ではなく端を見ている。端には必ず、目的が違う者がいる。


 ギルド本部の一階。臨時受付が設けられ、セリアとフィオナが机を並べた。

 机には紙束。筆。印。身分札を置く皿。手続きの武器だ。

「氏名」

「出身」

「技能」

「前歴」

「同行者の有無」

「道具の有無」

 フィオナのペン先が、淡々と記録していく。

 セリアの声は柔らかい。だが質問は逃げ道を作らない。

「雇用は日払いです。ただし、初日は試用。二日目から本採用」

「試用?」

 誰かが眉をひそめる。

「はい。危険作業ですので」

 セリアは微笑んだまま言う。

「危険作業だからこそ、こちらも安全に働ける人を選びます」

 その選ぶという言葉で、空気が一段硬くなる。

 同時に、ふるいが意味を持つ。

 扉の脇に、ガレスが立つ。

 通す人間と、通さない人間を、見ている。

 ミリィは少し離れた場所に立っていた。

 声を荒げる必要がない位置。

 相手が自分から変な動きをしたくなる距離。


 三人組が入ってきた。

 荷も道具もない。手は綺麗。靴が新しい。現場に向かう足ではない。

「応募です」

 代表らしい男が笑った。

 笑い方が軽い。

「技能は?」

 セリアが聞く。

「運びなら、慣れてる」

「どこの現場で?」

「色々だ」

 曖昧な答え。曖昧は嘘の親戚だ。

 フィオナがペンを止めた。

 止めた瞬間、部屋の時間が一拍遅れる。

 ミリィが静かに口を開いた。

「失礼します。皆さま――運びは、何を運びましたか」

 男が一瞬、間を置く。

「……石とか」

「石の種類は?」

「……石は石だろ」

 ミリィは微笑む。

 微笑みは柔らかいが、言葉は逃がさない。

「試掘の荷は石だけではありません。杭、紐、測量具、薬箱。濡らしてはいけないもの、落としてはいけないもの、壊してはいけないもの。それらを石と同じと言える方は――危険です」

 男の笑いが消えた。

「何だよ。選り好みか?」

「いいえ」

 ミリィは丁寧に首を振る。

「安全のためです」

 それだけで、場が静まる。

 次に動いたのはガレスだった。

「――身分札」

 男が出す。

 ガレスは受け取り、裏を見て、表を見て、指で印章をなぞる。

「薄い」

 それだけ言う。声が低い。

 男が一歩引く。

「返せよ」

「返す」

 ガレスは札を皿に置いたまま言う。

「ただし、受付の外でだ。ここでは揉めるな。揉めるなら、今すぐ帰れ」

 三人組は舌打ちし、退出した。

 扉が閉まる。空気が少しだけ軽くなる。

 ユノが遠巻きに見ていた。

 目が硬い。だが、逃げていない。

 セリアがユノに小さく言う。

「二倍賃金は人を集めます。でも同時に、選ぶ責任も集めます」

 ユノは頷いた。

「……選ぶのも、私たちの仕事なんだね」


 次に来たのは、ひとり。

 年齢は若い。服は古い。手は荒れている。道具もある。

 だが――目が落ち着きすぎている。

「応募です」

 声が低い。落ち着きが、逆に怖い。

 ミリィの視線が腰に落ちる。

 剣はない。だが腰の位置が剣のある者の位置だった。

「道具は?」

「つるはしと、縄」

 つるはしはある。縄もある。

 だが刃が綺麗すぎる。現場の刃は、そんな顔をしていない。

 ミリィが問う。

「つるはしの柄は、何の木ですか」

 男は一瞬だけ黙り――正しく答える。

「……トネリコ」

 答えが正しい。

 正しいのに、ミリィの目が細くなる。

「現場慣れしていますね」

「まぁな」

 ミリィは胸元の小さな札を指で押さえた。

『道具』『材』『搬送』『封印』――現場で決めた確認項目。

 勘ではなく、手順だ。

 そして柔らかい声で、最後の針を刺す。

「では、なぜ、ここへ?」

 男が笑う。

「金だろ」

「金だけなら」

 ミリィは微笑む。

「昨日、王都の石場の方が高い日もあります。

 ここに来る理由が金だけの方は、少し不自然です」

 男の笑いが止まる。

 ガレスが半歩前に出た。

「名前」

「……アシュ」

「姓は」

「いらねぇだろ」

 その瞬間、ミリィの声が少しだけ硬くなる。硬いけれど、上品なまま。

「姓を言えない方は契約に署名できません。署名できない方は、ここでは働けません」

 男が舌打ちした。

「めんどくせぇ街だな」

「はい」

 ミリィは頷いた。

「めんどくさい街にしないと、長く続きません」

 男は肩をすくめて踵を返した。

 出ていく背中が、どこか軽い。

 軽すぎる背中は、刃物みたいに危ない。

 扉が閉まると、ガレスが低く言った。

「……あれは混ざり方が違う」

 ミリィも頷く。

「はい。道を作るより先に、線を引かなければなりませんね」


 その一部始終を、二階の階段の影からアルが見ていた。

 手にはマグカップ。顔にはいつもの眠そうな笑み。

「どうでした?」

 とぼけた声で降りてくる。

「混ざりました」

 ガレスが即答する。

「想定通りだ」

 ミリィが静かに補足する。

「面倒でも、最初にふるい分ける必要があります」

「ですよねぇ」

 アルは頷き、セリアの机に寄った。

「じゃあ仕組みにしちゃいましょう。面倒を人間の勘に頼ると、いつか疲れて漏れますから」

 セリアが目を細める。

「具体的には?」

 アルは指を三本立てた。

「一、受付で問いを用意する。現場経験がないと答えられない簡単な質問。

 二、身分札は必須。無い者は紹介状。紹介状が無い者は日雇い不可。

 三、初日は必ず試用。仕事の出来ではなく規則を守れるかで落とす」

 フィオナのペンが、嬉しそうに走った。

 制度は紙が好きだ。

 ユノが小さく息を吸う。

「それって……差別にならない?」

 アルは首を振る。

「差別じゃない。安全基準です。危険作業で誰でもいいって言い出すのが一番無責任です」

 ミリィが頷く。

「私もそう思います。誰かが怪我をすれば、結局、その責任は現場が負います。現場の人が、痛みを背負いますから」

 アルは笑う。

「ほら。ミリィ隊長が綺麗な言葉で正論を言うと、全部まとまる」

「綺麗な言葉ではありません」

 ミリィが丁寧に否定する。

「当然のことを、当然の形で申し上げているだけです」

 セリアが静かに頷いた。

「では、その当然を規則にしましょう。

 今日の出来事も、全部記録しておきます」

 フィオナが顔を上げる。

「混ざった事例として、記録に残しますね。監査にも出せます」

「出しましょう」

 アルが即答した。

「監査官さんには、私たちは最初から治安を織り込んでますって見せないと。そうすれば、止める理由が減る」

 ガレスが低く言う。

「止める理由は、消す。止められない形にする」

「そういうことです」

 アルはマグカップを揺らした。

「サボるために、最初に面倒を片付ける。――この街の新しい作法ですね」

 セリアは微笑んだまま、扉の方を見た。

「追放は怒鳴りません。淡々と、帰っていただきます。揉める理由を与えないために」

 外では、人の列がまだ伸びている。

 だがその列は、もう群衆ではない。

 線が引かれ、問いが置かれ、規則が書かれる。

 紙の上の仕組みが、人の流れを形にしていく。

 道を通す前に、街が先に回り始めた。

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