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努力しない勇者は嘘を真にする

 レーヴェルト城下町に、噂が流れ始めた。

 霧刺し山――人食い山に、穴を通す。

 レーヴェルトとアルネリアを、一本で繋ぐ。

 冬でも迷わず、荷車が通る道になる。

 最初は酒場の与太話だった。

 だが噂は、生活に触れた瞬間に現実へ変わる。

「野菜が安くなる」

「炭が途切れない」

「塩が切れない」

「冬の配達が止まらない」

「……人が死ななくなる」

 城下の人間は、いつの間にか出来た後を想像し始めた。

 想像し始めると、もう止まらない。

 人は希望より先に、便利を信じる。


 その日の夕方。

 城下町の宿屋に、異物が入ってきた。

 背が低い。骨太。荷が重い。

 工具箱の金具が、床板を一段沈ませる。

 ドワーフ達の団体だった。

 アルネリア出身。人数は二十を超える。

 先頭の男が、宿の女将に丁寧に一礼した。

「グラド・アイアンビアと申します。長期で部屋を借りたい」

 女将が目を瞬く。

「長期? この時期に?」

「ええ。山へ入る。いや――山を抜く」

 言葉が落ちた瞬間、宿の空気が変わった。

 聞き耳が立つ。箸が止まる。

 誰もが、その言い方を噂の続きだと理解した。

 女将が喉を鳴らす。

「……本当に、やるのかい」

 グラドは笑わない。

 ドワーフの笑わない真顔は、冗談の否定になる。

「噂を現実にするのが、俺たちの仕事だ」


 翌朝。

 宿の前の掲示板に、札が貼られた。

 霧刺し山(人食い山)トンネル工事

 労務募集/測量補助/資材運搬/炭輸送

 日雇い賃金:既定の二倍

 食事付き

 安全規則遵守

 問い合わせ先:ギルド本部/金環商会支部

 城下町の人々は、札を見上げて固まった。

 噂ではない。

 本当にやる。しかも規則と金で動かす。

「二倍……」

「食事付き……」

 ざわめきが広がる。

 だがそのざわめきは恐れではなく、算盤の音に近い。

 そして、決定打が落ちたのはその昼だった。


 レーヴェルト城。

 門をくぐったのは、軽装の男――ライネルだった。

 鎧は最小限。だが視線が鋭い。

 護衛というより、現場指揮の目。

「アルノルト・レーヴェルト殿の名代として参上した」

 門番が息を飲む。

 名代という言葉が、噂を公文書に変える。

 ライネルは城の奥へ通され、グラウヴァルト・レーヴェルト卿の前に立った。

 頭を下げるのは一瞬。礼は形。用件は刃だ。

「霧刺し山トンネル工事――レーヴェルト家の協力が必要だ」

 グラウヴァルト卿は黙って聞いている。

 父の顔だ。領主の顔だ。

 息子の噂を、噂として扱わない目。

 ライネルは続けた。

「山を抜けば、王都と辺境の線が太くなる。太くなれば、人も金も流れる。止まる冬が減る。死ぬ道が減る」

 一拍、間。

「そして何より――アル殿が言った。『あの山に勝てば、城下は十年分ラクになる』と」

 グラウヴァルト卿の指が、机の縁を軽く叩いた。

 笑いはない。だが拒絶でもない。

 城下町の外では、掲示板の前に人だかりが出来ている。

 噂が現実になったのを、誰もが見ている。

 霧刺し山は人食い山だ。

 その腹に穴を通すという狂気は――

 もう、始まっていた。


 グラウヴァルト・レーヴェルト卿は、しばらく黙っていた。

 沈黙は拒絶ではない。領主の沈黙は、計算だ。

「……息子が山を抜くと言っているそうだな」

 低い声だった。

 剣の声ではなく、税と治安の声。

 ライネルは頷いた。

「はい。霧刺し山――人食い山を抜きます」

 卿は机の上の地図を指で押さえ、ゆっくりと言った。

「山を抜けば道は太くなる。太くなれば人が増える。人が増えれば――揉め事も増える」

 一拍。

「私は希望では動かん。条件がいる」

 ライネルは即答した。

「承知しています」

 卿は指を一本立てた。

「第一。治安。工事のために流民が集まる。賃金が高ければなおさらだ。城下町で盗みと喧嘩が増えれば、私は止める」

 ライネルは頷く。

「警備線を二重にします。坑口・炭輸送・宿屋周辺――それぞれ班を分ける。封印輸送の照合もこちらで持ちます」

 卿は二本目。

「第二。責任者。誰が止める。誰が進める。誰が謝る。責任の線が曖昧なら、監督局が介入し、工事は死ぬ」

 ライネルは短く答えた。

「責任者はギルド長ユノ。現場責任はミリィ隊。契約責任は金環商会。レーヴェルト側は監督窓口を置いて見える化します」

 卿の目が細くなる。

「息子の入れ知恵か」

「はい」

 隠さない。隠すと疑われる。

 ここがライネルの現場感だった。

 卿は三本目。

「第三。税と補給。城下町の道と橋は、軍が使う前提では作られておらん。壊れれば修繕費が出る。誰が払う」

 ライネルは迷わず言った。

「使った者が払う条項にします。商会の輸送車両は重量計測、通行料は修繕積立に回す。工事が城下の負担にならない形にします」

 卿は、そこでようやく息を吐いた。

「……言い方は腹立たしいが、理屈は通る」

 机を軽く叩く。

「第四。軍事。トンネルは便利だが――同時に侵入口にもなる。完成後、誰が管理し、誰が閉じる」

 ライネルは頷いた。

「閉じる権限を作ります。非常時は封鎖。鍵は三者で分割。ギルド・レーヴェルト家・商会の三印が揃わないと開かない」

 卿は短く笑った。

 笑いと言うより、認めた時の息だ。

「……それなら、城は守れる」

 一拍。

「よい。協力する。ただし条件を守れ。守れなければ止める。容赦はしない」

 ライネルが頭を下げた。

「止める権限があるから、信頼できます」

 卿の眉が動く。

「……息子みたいな言い方をするな」

「息子の名代ですから」

 ライネルは平然と言った。


 城を出たライネルは、その足で城下の掲示板へ向かった。

 人だかりは昨日より増えている。

 札の前で、誰もが計算していた。

 そこへライネルが立ち、声を張った。

「レーヴェルト家が協力を決めた!」

 ざわめきが、波になる。

「工事は噂じゃない。やる。やり切る。ただし、規則を守れ。守れない者は帰せ」

「帰せって……」

 誰かが呟く。

 だがその冷たさが、逆に現場の安全になる。

 ライネルは続ける。

「賃金が二倍なのは、危険の代金だ。危険を増やす者に払う金はない。盗み、喧嘩、飲み過ぎ、封印破り――全部、即刻追放だ」

 一瞬、空気が凍る。

 だが次の瞬間、別の空気が生まれる。

 ――本気だ。

 本気の仕事には、本気の人間が集まる。

 それを町は知っている。

 グラド・アイアンビアが、人混みの端で腕を組んで頷いた。

「ようやく現場の顔が立ったな」

 宿屋の女将も頷いた。

「厄介も増えるけど……商売も増える。それが道ってもんだ」

 噂はもう、噂ではない。

 霧刺し山――人食い山の腹を抜く話は、

 城の印と規則で、現実になった。

 そしてレーヴェルト城下町の人々は、初めて本気で想像し始めた。

 冬に迷わない日。

 荷車が止まらない日。

 誰も食われない日。

 山が脅威でなくなる未来を。

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