努力しない勇者志望、自分ちまでの道を望む
「まずこちらが欲しいのは、木材と鉱石――それにドワーフの匠が作った武器と防具。
そちらが望むものは、できるだけ揃えてみせます」
ルードが指先で地図を軽く叩く。机上の紙が、ほんのわずか震えた。
「ほう」
バルグが鼻を鳴らす。鉱石の匂いでも嗅いだみたいな顔だ。
「最初から欲しいものを正直に言ってくる商人は、まだ信用できる方ですねぇ」
アルは椅子の背にもたれたまま、のほほんと言った。
「大抵は辺境の発展のためにとか、ふわっとした言葉から入りますから」
「おや、それは耳が痛い」
ルードは肩をすくめ、ユノとアルの間へ視線を落とす。
「では今度はこちらの番です。樹石連都アルネリアとして――何が欲しい?」
室内の空気が、少しだけ締まった。
先に口を開いたのは、セリアだった。
「行き来できる道と、安全です」
短く、言い切る。
「森側の街道はまだしも、山側の崖道は商隊を頻繁に通すには危険が大きい。金環商会さんが本気で長期投資を考えるなら、まず落ちない道を共同出資で整備したいですね」
「道か……悪くない」
ルードが唇に手を当てる。
「輸送路の安全が確保できれば、こちらとしても保険料を抑えられる。それはそのまま物資の価格に跳ね返りますからね」
ユノが、小さく息を吸った。迷いを呑み込むみたいに。
「それと、もうひとつ。保存食と、治療薬です」
ユノの指が地図の端――小さく記された集落へ置かれる。
「森の外れや山の奥で暮らしている人たちは、冬場どうしても食料と薬に困ります。わざわざギルドに来られない人たちのところへ、定期的に荷を運べる仕組みが欲しいです」
「辺境巡回商隊、ですか」
エリオがぱっと顔を上げる。言葉に名前が付いた瞬間、話が制度に変わる。
ミレイユの目が、もう計算に入った。
「本隊とは別に小型隊を編成……冬場は積雪ルートの確認が必要……」
「利益率だけ見たら、そこまでおいしい話じゃないですよ」
アルが、わざと釘を刺した。
「山奥の村は人口も少ない。買える量にも限界がある。人情だけで続けられる仕事じゃありません」
「分かっています」
ルードは初めて少しだけ真顔になった。
「だからこそ街側の協力も欲しい。辺境巡回の赤字分を、街との大口取引で相殺できるような――全体の設計を、一緒に組みたい」
ライネルが腕を組み、アルを見る。
「おい、怠惰担当。お前の出番だろ」
「ですよねぇ」
アルはあくびを噛み殺し、椅子から身を起こした。
「じゃあ、条件を三つほど」
「聞こう」
ルードが即答する。
「ひとつ目。この街での取引は、勇者特別枠を作らないこと。ユノさん割引とか、ユノさん専用優先ルートとか、禁止です」
「えっ」
ユノがぽかんとする。ミレイユの眉が、わずかに動いた。
「……なぜです?」
「勇者に特別枠をつけた瞬間、みんながそれを前提に動きます。ユノ様に頼めば早いし安いってね。せっかくワンオペをやめたのに、商流で元に戻されるのはごめんです」
アルは淡々と言った。
「勇者がいなくても回る仕組みって、買い物ひとつから徹底しないと一瞬で崩れます」
ルードは一瞬だけ目を細め、そして頷く。
「了解しました。勇者優先枠の禁止――規約に明記しましょう」
「ふたつ目」
アルは指を二本立てる。
「この街で働く人たち――運搬、倉庫、測量、警備。賃金は最低でもギルド標準以上にすること。安い賃金でこき使って、人を外へ持っていくのはナシです」
「人材流出防止ですね」
セリアが補足する。
「やっと森と洞窟で人手が回るようになってきたところなので」
「ふむ……それはこちらとしても長期的には得です」
ミレイユが小さく頷く。
「賃金を下げて集めるやり方は、信用も技術も壊す。辺境拠点としては愚策」
「では、三つ目」
アルは最後の一本を立てた。
「この街に学校を作るとき――」
「作る前提なのね」
リュシエルが最速で刺す。
「もちろんです」
アルは平然と続けた。
「学校を作るとき、教本と筆記具の供給を優先的に請け負ってください。森の子も洞窟の子も、同じ読み書きと計算ができるようにしたい」
「……教育か」
ルードの目が、わずかに笑った。
「武器と防具の話から、急に字を読める子の話になりますか、あなたは」
「だって、その方が長く見れば街がラクになりますから」
アルはあっけらかんと言う。
「読み書き計算できない人が多い世界って、全部誰かに頼るしかなくなる。それこそ、勇者ワンオペの別バージョンです」
ユノが、ハッとしたようにアルを見る。
「……私に、全部頼ってきたのと同じように?」
「そう。字の読める誰かに書類を丸投げして、分からないまま判だけ押す大人が増えるのは――僕の嫌いな怠惰です」
アルは口元だけで笑った。
「みんなが少しずつ読めて、少しずつ数えられるなら、みんなで少しずつ背負い直せる。それが、僕の全員でラクになるサボり方です」
室内が静まる。
最初に笑ったのは、バルグだった。
「はっは! めんどくさい小僧じゃのう!」
「褒め言葉として受け取っておきます」
ルードがゆっくり立ち上がり、改めて一礼した。
「金環商会、ラグナリア本部 対辺境開発部 部長、ルード・ゴールドリングとして。樹石連都アルネリアとの長期契約交渉を、正式に開始したい」
ユノも立ち上がって頭を下げる。
「勇者ユノとして……いえ、この街で働く一人として。よろしくお願いします」
アルは椅子の背にもたれ、天井を見上げる。
(……あーあ。これでまた、昼寝時間を増やすための仕事が増えましたねぇ)
口には出さない。
ルードが問いかけた。
「この三つの中で、どれを最初に手掛けるべきですかな?」
視線が一斉にアルへ向く。
「もちろん、レーヴェルト城までの道づくりです」
一拍。
「自分ちじゃねぇか」
ライネルのツッコミが最速で飛ぶ。
「兄さま……ついに欲望を隠さなくなりましたね」
セリアがこめかみを押さえた。
「違いますよお二人とも」
アルは真顔で両手をひらひら振る。
「レーヴェルト城は、王都方面とこの街を結ぶ分岐点です。
あそこまでの道を整備しておけば――」
地図に、さらさらと一本線を引く。
「王都 ↔ レーヴェルト ↔ アルネリア。ここが幹線になる。そうすれば本隊も物資も人も、全部が一気にラクになります」
「……辺境単体ではなく、王都〜辺境ラインで見ろ、というわけですか」
ルードが目を細くする。
「はい。森と洞窟の中だけ良くしても、外との首が細いままじゃ詰まります。だったら最初に太くするのは、レーヴェルト城までの道一択です」
「合理と私情が、きれいに同じ線を向いているのは嫌いではありませんな」
ルードは頷き、決めた。
「第一期はレーヴェルト城までの幹線整備。こちらで測量隊を出す。ギルド側からも護衛と調査員を」
「了解です」
ユノがまっすぐ頷く。
その瞬間、アルが地図を見たまま、さらりと言った。
「土木工事は、人が多ければ早く終わります。――既定の日雇い賃金の二倍出します」
空気が、揺れた。
「に、二倍……?」
ユノが思わず聞き返す。リュシエルは肩をすくめた。
「また極端ねぇ」
「きつい仕事を普通の賃金で募集しても、人は集まりません。きついけど短期でがっつり稼げるって評判になれば、遠くからでも来ます」
「その分、負担も増えますが……」
「今は先に払う我慢代です」
アルは視線を上げ、ルードを見る。
「道が通れば物流が増える。税収も増える。商会も儲かる。みんなで少しずつ我慢して、あとで長くラクをするための」
ルードはしばしアルを見つめ、ふっと笑った。
「よろしい。こちらも、それに見合う動きをいたしましょう」
胸元の金環バッジに触れ、告げる。
「王都に宣伝します。短期高給・食事付き・辺境開発優遇――このあたりの文句でどうですかな?」
「乗りますねぇ、その言い方」
リュシエルが感心したように口笛を吹く。
「人は、夢か金で動くものです」
ルードは地図上の線をなぞった。
「夢はあなた方が用意している。ならば金の部分は我々が支えましょう。既定の半分――いや、それ以下の期間で。王都とアルネリアを結ぶ道を作る」
ユノが息を飲み、セリアが小さく頷いた。
「兄さまの言うサボりやすい世界に、一歩近づきますね」
「そうですねぇ」
アルは気の抜けた声で笑う。
「みんながちょっとだけ無理して、あとで長くサボれる道を一本、引きましょうか」




