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努力しない勇者志望、名うての商会を呼ぶ

ギルド本部一階、受付前。

ガチャリ、と扉が開き、金具のきしむ音がホールに響いた。

「ギルド・アルベリオ所属、ミリィ隊――Bランク依頼、討伐任務。完了しました!」

先頭で声を張ったのは、全身を重厚な甲冑で固めたミリィだ。

その隣に、軽量フルプレートのアルが並ぶ。肩当てと胸甲はあるが、厚みは最小。動きやすさ優先の、いかにもサボる勇者志望の装備だった。

後ろから、いつもの顔ぶれが続く。

「報告書はこれ。数と配置、だいたい洗ってきたわよ」

リュシエルが書類束をひょいと掲げる。

「周辺地形の補足はこっちだ。森警備隊だけで、しばらく回せるはずだ」

ライネルが地図付きの紙をカウンターへ置いた。

「おかえりなさい、皆さん」

カウンターの中で、セリアが柔らかく会釈する。書類を受け取り、淡々と確認していく所作が、ここ最近さらにギルドの歯車らしくなっていた。

「Bランク案件、記録しておきますね――ユノさん」

呼びかけに応えるように、奥から軽い足音が近づいてくる。

「皆さん、お疲れさまです」

現れたユノは、以前の鎧姿ではなく、ギルド長用の簡素な制服だった。

それでも胸にある勇者の紋章だけは、変わらない。

「アルさんも……Bランク帯、お疲れさまでした」

「いやぁ、僕はほとんど安全圏から見てただけですよ。近接はミリィ隊長とリュシエルさん、ライネルさんに丸投げでしたし」

「丸投げ言うな」

ライネルが即座にツッコむ。リュシエルが肩をすくめた。

「でも事実。あんた、敵の動きと地形だけ見てた」

「サボりながら働くとは、こういうことですからねぇ」

アルは悪びれもせず笑う。

ユノは一瞬口元をゆるめ、それから少しだけ真面目な顔になった。

「アルさん、少しお時間いただけますか。……改めて、お礼を言いたくて。こちらへ」


勇者ギルド・ギルド長執務室。

以前は「勇者ユノの寝落ちスペース」でもあった部屋は、いまや書類棚と地図と、簡単なソファセットが置かれた立派な執務室になっていた。

「どうぞ、お掛けください」

「失礼しまーす」

アルが椅子に腰を下ろす。

リュシエルとライネルは、なぜか壁際に陣取った。見守りというより、ツッコミ待機だ。

ユノは正面に座り、背筋を伸ばした。

「改めて……アルさん。本当に、ありがとうございました」

「ん?」

「翠霧の森と鉄山洞窟群――いえ、樹石都アルネリアが、いま回り始めたのは、あなたのおかげです」

ユノは素直に頭を下げる。

「誰もが、あなたが来る前のやり方が普通だと信じていました。勇者一人が倒れるまで走り続けるのが、当たり前なんだって」

アルは首をかしげるように笑う。

「当たり前じゃなかったって気づいてくれたなら、それで十分ですよ。僕、世界を救う気も立派なことをする気も、いまだに一ミリもないですし」

「それでも――私は、あのままだったら、どこかで折れていました」

ユノが顔を上げる。

その目は以前より柔らかい。ちゃんと眠れている目だった。

アルは机上の地図を指で軽く叩いた。

「折れる前に、仕組みのほうを直したほうがいい。……誰か一人に背負わせたまま、周りが見て見ぬふりをするのは、一番タチが悪いんです」

ユノが瞬きをする。

「……見て見ぬふり」

「責任を負わないっていう意味での、最悪のサボりです」

アルは飄々と続けた。

「どうせサボるなら、みんなで少しずつ背負い直して、全員が長くラクできるほうがいいじゃないですか」

沈黙が落ちる。

ユノはしばらく考え――小さく笑った。

「……不純なようでいて、一番真っ当なんですよね、その考え方」

「『不純なようで』は余計じゃありません?」

アルがむっとする横で、壁際の二人がクスリと笑う。

「昼寝のためなら制度改革もする男って、聞いたことないわよね」

「ある意味、勇者より危険だぞ」

「やれやれ。言い方ってものがあるでしょう」

「言い方を変えても中身は同じよ」

軽口が交わされ、執務室の空気が少し和む――その瞬間。

コン、コン。

控えめなノック音。

「はい、どうぞ」

扉が静かに開き、セリアが顔を出す。

「お客様です。王都ラグナリアより――『金環商会』の方々がいらしています」

ユノが息をのむ。

「樹石都アルネリアに、正式な支部を開きたいと。ギルド長に、ご挨拶を――」

アルが目を細めた。予想通りの顔だ。

「ほら、言ったでしょう」

椅子から立ち上がり、ニヤリとする。

「ギルドができれば冒険者が集まる。冒険者が集まれば商人が来る。商人が集まる街は――だいたい、休める場所が増えるんですよ」

「最後だけ、なんとかならないの?」

「なんとかなりません。重要ですから」

ライネルが苦笑する。

「ともあれ、これで本当に勇者がいなくても回り始めた街として見られたってことだ」

ユノは深く息を吸い込み、声を整えた。

勇者としてではなく、窓口としての声になる。

「――お通しして」


執務室に、金属と紙と香油の匂いが流れ込んだ。

柔らかな声とともに、金茶の髪の男が丁寧に一礼する。

「この街の対外窓口は勇者ユノ様と伺っております。わたくし、金環商会ラグナリア本部・対辺境開発部部長。アルネリア担当となりました、ルード・ゴールドリングと申します。以後お見知りおきを」

続いて、扉から次々と人影が入ってくる。名乗りは短い。だが短いほど、何を握りに来たかが見える。

「財務担当、ミレイユ・ラナ=フェルン。税制、関税、保管――数字の話は私が」

「鉱石鑑定、バルグ・アイアンサイト。鉄山の連中には借りがある。損をさせる気はない」

「現地交渉役、エリオ・カーンです。……行き違いが起きないよう、間に立ちます」

「護衛隊長のガレス・フォードだ。支部が出来りゃ、狙う奴も増える。命と財布は俺が守る」

「事務係、フィオナ・スレイドです。書類の整理と、運用の記録を担当します」

最後の女性は、すでに板とペンを構えている。セリアと目が合い、二人とも一瞬だけ同業の顔になった。

ユノは慌てて立ち上がり、頭を下げる。

「と、とんでもありません。代表といっても私はギルドを預かっているだけで……街のことは自治評議会や森警備隊、鉄山側の評議会と――」

「ええ、承知しています」

ルードが、さらりと会話を受け止める。

「制度上の代表と、対外の窓口は必ずしも一致しません。ですが話を通す口が整っていることは、こちらが動く上で大切です」

ユノが言葉を探す、その横で。

壁際に控えていたアルが、のほほんと手を挙げた。

「その口を整える作業をやった張本人――アルノルト・レーヴェルトです。怠惰担当、制度いじり担当、昼寝確保担当」

一瞬だけ、室内の温度が変わる。

ルードの視線がアルに移り、測るような沈黙。

やがて、穏やかな笑み。

「お噂は、かねがね」

ミレイユが横で眉をぴくりと動かす。

「部長。事前資料には勇者依存体制を解体した、怠惰を自称する問題児と――」

「ミレイユ。口に出すと荒れます。胸にしまってください」

ルードは咳払いひとつで空気を整え、机上のフォルダを開いた。

「本題に入ります。金環商会は、このアルネリアを長期の交易拠点として位置づけたい」

「……長期、ですか?」

ユノが問い返すと、ミレイユが一歩前に出た。

「勇者一人に依存する繁栄は、脆い。倒れれば止まる。病めば止まる。――その仕組みは投資対象になりません」

視線が自然とアルへ集まる。

「しかし、この街は違う。回る線がある。線があるなら太くできる。太くできるなら、金は流せる」

ルードが、淡々と結論を置く。

「構造の確認と、穴の特定。そこは――アル殿にお願いしたい」

アルは肩をすくめた。

「やることは単純ですよ。ユノさんが休んでも回る線を全部見せて、足りないところを一緒に塞ぐだけです」

ユノが、ほんの少しだけ身じろぎする。

「……私は、いない前提で?」

「いない前提で考えておかないと、休めないでしょ」

アルは笑う。

「休めない街は、いずれ誰かが倒れて止まります。止まるなら、先に止まらない形に直す。――それが、サボりの技術です」

リュシエルが小さく笑った。

「出たわね。怠惰のくせに筋の通ったやつ」

ライネルがため息交じりに肩をすくめる。

「そのラクのために今ちょっと頑張る理論、ほんと厄介だ」

そこでセリアが、机の端に指を置く。

「本題を整理しましょう。金環商会さんは、この街に何を持ち込み、そして何を持ち出すつもりなのか。先に共有していただければ、こちらも調整しやすいです」

フィオナが板を抱え直し、ペン先を止める。

「はい。こちらを」

ルードが資料を広げた。紙の端に、金の環の刻印。

「支部開設、倉庫、護衛、税と関税、鉱石流通。――そして」

ミレイユが淡々と告げる。

「優先取引枠の設定です。こちらが金を流す以上、返りは必要ですから」

その言葉で、空気が一段硬くなった。

ユノの指が、机の縁をわずかに握る。

ライネルの視線が鋭くなり、リュシエルは笑みを消した。

そしてアルだけが、なぜか少し楽しそうに口角を上げる。

「なるほど。じゃあ、その枠の幅を決めましょうか」

アルは椅子を引き、机に肘をつく。

「――契約書に、休める条項を入れるなら。話は早いです」

商会側の目が、一斉にアルへ集まった。

新しい仕事と、新しい金の流れと――新しい線引きが、いまここから始まる。

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