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努力しない勇者志望は知らずに努力して真面目勇者は女子会を楽しむ

 ここ数日で、翠霧ギルドには一つの「新しい当たり前」が根づきつつあった。

「――本日のユノ様のクエストはこちらです」

 セリアが差し出した札には、きっちり三件だけが並んでいる。

 どれも【B~C:要・勇者判断】。

「……本当に、これだけでいいんでしょうか」

「だけじゃなくてだけにするんです」

 隣でアルが、いつもの間延びした声で口を挟む。

「残りは森警備隊とギルド登録冒険者の仕事ですからね。ユノさんが引き取っちゃダメな分です」

 ユノはまだ少し戸惑いながらも、札を受け取る。

 机の端には、もう一枚、目立つ札が立ててあった。

【ユノ:週一・丸一日休み(変更禁止)】

 それを横目に見て、ユノは小さく息を吐く。

(……休んでもいい、じゃなくて。休まないと、皆が困る……でしたっけ)

 あの怠惰な少年の理屈に、ようやく心のほうも追いつき始めている自分が、少しだけくすぐったい。

 

 一方そのころ――

「では本日、Fランク依頼【村の雑用&迷子探し】に向かうミリィ隊――」

 セリアが読み上げるのを、アルがひょいと手を挙げて遮った。

「新人冒険者・アルノルト、同行しまーす」

「いやいや待て。どの口が新人を名乗る」

 即座にライネルのツッコミが飛ぶ。

「だって書類上は完全に初日ですよ? 記念すべき初クエストがFランクの雑用。完璧なスタートじゃありません?」

「勇者ギルドの設計者がFランクから始めるな」

 ミリィは、ぱぁっと顔を輝かせた。

「いいじゃないですか! アルさんが来てくれるなら百人力ですよ! 重い荷物全部持ってもらえますし!」

「労働力として全幅の信頼を寄せられている!?」

 セリアがさらりと補足する。

「兄さま、戦いはミリィ隊に任せて、現場の動線と時間配分だけ見てきてください。F依頼でも、無駄に疲れる仕組みがあれば戻ってから見直しです」

「おっと、それならやる気出てきましたねぇ。サボりやすい現場づくりの調査だ」

「言い方!」とミリィ。

 そんな調子で、努力しない勇者志望は、念願の冒険者デビューを果たした。

 内容は、村の雑用と迷子探し、それから現場の流れの観察である。

 

 その日の午後。

 Cクラスの魔物案件から戻ったユノは、サーラに診療所へと半ば強制的に連行され、そのあとギルドのソファでハーブティーを飲んでいた。

「……こうして座って待っている時間があるなんて、少し前までは考えられませんでした」

「それが普通なのよ」

 サーラは肩をすくめる。

「あんたが走ってなくても現場が回るのは、みんなが分担を覚えたってこと。ほら、座っているのも立派な仕事だと思いなさい」

 ユノは、湯気の向こうで静かに目を細めた。

(座っているだけで誰かの役に立つ、なんて――本当に、変な感じ)

 けれど、その違和感は、嫌なものではなかった。

 

 ユノの自宅は、樹冠都リオナの中層にある小さな一室だ。

 窓からは霧をまとった枝葉がのぞき、風が抜ければ葉擦れの音が柔らかく響く。

「わぁ……ここ、ユノの巣って感じね」

 部屋に入るなり、リュシエルがきょろきょろと見回した。

「薬草の瓶、きれいに並べてあるんですね」

 セリアは棚を眺め、感心したように微笑む。

「寝床の周りが書類じゃなくてクッションになってるだけで、医者としては満点」

 サーラは、からかう半分、本気半分の口ぶりで言いながら、ユノからカップを受け取った。

 テーブルの上には焼き菓子とハーブティー。

 ユノにとっては、ようやく「本物の休み」になった休日だ。

「今日は皆さん、お休みを割いて来てくださって……ありがとうございます」

 少しこそばゆそうに頭を下げるユノ。

「休日の勇者観察なんて、そうそうできないからね」

 リュシエルが茶を一口飲んでから、目を細める。

「で、本題。――怠惰な勇者志望の調子はどうよ?」

 ユノは、ちょうどカップを口元に運びかけて、思わず笑みをこぼした。

「……やっぱり気になりますね。アルさん、ちゃんとやれてますか?」

 セリアは即答した。

「兄さま、なんとかFよりのEくらいまで手が出せるようになりました」

「成長したじゃない。うちの昼寝担当にしては」

 リュシエルが声を上げて笑う。

「最初はF:村の雑用/迷子探し専門でしたけど」

 セリアは淡々と続けた。

「最近は、事前準備をきちんとすれば危険が少ないDランク依頼くらいまでは、普通に現場に出ています」

「きちんと準備をすればを三回くらい確認してくるあたり、あの人らしいわね」

 ユノの口元も、自然と緩む。

「この前なんて」

 サーラが思い出し笑いしながら口を挟む。

「小型魔物退治で、『戦わないで済むなら最高ですねぇ』って言いながら、近所の犬を借りてきて追い払う作戦立ててたのよ」

「……本気で戦いたくないんですね、アルさん」

 呆れたような、少し安心したようなため息がユノから漏れる。

「でも、その作戦で本当に怪我人ゼロだったんですよ」

 セリアが静かに言った。

「兄さまの考え方は、結局いつも『誰も無理をしないで済む方法』から始まるんです」

「そこが一番タチ悪くて、一番立派なところね」

 リュシエルはクッキーをかじりながら、カップを揺らした。

「サボりたいサボりたい言いながら、一番先に人が壊れない仕組みをいじろうとするんだから」

 ユノは、カップを見つめたまま、小さく息を吐いた。

「……アルさんのおかげで、私、横になってもいいんだって、ようやく思えるようになりました」

 サーラが目を細める。

「最初ここに連れてきたときなんて、皆が困りますからって言いながらベッドから立ち上がろうとしてたの、誰だったかしらね」

「耳が痛いです……」

 ユノは真っ赤になりながら、カップを持ち直す。

「今は?」とリュシエル。

「今日みたいな丸一日休み。罪悪感、どのくらい?」

 少し考えてから、ユノは正直に答えた。

「……半分くらい、なくなりました」

「お、優秀」

 リュシエルがにやりと笑う。

「残りの半分は?」とサーラ。

 ユノは窓の外を一瞬見てから、ぽつりと言った。

「アルさんが、どこかで休める仕組みを作っていると思うと……私も、自分の休む練習を投げ出したくないな、って」

「サボる練習をサボらない、ね」

 セリアが思わず吹き出した。

「でも、いい傾向だわ」

 サーラが満足げにうなずく。

「休んでもいいかどうかじゃなくて、休まないと皆が困るから休む。そこまで来たら、あとは体が覚えてくれるわよ」

 ユノは三人の顔を順に見渡してから、静かに頷いた。

「――次にアルさんが戻ってきたら、ちゃんと言おうと思います」

「何を?」とリュシエル。

「あなたのおかげで、私、ちゃんと休めるようになりましたって」

 セリアが、少しだけ目を細めて笑う。

「兄さま、きっと全力で照れますね」

「『それはもう、世界平和のためですからねぇ』とか言いながら、耳まで真っ赤になるわね」

 リュシエルもつられて笑った。

 穏やかな笑い声が、霧の街の小さな部屋を満たしていく。

 その午後、勇者ユノの休日は――

 「がんばりすぎない」ための、新しい一歩を静かに刻んでいた。

 

 昼と夜が、何度も入れ替わる頃には――

 アルはすっかり「冒険者の顔」を手に入れていた。

 ついこのあいだまで、木の枝を振り回す子どもみたいだった剣筋が、今では一太刀ごとに無駄なく通っている。

 肩の力も抜け、踏み込みも自然だ。

 原因は、ひとえにミリィだった。

「いいですよアルさん、その振り方! 今の、めちゃくちゃカッコよかったです!」

 森のはずれの臨時訓練場。

 ミリィは自分のハンマーを脇に立てかけ、ぱちぱちと手を叩く。

「こ、こんなので?」

「こんなのでです! ほら、もう一回。同じ軌道で、今度はちょっとだけ腰を落として――」

 誉める。少しだけ修正する。また誉める。

 その繰り返しで、アルの動きは少しずつ洗練されていった。

「今のフォームなら、F~D帯の雑魚はまとめていけますね! 角度をちょっと変えれば、Bランクの手前くらいまでは夢見られますよ!」

「それを早く言ってくださいミリィ隊長!? はい、もう一回」

 そんなやりとりを、物陰からじっと見ている男が一人。

 ライネルだ。

 壁にもたれて腕を組み、アルの剣を目で追いながら、深く息を吐く。

「……ミリィ嬢は、見事としか言えんな」

 呟きに、隣のリュシエルが片眉を上げる。

「何それ、指導者としての敗北宣言?」

「自分はひたすら気合と根性で叩き込んできたんだがな」

 ライネルは頭をかきむしった。

「何年かけても形にならなかったものが、誉め言葉と楽な振り方だけでここまで変わるとは……。俺の教え方、完敗だ」

「そういう素直な負け方、嫌いじゃないわよ?」

 リュシエルはくすりと笑い、訓練場のアルを顎でさす。

「でも、いいじゃない。あれが努力しない勇者志望なりの、一番効率のいい努力でしょ」

 ライネルは、剣を振り続けるアルを見つめる。

 汗だくなのに、どこか楽しそうな顔。

「……ああ。少なくとも、根性だけで自分を壊す勇者候補には、もう見えんな」

 ミリィの「今の一太刀、ギルドの壁に彫っておきたいくらいです!」という大げさな声に、アルが真っ赤になって叫ぶ。

「それは全力でやめてください!」

 その剣筋は、さっきまでよりさらに無駄がなかった。

 努力しない勇者志望は、今日もF~Dランクの現場で。

 超真面目な勇者の「休み時間」を、少しずつ増やすために――

 自分なりの一番ラクで一番真面目な努力を、積み上げていた。

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