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努力しない勇者志望は、超真面目勇者にギルドを贈る

 樹冠都リオナ、中層デッキの一角にある会議室は、森の匂いと鉄の匂いが同時に入り込んでくる、不思議な空間だった。

 簡素な丸テーブルを挟んで、全員が座る。

 アル、ユノ、リーネ、グラド。

 森側からは、武官服姿のエルフ――フェルン・エルファードと、白衣に近いローブの治癒師サーラ・グリーンリーフ。

 洞窟側からは、グラドのほか、胸に評議会章をつけた古株議員ドルン・ストンフィストと、小柄な女ドワーフ冒険者ミリィ・コールハンマー。

 少し離れて、ライネルとリュシエル。

 その横で、静かに茶器を並べるセリア。

「では、改めて」

 アルは、湯気の立つカップを手のひらで温めながら、柔らかく切り出した。

「ユノさん。あなたが勇者として受けてきた依頼、その報酬の話から始めましょうか」

「報酬……ですか?」

 ユノが、きょとんと瞬きをする。

 その反応だけで、だいたい察せてしまって、アルは内心で軽くため息をついた。

「はい。森の迷子探しから、坑道の崩落対応、魔物討伐、行政の相談役、祭りの警備。それぞれに、どれくらいの対価が支払われていたのか。金貨でも、物資でも、宿舎や食事という形でも。具体的に」

「あ、あの……」

 ユノは困ったように視線を泳がせ、両手を膝の上でぎゅっと握りしめた。

「私は、その……人の役に立てるなら、それで充分だと……。森の皆さんも、洞窟の皆さんも、ありがとうって言ってくれますし……ときどき差し入れもいただきますし……だから、その、報酬なんて……」

 言いながら、自分で「やばいこと言ってるかも」と気づいたのか、声がだんだん尻すぼみになっていく。

 沈黙。

 先に口を開いたのは、セリアだった。

「……ユノさん。確認ですが、勇者としての定額の給金も、一件ごとの正式な報酬も、契約書の類も――存在しない、という理解でよろしいですね?」

「け、契約書……?」

 ユノの顔が、完全に「初めて聞く単語です」という表情になる。

 そこで、サーラが、ぐっと身を乗り出した。

「ちょっと待って。ユノ。あなた、自分の治療費がいくらになるか考えたこと、ある?」

「え……?」

「あなたが倒れて、全身の疲労と魔力枯渇を治すのに、どれだけ薬草と時間がいるか、私は何度も計算してるの。それをありがとうと差し入れだけで済ませるのは、医者から見ても正気じゃないわ」

「サ、サーラさん……」

 答えの代わりに、リーネとグラドが、そろって深くうなだれる。

「……その、はい。森の行政院としては、『森の守護者としての名誉と住まいの提供』という形で……」

「こっちも、『鉄山の友として、どの家でも飯と酒は出す』って決めててな……」

 セリアが、ポン、と額に手を当てた。

「実質、タダでこき使っていたということですね」

「ち、違います! そんなつもりは――!」

 慌てて立ち上がりかけたリーネを、アルが片手で制した。

「責めるのはあとにしましょう。まずは、現状を数字に落とします」

 そのとき、低い声が割り込んだ。

「強い奴が一番働くべきだろうが」

 洞窟側席から、ドルン・ストンフィストが腕を組んで唸る。

「勇者が全部やるのが、一番早くて確実だ。わしらはそうやってきたし、それで鉱脈も守られてきた」

 アルは、ちらりとそちらを見て、肩をすくめた。

「ええ、その確実さの代わりに、勇者の寿命を削ってきたわけですねぇ。だから今日は、そのやり方の決算です」

 フェルンが、苦い顔で口を開く。

「……ドルン殿。森の警備隊も同じだ。『危なくなったらユノを呼べ』で回してきたのは俺たちの怠慢だ。この場でそれを認めないなら、話が進まない」

 ドルンは鼻を鳴らしたが、すぐには言い返さなかった。

 アルは、いつもの間延びした口調のまま、紙束をセリアに向けてひらひらさせる。

「リーネさん、グラドさん、フェルン隊長、ミリィさん。ここ一年分で構いません。ユノさんに回ってきた依頼を、できる限り思い出して並べてみてください。

 どれが森側で、どれが洞窟側で、どのくらいの危険度か、ざっくりでいいので」

「お、おう……やってみるが……」

「分かりました。記録と記憶を照らし合わせて、出せるだけ出します」

「森の巡回記録なら、警備隊で全部残してある。迷子と境界の揉め事、俺が覚えてる分も書こう」

「わ、わたしも! ユノ様に同行した依頼、全部じゃないですけど……一緒に行けて嬉しくて、日記に書いてるの、持ってきます!」

 ミリィが勢いよく手を挙げると、ドルンが「仕事中に日記とはな」とぼやいた。

「仕事じゃなくて、憧れです!」

 ミリィの言葉に、ユノが思わず目を丸くする。

「ミリィさん……そんな……」

「だからこそ、ユノ様が倒れたら困るんです。わたしたち、ずっと背中を追いかけてきたんですから!」

 その一言で、場の空気が少し変わった。

 そこから先は早かった。

 森側の記録係に走り、洞窟側の報告書の束を担ぎ込ませ、

 グラドは自分の太い指で、リーネは几帳面な字で、フェルンは巡回記録をもとに、ミリィは自分の小さな手帳を開いて、テーブルの上の紙をどんどん埋めていく。

 セリアは、その場で項目を整理しながら、すらすらと書き写していく。

 森の迷子 × 回。

 魔物討伐(中級) × 回。

 魔物討伐(上級) × 回。

 坑道崩落対応 × 回。

 行政会議参加。

 揉め事の仲裁。

 祭礼警備。

「……兄さま。ざっと見積もって、森側の中級討伐をひとつ金貨五十、上級なら二百、崩落対応や行政会議の顧問料を一件百としても……」

 セリアが、さらさらと計算し、数字を書き込んでいく。

「どれくらい?」とライネル。

「森と洞窟あわせて、一年で最低、金貨一千枚分は超えていますね」

 その瞬間。

「一・千!?」

 ライネルが、椅子ごと後ろにひっくり返りそうになって、盛大に咳き込んだ。

「お前、金貨一千って言ったか!? 帝国の辺境なら、ちょっとした屋敷どころか小さな砦が買える額だぞ!?」

「もっとでしょ」とリュシエル。

「大陸によっては、街ひとつの一年予算レベルよ、それ」

 リュシエルの赤い瞳には、笑いが消えていた。

「それだけの仕事を、ありがとうと差し入れで済ませてたってわけ」

 フェルンが、顔をしかめる。

「……勇者任せにしてたのは、俺たちの怠慢だったな。数字にされると、逃げ場がない」

 ミリィも、拳を握りしめる。

「ユノ様……わたし、この数字見て、正直むかついてます」

「み、ミリィさん……?」

「ユノ様がすごいのは知ってます。でも、すごいからタダでいいは、おかしいです!」

 サーラが、小さく頷いた。

「同感ね。治療師の立場から言わせてもらうなら――これはもはや虐待に近いわ」

「だから、そんなつもりじゃ――」

 リーネが言いかけると、グラドが苦々しそうに口を挟む。

「……言い訳すんな、リーネ。責任者として、俺らが楽な方に流れたのは事実だ」

「グラドさん……」

「こっちはこっちで忙しい、って言い訳しながら――

 勇者がいるから大丈夫だって、心のどっかで甘えてた」

 ドルンが、机を軽く叩いた。

「だがな……強い者が前に出るのは、戦の常識だ。危ないところに、弱い奴を出すのは、もっと間違いだろうが」

 リュシエルが、すかさず切り返す。

「じゃ、その強い者が死んだあとどうするかまで考えるのが、本当の常識でしょ。強い奴一人に全部持たせて、壊れたら次って――それ、ただの使い捨てよ」

 重い告白と反論のあと。

 アルが、ようやく口を開いた。

「ユノさん」

 名を呼ばれた勇者は、びくりと肩を揺らした。

「一年で、これだけの仕事をして。あなた自身は、いくらもらってたか、覚えてますか?」

「だから、あの……。森の家を使わせてもらってますし、洞窟の宿も、いつも空けておいてくださいますし……ご飯も、どこに行っても出してもらえますし……」

「金貨で言うと?」

 アルは、声を少しだけ硬くした。

「月に何枚、年に何枚。勇者ユノが自分の意志で使える金貨は、どれくらいありますか?」

 ユノは、しばらく考え込んで――申し訳なさそうに笑った。

「……数えたこと、ありません。でも、私は困ってませんから。皆さんが助けてくださるので」

 その笑顔に、サーラが机をバンと叩く。

「ユノ。あなたが困ってないのは、困る暇がないくらい動かされてるからよ」

「え……?」

「自分の服を選ぶ時間も、自分の本を買う時間も、自分の旅を考える時間も――全部削られてる。困ってないじゃない。困る余地すら与えられてないの」

 リュシエルも、露骨に顔をしかめた。

「自覚しなさい。あんた、自分で思ってる以上に、雑に扱われてるわよ」

 セリアが、静かにまとめる。

「つまり。勇者ユノは、一年で金貨一千枚以上の価値の仕事をしながら、個人としての対価をほとんど受け取っていない。住まいと食事は支給されているものの、それは拘束と表裏一体。言ってしまえば――」

「ブラックを通り越して、もはや奉仕前提の宗教施設レベルですねぇ」

 アルが、さらっと刺した。

 リーネとグラドは、今度こそ言葉を失い、肩を落とす。

 フェルンも顔を伏せ、ミリィは唇を噛む。

 ドルンでさえ、渋い顔をして黙り込んだ。

 重い空気を、ライネルがわざとらしい悲鳴でかき回した。

「ちょっと待てよ……。てことは何か?俺たち、今から奉仕前提の宗教施設に金の流し方を叩き込んで、ちゃんと報酬払わせる仕組み作れって話か?」

「そういうことになりますねぇ」

 アルは、にこりともせず、淡々と答えた。

「でないと、ユノさんが倒れた瞬間、この森と洞窟、まとめて詰みますから」

 ユノが、小さく息をのむ。

「た、倒れるなんて――私はまだ、大丈夫で――」

「一日半、ぶっ通しで寝た人のセリフじゃないですよ、それ」

 アルはきっぱりと遮った。

「休んだ瞬間にまだ寝られるってなった時点で、もう限界はとっくに越えてたんです。

 今まで、倒れる暇もなかっただけで」

 ユノは、何も言い返せなかった。

 サーラが、静かに追い打ちをかける。

「ユノ。前にも言ったわよね。『あなたが倒れたら誰が治療するの?』って。あれ、冗談じゃないのよ。あなた一人に全部背負わせる世界は、医者の目から見て病気なの」

 セリアも頷く。

「ユノさん。兄さまは努力が嫌いですけど、数字で話すのは好きなんです。今日は感情論ではなく、まず数字と仕組みで話しませんか?」

「……数字で、ですか」

 ユノは、ゆっくりと辺りを見回した。

 真剣な顔のエルフ。

 拳を握り締めるドワーフ。

 皮肉を口にしながらも、目だけは真面目なライネルとリュシエル。

 厳しいが温かい視線のサーラ。

 そして。

 テーブルの向こうで、マイペースそうにお茶を飲んでいる少年――アル。

(この人は……私のことを責めているわけでも、褒めているわけでもない)

 ただ、淡々と「仕組み」の話をしている。

 自分がどれだけ頑張ったかではなく。

 自分の頑張りのせで、どれだけ歪みが積み上がっているかを。

「……分かりました」

 ユノは、ようやく小さくうなずいた。

「私が、どれだけ安く扱われてきたかも。どれだけ勝手に受け止めてきたかも。ちゃんと、数字で見せてください」

 アルの目が、少しだけ和らいだ。

「はい。ではまず――」

 アルは、紙束を指でとんとんと揃える。

「この一年、ユノさんがやったことを全部、冒険者ギルドが存在した世界線で換算し直しましょう。どの依頼なら新人に振れたか。どの依頼なら中堅で十分だったか。勇者じゃないと無理な案件が、どれだけあったのか」

 リュシエルが、にやりと笑う。

「つまり、勇者に全部押しつけたツケを、森と洞窟に請求するってわけね」

「請求書は、あとでまとめて出しますよ。冒険者ギルド設立費って名目で」

 アルは、ようやく少しだけ、いつもの調子を取り戻した。

「ユノさんには、勇者の仕事からギルド長の仕事に転職してもらう方向で、条件を詰めていきましょうか」

「ギルド……長……?」

 自分の知らない未来の単語に、ユノがぽかんとする。

 その顔を見て、ミリィが目を輝かせた。

「ユノ様がギルド長!? な、なんかそれ、すっごくカッコいいです!」

「お、おいミリィ、落ち着け」とグラド。

 フェルンも、真顔で頷く。

「森の依頼をまとめて振り分ける窓口ができるなら、警備隊も動きやすくなる。

 ……勇者任せをやめるきっかけになるなら、俺もそのギルドとやらに協力しよう」

 ドルンは、まだ渋面のままだったが――小さく唸る。

「ギルド長だか何だか知らんが……。強い者が休める仕組みを作るってのは、聞くだけ聞いてやる」

 ライネルが肩をすくめた。

「ようこそ、努力しない勇者志望のサボらせ改革へってやつだな」

「兄さまのサボりは、だいたい世界の誰かを楽にしますから」

 セリアが、小さく笑った。

 こうして――

 努力しない勇者志望と、超真面目勇者、その仲間たちによる、

 「勇者ブラック待遇・数字で殴り直し会議」が、本格的に動き出した。


 アルは、ぱん、と手を打った。

「じゃ、方針を一つ決めましょうか」

 全員の視線が集まる。

「まずはユノさんが、本来受け取ることが出来たはずの報酬を――きっちり請求します」

「き、きっちり……」

 リーネの耳が、ぴくりと揺れた。

「森の行政院と、鉄山評議会に対して。勇者ユノに未払いとなっているギルド換算報酬として、正式に請求書を出しましょう。

 さっきセリアさんが出した最低一千枚相当の内訳も、全部添えて」

 セリアが静かに頷く。

「依頼ごとの危険度と相場も、一緒に書きます。善意だから払わなくていいは、通りませんからね」

 グラドが、頭をがりがりかいた。

「……正直、痛ぇな。だが、払わねぇと今後も勇者をタダで使っていいって話になる」

「そういうことです」

 アルはにこやかに続けた。

「で、そのまとめて払ってもらうお金を――ユノさんの出資金として扱います」

「出資金?」

 ユノが、きょとんと瞬きをする。

「はい。冒険者ギルド《翠霧と鉄山の間》(仮称)――その設立資金です。本来あなた一人に入るはずだった金貨を、勇者を休ませる仕組みに丸ごと突っ込む」

 リュシエルが、にやりと笑う。

「いいじゃない。勇者の血と汗の結晶で、勇者不要システムを作るってわけね」

「言い方にトゲしかないですが、大筋はそうです」

 アルは苦笑しつつ、指を折ってみせる。

「① 過去一年分の未払い報酬を、森と洞窟から分割で支払ってもらう

 ② その金を、ギルドの建物・備品・初期運営費に回す

 ③ ギルドが軌道に乗ったら、ユノさんにはギルド長としての月給をちゃんと払う」

「げ、月給って概念から教えなきゃいけないやつだわね、これ」とリュシエル。

 そこで、ドルンが眉をひそめた。

「待て。評議会にそんな金をぽんと出せと? 鉱夫の飯はどうする。設備投資はどうする」

「ドルン殿」

 グラドが、真っ向から言い返す。

「この一年、勇者にタダ乗りして浮いた分を、元に戻すだけだ。払うもん払って、その代わりにちゃんと依頼としてギルドに出す。そのほうがよっぽど筋が通る」

 フェルンも続ける。

「森も同じだ。勇者に押しつけて浮いた分を、街と森のために『仕組み』として払い戻すだけだ」

 サーラが、さらに釘を刺す。

「それにドルン。ユノが倒れて、しばらく動けなかったら――その間の坑道事故の処理費用、少なく見積もっても金貨何百よ。予防医療と思えば、安い投資よ」

 ドルンは、ぐっと詰まる。

「ぐ……医者にそう言われると弱いな……」

 その横で、ミリィが手を挙げる。

「それに、ギルドができたら、わたしたち若い冒険者がE〜Cランクのお仕事、がんがん受けます!強い奴一人が全部じゃなく、みんなで分けて戦うほうが、絶対強いです!」

「……お前らの世代は、口がよく回るな」

 ドルンはぼやきつつも、完全な否定はしなかった。

 ユノは、おそるおそる口を開いた。

「そ、そんな……。皆さんが苦しい中で、私だけそんな大金をいただくなんて――」

「出た、典型的ブラック勇者のセリフ」

 ライネルが即ツッコミを入れる。

「皆苦しいから自分はゼロでいいって、制度側から見ればじゃあそのままでって話になるんだぞ?」

 アルも、そこは譲らない。

「ユノさん」

 わざと、真面目な声色に変える。

「これはあなたの懐を膨らませる話じゃなくて、あなたが今まで肩代わりしていた負担を、街に正式に割り振り直す話です」

「……負担を、割り振り直す」

「はい。今までは、森も洞窟も、本来払うべき対価を、人の善意で踏み倒してきたわけです。そのツケを、まずは数字にして返してもらう。そして、そのお金を使って、これから誰も善意で燃え尽きない仕組みを作る」

 ユノは、ぎゅっと拳を握った。

「……それなら」

 少しだけ、声が強くなる。

「それなら、受け取る意味があります。私が無理をした分が、これからの人たちの楽さに変わるなら」

 リーネとグラドが、同時に頭を下げた。

「ユノ、本当にすまなかった」

「これからは、払わなくていい優しさに甘えねぇようにする」

 フェルンも、静かに言う。

「勇者任せをやめる。森の長の息子として、警備隊長として――この合意に、俺も責任を持つ」

 ドルンは、しばらく黙っていたが、やがて渋々と口を開いた。

「……分割なら、話は別だ。ギルドに公的依頼の優先受付を約束する代わりに、評議会として支払い計画を立てよう。ただし、数字は細かく見せてもらうぞ、坊主」

「もちろんです、ドルン評議員」

 アルはにこやかに答える。

「まぁ、森も洞窟も、一括払いは無理でしょうから、分割で。その代わり、ギルド側は森と洞窟の公的依頼の優先受付って特典をつけましょう」

 セリアが補足する。

「ちゃんと金を払う代わりに、安定して仕事を回してもらえるっていう、普通の取引関係に戻すわけですね」

「そうそう。勇者にタダでやってもらうじゃなく、ギルドに正式に依頼する。その窓口の一番上に、ユノさんが座る」

 ユノは、ぽつりと言った。

「……私、戦うことしか能がないと思っていました」

「だったらなおさら、戦わなくていい位置に立ってください」

 アルの声は、静かだった。

「戦える人間が前に出ざるを得ない世界は、もうさんざん見ましたからね。そろそろ、戦える人が、戦わなくて済む仕組みを作る側に回ってもいい頃でしょう」

 リュシエルが、にやりと笑う。

「ほら、出たわよ。努力しない勇者志望の、ろくでもないけど妙に説得力ある理屈」

 ライネルも、苦笑しながら腕を組む。

「で?その《翠霧と鉄山の間》ギルドとやら、具体的にはどう回す気だ?」

「簡単ですよ」

 アルは、新しい紙を一枚取り出した。

「依頼を全部、難易度と危険度で分けて――勇者に行くルートを潰していくだけです」

 ペン先が走る。

 【F:村の雑用/迷子探し】

 【E:軽い魔物退治/巡回】

 【D:集団戦が必要な魔物】

 【C:熟練者向けダンジョン探索】

 【B:上級魔物・坑道事故対応】

 【A:国境級/大規模災害】

 【S:勇者案件】

「F〜Cまでは、ギルド登録冒険者。

 BとAは、ギルド内の選抜部隊+森と洞窟の合同隊。

 Sだけ、ギルド長が出るか、他国に応援を頼むかを判断する」

 アルは、さらりと言った。

「森関係のC〜Bランクは、エルフ専用パーティーのリーダーとして、フェルン隊長に受けてもらう。

 洞窟関係のE〜Cは、若手ドワーフ冒険者隊として、ミリィさんたちに回す。

 後方支援と治療は、ギルド常駐ヒーラーとしてサーラさん。

 鍛冶と装備面は、連鍛冶ギルドを代表してグラドさん。

 評議会との窓口と監査役は、ドルン評議員。

 ――こうやって横に流せば、ユノさんのところに来る依頼は、自然とSだけになるはずです」

 フェルンが、真剣な表情で頷く。

「……森のC〜Bは、確かに俺たちで十分だ。今まで危なくなったらユノを呼べで甘えていた仕事も、これからは最初から自分たちで取りに行く」

 ミリィも、大きくうなずいた。

「E〜Cは、ぜんぶ任せてください!ユノ様みたいにはまだ出来ないですけど、ユノ様が行かなくて済む現場を増やせるように、頑張ります!」

 サーラが、ふっと笑う。

「私は、ギルドの治療室を預かるわ。ユノ、あなたが戦場に出る回数が減れば減るほど、私は嬉しいの。勇者がいなくても回る街って、治癒師にとっても理想だから」

 グラドは、大きく鼻を鳴らした。

「装備と補強は任せろ。ギルドの拠点も、支柱も、俺たちの手で勇者がいなくても崩れないようにしてやる」

 ドルンは、腕を組み直し、短く言う。

「……わしは、ギルドと評議会の契約文書を見てやる。帳簿もな。金の流れが勇者の善意頼みにならんよう、目を光らせる」

 ユノは、しばらく黙って紙を見つめて――ふっと、笑った。

「……なんだか、急に眠くなってきました」

「いい傾向ですねぇ」

 アルも笑う。

「サボり方を考え始めた頭は、ちゃんと休みを欲しがりますから」

 セリアが、くすりと笑いながらお茶を注ぎ足した。

「では、次は森と洞窟の市町村合併の話ですね、兄さま」

「ええ。ギルドを真ん中に置いて、上の都と下の都を一つの街にする。その設計図を引きながら――」

 アルは、ユノを見た。

「ユノさんには、勇者が休める街の初代ギルド長として、サボりの練習をしてもらいます」

「サボりの、練習……」

 ユノは、苦笑しながらも、小さく頷いた。

「頑張って、サボってみます」

 サーラが、ようやく柔らかく笑う。

「それよ。それが、やっと人間のユノの台詞になったわ」

「……はい。勇者としてじゃなく、一人の人間としても、そうありたいです」

「はい、それなら合格です」

 アルは、立ち上がって手を差し出した。

 ユノも、少しだけ戸惑いながら、その手を握り返す。

 努力しない勇者志望と、超真面目勇者。

 その奇妙な握手を、フェルンとサーラとグラド、ドルン、ミリィたちが見守っていた。

 翠霧の森と鉄山洞窟群を変える、「サボるための改革」が、ここから本当に動き出そうとしていた。

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