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努力しない勇者志望は、超真面目勇者にサボりを勧める

 勇者ユノをつかまえるのに、丸一日かかった。

 森の迷子、洞窟の支柱チェック、村の揉め事の仲裁。

 アルはそれぞれのクエストをざっと洗い出し、

「この『迷子の付き添い』と『村の揉め事』『祭りの見回り』は、セリアさんと――フェルン隊長。『坑道の安全確認・中級』と『魔物の巣の位置特定』は、ライネルさんとグラドさん。『魔力暴走の危険あり』って赤丸ついてるのは、リュシエルさんと……ミリィさん」

 と、容赦なく振り分けた。

「ちょっと待ってくれ、あたしだけ露骨にヤバいの担当なんだけど?」

「戦力適正配置です。文句は世界にどうぞ」

 リュシエルが頭を抱える横で、小柄なドワーフ娘が、きらきらした目で手を挙げた。

「ミリィ・コールハンマーです! ユノ様に憧れて冒険者になったんです!E~Cランクのお仕事、うちのパーティー、全部やります!」

「全部は無理だが、気持ちは買う」

 グラド・アイアンビアが、豪快に笑いながらミリィの肩を叩く。

「森側のC~Bは、俺が責任持って受ける」

 フェルン・エルファードが、一歩出て宣言した。

「……勇者任せにしてたのは、俺たちの怠慢だったな。これからは、危なくなる前に動く。警備隊の本来の仕事だ」

 そう言って、彼は森側の依頼票をばさっと抱えていく。

 対して、洞窟評議会の古株ドワーフ――ドルン・ストンフィストは、露骨に眉をひそめていた。

「強い奴が一番働くべきだろうが。勇者が全部やるのが、一番早くて確実だ」

「その結果、勇者の稼働時間がゼロになったら、一番遅くて不確実になりますねぇ」

 アルは、あっさりやり返す。

「今日はお試しです、ドルン評議員。勇者抜きでも回るかどうか、数字と現場で確認していただきましょう」

「……ふん。結果はちゃんと見せろよ、坊主」

 ぶつぶつ言いつつも、完全には否定しないあたりが、長年現場を見てきた老議員だった。

 その様子を、治癒師サーラ・グリーンリーフは、じっと腕を組んで見ていた。

「で? ユノを捕まえて風呂に突っ込む前に、ちゃんとこっちにも説明してくれるんでしょうね、レーヴェルトの若様?」

「もちろん。ユノさんを一日寝かせたら、どれくらい回復するか――サーラさんのプロ目線で、後でご意見を。ついでに、ハーブティーもお願いしたいところですねぇ」

「……最初から、眠らせる気なのね?」

「疲れ切ってる人は、まず寝ないとまともな思考ができませんから」

 アルがさらっと言うと、サーラは盛大にため息をついた。

「……いいわ。『もう自分が壊れてから休むのやめなさい』って、ずっと言ってきたんだから。今回は、あんたのやり方に乗っかってみる」

 そうして、森側・洞窟側・冒険者側・治療側――それぞれの役者が動き始めた。


 結果として。

 ユノの足を止めるまでに、丸一日かかった。

 森の迷子は、フェルン率いる警備隊と、セリアの段取りで片づいた。

「ここで迷う子どもが多い、ってパターン、見えてきましたね」

 セリアが地図に赤丸を付けていく横で、フェルンが苦笑する。

「今まで全部ユノに押しつけてたってことだな、これ……。……悪かったな、本当に」

「謝る相手は、後でちゃんと風呂の前で捕まえてください」

 セリアは、さらっと言った。

 村の揉め事や祭りの警備計画は、セリアとミリィたち若手冒険者が走り回って調整した。

「ユノ様が来てくださらないのかって? ――今日は、ユノ様が休めるように、わたしたちが来ました!」

 ミリィが胸を張ってそう言うと、村人たちは最初こそ驚いたが、すぐに表情を和らげた。

「おお……ユノ様の弟子たちか」「あの子らが前に出るなら、街もまだまだいけるな」

 坑道の支柱チェックや、魔力の乱れた鉱脈の確認は、ライネルとグラド、それにリュシエルが担当した。

「ここ、支柱一本じゃ足りないわね。三本に増やす」

「おいおい、その分材料費が――」

「崩落したら、その十倍飛ぶでしょ?」

 リュシエルに痛いところを突かれ、グラドは頭をかいた。

「……ドルンに予算の話、してきてやる。『勇者がいなくても崩れませんでした』って実績、叩きつけりゃ文句も減るだろ」

「最初からそうしてりゃ、ユノも寝られたのにな」

 ライネルが、鉄山の風を見上げて呟いた。

 そんなふうに、森も洞窟も、それぞれが自分の足で走り出した一日。

 ようやく――

 翠霧の森と鉄山洞窟の境目にある休憩所で、ユノの足を止めることに成功した。


 湯気が、かすかに立ちのぼっている。

 森側と洞窟側の両方から引いた湯を混ぜた、共同浴場だ。

「ユノさん」

 アルが声をかけると、彼女は振り向いた。

 驚くほど、焦点の合っていない目だった。

「あ……えっと、アルさん、でしたっけ? すみません、いまちょっと、次の依頼のこと考えてて……」

 名前すら、あやしい。

 アルは、内心で小さくため息をついた。

(これはもう、まともに話をしてもムダなレベルですねぇ)

 彼はニコッと笑って、指で浴場の入り口を示した。

「ユノさん、とりあえず、お風呂入りましょうか」

「……え?」

 素で固まる勇者。

「えっと、その、今から第四坑道の――」

「もう終わってますよ。ライネルさんとグラドさんが見て、リュシエルさんがヤバいの全部片付けてくれました」

「えっ」

 さすがに、ユノの意識が少しだけこちらに戻る。

「森の迷子も、フェルン隊長と森の巡回隊、それからセリアさんたちが対応中です。

 村の揉め事も、祭りの警備も、ミリィさんたちが現場回してます。

 勇者にしかできない仕事は、今この瞬間はゼロですね」

「で、でも、私が確認しないと、みんなが……」

「みんな、ちゃんと仕事してましたよ」

 アルはさらりと言った。

「『確認しないと動かない』って言ってたのは、実はユノさんに押しつけて楽したい人たちのほうです。

 今日はこっちで肩代わりしてるので、安心してサボってください」

「サボ……っ」

 その単語だけに、ユノの眉がぴくりと動く。

「勇者が、サボるわけには――」

「サボらない勇者は、そのうち壊れますよ」

 アルの声が、そこで少しだけ低くなった。

「壊れた勇者の代わりは、世界は用意してくれません。『あの人は頑張ってくれたよね』って言って、お墓を立てて、また次の便利な人を探すだけです」

 ユノの喉が、きゅっと鳴った。

 図星を刺されたとき、真面目な人間は黙る。

「だから――まず、お風呂です」

 アルは、すっと横に立ち、扉を開けた。

「ここ、森側と洞窟側の共同浴場ですし。

 勇者専用・臨時クエスト:とにかく湯に浸かれ、ってことで」

「そんなクエスト、聞いたことないです」

「今、僕が作りました。依頼人は、翠霧の森と鉄山の全住民。報酬は、勇者が明日も動けること」

 そのとき、背後からサーラの声が飛んだ。

「ユノ」

「サーラさん……」

 治癒師は、腰に手を当ててユノをにらむ。

「ユノ、あなたが倒れたら誰が治療するの?

 何度言ったか覚えてる? 『もう自分が壊れてから休むの、やめなさい』って」

「でも、みんなが――」

「みんなが、じゃない」

 サーラは一歩近づき、ぐいっとユノの額を指で突いた。

「今日一日は、森はフェルンが走ってる。洞窟はグラドたちが支えてる。

 若いのはミリィたちが前に出てる。

 あんたがいないと何もできない、なんて言い訳は、今日に限っては通用しないわ」

 ユノは、森の方角と、洞窟の方角を見比べた。

 そこには、いつもみたいに自分を呼ぶ声は、なかった。

 代わりに――

 「任せてください!」「こっちは俺たちの仕事だ!」

 そんな怒鳴り声と笑い声が、かすかに届いていた。

「……少しだけ、入ってもいいですか」

「少しじゃダメです」

 アルが、きっぱりと言う。

「ちゃんと、指先からふやけるくらいまで浸かってください」

「そんなに!?」

「休んでないと頭が回りませんからね。

 世界を守る勇者さんには、きちんと頭を使ってもらわないと困るんです。走るだけなら、ほかの人にもできますから」

 その言葉に、ユノは、ようやく小さく笑った。

「……分かりました。じゃあ今日だけは、あなたの変な依頼、受けます」

「ありがとうございます。では、行ってらっしゃいませ、勇者様」

 ぺこりと頭を下げるアルを横目に、

 ユノはおそるおそる浴場の扉をくぐっていった。


 その後の記憶は、ユノにはほとんど残っていない。

 温かい湯。

 石鹸の匂い。

 誰も呼びに来ない静けさ。

 ――そして、湯上がりに渡された、妙に飲みやすいハーブティー。

「眠くなってきたら、ちゃんと寝てくださいね」

 カップを渡したのは、サーラだった。

「……これ、もしかして」

「治癒師の秘薬。体力を回復させるお茶。副作用として、よく眠れます」

 横でアルが、「いい仕事です」と真顔で頷く。

「ユノさん。今日は『寝て回復する』って選択肢を、初めてちゃんと選んでください」

 ユノのまぶたが、重くなる。

(あ……眠い……でも、今、寝たら……)

 そう思ったところで、意識は暗闇にさらわれた。


 目を開けたとき――窓の外は、もう二回、空の色を変えていた。

「…………え?」

 見慣れない天井。

 ふかふかの寝台。

 身体が、まるで別人みたいに軽い。

 扉の向こうから、控えめなノックの音がした。

「起きましたか、ユノさん」

 アルの声だった。

「い、今何時ですか!? 迷子と、坑道と、祭りの警備と――」

「一日と半日、寝てましたねぇ」

 さらっと告げられて、ユノは固まる。

「一日っ……はん……!?」

「森のほうも、洞窟のほうも、ちゃんと回ってますよ」

 アルは指を折っていく。

「森の迷子発生数、通常の半分以下。フェルン隊長がルート見直してくれたおかげですね。

 祭りの準備は、ミリィさんたちの警備案が評判で、『次からもこれでいこう』って声が出てます。

 坑道の支柱は、グラドさんとリュシエルさんが補強して、ドルン評議員も『文句はない』って言ってました。

 勇者がいないから動けないって人たちには、セリアさんとリーネさんとサーラさんが、全力で説教してくれました」

 ユノは、ようやくアルの顔を正面から見た。

 アンバランスに気の抜けた笑顔。

 だが、その目だけは、まっすぐで、どこか厳しい。

「……あの、アルさんって」

 ユノは、首をかしげた。

「前に一度、お会いしてますよね? ごめんなさい、ちゃんと覚えてなくて……」

「まぁ、あの状態のときのユノさんに、僕の顔の認識を求めるのは酷ですよ」

 アルは肩をすくめた。

「改めまして。努力しない勇者志望の、アルノルト・レーヴェルトです」

 そう名乗って、軽く頭を下げる。

「これからしばらく――あなたが『勇者』じゃなくても済む時間を、ちゃんと作る仕事をしに来ました。よろしくお願いします、ユノさん」

 ユノは、一瞬だけぽかんとした後、

 ゆっくりと、笑った。

「……はい。ちゃんと頭が働く状態で、お話を聞かせてください。アルさん」


「ユノさん、あなたは本当に偉大な勇者です」

 アルは、そこだけはまっすぐに言った。

 お世辞でも、慰めでもない、事実確認として。

「……でも、頑張りすぎるのは良くありません」

 ユノは、少しだけ目を細めた。

「みんなを助けるために頑張ることが、勇者の役目だと思っていました」

「そこなんですよねぇ」

 アルは、テーブルの上のカップを指でくるくる回しながら、あっさり言う。

「まず前提として――僕は、努力とか頑張るのが嫌いです」

「……嫌い?」

「嫌いです。だって楽しくないでしょ?」

 即答だった。

「根性論で歯ぁ食いしばって、『まだいける……まだ頑張れる……!』ってやってる時間、人生の中でどれだけ損してるかって話ですよ」

「それは、極端すぎませんか?」

「いえいえ」

 アルはひらひらと手を振る。

「僕の理想は――好きなことしてて、いつの間にか一芸になる。気づいたら『それ、あんたが一番うまいから任せるわ』って言われる状態になってる、ってやつです」

 ユノは、思わず問い返した。

「……好きなことだけ、していられるほど、世界は甘くないと思います」

「はい。だから仕組みをいじるんですよ」

 アルの目が、そこで少しだけ鋭くなる。

「好きでもないことを、好きでもない人が、根性だけで支える世界をやめるために。あなたみたいな人に、嫌いな努力を一手に押しつける構造を、先に壊す」

 ユノは、言葉を失った。

 アルは続ける。

「ユノさんは、たぶん何をやっても人よりうまくこなせるタイプです。判断も早いし、動きも速いし、人の話もちゃんと聞く。だから――頼めば全部やってくれる」

「……それは、褒め言葉として受け取っていいのでしょうか」

「性能の話としては、最高に褒めてますよ」

 アルはあっさり肯定した。

「でも、頼めば全部やってくれる人がいると、周りは考えなくなるんです。『勇者がいるから大丈夫』って言って、自分の頭で段取りを作るのをやめる」

 ユノの胸に、薄い痛みが走った。

 思い当たる場面が多すぎる。

「だからこそ、僕はユノさんに頑張る勇者をやめてほしいんです」

「……勇者を、やめろと?」

「いいえ」

 アルは首を横に振る。

「何でも屋をやめて、仕事を振る側に座ってください。走る勇者じゃなく、『ここまでは自分たちでやってください』って線を引く勇者に」

 ユノは、息を呑んだ。

「私が、線を……?」

「今までは、線を引かずに全部受けてきたでしょ。

 だからあなたの身体が壊れかけて、森と洞窟のほうも『勇者が倒れたらどうしよう』って顔をし始めてる」

 アルは肩をすくめる。

「勇者が好きで続けたいなら、なおさらです。好きな仕事を長く続けるために、嫌いな努力を仕組み側に押しつける――それが僕のやり方です」

 不純な理屈だ。

 でも、その不純さが、妙に誠実でもあった。

 ユノは、黙ってアルを見つめた。

(自分の楽のためって、はっきり言い切れる人……)

 普通なら軽蔑したくなるはずの打算が、

 この少年の口から出ると、不思議と「信用できる計算」に聞こえる。

「……もし、私が線を引く勇者になったら」

 ユノは、静かに尋ねた。

「その先に、あなたの言う『好きなことしてて一芸になる世界』が、少しは近づきますか?」

「近づきますよ」

 アルは即答した。

「あなたは全部自分でやる勇者から、みんなに仕事を返す勇者になる。森の民も、洞窟の職人も、自分で考えて、自分の責任で動くようになる」

 そして、少しだけ笑う。

「そうなったら――あなたは本当に好きなことだけ残せばいいんです。たとえば『どうしても自分で行きたい現場』だけとか、『ここぞって時の一撃』だけとか」

「……それは、勇者として怠けているとは思われませんか」

「思う人もいるでしょうね」

 アルはあっさり認めた。

「でも、全部やらなくても回る世界を作ったうえで怠けてる人と、何も変えないまま、真面目な人に全部押しつけて楽してる側と――どっちがまともな怠惰だと思います?」

 ユノは、少しだけ目を伏せて――

 やがて、小さく笑った。

「……後者は、勇者じゃないですね」

「そうです。僕は、ユノさんには前者になってほしい」

 アルは、真顔で言った。

「ちゃんとサボるために、ちゃんと仕組みを変える側。努力しない勇者志望と、超真面目勇者――相性としては、けっこういいと思ってるんですよ」

 ユノは、その言葉を噛みしめるように聞いていた。

 不純で、正直で、どこかズルい。

 けれど、全部一人で背負うしかないと信じ込んでいた自分には思いつかなかった発想。

「……少し、興味が湧いてきました」

 ユノは顔を上げた。

「あなたの、その怠惰な理想とやらに、もう少し付き合ってみてもいいですか?」

「もちろん」

 アルは、嬉しそうに笑った。

「じゃあまずは――ユノさんが絶対にやらなくていい仕事リストから作りましょうか。

 そこから先は、森と洞窟にちゃんと返していけばいい」

「……はい。勇者としてじゃなく、一人の人間としても、聞いてみたいです」

 こうして、

 努力しない勇者志望の不純な提案に、

 超真面目勇者は、静かに耳を傾け始めた。

 その背中を、フェルンとサーラとグラド、ミリィ、そして渋い顔のドルンまでもが――

 それぞれの場所から、確かに支え始めていた。

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