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魔王の娘と怠惰な勇者志望、そして王都ブランドの罠

ギルド会議室の空気は、いつもより少しだけ固かった。

 長机の中央には、王都から届いたばかりの封書が一通。

 濃紺の封蝋には、ギルド本部の紋章。

 受付嬢のミナが緊張した面持ちでそれを運び込み、そっとテーブルの上に置いた。

「……来たか」

 ギルド長フォルクが低く呟く。

 ルクシア――いや、この場では王都ギルド監査局のルク・アーベントが、無言で席を立った。

 封を切る手つきは、迷いなく静かだ。

「王都ギルド本部より。

 件名――『リグラード産菌類のブランド登録について』」

 淡々と読み上げる声は、どこか氷のように澄んでいた。

「一、リグラード産キノコを『王都公認高級食材』としてブランド登録することを認める。

 二、その代わりとして、王都向け出荷はすべて王都商会連合を通じること。

 三、衛生基準は王都基準より一段階上の『貴族食卓基準』を採用すること。

 四、ブランドマークの使用料として、売上の数パーセントを王都商会連合に納めること」

 読み終えた瞬間、会議室の空気がピシ、と張り詰めた。

「……はぁ?」

 最初に声を上げたのは、やはりベックだった。

「要するにだ。

 “ブランドにしてやる代わりに、中抜きはこっちでいただきます”って話じゃねえか」

 キノコ側の席からも、ざわざわと不穏な声が上がる。

 白衣姿のハルドが、ぐいっと身を乗り出した。

「我々のキノコを、王都の看板で塗りつぶす気かね?

 リグラードの土と湿気とカビとの戦いの結晶を、“王都ブランド”一言で括るとは、なかなか傲慢な――」

「先生、罵倒が長くなりそうなので一旦まとめてください」

 アルがすかさず入る。

「つまりルクさん。

 “リグラード産なのに、ラベルには王都の名前しか残らない”ってことですよね?」

 ルクシアは書簡を伏せ、静かに頷いた。

(……これを書いたのは、机の上で世界を動かしているつもりの連中ですね)

 心の中でだけ、冷たく吐き捨てる。

「付け加えるなら」

 彼女は淡々と続けた。

「王都商会経由の独占出荷は、この街の交渉権を外に渡す、という意味でもあります。

 魔域との距離を考えれば、物資と情報の“喉元”であるリグラードの権限を、王都に出しすぎるのは――危険です」

 フォルクが、重々しく頷いた。

「……嬢ちゃんでも、そう言うか」

「私は王都出身ですが、机の上だけの判断は嫌いですので」

 ルクシアの皮肉に、ベックがふっと口元を緩める。

「よし、嬢ちゃん。今日だけは同じ側だな」

「一時的な利害の一致にすぎません」

 ぴしゃりと言いつつも、その声にとげは少ない。

 ミナが遠慮がちに手を挙げた。

「あ、あの……。ブランド登録って、いいこともあるんですよね?

 値段が上がるとか、評判が広まるとか……」

「もちろん、良い面もあります」

 ルクシアは即答した。

「王都の看板は、まだ強い。『王都公認』の一言で開く扉もある。

 でも――この条件のまま飲めば、いずれ“王都商会の街”になるでしょうね。

 リグラードの名前は、ブランドの細字に押し込められる」

 ハルドが鼻を鳴らした。

「なら、そんなものはいらん。菌たちはここで立派に育つ。王都の看板などなくとも――」

「先生」

 アルが遮る。

「“なくても生きていける”と、“あった方が菌たちがもっと幸せ”なのは、別問題ですよ」

 アルの目は、いつものへらっとした笑顔の奥で、じっとルクシアの方を見ていた。

(ここからが、本番か)

 ルクシアは、静かに息を整えた。

   ◇

 改めて、総合会議が開かれた。

 ギルド会議室。

 出席者は、ギルド長フォルク、地上商人代表ベック、キノコ組合代表ハルド、監査官ルクシア。

 そして、事情を一番把握している怠惰な勇者志望――アル。

「では」

 ルクシアが口火を切る。

「まず、現状の整理です。

 一、地上商人からは『地下税率が低く不公平』との不満。

 二、キノコ組合からは『衛生基準を上げるなら、その設備費用をどうするのか』という懸念。

 三、王都からは『ブランド登録の代わりに王都商会の独占と、更なる衛生基準、ロイヤリティ』という条件」

 淡々と並べる声を、全員が黙って聞く。

「このまま王都の案を飲めば――」

 ルクシアは書簡を指でたたいた。

「王都商会が実質的にリグラード産キノコを支配します。

 街に落ちる金は減り、価格と方針は王都側の都合に左右される。

 私は、監査官としても、魔王の娘としても――いえ、個人としても反対です」

「最後の自己紹介が物騒だな、おい」

 ライネルの突っ込みに、場が少しだけゆるむ。

 フォルクが、腕を組んで唸った。

「じゃが、王都ブランドを完全に蹴るのも惜しい。

 せっかくリグラードの名が大陸に広まる好機でもあるからのう」

「そこで――」

 アルが手を挙げた。

「税と衛生とブランドを、ぜんぶ“サボるため”に組み替えてみません?」

「出だしから喧嘩売ってるのですか、兄さま?」

 セリアが眉をひそめる。

「いやいや、真面目な話ですよ」

 アルはヘラッと笑って、真顔に戻った。

「まず、税金。

 地上と地下で“税率そのもの”が違うのは、確かに火種です。

 だから――基本税率は揃えましょう」

「ほう」

 フォルクが頷く。

「ただし、地下は『共同設備維持費』として、売上の数パーセントを上乗せ。

 その代わり――一定以上売り上げた店には、『休業日を増やしても税率変わらない』特典をつける」

 ベックが目を瞬いた。

「え、稼げば稼ぐほど、休んでいいってことか?」

「そうです。

 いっぱい働いた人が“もうちょっとサボっても平気”になれる街。

 努力が“休んでいい権利”に変わる仕組みを、税で保証するんです」

(誰か一人が潰れるの前提の仕組みだと、こっちも気持ちよくサボれませんからね)

 アルは、そんなことを内心でだけぼやいた。

「……魅力的ではあるな」

 ハルドが腕を組み直す。

「だが、それで本当に街が回るのかね?」

 そこで、ルクシアが口を開いた。

「あなたの案は、平時には魅力的です」

 視線は真っ直ぐアルに向く。

「けれど、“誰も働きたくない日”が来たとき、誰がこの街を動かすんですか?

 怠惰を前提に設計された制度は、危機のときに、誰も前に出ない危険があります」

 アルは肩をすくめた。

「だからこそ、『普段サボってていいから、非常時はちゃんと来る』って、最初から決めておけばいいんですよ」

「決める、だけで?」

 ルクシアの声が、わずかに冷える。

「はい」

 アルは即答した。

「“努力しない日”を守るために、“努力しなきゃいけない日”だけ全員で頑張る。

 僕、それくらいの約束なら、みんな案外守ると思うんです」

 ルクシアは、言葉を失った。

(……“サボる権利を守るために戦う”なんて発想、父上が聞いたら卒倒しますわね)

 彼女の沈黙を、リュシエルの声が破る。

「前線もそんなもんだったわよ?」

 ドラゴンの少女は、椅子の背にもたれながら言う。

「普段はサボれるだけサボる。

 でも“ここを抜かれたら町が終わる”って日だけは、みんな勝手に前に出てた。

 “あしたもだらだら酒飲むために、今日だけ死ぬ気で戦う”ってやつね」

「表現!」

 ライネルが即ツッコミを入れる。

 ルクシアは、ふっと目を伏せた。

「……私は、怒りで戦場に立つ者を見てきました。

 憎しみ、誇り、義務感。

 でも、“明日サボるために今日働く”という動機は、まだ――」

「気に入りませんか?」

 アルが尋ねる。

「正直に言えば、嫌いです」

 ルクシアはきっぱりと言い切った。

「ですが――“守るべき日常”がある街では、一理あります。

 サボる権利を守るために働く。

 その矛盾を、自覚しているなら」

 そこまで言って、ふっと息を吐く。

「分かりました。

 税については、あなたの案を基礎に、非常時の“強制稼働条項”を加えます」

「強制、って言い方がちょっとアレなんで、“全員総出でがんばる日”に言い換えません?」

「言い換えの問題ではありません」

 小さな一幕が、場の緊張をわずかに和らげた。

   ◇

「次。衛生基準について」

 ルクシアが紙束をめくる。

「王都基準以上のチェックリストを作ること自体には、私も賛成です。

 ただし、『各店がそれぞれで全部やれ』という形だと、現場の負担が大きすぎる」

「そうだとも」

 ハルドが頷く。

「洗浄設備、消毒薬、排水の管理……。

 それを個々の店に任せれば、必ず“抜け”が出る」

「なので」

 ルクシアは新しい紙をテーブルに置いた。

「ギルド負担で“共同洗浄設備”を作る案を提案します。

 調理器具と菌床の洗浄は、すべてそこを通す。

 個々の店は『そこまで持っていく』ところまでを責任とし、洗浄基準そのものは共同設備で一括管理する」

 アルが、にやりと笑った。

「なるほど。“真面目な共同サボり場”ですね」

「……どういう例えですか、それは」

 ルクシアが額に手を当てる。

「だってそうじゃないですか。

 それぞれの店で真面目に全部やるより、一カ所に集めて一気にガーッとやった方が、みんな楽でしょう?」

「だからといって、“サボり”と名付けないでください」

 声は呆れているが、否定はしない。

「“効率化”と言いなさい。効率化と」

「はいはい。“みんなで楽をするための効率化”ですね」

「前半は余計です」

 ミナが、小さく笑いを漏らした。

 会議室の空気が、ほんの少しだけ軽くなる。

   ◇

「最後に、ブランド化について」

 ここで、場の視線が一斉にルクシアに集まった。

「王都商会の独占案は、私は監査官としても拒否します」

 きっぱりと言い切る声に、ベックが思わず目を見開いた。

「……嬢ちゃん、そこまで言って大丈夫か?」

「“現地監査官の権限により、地域の安全保障を理由として却下”――という形にします。

 魔域の前線拠点に対し、物資と価格の主導権を外部に渡すのは危険。

 文句があるなら、王都まで来て直接どうぞ、と」

 ルクシアの口元が、わずかに不敵に歪む。

「その代わり――こちらから対案を出します」

「対案?」と、フォルク。

「はい。

 『リグラード輸出協同組合』を設立し、対王都向けの輸出はすべてそこ経由。

 組合員は、地上商人とキノコ組合、ギルドが共同で構成する」

 ハルドが腕を組んで唸る。

「つまり、王都商会の代わりに我々自身が“出口”になるわけだな」

「その通りです」

 ルクシアは頷いた。

「王都から見れば、“リグラードという一つの窓口”としか取引しない。

 けれど、中身の主導権は、あくまでこの街側にある」

「いいじゃねえか」

 ベックがニヤリと笑った。

「うちのキノコを誰に、いくらで売るか。

 それ決める権利を、ちゃんとこの街に残せるってわけだ」

「ただし」

 ルクシアは一本、指を立てる。

「輸出規約の文面作成は、私が担当します。

 その代わり――」

 そこまで言って、一瞬だけアルの方を見た。

「一項目だけ、あなたの発想を入れてもいい」

「やった。じゃあ決まりですね」

 アルは迷いなく言った。

「輸出協同組合の規約の最後に――

 『組合員は、年に一定日数の“強制休暇日”を設けること』って条文、入れましょう」

「……なぜ、そこで休暇が出てくるんですか」

 ルクシアが心底不思議そうな顔をする。

「だって、輸出がうまくいった時に一番やりがちなのって、

 “働きすぎて街の顔色が悪くなること”じゃないですか。

 “稼げるから、もっと出せもっと出せ”ってなって、気づいたら誰も飯を味わってない」

 アルは肩をすくめた。

「“ちゃんと休める制度”を最初から組み込んでおけば、

 王都向け出荷で忙しくなっても、この街の暮らしがすり減らずに済む。

 それくらいのワガママは、リグラード側の特権にしておきたいんですよ」

(自分が楽するために誰か一人だけぶっ倒れる構造って、見てるだけで寝覚め悪いですし)

 そこだけは、アルも自覚していた。

 ルクシアは、じっとアルを見つめた。

 その瞳の奥には、怒りでも嘲りでもない、別の感情が灯っていた。

「……怠惰を制度に組み込む発想は、やはり嫌いです」

 正直に言う。

「ですが、“日常を守る前線都市”が、それを掲げるのは――悪くない。

 サボる権利を守るために働く街。

 その矛盾を、規約に刻むのも、一つの選択でしょう」

 彼女は、ペンを取り上げた。

「よろしい。

 『リグラード輸出協同組合規約 第十三条――

  組合員は年に一定日数の公認休業日を設け、それによる税率の不利益を受けない』」

「ついでにその日は、迷宮マッシュルーム半額セールにしましょう」

 と、アル。

「なぜですか」

「休みの日にみんなでキノコ食べた方が、ぜったい平和ですよ」

 それには、リュシエルが声を上げて笑った。

「いいじゃない。

 戦場の匂いが薄くなってさ、キノコと汗と、ちょっと酒の匂いしかしない迷宮なんて――

 平和で、あたしは好きよ」

 ハルドが鼻を鳴らし、ベックがにやにやと笑い、フォルクは重々しく頷く。

 ルクシアは、ため息を一つついてから、小さく呟いた。

「……本当にサボるためだけに、ここまで考える人たち。

 父上が一番嫌う怠惰の形かもしれませんわね」

 そして――その口元に、ほんのわずかな笑みが浮かんだ。

 魔王の娘と、怠惰な勇者志望と、菌バカと八百屋。

 それぞれの戦いが、ひとつの線でゆるく結ばれた瞬間だった。


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