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兄が婚約式で消えたので、代走指名された弟の僕が「契約婚」から始めたら、家族の定義がバグった件。  作者: 妙原奇天


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第25話 無人駅で“私は”を売る——片側名切符と、鏡の改札

 無人駅には、風と掲示板しかいない。

 兄からの付箋は切符売り場のガラスにひっそり貼られていた。

《駅=外の台所。——行き先は未来、現在地は君の声。切符は“私は”で売る。》


 朝、僕らは台所から遠足セットを持ち出した。

・透明ピッチャー(昆布水/氷入)

・《片側名名刺》の束

・携帯版《置換表(声編)》

・鏡短冊の小さな冊子

・蔵書印:駅出張版(朱)

・折りたたみのところてん突き棒(正式名称はポスタースタンド)


 味噌汁は、じゃがいもと玉ねぎを薄く。小さな駅で飲むなら、余熱でやさしいほうがいい。


 ホームのベンチに《台所》の板の出張札を立てる。

 《臨時窓口:台所》

 横に、ダンボールを白布でくるんだ小さな台。

 上段《片側名切符》、下段《鏡の改札》。


片側名切符の発明


 名刺サイズの厚紙。端にミシン目、中央に小さくレール模様。

 印字欄は二つだけ。

 〈私は:___(片側名)〉〈行き先:___(現在形)〉

 運賃の欄はない。その代わり、下部に星のマーク。

 《台所P:合意語で通過→+1/“受け取った”で+1》

 支払いを後ろに回し、通過の作法を前面に押し出す切符だ。


「まず、切符売ります」

 栞さんが駅の掲示板に小さく貼る。

 《無人駅の切符=“私は”》

 風が掲示に当たって、角がぱたぱたと頷く。


 最初の客は、朝ランの高校生だった。

 「どこまで?」と僕が聞くかわりに、鏡を差し出す。

 高校生はちょっと照れて、でも言った。

 「私は光。行き先は“朝練”」

 切符に書き込み、蔵書印(朱)を“ポン”。

 鏡改札を通す手順はこうだ。

 1) 鏡に向かって「私は——。行き先は——」

 2) 僕らが「受け取った」

 3) 朱を押して台所P +1

 改札=合意。バーは無い。あるのは声と朱だけ。


 次の客は、荷物の多いおばあさん。

 鏡に向かう前に、昆布水を一口。

 「私は澄代。行き先は“病院の検査—でも、帰りにパン”」

 受け取り「私は真白。受け取った」。朱“ポン”。

 おばあさんは笑う。

「パンって言ったら元気が出たよ」

 行き先を美味しく言うのは、駅の健康法だ。


鏡の改札、動く


 《鏡の改札》はA3のアクリル板に小さなLEDが一粒。

 “受け取った”が発声されると、星がピカっと一瞬光る。

 会長が言う。

 「受け取りボーナスは、駅でも生きる」

 受け取る名が増えるほど、駅は火に強くなる。


 金物屋の金さんが、工具の入った袋をぶら下げて現れた。

 「私は金。行き先は“ホームのネジ締め”」

 鏡改札は星を光らせ、彼はネジを二箇所くいっと締めて去った。

 受け取った駅は、静かに丈夫になる。


ところてん式・駅の掲示


 無人駅には、掲示板がよく似合う。

 僕らはところてん突き棒をスタンドに差し、短い掲示を押し出す。


《駅置換・外の手順(初版)》


「切符をお求めの方は」→ 鏡に“私は”を


「改札はあちら」→ “受け取った”で星


「乗車券は回収します」→ 台所Pで支援へ返す


「ご不明の点は駅員まで」→ 《臨時窓口:台所》へ


 総代が現れて、座敷色のキリッとした帽子を脱ぐ。

 「私は総。行き先は“外の窓口への出張”」

 鏡改札で星が灯り、総代はベンチに座って短冊を書いた。

 《私は総。受け取った(無人駅の恥ずかしさ)→ところてん》

 押せば出る。出れば軽い。


片側名切符、交換される


 昼、片側名切符が一度交換された。

 風見さん(日向さんと澄)だ。

 「私は風。行き先は“小児科→帰りに回覧板”」

 「私は日向。行き先は“役所→未了返却の説明”」

 鏡改札で二つの星が灯る。

 帰り道、二人は切符の星を突き合わせるように笑って、台所Pを**“澄のミルク”**に振り替えた。

 行き先が支援に戻るのは、駅という装置の最高の芸だ。


事故ゼロの“塩”


 午後、SNSにまた一点の焦げ。

 〈声で名乗る駅、鬱陶しい〉

 夜明けボタンは必要ない。駅は昼の装置だ。

 栞さんが鏡の横に塩の小瓶を置いた。

 《塩=承認。——“うん”の代わりに一振り》

 黙礼して塩をひとつまみ振ると、星が弱く灯る設定にした。

 声が出ない日も、駅は通せる。

 会長が言う。

 「承認は、音だけじゃない」


切符売りの終業、そして“返し口”


 夕方、無人駅は本当に無人になる。

 僕らは《返し口》をポストに作った。

 〈切符の半券:返す名(片側名)/返した時刻〉

 未了返却可。

 叔父が夕焼けの中でやって来て、半券をそっと入れた。

 《私は××。返す(看板の章、もう一読)》

 返す名は、やさしい動詞の王様だ。


駅のエピグラフ


 最後に《駅の表紙》を掲げる。

 白木の小札に黒で一行。

 《私は——。行き先は——。受け取ったら、戻す》

 戻すのは切符で、戻さないのは名前。

 名は持ち歩き、支援は戻す。台所の倫理が、線路に線を引く。


 兄が影を伸ばしながらホームに降りてきて、星を指先で数えた。

 「駅、動いたな」

 「湯気がない改札は、早いです」

 兄はうなずいて、透明ピッチャーを一口。

 「次は、バス停だ。——待つの作法には、また別の塩が要る」

 塩は万能ではないが、いくつも種類がある。台所は、塩の箱を増やしていけばいい。


 夜。

 KPI(外の窓口・初日)。

・味噌汁率:+1(じゃがいも・玉ねぎ)

・駅進捗:片側名切符発行 37枚/鏡改札 星 52回/返し口 半券 11枚(未了6)

・台所P:駅→支援 89p(澄ミルク・断熱テープ・置換表印刷へ)

・声進捗:私は 37/受け取った 52/塩振り 9

・生活音:列車“ゴオ”、星“ピカ”、朱“ポン”、塩“さら”

・猫KPI:しるこ=線路興味“0”、風見家のベビーカー監視“良”


「黒字、継続」

「黒字は、乗り換えても黒字」

「明日はバス停で“待つ”を売る」


 眠る前、駅の掲示板に小さな付箋を一枚。

《Q:切符が要らない無賃乗車は? → A:在来線:鏡で“受け取った”→星/急ぎ:塩ひとつまみ/未了返却で明朝に》

 風がページをめくるみたいに、付箋を揺らす。

 駅は無人のまま、“私は”の光でゆっくり夜を越えた。

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