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ツチノコの鳴き声を聞いたよ

『ツチノコの鳴き声を聞いたよ』



「兄ちゃん! ツチタロウが死んじゃったよ」

「な、なんだって!?」

 学校から帰ると一番に、弟のタカシが泣きついてきた。近所の中学に通う兄のケンイチロウは、一週間前に捕まえたばかりのツチノコのツチタロウに再び会えるのを楽しみにしながら帰宅の途についていた。

「ば、ばか! タカシ、そんな冗談はやめろ。今日の朝、出かけるまでツチタロウのやつピンピンしてたじゃないか!?」

「う、うん……でもぜんぜんうんともすんとも言わない、ピクリとも反応してくれないんだもの……」

 ケンイチロウは持っていた鞄を投げ捨て、土まみれのシューズもそのままに玄関から廊下へと飛び込んだ。弟のタカシが大きなケージで囲われたペットの檻を抱きしめながら、大声を出して泣いているところを見ると、やはりこれはただごとではないと分かった。ケージの合間合間から見える一つの生き物。その太く長い体が息もせず、まるで無反応であることを見て取ると、彼はさすがにそれが幻想だ、錯覚だとまで言われ続けていたツチノコ――ツチタロウの亡骸であることを否定できなかった。

 ケンイチロウは突然の事にやり切れず、怒りとも悲しみともつかない感情が込み上げてくる。そんな表現しようのない感情が体中いたるところを席巻しつくすと、次第に巨大な気泡が暴発的な広がりを見せ音も立てず破裂した。やがてそれはまるで虚構の出来事であったような治まりを感じさせ、少年は精魂尽き果てて倒れ込んだ。

 しかし、現実と意識とのわずかなずれが修正されてくると、

「あれだけちゃんと面倒を見るように言ったじゃないか!」

 ケンイチロウは半ば八つ当たりにも似た感情を吐き出した。

「だ、だって……」

「だってもクソもない。せっかくツチタロウの面倒を見るために、お前だけ学校を休ませたんじゃないか」

「う、うん。でも……」

 弟タカシは俯いたまま、それ以上なにも答えない。

「お、おいタカシ。それでエ、エサは、エサはちゃんと食べたのか?」

 ケンイチロウはハッとし、感情を押し込めた。そしてケージにすがり付いて泣いている弟の肩に手を当てると、

「う、ううん。やっぱりツチタロウのやつ、結局なにも食べなかったみたい……」

 タカシはそう答えた。

「そうか……やっぱりエサが気に入らなかったのか」

 ケンイチロウも納得したように言葉を重ねた。

「でも、パパもママも兄ちゃんだって一生懸命ツチタロウの相手をして……。三丁目の安達屋さんとこの特製ケーキや、ぼくたちだって食べたことないようなお肉やお魚もあたえたのに」

「そうだよな、あんなすごいエサ与えるのに、パパなんか町はずれにあるニコピカローンとかいうお店に借金してまでかけずり回ったんだぜ」

 ケンイチロウは悔しさと憤りを隠せずにはいられなかった。こんなに皆、精根込めて尽くしたのに。あんなにあんなに頑張ったってのに……。下駄箱の上の一輪挿しが激しい音を立てて床に落ちた。

「なんでこうなっちゃったんだろうねぇ、兄ちゃん。ツチタロウ可哀そうだねぇ。パパとママもきっとがっかりするよ。きっとがっかりするよ」

「あ、ああ……」

「パパ、会社やめちゃったんでしょ」

「ああ……」

「ママ、昨日デパートでダイヤモンドのゆびわ買ってたよ。こーんな大きいの」

「ああ」

「お昼ごろ、テレビ局のひとから電話あったよ」

「ああ」

「兄ちゃん、大好きな野球やめちゃったんだよね」

「ああ」

「ぼくも、となりに住んでいたみよちゃんとおわかれしたばかりなんだよ」

「ああ」

「ねえ、きのうお家引っ越したばかりなのに、ぼくたちどうするの?」

「…………」

「ねえ、ツチタロウの好きなたべものって、いったい何だったんだろうね」

 結局、ケンイチロウはタカシの質問に一度も答えることは出来なかった。

 短い間ではあったが、心底可愛がり、面倒を見ていた彼ら兄弟にとって、とても信じられない結末だった。エサには万全を期したはずだし、お金も大分掛かった。それなのに……

 衰弱死――。

 それの意味すら彼らには理解出来なかった。

 だが、これだけは言える。ツチノコは死んだのだ。彼ら兄弟が自由な発想を失った日から。



 

                                ―了―

 

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