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聖装士学園の異端者  作者: 綿砂雪
第三章
88/88

第八十七話 才無き者の逆襲劇

「…………ここは」


まず気づいたのは、自分がベッドに倒れていること。魔鎧騎士(フォカロル)とオルレアの攻撃によって満身創痍になっていたはずだが、負傷は完治していた。

体を起こして、部屋を見回す。家具が置かれているのを見るに、誰かの部屋のようだ。


「あ、起きたのね」


その時、フィーネが声をかけてきた。彼女は壁にもたれて立っている。


「貴方が私をここに運んだのよ。気絶したかと思ったら急に凄い力を使って」


「あーそういやそうだったな」


魔鎧騎士(フォカロル)に負けてからの記憶がハッキリとしないが、フィーネの言う通りな気がする。

ギリギリの状態で逃げたから記憶が残ってないのだろう。適当にアランは納得した。


「にしてもどうすっかなぁ……あのフルプレート」


思い出すのは魔鎧騎士(フォカロル)の圧倒的な力。アランは手も足も出ずに敗北した。


「ねぇ、貴方を倒したあの鎧の奴……あれって何なの?」


「あぁ、あれは()()()()()()()だよ」


「リヴァイアサン!?リヴァイアサンってあの『十二死天』の!?」


「正確には『リヴァイアサンの断片』だな。奴らが手に入れた『リヴァイアサンの断片』を使って作ったんだろ。断片をいくつ使ったのかは分からないが」


「可能なの?そんな事が」


「魔装具だって元は強大な魔法生物……大体『封印指定クラス』くらいのヤツから抽出されて作られる物だ。なら『リヴァイアサンの断片』からあんなバケモノが作れても、何も不思議じゃない」


(まぁタダで利用できた訳じゃないんだろうけど)


オルレアの反応からして、この推測は間違いない。だがフィーネには告げなかった事実もある。

それは魔鎧騎士(フォカロル)を作るために犠牲となった者たちのことだ。

アランの見立てでは、魔鎧騎士(フォカロル)は『リヴァイアサンの断片』と刑務所からの脱獄者たちの命を使って生み出した怪物だ。

『リヴァイアサンの断片』はリヴァイアサンの力や魂を切り分けた、謂わばエネルギーの塊だ。単独では形を保てず、兵器として活用したければ、力を収める器が必要になる。

その器としてオルレアたちは脱獄者を使った。

今回刑務所から脱獄したのは二百人以上。少なくともその二百人以上は全て生贄にされただろう。もしかしたら他にも生贄にしている命があるかもしれない。


(本当に驚かされたな……『リヴァイアサンの断片』をこんな馬鹿げた方法で使うなんて)


驚嘆すると同時に悩まされる。どうすればあの怪物を倒せるだろうか。

今のアランではどう足掻いても魔鎧騎士(フォカロル)には勝てない。戦闘能力の差が絶望的だ。策略でどうにかなる次元ではない。

アリシアと合流する手もあるが、オルレアたちを放置するのは危険だ。何よりアリシアが今どういう状況なのかが分からない。


(となれば……)


勝機は一つ。調子が良い時にだけ引き出せる、自身の本領、暴虐者としての力で対抗するしかない。

本気を出せれば、戦闘能力は大幅に上がる。今は使えない切り札も全て使えるようになる。魔鎧騎士(フォカロル)が相手でも勝機は見込めるだろう。


だが問題がある。アランは意図的に本気を引き出せない。追い詰められる、それこそ敗北寸前に至らなければ力を使えないのだ。

無論、自ら手を抜いて追い詰められる、などという都合の良い事はできない。意図的な敗北は真の意味で追い詰められたとは言えない。どうしても意識に余裕が生まれる。

しかし今の力で魔鎧騎士(フォカロル)と戦ったとしても、先程と同じように負けるだろう。運が良ければ調子が上がるかもしれないが、精神干渉系のオルレアの前で満身創痍になるのは危険だ。先程のようにオルレアの魔装能力で精神干渉をされる可能性がある。そうなったら本気を出す前に終わる。

結論として、戦闘中に調子を上げるのは至難である事が言える。


(あぁぁぁぁクッソ!どうすれば……!)


思わず額を抑える。

手の打ちようがなかった。意識すればするほど、逆に調子の上げ方が分からなくなる。

必死になる理由がほしい。オルレアたちに勝ちたいと心の底から思い、必死になれるような理由が。


(いや……それこそ無理難題か)


今回、アランに必死になる理由はない。

確かに勝ちたいとは思う。それで事件を解決したいし、リフレイムに生きる人々を守りたいという思いもある。だがそれと同じくらい、全てを壊し、殺し、見捨てたいという欲もある。

そうしたい理由は自分でも分からないが、なんとなくアランはそうしたいと思っている。相反する心情に加え、どちらも中途半端な思いときた。これでどうして必死になれるだろうか。


「はぁ……」


大きくため息を吐いた。

なんとなく視線を動かし、見えたのは──。


「…………」


(うつむ)くフィーネの姿だった。顔は見えないが、明らかに落ち込んでいるのが分かる。


(まぁそうなるよな)


先程の出来事を考えれば当然の反応だ。彼女のことは可哀想だが、アランには解決してやる事はできない。

今まで本気で心の底から他人に寄り添った事のないバケモノには、深く傷心した少女の癒やし方など分からない。


「……ねぇ」


フィーネが声をかけてきた。


「この前、言ったわよね。私は学園とか行ったこと無いって」


「ああ、アンタのところに教師とかが来てたんだろ?」


あの時は何もおかしな話には感じなかったが、


「そうよ。でもね、私の家族は皆、皇国随一と言えるような教育機関に籍を置いてたの。その方が人と関わる能力が培えるし、皇族の存在を周りに感じさせることができるからね」


「確かにそうだけど……いや、待てよ。それじゃアンタは」


「そうよ。私は兄様や姉様のように学園には行っていない。それは私が皇女に相応しくない女だからよ。私の無能っぷりを周りに知られたら、皇族の面子(めんつ)に傷が付く。それを嫌った私の親は、私を外に出さずに、内側で育てることにしたの。驚いた?そのレベルで非才なのよ、私は」


自嘲するようにフィーネは過酷な背景を語る。

差別に近い行いだが、皇族という国家の最高峰に位置する一族からすれば当然の判断なのだろう。国家の最高峰にこのような非才の少女がいることが知られては皇族への不信に繋がりかねない。故に非才(フィーネ)をなるべく外に出さないように(つと)めていたのだ。


「本当、なんでこんな事になったのかしらね……私はただ、普通に生きたかったのよ。贅沢な暮らしなんていらない。自分を認めてくれる人とか、一緒に笑える人がいるような、そんな普通の幸せが欲しかっただけなのよ……!」


悲痛な叫びは嗚咽へ変わる。いつしか涙が(こぼ)れていた。頬を伝った雫が床に落ちる。

アランにはどう言葉をかけたらいいか分からなかった。ただ痛ましかった。まるでそれが自分の事であるかのように、心が締め付けられる。


「いつも皆が羨ましかった!皇族に相応しい才能があって、成果を上げて、周りに認められる兄様や姉様たちが!私だって同じようになろうと頑張ったわ!才能が無くても努力すれば、皆に追いつけるって……そうじゃなくても、少しは認めてもらえると思ったから!」


周りへの嫉妬と憎しみを感じない日はなかった。

凡人の世界なら、成果が無くとも認められる方法はある。成果が無くとも実直に努力を続ける者。周囲の者と上手く関わり、繋がれる者。他にも評価される方法は様々ある。


「でも、誰も私を認めてくれなかった。向けられるのは失望の眼差しだけ。唯一認めてくれたと思ってた人も、最初から私を裏切ってた。オルレアからすれば、私なんて本当に都合の良い隠れ(みの)だったんでしょうね」


だがフィーネが生きる世界は皇国のトップ。秀才や天才だらけの世界だ。

彼女たちの世界では結果こそが全てである。努力している姿勢を見せれば評価してくれるような都合の良い世界ではない。少なくとも、フィーネのような非才に居場所はなかった。


「頑張ってるのに……たくさん、頑張ったのに……周りも、私自身も……この努力に応えてくれるものはなかった!」


努力が必ずしも報われるとは限らない。どの分野に於いても、それをきっかけに挫折する者は多くいる。

フィーネもその一人だ。報われない日々に何度も心を折った。何度も逃げたいと思った。だが周りは彼女を皇女としての人生から逃してくれなかった。

非才であっても皇女だ。国のトップに名を連ねる者として、そのような皇族に相応しくない行いは許されない。

だから彼女は努力し続けるしかなかった。心に募り続けた『疑問』を必死に堪えながら、がむしゃらに努力を続けた。

だがその『疑問』はもう堪えられない。彼女はその一言を口にしてしまう。



「それなら私は……何のために、ここまで頑張ったの?」



過去に価値を見出せず、今に期待を感じられず、そして未来に光は映らない。振り返っても前を見ても、彼女の視界にあったのは闇だけだ。


「途中からなんとなく分かってたわ。どうせ私は頑張っても何も出来ない人間なんだって。でも諦めきれなかった。皆みたいに、誰かに認められたかったから!でも、もう無理よ……誰も私を認めてくれない。助けてもくれない。こんな……こんな人生なら……!」


心は完全に折れた。希望も完全に断たれた。

全てを失った少女は、最後に呟いた。



「もう、死んじゃった方が……」


「それは違うだろ」



ハッキリとアランはその言葉を否定する。それも珍しく真剣な眼差しで。


「アンタが報われなかった事に心を折る気持ちは分かる。どんなに頑張っても常にそれ以上の存在が視界に映るから、心が次第に磨耗していく。そうやって希望を失い、最後には全てを投げ出したくなる。そりゃ辛いさ。でもアンタは──」


「ふざけるなッ!!」


フィーネは叫びながらアランに詰め寄ると、アランの胸ぐらを掴んだ。


「分かる……分かるですって!?貴方に何が分かるのよ!聖装士の貴方に!聖装具を使わなくても周りに評価されるくらいの実力も才能もある貴方に!どうして私みたいな凡人の気持ちが分かるのよ!」


そのままアランをベッドに押し倒す。さらに振りかぶった拳で、全力でアランの頬を殴った。

それも一度ではない。怒りのままに、何度も何度も。


「貴方みたいな人に分られてたまるか!貴方みたいな天才中の天才に!貴方は異端者なんて呼ばれてるけど、それってただ聖装具を使わない手抜きをしてるだけじゃない!そうやっていつも聖装具を使いながら自分に負けていく人たちを心の中で笑ってたんでしょう!?」


鼻血が出る。皮膚が裂ける。痛みは絶えないが、それでもアランは抵抗しなかった。

フィーネのような事情を知らぬ者から見れば、アランは聖装具を使わずに周りを圧倒できる天才中の天才だ。そんな者から『非才の苦しみが分かる』などと妄言を吐かれたら、激怒するのも当たり前だ。

それを理解しているからこそアランは抵抗しない。フィーネの気が済むまで殴られる。


「貴方みたいな、貴方みたいな天才がいるから……私はいつも!」


嗚咽を溢しながら拳を振りかぶるフィーネ。か弱い少女の打撃でも、無防備で受け続ければ流石に辛い。


(ホンット、らしくねぇな……なんでこんな馬鹿な事やってるんだ……俺は)


今すぐにでも倒すべき敵がいると言うのに、こんな少女に時間を使い、挙句の果てには無防備に殴られ続けている。

本当に訳が分からない。フィーネには気の毒だが、理性的に考えれば無駄な行いだとすぐに分かるはずだ。

なのにどうして俺はこんな事をしているのか。考えていると、ある事に気づく。

フィーネが殴るのをやめていた。


「……気は晴れたのか」


「何で抵抗しないのよ……貴方なら私の拳を止めるくらい朝飯前でしょ」


「受けるべきだと思ったからだ。俺の発言が思慮不足だったことは謝罪する。殴って気が晴れるならいくらでも殴れ。それが俺がお前に見せられる誠意だ」


「…………」


フィーネはアランから離れ、ベッドの傍らに立つ。アランもベッドから立ち上がった。


「何なのよ……本当に貴方は。聖装具は使わないし、天才のくせに非才の苦しみが分かるとか言うし、殴られても抵抗しないし……もう馬鹿みたい。これじゃあ私がもっと惨めに見えるじゃない。自分が悪いのに、解決できないことを他人に当たる最低な女だわ」


冷静になったのだろう。客観的に自分を見てしまったことで、彼女の心はさらに堕ちていた。

このままではいけないと思った。反射的にアランは言う。それが愚行と分かっていながら。


「それはねぇだろ。アンタは……その、十分やってる。十分過ぎるくらいに」


「は?また殴られたいの?」


「いやそうじゃなくて!だから……その」


慣れない事をするべきではないと、この時アランは痛感した。

ちょうど良い言葉が思いつかない。どうすれば彼女の気分を害さずに言葉を、想いを伝えられるのか。

必死にアランは考える。それは未だ嘗てないほど真面目に、たった一人の哀れな少女のためだけに。

考えて、考えて、考えて────ようやく出した結論は。







「…………は?」


直後、フィーネは呆けた声を出した。

当然だ。アランが急に右手を突き出したかと思えば───次の瞬間、その手に『石剣』が現れたのだから。


「え、何その剣……いや、剣なの?」


困惑する。フィーネにはとてもマトモな武器には見えなかった。

大剣ほどではないが、一般的な剣よりは全体的に大きい。刃には中心に線が刻まれており、(つば)は刺々しい作りをしている。

形だけは立派な剣だが、全体はボロボロの石で出来ていた。

光沢も切れ味も感じさせない石の刃と、握るだけでパラパラと石屑(いしくず)が付いてくる石の()。さらに剣の所々にはヒビまで入っている。河原に落ちている石の方が綺麗かもしれない。


「失礼だな。剣だよ、多分な」


「多分って、貴方が出したんでしょ。ハッキリ言いなさいよ」


「そりゃあ……まぁ、だって……」


迷いは晴れない。これが正しい行いなのか今でも疑問しかない。

それでもアランは貫き通した。どうでも良い少女のために、自身の秘密を口にした。




「これ、俺の聖装具だから」




「…………は?」


二度目の呆けた声。しかしこちらは意味が違った。驚きではなく、理解できないという意思表示だ。


「それが聖装具?何を馬鹿なことを言ってるの。そんなボロボロの剣が聖装具な訳ないじゃない。それともそれは仮の姿で、戦う時にはちゃんとした剣に」


「なったら良かったんだけどな。そんな面白い特性はないよ。この剣には」


そう言うと、アランは何も置かれていない床に向けて剣を振り下ろした。

普通の剣なら床に刺さるか弾かれるかだが、この石剣はそうはならなかった。床に当たった瞬間、刃が砕け散った。


「見ての通りのゴミ性能だ。僅かな衝撃にも耐えられない耐久性と絶望的な切れ味。笑えるだろ?」


「いや……え……そんな事」


驚きのあまり言葉を失っている。リオとアシュリーも初めて聖装具を見せた時は似たような反応をしていた事をアランは思い出した。


「も、もう一回聞くけど……聖装具なのよね?その剣」


「ああ。これは確かに俺の聖装具だ。どんなに否定してもこの事実は揺らがない」


「だったら……ほら!聖装能力があるんじゃないの?そんなふざけた剣なんだから、それ相応に凄い聖装能力が」


「無いよ」


「あぁ……そう、なのね」


この反応からして、彼女もあまり期待していなかったのだろう。

何と言ったらいいか分らない。そんな表情をしているフィーネに、


「俺も何かの冗談だと思いたいんだが、これが俺の聖装具だ」


「でも、その剣が聖装具って証拠は……」


「さっき俺が何も無いところからコイツを顕現させてただろ?そんな事が出来るのは聖装具と魔装具だけだよ。もちろん『既にある武器を魔法で隠してた』とかは無いってことは、さっきまで俺を押し倒して殴りまくってたアンタなら分かるよな?」


「それは分かるけど、本当にそんな物が聖装具になるのね」


「多分この剣はまだ本当の力を出してないんだと思う。だから俺はこの剣の本当の力を引き出すために色々試してみた。まぁ一つも上手くいかなかったから、今もボロボロの石剣のままなんだけど。要するに、聖装具を使わない異端者の正体は、聖装具を使えないただの半端者でしたって話だ」


自嘲気味に言いながら、聖装具を手元から消滅させる。

するとフィーネが尋ねた。


「ねぇ、どうして私にその剣を見せたの?それって大事な秘密だったんじゃないの。今まで誰も貴方の聖装具を見た事が無いって言われてくらいだし」


「その通りだ。これは俺の重大な秘密だ。今まで三人にしか教えた事がない」


「意外と教えてるのね。でもそんな秘密を共有できるってことは、その三人は余程信頼できる人なんでしょう」


「ああ。絶対の信頼を置いている」


自身の師範にして親のような存在であるシリノア。そして学園で早期から仲良くなっていたリオとアシュリー。あと聖装具の事はまだ明かせていないが、レオンとフィアラも。全員、アランにとって間違いなく掛け替えのない存在だ。

それを察したからこそ、フィーネは思う。


「尚更分らないわ。どうして会って数日の私に、そんな大事なことを教えたの」


「そうするしか無いと思ったんだ。そうしない限り、俺はアンタと対等に話せない」


「対等?」


「アンタは俺を天才と言ったな。確かに一般的に見れば俺は才能がある方なんだろう。聖装具が使えなくとも、聖装士な訳だし。魔力量や魔法のセンスは並以上なんだと思う」


だが、


「俺の天才は、あくまで()()()()()()()()なんだ」


「……っ」


「聖装士という世界で見れば、俺は最底辺の落ちこぼれだ。なにせ聖装士の大前提である聖装具が使えないんだからな。ただの魔力と魔法のセンスが並以上の奴だ。でもそれは聖装士にとって当たり前のことだ。天才の世界では最低ラインなんだよ」


境界があるのは天才と非才の間だけではない。天才の中にも境界はある。

アランは非才にとっては天才なのだろう。だが天才の中では、彼は非才に等しい存在だ。


「天才の世界で生きていく方法。それは天才の中でもさらに傑出した才能を持つか、唯一無二の才能を持つことだ。もちろん俺にはどっちもない。手持ちのカードは他のどの天才も当たり前に持ってるカードだけ。とてもじゃないが、天才の世界を生きていける手札じゃない」


本来、アランにとって聖装士という天才の道は相応しくないものだった。

それはアランが一番良く分かっている。学園に入学するよりもっと前、シリノアから修行を受ける前には理解していた。


「なら、どうして貴方は聖装士の道を選んだの。本当に最低限の才能しかないのに、どうして……」


それでも天才の道を選んだ理由は意外と単純で、


「アンタと同じ、逃げ道がなかったからだよ」


「貴方も、そうなの?」


「色々あって……あぁ、もういいや。全部言っちまおう。俺には師範がいるんだ。戦いや勉強を教えながら、俺をここまで育ててくれた人がな。その人が……って、聞いてるかフィーネ」


「え……だって今、とんでもない情報が出たから混乱しちゃって」


「俺に師範がいるって事か?」


「それよ!なにサラッとヤバいこと言ってるのよ!貴方師範なんていたの!?どこの誰よ!?」


「大聖者シリノア・エルヴィンスだけど」


「はぁぁぁ!?何があったらそんな事に……!」


「ちなみにこの秘密を明かしたのはアンタが初めてだ。絶対に他の人には言わないでくれよ。マジで師匠の面子にも関わるから」


「なんでそんな大事な秘密をどんどん話すのよ……でも、確かに納得できるわね。あの大聖者なら貴方みたいなとんでもない聖装士を育て上げても不思議じゃないわね」


納得すると同時に、ある矛盾に気づいた。


「あれ、でも貴方って一般家庭で育ったんじゃ……」


「あれは嘘だ。俺、経歴詐称してるから」


「それ法的にアウトじゃないの?」


「今更だろ」


さすがは暴虐者と言うべきか。罪の意識が全くない。


「納得してくれたところで続きを話すが、俺が聖装士としてやっていく事になったのは師匠が強要したからだ。俺が十二歳になるちょっと前くらいに、急にあの人が『四年後からエルデカ王国立聖装士学園の学園長をする事になったから、お前も学園に入学しろ』って言ったんだ」


「無茶苦茶ね」


「実際とんでもない無茶だったよ。あの時の俺は聖装士として生きる気なんてなかった。それに見合う才能も実力もなかったからな。だから最初は駄々こねまくって全力で反対したけど、最終的には入学を強制されてさ。そこから地獄みたいな修行の日々が始まったんだ。いや本当に酷かった。よくあんな修行を耐えれたなと今でも思う」


「そんなに辛かったのね。なんだか可哀想になってきちゃったわ」


これでアランは抱えている秘密は全て明かした。フィーネもアラン・アートノルトという人間について理解できた。

その上で、


「貴方の事は大体分かったわ。その……さっきはごめんなさい。軽はずみに貴方を罵って……って言うか、その顔の傷治さないの?」


「あ、そうだった。ちょっと待ってくれ」


治療(ヒール)》を行使すること数秒。傷を治したアランは血を拭いながら、


「待たせたな。話を続けよう」


「じゃあ聞きたいんだけど、貴方は結局何を伝えたいの?理由があるんでしょ?ここまで大事な秘密を明かした理由が」


「そうだな……理由か」


数秒考え、アランは答える。


「ん────分からん!」


「え?」


「いやー正直何も考えてなかったんだよね。なんでここまでアンタのために色々話したのか、今でも良く分からない。ただ俺はアンタに自分を卑下してほしくなかったんだ。だから思ったことをひたすら言って……」


「それで気付いたら秘密を次々に明かしてたと」


「そゆこと。我ながら馬鹿な事やったなーとは思うよ。でも後悔はしてない。今の話で雰囲気が(なご)んだから!」


「そういう問題かしら……」


確かに場は和んだかもしれない。フィーネは少しだけ笑った。

だがすぐにその表情は不安に変わる。


「でも、貴方がどんなに言葉を尽くしても現実は変わらないわ。どこまで行っても、私は非才のままなの。成長することもないし、誰かに認められることもない。ここからどうしろって言うのよ」


フィーネの言う通りだった。アランがどうしようとも、現実の問題は解決しない。敵は未だに健在であり、フィーネは非才として生きる他ない。

顔を俯かせるフィーネに、アランは言った。


「改めて考えてみて分かったが、俺とアンタは意外と共通点が多い。俺は自身の才能を遥かに上回る道を強要されたけど、それでも最底辺の天才なりに努力してきた。アンタも非才でありながら身に余る人生を強制された。それで色々な苦悩しながらも必死に頑張ったんだと思う」


ただし、


「一つだけ、俺とアンタは決定的な違いがある。それは『自分を支えてくれる人の有無』だ」


それがアランにあって、フィーネにはなかったもの。


「俺には師匠がいた。師匠は俺がどんなに失敗しても、どんなに嫌がっても、今この時までずっと俺を支えてくれている。だから俺はここまで強くなれた。才能の差すら覆せるほどにな。もし師匠がいなかったら、俺は今でも落ちこぼれだ。要するに、環境次第で凡人でも天才を超えられるって話だ。もちろん相応の努力が求められるけどな」


「でも私にはそんな人はいないわ。誰も認めてくれないし、期待もしてくれない。すぐに私を見限る。こんな『皇族の失敗作』を、誰がそこまでして必死に支えてくれるって言うのよ」


「そりゃもちろん俺だよ」


「は?」


あまりにサラりと言われた衝撃的な言葉に、呆けた声が漏れた。


「貴方、今なんて……」


「俺がアンタを支えてやる。似たような道を経験した身だ。適任だろ」


「そうじゃなくて!なんで貴方がそこまでするのよ!同情してるつもりならやめて!もう今更、私なんかの人生に誰かを巻き込みたくないのよ!それに貴方だっていつか私を見限るわ!だから……!」


「だから、じゃねぇよ。フィーネ・リフレイム」


「……っ!」


気迫の籠った声で言う。


「挑戦するのが怖いのは分かる。上手くいく保証もないし、俺が最後までアンタを支えるっていう確証もないからな。アンタの過去を思えば、尚更他人を信じるのは容易じゃないだろう」


その全てを深く理解していながら、


「それでも、これだけは言わせてもらう」


例えそこに確かな根拠がなかったとしても。

それがただの感情論に過ぎないとしても。


「俺はアンタを見限らない。俺の師匠が俺にしてくれたように、アンタを支えてみせる。これでも忍耐力には自信があるんだ。アンタが百万回失敗したって、俺はアンタを走らせる。もちろん俺も一緒にだ」


真っ直ぐ目の前の少女の瞳を見据えながら、一言一言に確固たる思いを込めて。


「他人に頼る事に負い目を感じてるってんなら、今すぐそれは捨てろ。俺だって師匠に頼りっぱなしだったんだ。アンタが俺に頼ったって誰も文句は言わねぇし、言わせねぇよ」


「…………」


フィーネは息を呑んだ。

胸の奥が熱い。久しく忘れていた希望が、確かに失意に染まった彼女の瞳に見えた。


「もしアンタが俺を信じてくれるなら、俺は俺の出来得る全てでアンタを支える。俺の命だって懸けてもいい」


それが今、アランがフィーネの信頼を買うために差し出せる最大のものだった。

これ以上はフィーネに任せるしかない。彼女がアランの手を取るか取らないか。




フィーネの心は依然として複雑な心境だった。

なぜここまでアランが自分のために行動してくれるのか。本当は別の目的があるんじゃ無いのか。言いたいことは山ほどあるし、不安も絶えない。

だが何より先に溢れたのは────。


「……っ……ぁぁ」


──涙。溢れた思いを留めもせずに、フィーネはその場で泣きじゃくった。

一体いつぶりだろうか。絶望ではなく、希望の類の感情から涙を流したのは。

これ以上の言葉も証拠もいらない。理由すらどうでも良い。彼の覚悟が本物である事は十分にフィーネに伝わった。


「本当に……いいのね?後悔しても知らないわよ……?」


「後悔なんてしねぇよ。俺も、アンタもな」


指でフィーネの涙を(すく)った。それがこの時に於ける彼女の最後の涙だった。

少女は顔を上げる。その瞳に(よど)みはなかった、


「覚悟は決まったか?」


「ええ、決めたわ。これでも皇女だもの。私に期待してくれる人がいるなら、立ち上がらない訳にはいかないわ」


「そりゃ結構。なら先に聞かせてもらおうか、皇女様。アンタの目標は?」


「もちろん決まってるわ。この国の全員に皇女として認められるくらいの人間になってやるわ!」


そう、全員だ。ただ一人の例外もない。このリフレイム皇国に生きる全ての者が思わず(かしず)いてしまうような皇女になってみせると、彼女は強く心に決める。

ならばこそ、


「まずはファーストステップよ、アラン。手始めにあの裏切り女をギャフンと言わせに行きましょう」


「いいね。やってやろう」


二人の非才は笑みを浮かべる。その心に確たる決意を宿して。

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