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聖装士学園の異端者  作者: 綿砂雪
第三章
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第八十六話 束の間の夢

「…………っ」


何かが聞こえたような気がして、アランは意識を取り戻した。

くぐもった騒音が聞こえる。これは人の声だろうか。

一人ではない。何十人、いや何百、何千、それとも何万か。数えることすら億劫になるほどの数だ。老若男女、全ての声が混ざっている。


「くそっ……うる、せぇ……」


まるで寝起きのように判然としない意識で体を動かす。そこで気づく。違和感は声だけでなく、全身にあることに。

多分、自分は今寝転がっているのだろう。背中や頭がやたらゴツゴツしたものに触れている。腕や足に至っては、そのゴツゴツした何かに埋まっていた。


「何だ……これ」


体を起こした。そしてすぐに絶句した。


アランの周囲を覆っていたのは、大量の死体だった。


「な、なんだよ!これ!?」


慌てて立ち上がる。だが死骸に足を取られてつまづいた。

転んで死体に手をつける。

右手が触れた死体には上半身がなかった。左手が触れた死体は頭部しか残っていなかった。

さらに───。


『──何故だ……何故…ばかり幸せを味……ている』


「っ!?」


生首が突然喋った。頭だけだと言うのに、しっかりとアランに目を合わせて、ひどく恨めしそうに声を吐き出している。


『お前の……を忘れたの?……ことを』


『貴方の……でどれだけ………と思ってるのよ!何もかも……よ!』


『貴様のせいで………は台無しにな……のだ!……め!どう責任を………だ!』


そこでアランは気付く。今まで聞こえてきた言葉は、全て死体が発していたということを。

声が多すぎるせいで、一つ一つの言葉はハッキリとは聞き取れない。それでも、それらの言葉全てに底知れない怨念が込められていることは理解できた。


「なんなんだよお前ら!?いや、そもそも何でこんな所に──ッ“!?」


考えた瞬間、足に痛みがした。

見れば、死体がアランの足に噛みついていた。死体はそのまま肉を噛みちぎる。


「あくまで敵対するつもりってわけか!」


全く状況は理解できないが、ここはマズい。本能的に、これ以上彼らに関わってはいけないと悟った。

跳躍しようとしたが、それより早く死体がアランの足を掴む。それも一人ではない。

次々に死体の山から腕が伸び、アランの体や服を掴んで、死体の中へ引き摺り下ろす。


『お前だけは……お前だけは逃さない』


「待、て……!」


腰まで死体に埋もれた。

足が噛まれ、骨を折られる。これ以上立てない。


『……のくせに、どうして喋ってるの?どうして………の?お前なんかが……のフリなんてして』


「知るかよ……!俺がお前らにどう関係するってんだ……!」


肩までも埋もれた。

指を食い千切られ、腕を強く引っ張られる。もう足掻くこともできない。


『お前は……死ね……ここで永遠に……め』


「そんなの……!」


『成り……ったつもりか……が。お前……まで………過ぎない』


「勝手に、決めるな!」


首が埋まる。耳まで沈む。

全身が死体に埋もれかけた───その瞬間。




「はいっ!そこまで!」




手を叩く音と共に、軽快な少女の声が聞こえた。

同時に体を襲う圧迫感が消える。死体が全て消えていたのだ。代わりにアランの周りに広がっていたのは、モノクロの花畑だ。


「まったく、少し目を離したらすぐにこれか。死人がいつまでも出しゃ張るなって話だよ。まぁ()()()()()()()()()()()けど」


聞こえた声は背後から。見れば、そこには赤い瞳を持つ黒髪の少女がいた。


「君は……」


「座ったら?体は治したけど、疲れてるでしょ」


「え……あ、ホントだ!治ってる!」


いつの間にかアランの負傷は完治していた。


「何をしたんだ?魔法か?それとも……」


「貴方の考えてるような力じゃないよ。ここは言うなれば夢の中なの。だから体の状態は好きに変えられる」


「なるほど……ん?その理論だと俺、今寝てることにならないか?」


「そうだよ。貴方はあの女……確かオルレアだっけ。アイツが呼び出した『死骸』に負けて気絶したんだよ」


「死骸……あのフルプレートの事か。なら夢の外は今どういう状況なんだ?オルレアが好き放題してるとか?」


「そこは心配しなくていいよ。貴方も……えーっと……そう、フィーネ・リフレイムって子も無事。一緒に潜伏して隠れてる」


「フィーネも逃してくれたのか」


「うん。その方が()()()()だったし」


言いながら少女はその場に座る。その横にアランも座った。


「改めて聞くが、君は誰なんだ?どうして俺を助けた」


「ん───そうだね……」


返答に悩んだのか。少女は数秒考えてから答えた。


「私は貴方に最も近い存在であり、貴方の最大の理解者であり、貴方の過去であり、貴方の未来であり、貴方の罪であり、貴方の運命の灯火であり、そして貴方の半身でもある」


「要するにどういう事だ?」


「味方ってこと。でも味方と言っても、基本的には中立。貴方の要求に応じて手を貸したりするわけじゃないから。そこはごめんね」


「いや、さっき助けてくれただけで十分だ。ありがとな」


ここが現実でないとしても、あのまま死体に呑まれていたら、どうなっていたか分からない。


「重ねて質問して悪いが、あの死体たちはなんだ?」


「あれは気にしなくていいよ。ただの夢の中の些細な出来事の一つ。誰だって(たま)に怖い夢を見るでしょ?それと同じだよ」


「でも死体たちは明らかに俺に恨みを抱いてた。それに君はあの死体たちを見張ってるんじゃないのか?『目を離したらこれか』って言ってただろ」


「ちゃんと最初の言葉も聞いてたか……」


しくじった、といった風な顔をする少女。


「確かにあの死体と貴方は関係がある。でも本当に気にしなくていい。花に与えられた栄養を横取りして花の周りに生える雑草みたいなものだよ」


「超害悪じゃん」


「実際そうだからね。アレが恨みを抱いてようが危害を加えようが、悪いのは貴方じゃない。忘れちゃっていいよ」


「そんな簡単に忘れられるかな」


「忘れられるよ。目が覚めた時にはここで起きた事は全部忘れる。夢ってそういうものでしょ?」


「確かにそうだけど」


今もあの(おぞ)ましい感覚は残っている。これが現実での出来事なら数年は記憶に強く残るだろう。


「じゃあさ、私からも一つ質問。今の人生は楽しい?」


「今の人生か……」


今まで記憶を思い返しながら、


「……ああ、楽しいよ。依頼を受けたり、誰かと殺し合ったり、王女に追い回されたり。結構な頻度でハプニングは起きるけど、それでも充実した生活だと思う。毎日一緒に飯を食える友達も、いつも俺を気にかけてくれる人もいる。俺は恵まれてるよ。まぁ肝心の聖装具はいつまで経っても使えないけど──」


そこでふとアランは思った。


「あっそうだ!君は俺に近しい存在なんだよな!?」


「そうだけど……それがどうしたの?」


「君なら俺の聖装具のこと、何か知ってるんじゃないか!?」


凄まじい気迫でアランは言う。

今まで何一つ理解できなかった自身の聖装具。その詳細を知る可能性がある者が遂に目の前に現れたことで、テンションが急上昇していた。


「聖装具?聖装具って………あぁ、アレのことか」


「やっぱり何か知ってるのか!?」


「ちょ、ちょっと必死すぎじゃない?」


「そりゃ必死にもなるって!やっと胸張って聖装士としてやってけるかもしれないんだから」


「でも、ここでの事は忘れちゃうんだよ?」


「そこは気合いで……!」


「根性論なんて、貴方らしくないね」


楽しげに笑い、少女は言う。


「知ってると言えば知ってるけど、これは教えられないかな」


「それって『自分で気付いた方が良いから』みたいなヤツ?」


「それもあるよ。これは貴方が自ら向き合い、気付くからこそ意味のあること。その過程を踏まずに力を会得しても、きっと貴方は力を使いこなせない」


「はぁ……やっぱそうだよなぁ」


明らかに落ち込むアラン。それを気にかけたのか、少女は、


「悲観しなくても良いと思うよ。そもそも、貴方にアレは必要ないと思うな」


「なんで?」


「無くても貴方は十分過ぎるくらい強いじゃん。それに期待してた物が期待外れの物だった時、落ち込むのは貴方だよ」


「え、もしかして俺の聖裝具の性能って……弱いの?」


「それは内緒。使えるようになった時のお楽しみ」


「せめてどんな聖裝能力なのかだけでも…!!」


「だーめ、自分で頑張って。学生でしょ?」


「学生だって一人でなんでも学んでいけるわけじゃないんだぞ」


「確かに、そうだ、ね」


「…………?」


その時、少女の声に違和感がした。

否、違和感があるのはアランの方だ。聞こえる音がくぐもっている。体の感覚も曖昧になってきた。


「あ、もう時間か」


「時間?」


「目を覚ます時間が来たってこと。貴方の体は起きようとしてる」


徐々に聞き取れる少女の声は小さくなっていく。それでも少女は閉じゆくアランの瞳を見つめながら、


「起きる前にもう一つ。自分をもっと大事にして。これでも私、結構心配してるんだよ。まぁ言っても無駄なんだろうけど」


「…………」


言葉を返そうとしたが、舌が動かなかった。ただ眠気に似た感覚に身を預ける。


「何を救い、何を殺すか。運命を決めるのは貴方だよ。だから頑張ってね───」


それ以上は聞き取れなかった。

意識が絶える。次に目を覚ました時、アランが見たのは皇城の一室だった。

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