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聖装士学園の異端者  作者: 綿砂雪
第三章
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第八十五話 巣食う者

「気絶しましたか。これで目標の半分は達成しましたね」


アランはもう戦えない。残る敵はアリシアだけだ。

今頃ヴァッシュがアリシアと戦っているだろう。あとで魔鎧騎士(フォカロル)と共に加勢に向かわなければいけない。これだけの戦力が揃えば、如何にあの王女と言えども打倒できるだろう。


「それはそうと……」


オルレアは振り返り、


「貴方はどうするのですか?フィーネ様」


そこで未だに固まっているフィーネに問いかける。


「なんで貴方が魔装士なの……今までずっと聖装士として活動してたじゃない」


「なんで、と言われましても。色々あって魔装具と契約することになりましてね。まぁ貴方のような高貴な方には分からない世界があるのですよ。貴方とはまた異なる意味で、苦労の絶えない世界がね」


「貴方に何があったの。何が貴方をこんな事に」


「そこまで教える義務はありません。ご自身でお考えください」


視線を切り、再びアランに向き直る。


「大人しくしている限りは危害は加えません。利用はさせてもらいますがね。それが嫌なら、その無力な体で足掻いてください。それだけの度胸が貴方にあれば、ですが」


「……っ」


フィーネは歯を食いしばる。

今まであらゆるものを恨んだ。自分を不出来と見限った者。皇女として生まれた自分の過去。こんな環境を自分に与えた理不尽な世界。その他にも色々。だが何より呪ったのは無力な自分自身だった。


皇女として生まれた時点で自分は詰んでいた。

皇女にはとても相応しくない非才。それ故に、常に周りの期待を裏切り続け、失望の目を向けられた。

何度も皇女の身分を捨てたいと思った。だが誰も逃げる選択を許さない。成果は出ないと半ば諦めながらも、周りは皇女としての道を強い続ける。

出口すらない、どこまでも続く苦痛の絶えない人生。だがこんな袋小路の状況も、いつかはマシになる日が来ると思っていた。

なのに───。


(どうして……私はいつも、こうなるの?)


俯く少女の瞳には、希望は映っていなかった。




***




「さて、アラン・アートノルト。申し訳ありませんが、これから貴方には私の殺戮兵器になってもらいます。貴方のような人には似合った末路でしょう?」


オルレアの魔装能力は明確な意識を持つ生物が相手では効果が弱まる。だが相手が気絶してれいば関係ない。手間はかかるが、傀儡にする事も可能だ。

アランほどの戦力を味方に付ければ、悲願の達成もより現実に近づくだろう。


「勝手ながら、見せてもらいますよ。貴方の記憶を」


瞳を閉じ、剣に魔力を込める。

魔装能力による記憶への干渉。オルレアはそれを実行した。


「《堕ちよ、傀儡の子よ(ドミネーション)》」


閉じた視界に未知の光景が映りだす。それは誰かの視界だった。

これは誰かが見た過去の光景だ。今回の場合はアランの記憶になる。オルレアが他人の記憶に干渉すると、いつもこのように記憶が写るのだ。

様々な光景がオルレアの視界に現れては消えていく。ほとんどの記憶にはアランと同じ学生服を着た誰かが写っていた。彼の学友だろう。

相手は楽しそうにしていた。アランも彼らとの時間を心地良く思っているのがオルレアには伝わってきた。


(これだけ見れば、本当にただの学生ですね)


これらの記憶を全て上書きし、アランを都合の良い人形に仕立て上げる。

オルレアはさらに魔力を剣に加え、魔装能力の出力を上げた。













────次の瞬間、オルレアが見たのは闇だった。


「これは、どうなって……」


困惑しながら周囲を見渡す。ここは全方位が闇一色の何もない世界だ。オルレは気付いた時にはここにいた。

こんな事態は初めてだ。まさかアランの精神の中に引きずり込まれたのか。


(いや、そんな事はあり得ない……こちらから相手の精神の深くに踏み入る事はあっても、相手から引きずり込まれるなど……)


他人の精神や記憶に干渉するのはリスクを伴う。深入りし過ぎた事でその者の精神や記憶が術者にまで影響し、術者の精神が逆に乱されるのだ。最悪の場合、術者が廃人になることもある。精神干渉系の聖裝士や魔装士にとっては常識だ。

故に彼らは干渉する度合いを上手く調整しなければならない。そこについてはオルレアも常に細心の注意を払っていた。少なくとも今回は失敗したつもりはない。

ならば今、自分に何が起きているのか。

真っ暗な世界で考えていた───その時だ。




「はぁ……やっぱり詰めが甘いじゃん。中途半端に『封印』を緩めるから、こんな事になるんだよ」




聞こえたのは少女の声。その正体を考える間もなく、オルレアの視界が変化した。

真っ暗な世界が消えた。代わりに現れたのは花畑だった。

見渡す限り、どこまでも花畑は続いている。だが色が無い。土も茎も花も、全てモノクロだった。

それは空も同じで、灰色に染まった空には、止まった雲が浮かんでいた。

何が起きているのか。先程の声は何なのか。

混乱しながら視線を正面に向け────。



「………………ぁ」



見た。


見てしまった。


そこに立つナニカを。




オルレアの前方には、ナニカがいた。

見た目は少女だ。背中を向けているからよく分からないが、おそらく年齢は十代後半。

黒い髪は肩まで伸び、装いも黒のロングコートと黒のロングスカートで黒一色。漆黒を纏う少女と思しきナニカは、ただそこに(たたず)んでいた。


「……………」


体が動かない。声が出ない。息すらできない。ただ額から汗が伝う。

この時、オルレアは呼吸を忘れていた。それどころではなかったからだ。

オルレアの視覚は間違いなく少女の姿を映している。だが視覚以外の全てが、その事実を否定していた。


全身が悲鳴を上げている。今すぐこの場から、あの(おぞ)ましいナニカの前から立ち去りたい。

アレは少女ではない。否、人間ですらない。あんな存在を人と同列にしてなるものか。

この世にあんなにも恐ろしい生物がいてたまるものか……!


「……ッ」


逃げたいという願いに反して、オルレアの体は動かない。恐怖で(すく)んでいた。

震えながら目の前のナニカをただ見つめている。


その時だった。


「へぇ、動けないんだ。まぁ意識があるだけ頑張ってる方かな。貴方みたいな人なら耐性はあるよね」


ナニカが言葉を発した。

至って普通の少女の声だった。だがその声を聞く(たび)に、オルレアの恐怖心は深まっていく。

脅えるオルレアに構わず、ナニカはゆっくりと振り返った。


赤い瞳が見えた。血のような、美しくも醜い瞳だ。

可愛らしい顔付きは本当に少女そのものである。ロングコートは襟元のボタンだけを留め、その下に着た赤いブラウスを晒していた。

もちろんソレとオルレアは初対面だ。だがその顔付きに、何故かオルレアは()()()を抱いた気がした。


「困った人だよ。許可なく人を傀儡にしようだなんて」


ナニカは歩き出す。

モノクロの花畑を歩み、固まったオルレアの前に立つ。


「貴方には色々と仕返ししてやりたいけど……ここを汚したくないからね」


目の前まで近づかれて改めて分かった。

これは異常だ。やはり少女の皮を被っているだけに過ぎない。その内側に計り知れないナニカを内包している。


「ま……さ、か……」


知っている。自分はこの気配を、正確にはこれに似た気配を覚えている。

己が希望と信じ、今も同胞たちが付き従っている、あの者から感じた気配だ。


「取り敢えず……」


冷酷で、暴力的で、邪悪で、残虐で、そして何より圧倒的なこの力は────。




「今すぐ失せろ、無法者が」




思案する暇はなかった。

視界が暗転したかと思えば、次の瞬間には皇城の廊下が視界に映った。


「ッ…はぁ……はぁ……!」


戻ってきた。そう自覚した途端、思い出したように息をした。

先程の感覚が抜けきっていない。今も体は震えている。呼吸も安定しなかった。


数秒を要して自分を落ち着かせた事でようやく状況を再認識する。

精神干渉をする際、オルレアはアランを刺した。今も目の前にはアランがいるはずだ。

このままでは反撃される可能性がある。一度離れる必要が──。


「──ガッ…ァ」


突然息ができなくなった。

足が浮く。首を絞められたのだと理解するが、首には何も触れていなかった。


「どう……なッ……て」


見下ろした先、見えたのは俯きながら立つ満身創痍の少年だった。

少年はオルレアを掴んでいなかった。代わりに右手で何かを掴むような動作をしている。

魔法ではない。彼は詠唱していなかった。聖装能力かと思ったが、やはり聖装具は出していない。

ならこれは何の力を───。


「苦しい?なら首の骨を折ってあげようか」


少年が顔を上げた。赤い双眸(そうぼう)がオルレアを視界に捉える。あの少女の皮を被ったナニカと同じ瞳の色だ。


「なッ……どう、して……!?」


変わったのは瞳の色だけではない。口調や雰囲気まで、全てが先程までの彼とは大きく異なる。

まさか先程のナニカが彼の体を動かしているのか。そう考える間も次第に首を絞める力が強くなる。

このままでは死ぬ。オルレアは魔装能力を行使し、魔鎧騎士(フォカロル)を動かした。


「vsd”%`;wqr_er+*>ja*_ajf!”+>_ds」


雄叫びと共に魔鎧騎士(フォカロル)は走り出す。少年が反応するより早く距離を詰めた。

振り上げた大剣を少年の頭に振り下ろす。人知を超えた膂力(りょりょく)によるその一撃に直撃した者は、肉片すら残らないだろう。防げなかった少年の体は数瞬の後には消し飛んでいる。



───はずだった。


「ッ!?」


オルレアは驚愕した。彼女の目に映る少年は未だに健在だった。

何故か、魔鎧騎士(フォカロル)の大剣が少年に触れる寸前で止まっていたのだ。魔鎧騎士(フォカロル)は必死に力を込めているが、大剣は一向に少年に届かない。

少年はため息を吐きながら、触れずにオルレアを投げ飛ばした。次いで魔鎧騎士(フォカロル)に手を向ける。

そして、


()()風情が。誰に刃を向けている」


言い放った瞬間だ。


魔鎧騎士(フォカロル)の体が(ねじ)れた。大剣と両腕、両脚がグシャリと音を立てながら歪み、捻れ、潰れ、最後にはバラバラに砕け散った。

魔鎧騎士(フォカロル)は悲鳴に似た声を上げる。それに構わず少年は魔鎧騎士(フォカロル)の腹に手を当てる。すると今度は魔鎧騎士(フォカロル)の残っていた腹部や胸部に複数の大穴が空いた。


退()け」


邪魔そうに手を払うと、それに連動して魔鎧騎士(フォカロル)は壁へ吹き飛ばされた。

魔鎧騎士(フォカロル)は壁にめり込んだまま動かない。普通の生き物なら言うまでもなく即死しているところだが、魔鎧騎士(フォカロル)の体は再生しようとしていた。


「はぁ……やっぱり足りないか」


少年は驚いていなかった。このくらいの事は当然と考えているようだ。

再び魔鎧騎士(フォカロル)に手を向ける。今度こそトドメを刺そうとしていた。

だが、


「……いや、これ以上はやり過ぎか」


考え直して手を下げる。

あまり出過ぎた真似をしてはいけない。あくまでこれは()の人生であり、何をどうするかは彼が決めるべきだ。


少年はフィーネに視線を移す。あまりの変貌に、フィーネも怯えていた。


「皇族とか王族とか貴族とか……貴方みたいな人、本当は助けたくないんだけど。それを決めるのは私じゃないから」


少年はフィーネに近づくと、彼女を担いだ。


「え、ちょっと!アラン!?」


困惑するフィーネに構わず、少年は黙って走り去る。二人は一瞬にしてその場から姿を消した。



***



静寂が訪れた廊下にて、残されたオルレアは改めて考える。アラン・アートノルト、そしてあの少女の皮を被ったナニカについて。

気配や言動から考えるに、先程のアランの体を動かしていたのは、間違いなくあのナニカだ。

アレはアランとは全く異なる存在だ。よくある表現を使うなら、アレはアランの人格の一つと呼べるだろう。


多重人格者。一つの体に複数の人格を宿す者というのは、ごく稀だが存在すると聞く。だがアランにその事例が当てはまるのかと言われれば、それは違うとオルレアは考える。

ただの人格にしては個の生物として完成し過ぎている。それに人格が変わっただけで扱う力まで変化するとは考えられない。あの時のアランは魔法では考えられない力を使っていた。

聖装具の副産物という可能性はあるが、聖装具と契約したことで人格が増えた者の事例などオルレアは見たことも聞いたこともない。魔装士にもそんな者はいなかった。


あの時の彼について、近い事例を挙げるとするなら、魔装具が当てはまるだろう。

魔装具が宿す闇の力は、耐性が無い者が触れれば精神や身体を汚染される。魔装具に不用意に近づいた結果、魔装具に体を支配された事例も少なくない。

人格を変え、さらに魔法とは異なる力を与える。魔装具なら出来そうな事だが、そう仮定しても矛盾点が残る。


ナニカには明確に人としての人格があった。体を乗っ取られるだけでは、あのように人格は確立されない。

魔装具に体を乗っ取られるというのは、暴走状態に陥っているようなものだ。自我を失い、マトモに思考もできず、ただ力をばら撒く厄災に成り果てる。そのような様子はあの時のアランには無かった。

そもそもあの時の彼は魔装具も聖装具も出していなかった。大聖者のような傑物でも無い限り、本来なら魔法しか使えないはずである。


「まさか……ですよね」


ナニカが使っていた力が聖装能力だとするなら、あの少女は大聖者に匹敵し得る実力を秘めていることになる。

何故そんな怪物がアランの中にいるのか。その正体は何なのか。あまりにも分からない事だらけだが、一つ確かな事がある。

あの少女はこの戦いに干渉するつもりは無いようだ。現にオルレアが精神干渉を使うまで表に出てこなかったし、魔鎧騎士(フォカロル)にトドメを刺さなかった。

事態の解決はアランに任せようとしているように見える。彼女にとっての地雷を踏まない限り、脅威にはならないと考えていいだろう。

だがそれは裏を返せば、一歩間違えれば自分たちは即座に殺されるということだ。アランへの対応は慎重に判断しなくてはいけない。


「アラン・アートノルト、貴方は一体何者なのですか……」


額を抑えながら、オルレアは深くため息を吐いた。

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