第八十四話 ゲームオーバー
「どうして、貴方たちが戦ってるの……それに二人とも、ボロボロじゃない……どうしてこんな……」
狼狽するフィーネ。彼女からすれば、それは当然の反応だ。
自分が信頼している専属使用人と最近仲良くなったつもりの男が、目の前で殺し合っているのだから。
「……ッ」
アランはフィーネから視線を切り、オルレアを見る。
オルレアは笑っていた。驚いていない。むしろこの事態を想定していたかのようだ。
そこでアランは全てを察する。
「何か言いたげな顔ですね?アラン・アートノルト」
「いいや、実に合理的かつ下劣な方法だ。俺がお前の立場ならきっと同じようにしただろうよ」
フィーネがこの場に戻ってきたの偶然ではない。間違いなくオルレアの策略だ。彼女は最初からフィーネに自身の魔装能力を仕込んでいたのだろう。
具体的にどのように命令したのかはアランには分からない。だが状況から察するに、皇城から離れたらまた皇城に戻ってくるよう命令していた、と言ったところか。
アランもそこまで仕込まれていたとは思わなかった。オルレアの方が一枚上手だったようだ。
(フィーネを餌にしたのはマズかったか!)
オルレアはフィーネを利用するつもりだ。
彼女を戦場に連れてくるだけで相手の意識を逸らせる。相手次第では人質にもできる。
「オルレア、これはどういう──」
「見ての通りです。私と彼は殺し合いの最中ですよ」
「だからどうして!」
「私が首謀者だからですよ」
「なっ……!?」
優しい声音に反して、その中には果てしない悪意を内包していた。
「もう色々と面倒なので言ってしまいましょう。私は最初から貴方を利用していました。皇城に違和感なく潜伏するために、この立場を利用し──」
その続きが言われることはなかった。
アランが動いた。剣と拳が激突し、甲高い金属音が響く。
「流石は『叡傑の暴虐者』、戦いに他人を巻き込むことを良しとしますか」
「必要な犠牲は許容するタイプなんでな。フィーネには悪いが、お前はここで……」
「待ってよアラン・アートノルト!オルレアも!分かんないわよ!急にそんな事言われても……貴方が首謀者な訳が」
フィーネが駆け寄る。犠牲は許容しているが、それでも最小限に留めたい。
一刻も早くオルレアかフィーネをこの場から離す必要がある。身体強化の倍率を上げて攻めにかかるが、オルレアは全力でアランに抗っていた。
激しい拳と剣のぶつかり合い。その最中にオルレアは言う。
「分からない、ではありませんよ。フィーネ様。いくら子供でも、それくらいは分かるでしょう?」
「聞くな!フィーネ!」
声を張り上げた。だがその一瞬の集中の切れ目をオルレアは見逃さなかった。
刺突がアランの頬を掠める。その時、一瞬だけ体の動きが鈍くなった。アランの体に魔装能力を使われたのだ。
鈍っている隙にオルレアは蹴りを放つ。腕で受け止めるが、勢いで後ろへ吹き飛ばされた。
「それとも……」
後退したアランにダメージはなかった。オルレアは彼の横にいるフィーネに向けて、あざ笑うように言う。
「貴方はそんな事も理解できないくらい……不出来な人なのですか?」
「ッ……!」
フィーネは明らかにショックを受けていた。
ただ罵倒に傷心しているだけではない。何か、触れてはいけないラインに触れられたような様子だった。
「アラン・アートノルト、貴方に一つ面白い話をして差し上げましょう。そこにいる皇女について」
「いらねぇよ、そんな情報」
「そうですか?面白い話ですよ。そこの人、皇女をやってる癖に、全く皇女に相応しくない人なんですから」
「やめて……」
フィーネの悲痛な呟きを無視して話を進める。
「勉学もダメ。魔法もダメ。武芸も、芸術も、作法も、何もかも……他人よりずっと物覚えが悪く、その出来も悪い。要するに才能が無いのです。一部では『皇族の失敗作』と揶揄されるほどに」
「やめて!」
「おや、何故やめるのですか?貴方の出来が悪いのは事実でしょう。貴方の家族は皆、皇族に名を連ねるに相応しい人たちですよ。不出来なのは貴方だけ。しかし私の立場からすれば、むしろ感謝すべき事でしたね。貴方は何も出来ない凡人です。他人に頼り、他人という装飾品で皇女としての品格を保つことしか出来ませんでした。付け入るのは容易でしたよ。本当に」
「…………」
フィーネは声も上げられなかった。俯いたまま、目尻に涙を浮かべていた。
長年信頼していた者からの裏切り。彼女にとってこの事実は重すぎる。そして連ねられた痛ましい事実の数々が、フィーネを徹底的に苦しめた。
アランもその場から動けなかった。混乱して状況が呑み込めずにいる。
(らしくねぇ……なんで動けない!)
いつものアランなら、こんな会話もそれに苦しむ者も無視して敵を殺しにかかっていたはずだ。
何かが引っかかる。自分でも理解できない要素がアランの足を引き留めていた。
すぐにでもオルレアを殺さなければいけないのに、何故。
「さすがの貴方も、良心が先行してしまいましたか?」
「いや、もういい。今すぐテメェを殺してやる」
「それは恐ろしいですね。ですが、もう……」
一泊を置いて、言う。
「詰んでますよ。貴方」
「は───?」
その時だった。
風が凪いだ。コトンッという音と共に足元に何かが落ちる。同時に体の右側に妙な感覚があった。
感覚だけでは何が起きたか把握しきれない。ゆっくりと右肩に視線を向ける。
────そこに右腕はなかった。
「なッ!?」
遅れて痛みがやってきた。切断された右腕の断面を抑えながら思わず足を動かし、何かを踏む。
踏んだのは腕だった。手には『虚空の手』も付いている。これはアランの右腕だ。
(どういうことだ、何が起きてる!?)
「p;:so,;moy!”#tcX;:0ctop?>uqi!」
理解不能な言葉が聞こえた直後、アランは凄まじい勢いで壁に叩き付けられた。
「ゴはァッ“!?」
壁に激突しても勢いは止まらず、壁を粉砕して城の外に投げ出される。そのまま落下しかけたが、すぐに《跳躍》を唱えて廊下に戻った。
「ゲホッ…ゲホッ………」
血を吐き出す。とんでもない威力だった。少なくとも今の衝撃で骨が何本か折れた。
それでも脳震盪で眩む視界で前を見る。
アランの前にいたのは、鎧を纏ったナニカだった。
体長は二メートル以上。全身を覆う藍色の鎧には鱗が付いており、顔には目のような赤い光が二つ見える。右手には大剣を持っていた。
そして何より注視すべきはこの悍ましい闇の気配。
魔装具に似ているが、何か違う。むしろ魔装具よりもっと深い闇を感じる。
「アランっ!?」
心配して動こうとするフィーネ。アランは残った左手をフィーネに向けて制止させた。
「……驚いた。なんだこのフルプレート野郎は」
「それはこちらのセリフですよ。右腕を切り落とされたというのに、その程度のリアクションですか」
「まぁ似たような経験はしてるからな」
鎧を纏ったナニカが動く気配はない。理由は分からないが好機だ。アランは《風握》で落ちた右腕を手繰り寄せた。
右腕を左手で掴むと、切断面に押しつけて《治療》を発動。数秒後には右腕は完璧に接合されていた。ついでに先程折れた骨も治した。
「ふむ……やはり扱いが難しいですね。今の隙に殺したかったのですが、まだ制御しきれませんか」
「なら捨てたらどうだ。身に余るものは使うべきじゃないぞ」
「それはできません。せっかく苦労して作ったのですから」
オルレアがアランに剣を向ける。
二対一。新たに現れた鎧の戦力は不明だ。そもそもいつ何処から、そして何故今になって出て来たのか。
何も分からないが、先程の攻撃から凄まじい実力の持ち主と考えられる。かなり不利な状況だ。フィーネを逃すどころではない。
「殺さないでくださいよ。できれば生かしたまま利用したいので。動けない程度に痛めつけなさい、魔鎧騎士」
「;”&lqbr!+>qax>`!*”>arj>;./aki<<?”ikqi,!<」
鎧を纏う者──魔鎧騎士はオルレアの指示を受けた瞬間、雄叫びを上げて突っ込んできた。
凄まじい速度だ。気づいた時には既に目の前。魔鎧騎士が大剣を振り下ろした。
寸前でアランは反応する。振り下ろされた大剣を手刀で受け止めた。
衝撃だけで床が陥没し、暴風が吹き荒れる。腕の骨が折れそうな程、凄まじい威力と質量だった。
これ程の一撃を圧倒的な速度で振るってきたという事実。焦りから額に汗が滲む。
「クソッ!」
空いた左手で打撃を叩き込む。
拳が魔鎧騎士の腹部に直撃した。人間なら骨が砕けてもおかしくない威力だ。
吹き飛ぶか、鎧が砕けるか。少なくとも何かしらの効果はあると思っていた。
「……マジか」
結果は違った。魔鎧騎士は傷付くどころか、怯みすらしなかった。
アランの攻撃力を遥かに上回る防御力を有している。これを相手に近距離戦をするのは部が悪い。
素早く横へ回り込むことで、鍔迫り合いから抜け出す。そして《跳躍》を使って距離を取った。
間髪入れずに次の魔法を唱えようとしたところで、アランは気づく。
視界から魔鎧騎士が消えていた。
「嘘だろッ!?」
気付いた時には魔鎧騎士が背後で大剣を振りかぶっていた。
速すぎる。全く目で追えなかった。咄嗟に飛び上がることで大剣の薙ぎ払いを回避する。
速度で負けている以上、距離を離すのは難しい。判断したアランは『虚空の手』から魔導器を取り出す。
劫刀カグラ──火属性に特化した赤褐色の刀状の魔導器だ。
「《牙炎砲刀》ッ!」
刀身が獄炎を吹き出した。
如何に硬い鎧でも超高熱で溶かせば切断できるはずだ。アランは魔鎧騎士の頭上に刀を振り下ろし、
「《or/i#m:1aw》」
未知の言葉が呟かれた、直後。
「───ガッ…は…アァ“……!?」
何かが砕ける音と共に、鮮血が舞う。アランは身体中を切られ、所々を抉られていた。
一瞬だった。何が起きたかなど理解できない。いつの間にか『劫刀カグラ』も折れている。
力無く落下したアランを魔鎧騎士は殴り飛ばす。廊下の端まで吹き飛んだアランは壁に激突した。
「グッ…ァ“…ゔ……げホッ」
意識が眩む。遠くから自分の名を呼ぶ少女の声が聞こえた気がしたが、それすら正確に聞き取れない。
(くッそ……『カグラ』も折れた。この前シエルに直してもらったばっかなのに)
想定以上の事が起きる可能性は予期していたし、それを解決するための保険も用意していた。
だがこれは想定外どころではない。魔装士たちがここまでとんでもない兵器を用意していたとは思わなかった。
「《治療》……」
負傷を治そうとしたが出来なかった。腹に何かを刺された。
剣だ。その柄を握っているのは他でもないオルレア。今のはオルレアの魔装能力による妨害だ。
「何か感想はありますか?アラン・アートノルト」
「あぁ……驚いた。なんだよ、あれ……バケモンじゃねぇか」
「当然です。貴方たちのようなバケモノに対抗するために用意したものですから」
こちらに近付いていくる魔鎧騎士を見ながら、
「あの気配……魔装具に、似てるけど……魔装具じゃないな。もっと深い闇を、宿した何か……まさか、本当に」
「おや、気付いていたのですか?」
「まぁ……可能性として、考えたことは……あった、から……な」
それは一度考え、すぐにあり得ないと切り捨てた可能性。
「ずっと、謎だったんだ。どこを探しても、全く見つから、ない……刑務所の、脱獄者たち……唯一、見つかったのは…港に捨てられた、囚人服や、靴だった……港には、血痕も…あったから……まさかと思った、けど……やっぱり、そうだったか」
絶え絶えの言葉で真実を口にする。
「お前、ら………囚人どもを……生贄に、した……のか」
それ以上の言葉は吐けなかった。
意識がもう限界だ。数秒後には気絶する。つまり詰みだ。
この後は死ぬかオルレアに利用されるかだろう。後はアリシアたちに任せるしかない。
(ごめん、アリシア)
心中で謝りながら、薄れゆく意識で視線を動かす。
そこにいたのは銀髪の少女だった。無力でありながら周りにも失望され、裏切られた哀れな少女は、状況に付いて行けずに立ち尽くしている。
彼女はこれからどうなるだろうか。いや、どうなったところで自分には関係ないし、どうする事もできないのだが。
それでも何故か、最後にアランはこう言った。
言いたくなったのだ。
「逃げろ……フィーネ」
直後、アランは瞳を閉じた。




