第七十九話 暴かれる真実
翌日。既に日が暮れようとしていた頃、フィーネはオルレアと共に自室にいた。
今日はほとんど部屋の外に出ていない。アランに言われた事を守っていた。
「……しかし、本当によろしかったのですか?フィーネ様。アラン殿の言う事を聞いて」
「良いのよ。彼も考えあってのことだろうし。そもそも彼に言われてなくても、外出する予定なんてないしね」
椅子に座って紅茶を飲むフィーネ。オルレアは傍らに立って話している。
「確かにそうですが……フィーネ様、少々アラン殿を信じ過ぎでは?まだ会って四日ほどではありませんか。もしやフィーネ様、アラン殿も手中に収めるつもりで……」
「その言い方やめてくれない?私が悪人みたいで嫌だわ」
「これは失礼しました。以後気を付けます」
表面上は詫びているような様子を見せる。しかしフィーネがやろうとしていた事を思えば、オルレアの発言も間違いではない。
「でも確かに不思議よね。部屋にいろって言うからには、今日中に首謀者を捕まえるつもりなのでしょうけど、まだ何の気配もないわ」
「そうですね。まだ戦いの火蓋は切られていないようです。計画に何か支障でもあったのでしょうか」
戦い始めれば魔力の気配で分かる。だがオルレアもフィーネもそれらしい気配は感じていなかった。
城内の様子は直接確認できないが、魔力探知上ではいつも通りに思える。
「噂通り、不思議な方ですね。アラン殿は何を考えていらっしゃるのでしょうか」
「さぁね。でも話してみた感じ、悪い人じゃなかったわよ。むしろ面白い人だったわ。色んな意味で」
「悪い人じゃない……そうでしたか」
「貴方は彼を見て何か思った事とかあった?同じ聖裝士として」
「そうですね……」
アランとはここ数日で何度か顔を合わせた程度だが、思った事はある。
「強いて言うなら……底の知れない方でしょうか。表面上は無害な方に見えますが、その内側は奈落のように深い。余程複雑な事情を抱えているです」
「なんだが怖い表現ね。でも聖裝具を使わない縛りを自らに課してるくらいだし、事情を抱えてるのは事実よね」
確かにアランにはどこか掴めない雰囲気があるとは思う。加えて聖裝士でありながら聖裝具を使わないという異質な戦法。
不思議な人間だとは思うが、あくまでフィーネの認識はその程度の軽いものだ。
しかしオルレアは違う。彼女の目に映るアランはその程度の存在ではない。
視界に映る姿など当てにならない。あんなモノは影法師のようなものだ。全くアラン・アートノルトという存在を表せていない。
アレはただの異端者ではない。その裏にはもっと膨大なナニカが潜んでいるような気がしてならなかった。
「フィーネ様、差し出がましい事を言わせて頂きますが……アラン殿を雇うのは控えた方が良いと思います」
「どうして?」
「危険過ぎます。私にはとても彼が同じ人間には見えません」
「えぇ!?そうですか?そんなに俺って変な奴に見えるのかな……」
「なっ!?」
聞こえたのは己が主の声ではなかった。
先程まではなかった少年の声。視線を向けた先には、何故かアランがいた。
「これは……どういう事ですか。アラン殿」
アランは椅子に座っていた。そこは先程までフィーネがいた場所だ。
オルレアは部屋中を見回してフィーネの姿を探すが、彼女はいなかった。
一瞬にして姿を消してしまった。
「そう怖がらないでください。オルレアさんもどうぞ、座ってください」
にこやかな表情でアランは言う。
敵意は見えない。本当にただ誘っているだけだ。だがオルレアはとてつもない緊張感を抱いていた。
まるで戦地に立たされたような気分だ。近づけばどうなるか分からない。
だがこのままでは話は進まないだろう。オルレアはゆっくりとアランの対面に座った。
「改めて聞きますが、これはどういう事ですか。突然フィーネ様の姿が消えたように見えましたが、貴方の仕業と考えて良いのですか?」
「もちろん。フィーネ様を連れ出したのは私です。今頃アリシア様と共に皇城の外へ向かっているでしょう」
「何故そのような真似を?安全のために部屋の中で待機するよう言ったのは貴方ではなかったのですか?」
「確かに言いましたよ。だってそうすれば、貴方をこの部屋に残せるでしょう?」
「私を?」
「貴方にどこかへ行かれては困るので。フィーネ様には申し訳ありませんが、貴方をこの部屋に留めるための餌になってもらいました」
アランはカップに注いだ紅茶を一口飲むと、
「さて、そろそろ本題に入りましょうか。私は面倒な前置きは嫌いなので、単刀直入に言わせてもらいましょう」
遂にその事実を突きつける。
「オルレア・ロースタッド。貴方が今回の一件の首謀者の一人だ」
「…………」
突きつけられたのは予想外の事実。
オルレアは呆気に取られていた。
「何を言っているのか分からない、と言いたい所でしょうが………安心してください。しっかりと証明しますから」
「……なら聞かせて貰いましょうか。その根拠を」
あくまで無実の態度を貫くオルレアにアランは語り出す。
「まず違和感を抱いたのは貴方の発言だ。確か貴方はこう言いましたね。貴方の家系であるロースタッド家は使用人の家系であり、その多くが皇族に仕えていると」
「ええ、間違いありません。それが何か?」
「何かも何も……面白い嘘を考えましたね?」
面白がるように小さく笑った後。
「ロースタッド家の人間は十年以上前に貴方以外の全員亡くなられてますよ」
「…………」
「より具体的に言うなら十三年前、ロースタッド家の御屋敷が何者かの襲撃によって壊滅しました。同時に屋敷内にいたロースタッド家の者は皆殺しに。それを皮切りに次々にロースタッドの人間は消え去り、一年以内に貴方以外の全員が亡くなってしまいました」
アランがオルレアの発言の矛盾に気付いたのは偶然である。
調査を始めた初日、アランは情報屋から皇族に関係のある家系の情報も買っていた。
その中にはロースタッド家も含まれている。同時にロースタッド家は既に滅んだ家系であることも情報屋から教わっていた。
故にオルレアからロースタッド家の詳細を聞かされた時、すぐに矛盾に気づいたのだ。
「恐ろしい話ですが、最も注目すべき事実はこの事ではありません。皇族の方々の認識と現実が矛盾している事です。フィーネ様はこう仰っていましたよ。ロースタッド家は使用人の家系として皇族に仕えていると。試しに国王様にもロースタッド家について尋ねてみたのですが、やはり答えは同じでした。ロースタッド家は今でも使用人の家系として自分たちに仕えていると皆が考えている。ですが実際は既に滅んでいるのです。これが矛盾、認識と現実の齟齬ですよ」
「確かに矛盾していますが、それが私が犯人である事とどのような関係が?」
「私がこの件から言いたいのは、皇城にいる皆さんが何者かによって認識を変えられている……つまりは『洗脳されている』という事です」
「その洗脳を私がやったと」
「はい。貴方が精神干渉系の能力を持っている事は貴方が過去に在籍していた皇国騎士団から既に伺っています。貴方は皇族と関係者……少なくとも皇城にいる要人には認識の操作をかけている。『ロースタッド家は今も健在であり、皇族に仕えている』といった風に。他の方々は洗脳する必要がなかったのでしょう。なにせ十年以上前の話だ。ロースタッド家の壊滅について忘れてる人や知らない人も多い。それでも中々大掛かりな洗脳ですが、不可能じゃない。元々貴方は皇族に近しい人でもありますからね。違和感なく皇城にいるために貴方は皆を洗脳した」
「……なるほど。ですが目的が分かりませんね。それに私がその洗脳をやったとして、それがどうして今回の一件の首謀者と関係するのですか?」
「ひとまず目的について話しましょう。貴方が言いたいのは『皇城に潜伏する目的』ですね?それなら簡単ですよ。この国には貴方たち魔装士が欲してやまないものがある」
一泊を置いてアランは告げる。
「十二死天の大厄災──海帝龍リヴァイアサンの断片、そして本体だ」
「………っ」
瞬間、確かにオルレアの顔色が変わった。
「現状、リヴァイアサンの封印は五つに分けられる。力や魂を分別して封印した『断片』が四つ、そして器であるリヴァイアサンの本体が一つ。確かリフレイム皇国にも断片が一つあるそうですね?皇城の宝物庫にあるんだとか。そして最も重要なリヴァイアサンの本体。これは皇都のすぐ側にある海の底に封印されている。あの大厄災の一部となれば、利用価値は計り知れない。魔装士からすれば喉から手が出るほど欲しいものだ」
「その断片や本体を得るために私が皇城に潜入していたと言いたいのですか?」
「そうなりますね。リヴァイアサンについて探るために貴方は皇城に潜伏し続け、奪取する機会を伺っていた。正直、私は今回の一件における首謀者の目的がイマイチ分かりませんでした。国王様を殺害すれば確かにリフレイムは混乱するでしょう。ですがそれだけでは魔装士には大したメリットにならない。一番あり得そうだったのは、国王様の殺害によって皇族たちの間に生じた混乱に乗じてリヴァイアサンを奪取する、という計画です。その点では洗脳の力は最適ですね。盗みも楽々完遂できそうです」
にこやかに告げるアラン。
だが笑ったのはオルレアも同じだ。
「確かに納得のできる話ですが、貴方の理論は私が『魔装士であること』を前提にしている。それはおかしな話ではありませんか?私は聖装士ですよ。証拠が必要と言うのなら、私の聖装具をお見せしても構いませんが」
「何を言うのかと思えばそんな事ですか。その必要はありません。むしろやめて頂きたいくらいです。何かの拍子に貴方の洗脳にかけられては困りますからね」
表面上だけの困り顔を見せるアラン。
「貴方の魔装具を聖装具と騙すなんて簡単でしょう。魔装具を使ってる間、周囲に認識誤認でもかければいい。もしくは貴方の洗脳が自身の武具……非生物にも干渉できるタイプの能力なのであれば、武具の性質を変更して聖装具に見せかける事も可能でしょう。似たような能力を私が通っている学園でも見たことありますから。要するに、貴方が自身を聖装士と偽るのは容易だという事です。ご理解いただけましたか?」
「…………」
沈黙するオルレア。
アランはそれを肯定と捉えた。
「よろしい。では次に、これらの事実が貴方が今回の一件の首謀者である事の証明になる理由を教えましょう。こちらは単純です。今回、リフレイム地下刑務所で脱獄事件がありましたね。我々はこの脱獄には精神干渉系の魔装士が関与していると考えています。そしてもちろん、洗脳も精神干渉の一環に含まれる。ここまで言えば、言いたい事は分かりますね?」
オルレアは精神干渉系の魔装士であり、その力でこの脱獄を主導した事をアランは指摘している。
「全て偶然だ、なんて言い訳はしないでくださいよ。どれか一つだけなら偶然と言えましたが、ここまで偶然と論拠が揃えばそれはもう必然です。まだ何か申し分はありますか?」
「…………」
依然オルレアは認める姿勢を見せない。だがオルレアはアランの発言を否定する材料を持ち合わせていないはずだ。
ここが勝負の決めどころだ。
「仕方ありませんね。ではもう一つ、証拠を提示しましょう」
アランはローブの内側から一冊の手帳を取り出す。
手帳のあるページを開くと、テーブルに置いてオルレアに見せつけた。
「これはアリシア様が書いた皇城の出入記録です。皇城に出入りした人物の概略と出入時刻が書かれています」
アランはページのある一行を指した。
「中でも注目して頂きたいのがこの箇所です。ここに書いてある名前……分かりますよね?」
「私の名前、ですね」
指した箇所にはオルレア・ロースタッドの名前。その横には出入時刻も記されている。
「これは二日前の夜の出入記録です。貴方が皇城を出たのは深夜二時前。戻ってきたのはその三分後です。随分早いお帰りですね。余程短い要件だったのか……それとも皇城が何者かの監視下にある故に早く帰る必要があったのか」
監視というのは他でもないアリシアの事だ。
アリシアが見張っている限り、皇城の中にいる者は不審な動きは見せられない。そんな真似をすれば怪しまれるからだ。
「幸運な事に、この時アリシア様が起きていたのです。なのでアリシア様からこの時の皇城の様子を聞かせてもらいました。なんでも『突然誰かの気配が消失した』そうです。まさに転移したかのように。おかしいですね、オルレアさんの魔装能力は精神干渉系だというのに」
「……それは」
「そう焦らないでください。まだ話はありますから。この時、私は首謀者の一人であるヴァッシュ・ガーバランドという魔装士と戦いました。最終的には彼は何者かによって転移させられて逃亡しましたが、この事から私は敵側に『対象を転移させられる魔装士』がいると確信しました。貴方の移動手段も転移に近しい。そして出入時刻もヴァッシュ・ガーバランドが逃亡した時刻とほぼ一致している」
これで証拠は出し切った。
アランは遂にトドメをさす。
「オルレアさん……貴方は外で何をしていたのですか?」
「…………」
十秒に渡る沈黙。
その末にオルレアは深いため息を吐いた後、こう言うのだった。
「………驚きました。ええ、本当に。噂には聞いていましたが、まさか貴方がここまで優れた頭脳の持ち主だとは思いませんでした」
「そうでもありません。運に恵まれただけですよ。それより認めるんですね。自身が首謀者だと」
「ええ、認めましょう。そして断言しましょう。私こそが今回の一件の首謀者の一人である魔装士であり、貴方たちが近頃警戒している魔装士の一派の一人です」
オルレアは吹っ切れた様子だ。
落ち着いた素振りで紅茶を注いで飲み始めている。化けの皮が剥げて清々しているようだ。
「ふぅ……やはり落ち着くには紅茶に限りますね。ここで飲める紅茶は好きだったのですが、これが最後だなんて。残念です」
カップに入った紅茶を飲み干すと、オルレアはカップを置いた。
「さて、アラン殿。私が犯人と分かった訳ですが……これからどうするおつもりですか?」
「ははははっ!そんなの決まっているでしょう?」
盛大に笑った直後だ。
バンッ!と豪快な音が部屋に響く。
アランはテーブルを蹴り上げていた。
テーブルが宙を舞い、落ちたカップやティーポッドが音を立てて砕け散る。
そして、
「───死ね、オルレア・ロースタッド」
「それはこちらのセリフですよ。アラン・アートノルト」
その宣言を以て、遂に決戦の火蓋は切られたのだ。




