第七十一話 狂人は夜闇に踊る
その後もアランは拠点候補を巡った。
残りの十四箇所。時折核を持たないスライムと遭遇しては魔力を回収しながら、どうにか全ての拠点候補を巡り終えた。
(……やっと魔力が反応してきたか)
注射器型の魔導器から回収したスライムの魔力を一つの黒い容器に入れた。これも魔導器の一つだ。
魔力を入れると本来の魔力の持ち主の元へと引き寄せられる魔導器。
全十八箇所の拠点候補の中で遭遇したスライムは七体。遂に回収した魔力が本来の持ち主と反応した。
魔導器の誘導に従い、アランは移動を始めた。
一時間後……。
「やっと着いた〜かと思えばもう真っ暗じゃねぇか」
現在時刻、午前一時過ぎ。すなわちド深夜。
上を見れば真っ暗な夜空が広がっている。波音しか聞こえない静かな場所で見る夜空はなかなか風情がある。
ここは海辺。皇都の郊外中の郊外にある港だ。
来る前に少しこの港について調べてみたが、かなり前から廃棄状態にあるそうだ。
過去にこの辺りで起きた地震の影響で港が使えなくなり、そこに郊外中の郊外という立地の悪さが影響して放置されてしまった。今のところ復興の予定も無いらしい。
当時の建物もそのままで、周囲には古びた建物が並んでいる。屋根に穴が空いていたり、一部が崩れていたり、散々な状態だ。
アランは建物の屋根の上に腰掛け、周囲を観察していた。
ここは拠点にするには打ってつけだ。自分が相手の立場なら同じようにこの場所を拠点に選ぶだろう。
これだけの敷地があれば、二百人以上の脱獄犯を隠す事も不可能ではない。
だが、それと同時に不可解な事もある。何故相手は他の空き地にスライムを潜伏させていたのか。
わざわざダミーの拠点を用意し、特別なスライムを仕込ませる。理由もなくそのような真似をするはずがない。
「あからさまだな。誘ってやがる」
おそらく相手は待っていたのだ。自分のような脅威となり得る存在を。
どんな時でも計画の障害となるのは強大な敵だ。計画の実行のためには排除するより他はない。
相手の狙いはまさにそれだ。障害となり得る敵を選別する方法としてスライムを用意したのだ。
潜伏させたスライムは相手の知能と実力を試すための試験のようなものだ。
スライムから相手の居場所を割り出す知能と、特異なスライムを倒せる程の実力。それらを兼ね備えた敵を調査の過程としてここまで誘き寄せ、始末する。そのためにここまで大掛かりな事をしたのだ。
「一見俺が相手の尻尾を掴んだように見えて、実は俺も尻尾を掴まれていたって事か」
上手く出来た策だ。伊達にテロを目論んでいるだけはある。
このまま進めば、確実にアランは相手の術中に陥ることになる。
ここは相手の拠点であると同時に、障害となる敵を排除するために用意した砦でもある。
その事実を示すように、一軒だけ結界が施された建物があった。
(建物内の気配が感じられない……《隠蔽領域》で隠してんのか)
ここからでは観察できないが、中にはアランのような者を排除するための強大な障害を用意しているだろう。
このまま飛び込むのは危険だ。最悪こちらが殺されるかもしれない。
だが───。
「行くしか無いよなぁ」
罠とは言え、あそこは間違いなく敵がいた場所だ。何かしらの手がかりはあるはずだ。
リスクを負う事になるとしても、ここを逃す訳にはいかない。
幸いにも敵が自分から仕掛けてくる気配はない。あくまでこちらの侵入を待つつもりのようだ。なら十分に準備はできる。
アランはその場で一度休憩を取った。『虚空の手』に入れていた軽食を食べ、体を休ませながら策を考える。
そして十分後。
「…………行くか」
アランは屋根を降りると、魔法に覆われた建物の付近まで来た。
改めて建物を観察するが、やはり建物内部の様子は分からない。事前情報は諦めるしかなさそうだ。
「《透明化・隠密》」
姿を周囲と同化させる魔法と自身の気配を消す魔法を付与した。今のアランは余程相手に近づかない限りはバレることはない。
建物内に入ってまず見えたのは広大な空間。天井が高く、建物は壁で部屋を分けられていない。建物の端から端まで全開で繋がっている。
だが階層は分かれているようだ。外から見た時の建物の高さと、天井の高さから考えるに、おそらくこの建物は三階建て。
二階に通じる階段が奥に見える。それと地下に通じるであろう階段もだ。
どうやら地下室もあるらしい。
(まだ気配は無いな……)
物音を立てないよう慎重に歩く。
これまでの経験から培った戦闘者としての直感が告げている。間違いなくここには敵がいると。
簡単にバレる事は無いと思うが、いつでも戦えるよう警戒しながらアランは探索を続ける。
室内には色々と物が置かれていた。それらは二種類に分けられた。
散らかった机やコンテナ、パイプ、網や銛などの漁業の道具、これらは過去に使われていた物だろう。年季が入っているのが見てわかる。震災の影響もあってどれも壊れかけだ。
拠点としてこの場所を選んだ割に散らかった物は片付けなかったらしい。地下室をメインの拠点として据えていた可能性もあるので、確たる事はまだ言えない。
そしてもう一つ、こちらは違和感があった。
服や靴が散らかっている。これらのおかしな点は、明らかに新しい物であるということだ。
どれも使われた痕跡はあるが、その辺りに散らかっている机やコンテナと比べれば断然新しい。
そもそもこのデザインも見覚えがある。調査の時に調べたのだ。
間違いなく、これはリフレイム地下刑務所で使われている囚人服と靴だ。やはりここに囚人がいたのだ。
(やっとそれらしい手がかりが見つかったか……えーっと、他は何かないかな)
床や壁まで細かく見てみると、誰かの髪の毛や血痕が見つかった。
これも新しい。髪の毛は誰かがここにいない限り落ちるはずが無い。そして血痕も震災の時のものではないと考えられる。
震災の時、この辺りは地上まで海水が流れてきたらしい。
それなら血痕は残らない。誰かが血を流しても海水に流されて消えるはずだ。
(ならこれは誰の───)
──────ッ!!!
瞬間、天井に大穴が空いた。
天井から降ってくる瓦礫。その中に紛れて、強大な魔力反応がこちらに急接近してきた。
「魔法で隠れてるはずなんだけどなッ!」
飛び退いた直後、そこにナニカが突っ込んできた。
轟音と共にソレは床に攻撃を叩きつける。それも凄まじい威力だった。
たった一撃で床が大きく陥没していた。
「おいおい避けのかぁ!?完全に不意突いただろうがよぉ!」
巻き上がる粉塵の中から現れたのは一人の赤髪の男だった。
おそらく三十歳前後。アランより背丈は高く、その風貌からは獣のような獰猛さを感じる。
さらに見覚えのある黒い外套を纏っていた。
「そっちこそなんで俺に気づけた。お前上の階にいただろ」
アランは魔法を解除しながら尋ねる。
「そりゃ勘だよ、勘。なんとなくそんな気がしたってだけだ」
「そんなのありかよ。こっちは捜査中だってのに」
「あぁ?そうだったのか。だが悪いな、こっちも役割ってのがあるんだ。だからお前を殺さなくちゃなんねぇ」
「役割ねぇ……ここに来た侵入者を排除するよう言われたのか?」
「そんな所だ。クソつまんねぇ仕事だよ。俺は暴れてぇって言ったのに、あのクソアマ、俺に『ここで侵入者を迎撃しろ』なんて言いやがった。最初は強い奴とやり合えると思ってワクワクしてたってのに何日待っても誰も来ねぇ。ったく、どいつもこいつも腑抜けてやがる」
よほど鬱憤が溜まっていたのか、男はひたすら愚痴を吐く。それはアランにとって良い情報源となった。
今の発言で分かった事が二つある。まず事件の首謀者は目の前の男を含めて複数人いる。これは予想していた通りだ。
そしてもう一つ。首謀者の一人は女だ。手がかりの一つとして覚えておこう。
「それはそれは。ご愁傷様だな」
「あぁマジで退屈だったぜ。だが!それだけ待った甲斐はあったってもんだ!こんなに面白い奴が来たんだからなぁッ!」
男は右腕を振り上げ───。
「さぁ暴れようぜッ!《傲血たる簒奪者》ッ!」
直後、ソレは顕現した。
男の手に握られていたのは『砲台』だった。赤を基調とした円筒状の砲身、その側面に付いた持ち手を男は握っている。
砲台のサイズは男の体躯とほぼ同等だ。相当な重量があるはずだが、男は軽々と砲台を担いでいた。
そして最大の特徴は───。
(この気配……魔装具か)
砲台と男から溢れ出る闇の魔力。これは魔装具特有のものだ。
つまりあの男は魔装士。ならば男と手を組んでる仲間も同じく魔装士である可能性が高い。
思えば前にも似たような事あった。あの時はエルデカ王国のとある教会に魔装士が協働で襲撃してきた。
という事は、この男は───。
「やり合う前に自己紹介といこう。俺はヴァッシュ・ガーバランド。テメェは?」
「名乗る義理はねぇよ。センスのない名前の持ち主なら尚更な」
「変わった感性してんじゃねぇか。将来は芸術家志望か?」
「違げぇよ。芸術に興味は無い。ただお前の仲間には芸術が好きそうな奴がいたな。バルドラートとかそういうタイプじゃないのか?」
「バルドラートぉ?確かにアイツは全てに対して細けぇ奴けどな。芸術なんて興味あるか……って、なんでお前アイツを知ってるんだ?」
「さぁて、どうしてだろうな?」
会話の流れに紛れて尋ねてみたが、上手く聞き出せた。
あの男──ヴァッシュ・ガーバランドはバルドラートと知り合いだ。
そしてバルドラートは同じ魔装士。それも魔装士の組織に所属している言っていた。
ならヴァッシュを含め、今回の事件に関わっている魔装士は全員その組織の者がある。その場合、今回の一件は全て魔装士集団が起こした事件だったという事になってしまう。
「情報提供してくれた礼に名乗ってやる。俺はアラン。覚えてもらう必要はない」
人でなしは口元を歪めて言った。
「─────どうせお前はここで死ぬからな」
「………ハッ、ハハハハッ!ハハハハハッ!ハ──ハハハッハハハハハッ!」
溢れる歓喜の笑い声。ヴァッシュは腹を抑えながら、豪快に笑った。
「良いねぇその表情!最高じゃねぇか!人の命をゴミほどにも思ってねぇ人殺しの顔だぁッ!!」
「お前と一緒にするなよ。俺はあくまで欲しい情報をお前に吐かせた後に、今後の邪魔にならないよう殺すってだけだ。合理的に考えた結果の行動なんだよ」
「合理的だぁ!?こりゃとんでもない噓吐きがいたもんだぜ!」
笑いを抑え、ヴィルは一度大きく息をした。
そして現実を突き付ける。
「お前…………ただ人を殺したいだけだろ?」
「はい?」
「見たら分かる。お前何人も殺してんだろ。十人?それとも百人?いいや少ねぇ!もっとだ!数え切れねぇくらいに殺してやがる!その癖して『自分は普通の人です』みてぇなツラしてんだ。こんなに愉快な事はねぇ!試しに聞かせてみろよ、お前今までに何人殺──」
「あーお前にマトモな答えを期待した俺が馬鹿だった。さっさと始めよう」
付き合いきれなくなったアランは戦闘態勢に移行する。
『虚空の手』から剣を取り出した。魔導器でもない普通の剣。まずはこれで様子見だ。
「ハッ!せっかちだな。今時のガキはこうなのか?」
「さぁな。知りたいなら後で調べてみるといい。お前に余生が残っていればの話だけどなッ!」
「面白れぇ!退屈させんじゃねぇぞッ!」
直後、両者は同時に動き出した。




