第六十五話 騒がしいティータイム
「そんなすぐに否定することないじゃない!何が不満なのよ!」
あまりに早いこちらの拒絶にフィーネは声を荒げた。全くの予想外といった様子だ。
「逆になんで承諾すると思ったんだアンタは。せめて経緯とか理由を説明してくれ。何がどうしてそんな話になったのか」
「普通に貴方を雇いたかったからよ」
「だからなんで!?」
「だって貴方、優秀らしいじゃない。エルデカ王国で五本指に入る聖装士、それも聖装具抜きでそれだけの実力を発揮する規格外の人間。さらに他の分野も優秀、特に頭脳と魔法はズバ抜けてる。こんなに優秀で面白い人がいるのに放っておく理由が無いわ」
「私情百パーセントじゃねぇか」
皇女がそれで良いのかと思わずにはいられない。て言うか俺の噂ってリフレイムまで届いてんの?なんか恥ずかしくなってきた。
「人を雇う基準なんて大体私情でしょ」
「それは……そうかもしれないが。もっと公正に考えたらどうだ?使用人の選考基準も採用方法も何も知らないけどさ、そんな私情で選んだら頑張った奴に不公平だろう」
「場合によっては確かにそうね。けど貴方は違う。貴方は優秀、そして優秀な者が然るべき待遇を受けるのは不公平ではない、当たり前のことよ」
「つまり俺を雇っても誰も文句は言えないと」
「ええ、だから何も気にする事は無いわ。遠慮せず私の使用人に」
「ならないからな?」
「なんで断るのよぉ!」
遂に机を叩いて派手なリアクションを見せてきた。
意外と面白いなこの皇女。親しみやすさを感じる。最初の落ち着いた雰囲気は消し飛んだが。
「別に良いじゃない!そっちのエルデカ王国には貴方含めて五人も規格外の聖裝士がいるんでしょ!?しかもあの大聖者シリノア・エルヴィンスまでいるって話じゃない!なら一人くらい引き抜いたって良いと思わない!?」
「確かに……!」
それは普通に同感だった。
「でしょ!?やっぱりそう思うわよね!」
「ああ。だがそれは俺がアンタらの側に付く理由にはならないな。戦力が欲しいなら他を当たってくれ。俺は愛国者だからエルデカ王国以外の国に奉仕する気はないんだ」
「ならエルデカ王国のどの辺りを誇りに思ってるの?愛国者なら言えるわよね?」
「それはもちろん……」
「もちろん……?」
「……………」
「……………」
「……………………」
…………やべぇ、なんも思いつかねぇ。嘘のチョイス間違えた。
「ほーらやっぱり。何も言えないじゃない。それでよく愛国者なんて言えたわね」
「た、確かに愛国者じゃない事は認めよう。だけど俺はエルデカ王国を出るつもりはない。友達もいるし」
「ならこの国で新しく友達を作れば良いじゃない」
「そういう問題じゃねぇ!?今いる友達がいなくなるのが嫌だって事だ!」
アリシアもそうだったが、この皇女も一般的価値観とややズレた価値観を持っているのかもしれない。王族や皇族って皆そういう生き物なのだろうか?
「そう……確かにそれはそうね」
顎に手を当て納得を示すフィーネ。どうやら俺の意思を理解してくれたようだ。これで諦めてくれる──
「ならこういうのはどうかしら?学園を卒業したら私の使用人になるっていうのは」
──なんて事は無かった。
「卒業後?」
「そうよ。卒業後は誰しも学友と離れて、それぞれ働くなり何なりする訳だし。それなら問題ないんじゃない?」
「うーん、そうかぁ?そうかなぁ?」
確かに卒業したらリオやアシュリーたちとも離れる事になるかもしれない。かと言って関わりが完全に断たれる事もないと思うが。
「逆に聞くけど、貴方は将来何をしたいか決まってるの?」
「将来は……決まってないな」
何かしらの職に就くとは思うが、少なくとも卒業後も師匠の元を離れるつもりはない。ぶっちゃけあの人の弟子を続けて一緒にいられるなら何でもいい。
「やりたい事とか無いの?」
「無い訳じゃないけどさ。魔法の研究とか、魔導器の開発とか。安全かつ平和に暮らせるなら何でも良いかな」
「遠回しに私の使用人拒否してない?それ」
「さーてどうだか」
視線を逸らした。実際遠回し伝えてるつもりだ。
どちらかと言えば俺は戦闘要員だ。皆もそのつもりで俺を評価してる節がある。
もしこの皇女の元で働けば、専属使用人と護衛を兼ねた役割を課せられるだろう。あのオルレアさんのように。俺はそんな生活は御免だ。
「……逆にどうすれば貴方は私の要求を聞き入れてくれるの?」
「さぁ?誰かの使用人になるなんて考えた事も無いから分からないが……一つ言えることがある」
右手の人差し指を立てて、
「俺はどこの誰とも知れない奴の従者になる気はない」
「要するに、『信頼』の問題ってこと?」
「それもあるな。まぁ信頼してるからって誰かの従者になるとは思わないけど」
仮に俺がアリシアからフィーネと同じ誘いを受けたとしても断るに違いない。
アイツの事は信頼してるし、それなりに仲も良いと思っているが、アイツの従者として働くのは絶対に不可能だ。
「とにかく、アンタの誘いを受けるつもりはない。悪いが諦めてくれ」
カップに残った紅茶を飲み干す。初対面の相手に言い過ぎかもしれないが、諦めさせるにはこのくらいは必要だろう。
「それじゃあ話は済んだな。やりたい事もあるし、俺はこれで──」
「待って」
席を立とうとした瞬間に呼び止められた。
「貴方の言いたい事はよく分かったわ。確かにそうね、私だって会ったばかりの相手の元で働くなんて御免だわ」
だからこそ、彼女は言う。
「ならこうしましょう。貴方がリフレイムに滞在してる間、毎日お話ししましょう。今日みたいに」
「なんでそんな事を……」
「親睦のためよ。貴方が忙しいことは分かってる。けど時間が余ってるなら、その時間をもらえないかしら。もちろんその分のおもてなしはするわ。ほら、息抜きの一環だと思って」
「…………」
明日からはより忙しくなる。余る時間なんてたかが知れてるし、その時間をこの皇女に割いてやる義理もない。
親睦を深める事自体は反対しない。仲の良い人間が俺としても増えるのは嬉しいことだ。
だがいずれにせよ、コイツの使用人になんてなる事はあり得ないのだ。それでも話に応じる意味があるのか。
(…………いや、もしかしたら)
彼女を利用するような形になるが、そういう意味では利益はある。
フィーネ・リフレイムは皇女だ。リフレイムについて知っている事は当然多いはずだ。
それなら、有益な情報源にもなってくれる。
この皇女は色々と素直な人間だ。会話の流れでしれっと俺が求める情報について尋ねても話してくれる可能性は大いにある。
欲しい情報は情報屋から大体買ったが、他にも知りたい事は残ってる。皇族としての目線からの情報も気になる。皇族と情報屋では聞ける話も変わるだろう。
それに俺も息抜きは欲しい。美味い茶菓子が付いた休憩タイムと有益な情報源が無料で手に入ったと思えば悪くない。
ならば───
「……分かった。それなら時間を作ってここに来るよ」
「本当ッ!?」
「そんな驚くなよ。と言っても、俺もいつ暇になるかは分からないが」
「なら時間があったら私の部屋に来て頂戴。今はあの殺害予告の件もあって、皇族もなるべく外に出ないように言われてるから。私はほぼ常に部屋にいるわ」
「そうか。ならそうする」
そうして今度こそ席を立った。
「それじゃ俺は部屋に帰るから。また明日」
「ええ。ありがとう、こんな無茶な話を受けてくれて」
「アンタから提案した事だってのに、何言ってんだか」
***
アランが部屋を出た後、フィーネは一人紅茶を飲んでいた。身体に染み渡る紅茶の温もりを感じ、息を吐く。
「…………良かった」
ああ、本当に良かった。彼が話を聞き入れてくれて。お陰でチャンスが巡ってきた。
彼が何故受け入れてくれたのかは分からない。単純にそれでも構わないと思ったのか、何が別の理由があるのか。
いづれにせよ、構わない。
私はただ、自分の為に──────。
***
「これはこれは、アラン殿。お話は終わりましたか?」
アランが部屋を出ると、ちょうど部屋の外にいたオルレアが話しかけてきた。
「オルレアさん、用事があったのでは?」
「ちょうど終わりましたので戻ってきたところです。どうでしたか、フィーネ様とのお話は。面白い方でしょう?」
「それ貴方が言って良いんですか……」
「わたくしはむしろ、それこそあの方の魅力だと思っておりますので」
「……まぁ、確かに」
言いたい事は分かる。親しみやすいあの性格は一人の少女としては好印象が持てる。
「一つ、お聞きしたい事があるのですが……オルレアさんは何故フィーネ様の専属使用人に?」
「それはにフィーネ様からスカウトを受けたからですよ。『私の専属使用人になってくれないか』と。わたくしの家系、ロースタッド家は所謂使用人の家系でして。皇族の方々にお仕えする者が多く、わたくしもその一人なのです」
「つまりオルレアさんは、その中で引き抜かれたと」
「ええ。光栄な事です」
己が主への世辞か、それとも真実か。オルレアは笑みを絶やさず言葉を続ける。
「それと、私からもお聞きしたいことがあるのですが。確かアラン殿は今、あのアリシア・エルデカ様と共に『殺害予告』と『連続脱獄』の二件を解決するために調査をされているのですよね?」
「はい、そうですが……それが何か?」
「いえ、ただ上手くいっているか気になっただけです」
「そうでしたか。でしたらご期待にはまだ応えられそうにありませんね。お恥ずかしい話ですが、まだこれと言った情報も掴めていないので……」
「なるほど。まぁ事件の規模を考えれば無理もありません。もしわたくしの力が必要でしたらいつでも仰ってください。喜んで協力いたしますよ」
「それはありがたい。その時はぜひ頼らせてもらいますね」
適当に社交辞令的な言葉を述べて会話を切り上げる。
オルレアの横を通り過ぎて、アランは自室に向かった。
「はぁ………………調べ物が増えた」




