第六十話 真の目的
皇城の外、皇都に出てきたアランがまず訪れたのは皇都の中央広場。広場には見応え抜群の大きな噴水が設置されている。
(さて、ここからどうしたものか……)
先程、皇都の案内所で貰ってきた皇都の地図を見ながら考える。
リフレイムには一度だけ依頼を受けて来たことがあるが、その時は依頼で忙しかったために皇都を観光する時間なんてなかった。なので正直、
皇都の事などほとんど知らない。
「はぁ……そもそも、一人で観光ってのも寂しい話だよなぁ」
共に語り合えるような誰かと一緒に色々なものを見て周るからこその観光だと考えるアランにとって、一人で歩き回るのはあまり気が乗らなかった。
しかし今のアランは皇都を歩くか皇城に戻るかの二択しかない。後者が論外である以上、取れる選択肢は前者しかなかった。
(皇都沿いの海岸……美術館やら大聖堂、あと有名な海鮮料理店もあるな……お、これは魔導器店か。限定物やブランド物もあるのか……これはちょっと興味あるかも)
地図に記された観光地や店を見比べて、アランが決めた行き先は、
「…………名前の順で面白そうな所を見て回るか」
***
それからアランは名前の順で皇都の気になった場所を歩き続けた。
まず行ってみたのは大聖堂。外観に違わず、内側も広大な空間が設けられていた。聖堂内に並ぶ柱や壁に張られたステンドグラスなど、この広い空間を余す事なく使い、芸術的な空間を再現している。
(こういう場所を見るたびに思うが……一体どうやってこんな馬鹿でかい物を作ってるんだ?)
建築には八年ほど費やしたそうだが、建築家たちの技術はやはり凄まじい。何よりの感想はそれだった。
大聖堂を出た後、空腹になってきたので昼食を摂りに行った。せっかくリフレイムに来たということで、選んだのは海鮮料理店。
(滞在中の費用は全部国王が持ってくれるって話だし、ちょっとくらい奮発しても良いよな。いや、むしろ奮発するべきだ。ただでさえ休日割いてやってるんだから)
貰った大金を遠慮なく使っていくアラン。ずる賢いと言うべきか、それとも礼儀知らずと言うべきか。
ともあれ、アランが注文したのはシーフードグラタン。王道ではあるが、やはり安定の美味さがある。
エビやイカ、ホタテをはじめとするシーフードに加え、マカロニやマッシュルーム、玉ねぎなどの具材をバターと共に焼いている。さらに貝から取ったソースを使っているんだとか。
(いやぁ美味いね。さすがリフレイム、海鮮の味が違げぇや)
今までにもシーフードグラタンを食べた事はあるが、これは今まで食べた中で最も美味しい物だと断言できる。
海産資源が豊富な国というのは、取れる魚介類の質も使い方も変わってくるらしい。贅沢な味わいを堪能するアランであった。
それからも各地を巡り続けた。気になっていた魔導器店でいくつか魔導器を買ってみたり、たまたま見つけた武器屋を小一時間ほど見て回ったりと。
買い物をしながらの観光の末、行き着いたのは美術館だった。
特に芸術品に興味があるわけではないが、曰くこの美術館が評判とのことなので、足を運んでみた次第である。
彫刻やら絵画やらと、色々と見て回ったが、あまり芸術センスを持ち合わせないアランは大した感想が出てこなかった。どれも『凄いなー、作者は想像力豊かだなー』くらいにしか思えない。
もしかせずとも来る場所を間違えただろうか、そんな事を思っていた時だ。
「……ん?」
絵画の展示コーナーの廊下にて足を止める。アランの視線はある絵画に向けられていた。
(これは……リヴァイアサンか?)
縦横一メートル以上はある一際大きな絵画、そこには見覚えのある存在が描かれていた。
荒れた海から押し寄せる高波。空から降り注ぐ大雨。それらを統べるのは、海の上を漂う一体の巨大な怪物──『十二死天の大厄災』の一体、海帝龍リヴァイアサンだった。
(作品のタイトルも『大海より昇りし厄災の主』、不吉だな。何を思ってこんな絵を……)
絵画の横には作品の説明が書いてあった。曰く、五百年前にリヴァイアサンが封印されずに暴れていた頃、リフレイム皇国もリヴァイアサンの被害を受けていたらしい。これはその時の様子を描いた絵であるとの事。
(リヴァイアサン……ねぇ)
話を見ていると、自然と思い出す出来事があった。
しばらく前、依頼を受けてエルデカ王国にある街──ロマーシュアの教会に護衛に行った時の話だ。あの時は教会に封印された『リヴァイアサンの断片』を誰かが狙っているとの話だったが、結局は守りきれずに魔装士に奪われてしまった。
(あれは結局何に使うつもりなんだか)
相手の魔装士はどこかの組織に所属していると言っていた。十中八九、魔装士の組織があるのだろう。彼らであれば『リヴァイアサンの断片』の使い道などいくらでもある。
せめてその被害が自分に降り掛からない事を願いながら、アランは別の作品の元へ向かった。
***
そうして数時間が経った。午後六時頃、アランはようやく皇城に戻っていた。
「おや、戻って来ましたか」
「寮に帰れるのなら今すぐにでも帰ってやりたかったが、帰れない事情があるからな」
皇城に用意されたアリシアの部屋に入って早々、アランは目を細めてアリシアを睨み付ける。皇都を歩いている内に多少は落ち機嫌を直してくれたかと思っていたが、そう簡単にはいかなかった。
今後の展望について心中で悩みながら、
「それで、どうでしたか?皇都は」
「悪くない場所だった。さすがは海と共に繁栄してきた国だな、街並みは綺麗だったし、面白い場所もあった。それに海礼祭が近いこともあって賑わってた。凄い祭典なんだな」
「毎年一度の国内最大規模の祭典ですから、この時期には皇都に多くの人が集まってくるそうですよ」
「そうかよ」
どうでも良さそうに返事をしながら、アランはアリシアに歩み寄る。
「それはそうとアリシア……」
そこに敵意は無かった。だがアリシアは察していた、アランが何を考えているのか、何を言い出そうとしているのかを。
「…………お前、俺に隠してる事があるな?」
「……気づきましたか」
それはアリシアにとっては予想通りの言葉。だからこそ、隠す事なく肯定した。
「海礼祭は五日後だ。リフレイムまで移動に時間が掛かるなら、余裕を持って出発する事も理解できたが、俺たちは違う。リフレイムが送ってきた転移魔法士と共に一瞬でここまで移動できた。それが出来るなら、わざわざ五日前からリフレイムに滞在する必要なんて無い。早くても前日か二日前に来ればいい。俺たちは早く来すぎなんだよ。それはつまり、海礼祭が始まるまでに何かやらなければいけない事があるとも考えられる」
では、そのやらなければいけない事とは何なのか。
「内容は俺とお前が出席者として選ばれた時点で予想できる。戦力が必要な話なんだろ?そもそも、海礼祭に出席する王族はお前である必要は無かった。他にも手の空いてる王家の人間はいただろう。だが国王はお前を選んだ、わざわざ学園が長期休暇に入るのを待ってしてまで。加えて俺を騎士として同伴させたんだ。リフレイムが戦力を必要としていて、そのために国王が俺たちをリフレイムに向かわせた事は明白だ。俺たちは互いに『学園最高戦力者』だからな」
ここまでの条件を踏まえて、彼は語る。
「あとはどうしてリフレイムが戦力を必要としているのかだが、これは表面上だけでは分からなかった。皇都を見て回ったが、問題らしい問題は何もなかった。表面は至って平穏そのもの、なら問題が起こってるのは裏だ。どうせ海礼祭が近いからって、リフレイムの国王が問題を隠してるんだろ?海礼祭までにどうにかしようと思ったが、どうにもならず、結果として俺たちに頼ってきた。その規模の問題となれば……国王に殺害予告でも届いたか?それか人目につきにくい一般的で無い場所や分野、違法な物事。だが違法な話が絡む領域なら俺たち学生に頼ることはあり得ない。なら一般的でない分野、それも戦力で解決する内容……リフレイムの刑務所で連続脱獄でも起こったか。いや、そうなると国王への殺害予告と脱獄の両方があり得るのか。その場合は両事件の首謀者は同じ人物、或いは同じ組織と考えるべきか。脱獄させた囚人を戦力か何かに利用して国家転覆を狙ってるって所だろ。で、実際どうなんだ?」
「……………」
アランの考えを一通り聞き終えたアリシアは、
「……一応、私が知る限りの情報は全て合っています。まさかここまで完璧な回答を出すとは、事前に調査でもしていたのですか?」
「してるわけ無いだろ、そんな事。それで詳細は?」
「公表はされていませんが、今この国では二つの事件が起こっています。『国王殺害予告』と『リフレイム地下刑務所連続脱獄』の二つです。大体の内容は貴方がお話しした通りです。一週間ほど前、皇城に殺害予告状が届きました。国王陛下の命を差し出さなければ、海礼祭、延いてはリフレイム皇国を破壊する旨が書かれていたそうです」
「それと同じタイミングで起こったのが連続脱獄か。刑務所の警備はどうなってたんだ?」
「しっかり行われていたそうです。ですが、次の日には何故か囚人が脱獄していたと。警備隊の方が捜索していますが、未だに一人も発見されていないそうです」
「なるほど、主導者は全員を束ねて匿ってるわけか。囚人だからな、国家への逆襲とか言えば簡単に統率できそうではある。この二つの話が海礼祭を邪魔するから、海礼祭が開催するまでに解決して欲しいというわけか」
「そういう事です。ですので、改めてここで貴方に言わせてもらいます」
一度目を閉じ、息をする。再び目を開いた時には、アリシアの雰囲気は変わっていた。
王女の名に相応しい威厳を感じさせる態度を以て、
「我が騎士、アラン・アートノルトよ。海礼祭が始まる五日後までに、これらの事件を私と共に解決する事を貴方に命じます」
それは学友としてでは無い。エルデカ王国の王女、アリシア・エルデカとしての言葉であり命令。
無茶な要求だと言われても否定はできない。それでも彼女は信じた、それでも任せようと思った。良くも悪くも信頼に値するこのアラン・アートノルトという友人に。
彼のずば抜けた頭脳と実力は間違いなく役に立つ。だからこそ彼と共になら、この事態も解決できると思っていた。
***
バチンッと乾いた音が部屋に響く。痛みを右手に感じながら、アリシアは言う。
「……これは、何のつもりですか」
今、彼女は防御体勢を取っていた。
右手で相手の右拳を受け止め、左手で右腕を掴んで固定する。一瞬でも反応が遅れていたら、その拳はアリシアの顔面に叩き付けられていた。
「何のつもり……か。それは俺の台詞だ、アリシア・エルデカ」
攻撃を放った張本人──アランは言う。
「……ふざけるなよ、お前」




